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闇の日になった。昨日、ローズさんとルビーさんに事情を話して、王宮の練兵場まで一緒に行ってもらえることになった。ローズさんとルビーさんはあのお手紙の返事を一応書いたらしい。今日、騎士団詰所に渡すんだって。『一言一句同じ文章にしてやろうかと思ったけど、少しだけ変えて()()()わ』ってローズさんが笑ってた。ルビーさんはマルクスさんに事情を話して、一緒に読んで、2人で爆笑してたらしい。『現実と違う妄想って笑うしかないわよね』って言ってた。2人とも自分達とは違う私の事情に若干引きつってたけど、大和さんの『ディーンは真面目なナルシスト、バリーはまともなお調子者』って人物評に笑ってライルさんにまで伝えに行っていた。当然所長にも伝わってて、休憩室が笑いの渦となっていた。


朝起きるとどんより空。雨というより雪が降りそうだなぁと思いながら着替える。王宮の練兵場に行くのは久し振りだ。個人的にあまり行きたい所じゃない。と、いうより用件が楽しいものじゃないから、行きたくない。


気が重いなぁ、と、思いながらダイニングへ降りた。暖炉に火を入れて、炎を眺める。炎を見ていたら、気持ちが落ち着いてきた。いつもの容器に手を伸ばそうとしてその手を止めた。容器が私の手の届かない所にあった。たぶん大和さんの仕業だ。何度言われても、私が大和さん達を頼ろうとしないからに違いない。だってね、その方が早い時もあるし、走って疲れてるであろう2人の手を煩わしたくないんだもの。


先に食材を出して準備をしていると、大和さんとカークさんが帰ってきた。


「おかえりなさい、大和さん。おはようございます、カークさん」


「ただいま、咲楽ちゃん」


「おはようございます、サクラ様」


「今日は自分でしなかったんだね?」


「あそこに容器を上げたのは大和さんでしょう?届かなかったからやめておいただけです」


「こうでもしないと咲楽ちゃんは自分でしちゃうから」


笑って容器を降ろして、お水を入れて火にかけてくれる。


「地下に行ってくる」


「はい」


朝食メニューと大和さんの昼食を一緒に作る。平行してサクフワタイプのビスケットを焼く。実はサクフワタイプのビスケットは昨日から焼き続けている。王宮騎士団に行くなら差し入れとして持っていこうと思って焼き始めた。本当はスコーンにしたかったんだけど、ベーキングパウダーがなくて諦めた。ドライフルーツとアルゴーサー(サジー)を練り込んだサクフワタイプのビスケットをすでに100個近く焼いている。とはいっても、大きさは普通の物より小さい。本当はサクフワタイプのビスケットは焼きたての方が美味しかったりする。だけど異空間に入れてまで持っていく気はないし、大和さんに強く止められた。その大和さんは焼きたてをいくつかつまみ食い……味見をして美味しいと言っていたけど。


今は木製の大きなトレーに積み上げてある。もちろん施療院の分は別にしてある。そうしないとローズさんやルビーさんが、捨てられた子犬のような目で見てくるから。ライルさんや所長もあからさまにがっかりするんだよね。


