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「3人?」


「3世代だね。それが5組。話を聞いた時、一瞬ノルンの運命の女神かと思った」


「運命の女神?」


「聞いたことない?ウルズ、ヴェルザンディ、スクルドって」


「無いです」


「ウルド、ヴェルダンディ、スクルドの方が馴染みがあるかもね。運命を司ってるとされる女神だよ」


「全く分からないです。すみません」


「分からなくて良いよ。王宮騎士と神殿騎士はその護衛をするんだよ」


「護衛ですか?」


「そう。オープン馬車の周りを歩くのと一緒に乗るのと居るんだよ」


「大和さんも?」


「たぶんね。そこは副団長とか部隊長とかが配置を決めるらしいよ」


「あれ?その頃って大和さんは王宮ですか?」


「王宮だよ?」


「さっきどっちか聞いてたじゃないですか」


「騎士団対抗武技魔闘技会の時は神殿だし、神事の時は王宮だから。どっちか確認したんだよ」


「ちょうど跨いじゃうんですか?」


「そう。跨いじゃうの」


「フルールの御使者(みつかい)って、それだけなんでしょうか?」


「俺が聞いているのは、それだけだね」


「分かりました。明日ローズさんとルビーさんに聞いてみます」


「聞いたら教えてね?」


「はい」


「フルールって花でしたっけ?」


「そうだね。花って意味」


「ガラスの花にもフルールって付いていましたよね」


「ガラスの花の事は覚えてる?」


「覚えてますよ?」


「あの時って覚えてない事があるんだよね?」


「はい。初日の大和さんの怪我の事とか、その後に行った冒険者ギルドとか王宮の練兵場の事は覚えてるんです。でも……神殿って行きましたよね?」


「ゴットハルトと初めて会った時だね」


「その辺りは曖昧です」


「あれ?ゴットハルトを認識したのはいつ?」


「招き入れようとして叱られたのは覚えています」


「曖昧なのは2日くらい?」


「2日……ですか?そうなんでしょうか」


「良いよ。大丈夫。思い出さなくて。大した事じゃないから」


「王宮から許可を貰ったって言うのは覚えています」


「ガラスの花の正式名称は?」


「フルールアルカンスィエルエフェメールでしたっけ?」


「あってる」


「覚えてたんですか?」


「長い覚えにくいものって、覚えたくならない?」


「なりません」


「俺はなっちゃうんだよ」


「負けず嫌いですもんね」


家に着いて、大和さんが着替えに行っている間に、暖炉に火を入れる。


今日のお夕飯は、薄切り肉と野菜の重ね蒸しホワイトソース仕立て。単に薄切り肉と野菜の重ね蒸しにホワイトソースをかけた物。これをパンの中に入れて焼いてみた。


見た目がパンだけだから、大和さんに怪訝な目で見られた。


「咲楽ちゃん?」


「上の方を持ってみてください」


「あ、中身が入ってる。ビックリした」


「面白いかな?って思って」


「面白いね。主食と主菜が一緒になってて面白い」


「パンを器にするってあったなって思って、作ってみました」


「これって、お昼とかに持っていったら面白いよね」


「喧嘩したのかって思われちゃいますね」


「見た目、パンだけだしね。こういうのってどうやって思い付くの?これはパンを器にするって所からだって言ってたけど」


「こうやったら美味しいかもって、思い付きません?」


「思い付いても試せない」


「そうでしたね」


「納得された」


ガーン!!って効果音が聞こえるような顔を、大和さんが作る。


「切るのはあんなに綺麗に切れるのに」


「あの辺りは好きだね。揃えて切るとか上手くいくと楽しい」


「上手くいかないと、投げ出しちゃいたくなるとか?」


「よく分かったね」


「そういう人を知ってましたから」


「誰?」


「葵ちゃんです。切るのはすごく上手なんですがその後の手順がめちゃくちゃで。味付けで失敗するって言うより、切ることに全力を出しちゃうって言うか」


「また、ずいぶんユニークな子だね」


「大和さんとは違うパターンなんですよね」


「他には無いの?」


大和さんがわくわくした顔で聞いてくる。可愛い。


「他って、失敗のパターンですか?」


「そう」


「他ですか……」


「思い付かない?」


「時間をかけすぎちゃうとか、ですかね」


「時間をかけすぎると何が駄目なの?」