朝食の準備ができたら地下の大和さん達を呼ぶ。伝声管を開けると聞こえる習曲(ならいうた)。大和さんの笛だけだ。


「朝食の準備が出来ました」


少しして笛がやんで、大和さんの声が聞こえた。


「分かった。上がるよ」


上がってきたら大和さんはシャワーへ、カークさんは私を手伝ってくれている。


「甘い匂いがしますね」


「サクフワタイプのビスケットを焼いてたんです。召し上がります?」


「はい。是非とも!!」


さっき焼き上がったばかりのサクフワタイプのビスケットを手渡すと、カークさんは幸せそうな顔で頬張った。


「甘いもの、お好きですか?」


「はい」


「もう1つ、召し上がります?」


「ください」


なんだろう。怖いと思っていた猟犬が、おやつをあげたらお腹を見せて転がった様なこの感覚。


「カークさんってこういう人だったんですね」


呟くとカークさんが動きを止めた。そのままゆっくり私を見る。


「何でしょう?」


怖い。何かをされるといった怖さじゃない。


「申し訳ありません!!」


いきなり謝られた。ブワッと闇属性の魔力が溢れる。そのままカークさんが飲み込まれた。


「カークさん。落ち着いてください。大丈夫です」


こんなとき、抱き締めて落ち着かせられない自分が情けない。


「私はこんな情けない人間なんです。申し訳ありません」


「情けない?何がですか?大丈夫ですよ。ゆっくり話してください」


少し闇属性の魔力が薄れた。


「サクラ様は私を情けないと思われないのですか?」


「何故です?どこが情けないんですか?」


「私には闇属性と地属性しかないんです。役に立たない人間なんです」


「役に立たない人間なんていません。カークさんはちゃんと役に立っています」


「どうしたの?」


大和さんの声がした。


「サクフワタイプのビスケットを食べてて、あんまり幸せそうだったから『カークさんってこういう人だったんですね』って言ったら闇属性まで使って落ち込んじゃったらしくて」


「そういう……。カーク。甘いものが好きだから駄目なのか?咲楽ちゃんの作るものは美味しくて当たり前だ。情けなくなんてない」


「大和さん、ちょっと違う気がします」


「そう?」


大和さんが首をかしげた。


「カークは役に立っている。俺や咲楽ちゃんの手伝いを進んでやってくれるし、先回りして考えてくれるじゃないか。情けなくなんてない。大丈夫だ」


カークさんの魔力が霧散した。


「トキワ様」


「どうした?」


「私はこのままで良いのでしょうか?」


「変わろうとしているじゃないか。最初の頃よりは信用できていると思うぞ。会った頃のように、闇属性を使って押さえつけようとするんじゃない、そんな感じに変わってきている」