「炒め物なんかだと水分が出ちゃうんです。べちゃっとしちゃって美味しくなくなります」


「料理って面倒な手順が一杯だね」


「だから複数作るときは時間配分が重要なんです」


「決めた。俺は咲楽ちゃんに食わせてもらおう」


「畏まりました」


「しまった。一生が抜けた」


「ん?」


「何でもない」


食べ終わって、今日は私が食器を洗う。大和さんはお仕事だったし。そう言ったのに、お皿を拭いて片付け始めた。


「いつもやって貰ってるんですから、今日くらいは休んでください」


「2人でやった方が早いでしょ?」


「じゃあ普段は私が片付けます」


「それは駄目だよ。咲楽ちゃんは料理を作ってるんだから」


「不公平です」


「片付けて文句を言われるって言うのは、どうなんだろうね」


「だって大和さんも疲れてるじゃないですか」


「俺はやりたいからしてるの」


「私もやりたいんです」


「咲楽ちゃんが作って、俺が片付ける。家事は分担しなきゃね」


「そういう事じゃありません」


「どういう事?」


「ですからね、大和さんは今日、お仕事で、私は休みだったんです」


「そうだね」


「だから今日は、大和さんのお手伝いは、お休みでいいんです」


「やりたかったんだよ。咲楽ちゃんの隣でね」


「普段も同じで一緒にすれば早いじゃないですか」


「だから、咲楽ちゃんは作る人。俺は片付ける人。それでいいでしょ」


「納得できません」


キッチンから小部屋に移動して、大和さんが私の隣に座った。


「咲楽ちゃんも頑固だね」


「それは前から分かっていたでしょう?」


「分かってたよ。頑固で信念を曲げなくて、でも自分を出すのが苦手って事」


「大和さんも頑固です」


「そうじゃなかったら、二刀流も左右での片手剣も途中で止めてるよ」


「片手剣って西洋だけでしたっけ?」


「基本はね。でも刀も片手で扱う人もいるよ」


「剣の違いってよく分かりません」


「剣にも色々あるからね」


「刀も色々ありますか?」


「長さとか、結構違うよ。見たことしかないけど。扱ったことはないね」


「そうなんですか?」


「現代日本でいろんな刀を所持して、それを扱えるって居るのかな?」


「さぁ?どうでしょう?」


「西洋剣は、傭兵時代にコレクションしている剣マニアが仲間に居たからね。そこで扱いを教わった」


「いろんな人がいたんですね」


「剣マニアとかハッカー紛いの事をしてるのとか、現代と中世代が同居してたね」


「ハッカーさんには何か教わらなかったんですか?」


「あの人はそういうのを嫌がったから。犯罪だって分かってるから、教えたくないって言ってた」


「それでも本人はしてるんですね」


「コンピューターの裏をかくのが、楽しいって言ってたかな」


「誰かに何か言われたりとか、無かったんですか?」


「あったらしいよ。だから任務中は自粛してるって言ってた」


「他には居なかったんですか?」


「特に居ないかな?」


そう言って大和さんが立ち上がる。


「風呂行ってくる」


「早いですね」


「ちょっとね。今日は刺繍はしないの?」


「少しだけします。その前にスープを作っちゃいますけど」


「ゆっくりで良いよ。まだ早いし」


大和さんがお風呂に行っちゃったから、スープを先に作ってしまう。スープが出来たら刺繍。今日は紫のアナベル。紫と言ってもピンクっぽい赤紫。鮮やかなはっきりした色だ。花は細かい。こっちの花って大ぶりな物が多い印象だけど、細かい花もたくさんある。これもその一つ。アナベルが終わったらスモークツリーかな。スモークという名に相応しいのか、こっちは純白だ。


アナベルを刺していると、大和さんが上がってきた。


「細かいね」


「アナベルです。一つ一つの花が細かいです」


「これが終わったらどの花?」


「スモークツリーにしようかと。このスモークツリーは純白ですね」


「白い煙だね」


「他にも黄色とかグレーとか赤とかあるみたいです」


「地球にもあったよ。白はどうだったかな?」


「白は無かった気がします」


「咲楽ちゃん、風呂行っておいで」


「いつもより早いですね。分かりました。行ってきます」


刺繍道具を片付けてお風呂に行く。


大和さん、お風呂をやけに早く勧めてきたけど、どうしたんだろう?


思い返してみても、心当たりがない。私が練兵場に居ない時に何かあったのかな?


フルールの御使者(みつかい)って、ミス○○とかって言うのと同じだよね。推薦ってどういう事?ローズさんがルビーさんに聞くことになるんだろうな。


フルールって事は花の月辺りに咲く花がモチーフ?私は花木はある程度詳しくなったけど、こっちの花って分からないんだよね。名前が一緒でも咲く時期が違ったりするから。バラとかあるよね。ベールの花は私は選んでないし、名前が違うのかもしれないけど、聞いたことがない。


今はコルドで花はあんまり見かけない。フラーになったらたくさんの花が咲くって言ってた。


髪を乾かして寝室に上がる。


「戻りました」


「おかえり、咲楽ちゃん」


ベッドに上がって、大和さんの隣に座ろうとすると、大和さんが制止する。


「咲楽ちゃん、こっち」


そう言って、自分の足をポンポンと叩いた。


「膝枕ってことですか?」


「どっちにしようか迷ったんだけどね」


「迷ったって」


「膝枕と抱き締めるのと」


「なにか話があるんですか?」


「咲楽ちゃんは俺のだって思っていたい」


「何ですか?それ」


「ダメ?」


「ダメって……なにかあったんですか?」


「なにもないよ」


「何かあったでしょう。大和さんが私を甘えさせたがる時って、絶対に何かあったんです」


はぁ~、っとため息を吐かれた。膝枕はせずに、隣に座る。痛いくらいに抱き締められた。


「咲楽ちゃんは妙なところで鋭いね」


「何があったんですか?」


「咲楽ちゃんの人気が高まったってだけ」


「はい?」


「今日来たとき、ビスケットを持ってきたでしょ?あれがすごい人気でね、掃除に行った奴らは咲楽ちゃんが料理が上手だって知ってるから、めちゃくちゃ誉めるし、最初は誇らしかったんだけど、少し不安になってきた」


「不安ですか?」


「いつか俺から離れてしまうんじゃないかって事ね」


「どうしてですか?」


「一緒に暮らし始めたっていうのも神殿側が家を用意してくれたからだし、最初に咲楽ちゃんの唇を奪ったのも偶然だった。俺がそう持っていったって自覚はあるけど、咲楽ちゃんが好きって言ってくれたのは、そう思い込んだだけじゃないかとか、考えてしまったんだよ」


「あそこでディーンさんに言ったことは本心ですよ?」


「護ってくれるから支えたいって?」


「はい」


「改めて聞いていい?俺のどこを好きになったの?」


「最初に好きになったのは、声です。聞いてると安心できたんです」


「それから?」


「それから神殿で倒れた時、ずっと付いててくれたんですよね?あの時、2人きりでいたってことに安心してる自分がいて。それまでだったら2人きりなんて怖かったのに、安心できてる自分にビックリして、でもその時は言っちゃいけないって思ってたんです」


「どうして?」


「私の想いは迷惑かもって思い込んでて。大和さんが護るって言ってくれているのも、状況が落ち着いたら『もう大丈夫だね』って言われるかもって考えて。甘えちゃダメだって思ったんです」


「そんなこと言うわけがない。だから最初、遠慮がちだったの?」


「いつかは出ていかなきゃいけないのかな?って言うのがどこかにあったんです。大和さんが可愛いとか言ってくれるのもペット感覚?とか思って」


「ペットって」


「あっちでよく言われたんです。小動物を見ているみたいって」


「だからペット?」


「自分を好きになってくれる男性がいるっていうのも信じてなかったし、自分が男性を好きになるってことも信じられなかったんです」


「家庭環境とそれまでの経験から、だね?」


「はい」


「俺の声が好き?」


「えっと、イケボって言いましたっけ。あんな感じです」


「そんな声?よく分からないけど」


「私もよく分かりません。でも、大和さんの声は好きです。ちょっと低めで安心できます」


「そう?」


「だからって囁くのはやめてくださいね。あれ、ゾクゾクしちゃうんです」


「いいこと聞いた」


「やめてって言ったんですよ?」


「やめない。咲楽、愛してる」


やめてって言ったのに、囁かれた。


「やめてくださいって」


一生懸命離れようとしたんだけど、大和さんに抱き締められてて、ちっとも離れられない。


「大和さん、腕の力、強くなりました?」


「唐突に何を言うのかな?この()は」


「全然動いてくれません」


「全体の筋量は増えてると思うけど?咲楽ちゃんの力で動くほど(やわ)じゃないよ」


「今まで動いてた気がしてたんですけど」


「そりゃあ、俺が力を抜いたら、動くだろうねぇ」


「それは分かるんですけど。じゃあなぜ今は力を抜いてくれないんですか?」


「離したくないから」


「ずっとこのままですか?」


「一生このまま」


「お仕事に行くときは離してくださいね?」


「ぶっ!!ごめん。ちょっと吹いた」


「だってそうじゃないとお仕事ができません」


「分かった。その時は離す。でも今夜はこのままね」


「明日も走りにいきますもんね。私がくっついてたら重いし」


返事が聞こえない。代わりにクックックって笑い声が聞こえた。


「大和さん?」


「もう寝ようか」


「?はい。おやすみなさい、大和さん」


「おやすみ、咲楽ちゃん」


おやすみをしたはずなのに、その後もしばらく大和さんは笑ってた。私を抱き締めたままで。

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