「ありがとうございます。今日は帰ります」


「ちょっと待ってください」


そのまま玄関を出ようとしたカークさんを引き留めた。スープとサクフワタイプのビスケットを渡す。


「食事はきちんと摂ってくださいね」


カークさんは深々と頭を下げて帰っていった。


「何があったの?」


「幸せそうな顔でサクフワタイプのビスケットを頬張っていたから、そう言っただけなんですけど」


「なんだろうね?」


ダイニングに戻って朝食を食べる。


「今日ね、2人との話の時、俺も側にいるからね」


「ありがとうございます」


「むしろ2人きりにならないようにって、副団長が配慮してくれるそうだ」


「配慮って」


「何もないとは思うんだけど、あの返事を読んだ後、ディーンがやけに覚悟を決めた顔だったから、気になって」


「不安になることを言わないでください」


「ついでに言うなら、団長、つまりは第2王子が楽しみにしてるって」


「何をですか?」


「天使様との再会」


「はい?」


「最近楽しみがないんだって」


「まさか王族の方、全員いらしたりってことは、無いですよね」


「さぁ?」


「さぁ?って。なんだか行きたくなくなってきました」


「そんなこと言わないで、ね」


「大和さん、楽しそうですね」


「そんなことないよ。ほら食べないと」


「分かってますよ。言ってみただけです」


「側にいるから」


「ディーンさんが心配です」


「やっぱりそう思う?」


「大和さんは分かってたんですか?」


「そうじゃないかな?ってだけ」


「気が重いです」


「今日はジェイド嬢達は?」


「2の鐘辺りに来てくれます」


「じゃあ、安心だ。お昼から?」


「お昼頃です。そのくらいに着くように行きます。サクフワタイプのビスケットを持っていきますね」


今日は大和さんがお仕事だから、私が食器を洗う。その間に大和さんはお着替え。


「咲楽ちゃん、来るときは気を付けてね」


サクフワタイプのビスケットの量産をし続ける私に大和さんが言った。一旦手を止めて大和さんを見送る為にキッチンを出る。


「咲楽ちゃんから甘い香りがする。食べていい?」


「食べて、って……」


チュッと額にキスされる。


「行ってくる」


「いってらっしゃい」


見送ってから座り込む。キスされた。たぶん今、私は真っ赤になってる。


気を取り直してサクフワタイプのビスケットの続き。一心不乱にやってたら、予定の個数を大幅に越えていた。


2の鐘近くに結界具に反応があった。


「サクラちゃん、来たわよ」


「用意は出来てる?」


結界具を解除すると2人が入ってきた。


「いい匂いがする」


「甘い匂い。何を作ったの?」


「サクフワタイプのビスケットです。焼きたての、食べてみます?」


「「食べる!!」」


2人に紅茶とサクフワタイプのビスケットを出す。ローズさんとルビーさんの目が輝いた。


「美味しそう。何か入ってるけど、何が入ってるの?」


「ドライフルーツとアルゴーサー(サジー)フリュイ(ジャム)を練り込んでます」


アルゴーサー(サジー)って酸っぱくなかったっけ?」


フリュイ(ジャム)にするしかないんですよね」


2人が食べている間に着替える。自室を出たら、ローズさんが目の前にいて驚いた。


「ビックリした。ローズさん、どうしたんですか?」


「ルビーのベールはどう?」


「明日伺いますって。何かありました?」


「ディーンだっけ?東街で見かけたんだけど、ナルシストね、確かに」


「真面目な方って事だから、心配なんです」


「心配って何が?」


ローズさんとリビングに降りる。


「何かあったの?」


「サクラちゃんがね、相手が心配なんですって」


「何が心配なの?」


「真面目な方って事なので。私と大和さんの推測が当たってたら、私がお断りしたらそれで解決なんですけど、そうじゃなかったらって思ってしまって」


「そろそろ出ましょ?」


3人で王宮の練兵場に出発。


「どういう事?」


「推測って言うか、こういう事かなってだけですよ?ナルシストって自分が好きって言うのがタイプとしてあるんです」


「たまにいるわね、そういう方」


「それで、もしかして、他に気になる方が出来たとしたらって言うのが、怖いんです。『自分は天使様が好きなのに、他に気になる人が出来るなんて、自分を許せない』って思い詰めることもあるので」


「自業自得じゃない」


「サクラちゃんが気にする事ないわよ」


「気になっちゃうんです」


「こればかりはねぇ。性格よね」


「サクラちゃんも真面目だから」


「話題を変えましょう。サクラちゃん、さっきサクフワタイプのビスケットを作ってたって言ったじゃない。王宮騎士団って人数が多いけど、幾つ位作ったの?」


「昨日の夜からはじめて、100個以上はあると思います。施療院の分は別にしてありますよ」


「美味しかったわ」


「明日食べられるって事?」


「はい。持っていきますね」


「サクラちゃん、紅茶をいれてもらえない?」


「明日ですか?」


「えぇ。茶葉は家から持っていくわ」


「構いませんよ」


王宮騎士団の受付で名乗ると、一室に通された。ソファーを勧められて座る


「アインスタイ副団長様より、こちらでお待ちいただくようにと」


「私達も?」


3の鐘が鳴った。


「騎士トキワを呼んでおります。その後はご自由に」


「はい」


受付の人が行ってしまうと、3人だけになる。


「こんな部屋に通されたのは初めてだわ」


「練兵場しか行ったことないわよ」


「私は1度あります。付き添いでしたけど」


「何があったの?」


「個人のプライベートな事なので。言えません」


「聞かない方がいいって事ね」


「サクラちゃんっていろんな経験をしているわよね」


「私は望んでないんですけど」


「望んでる人なんているの?」


「いないわよね」


バタバタと音がして、ノックされた。


「はい」


「天使様!!わざわざありがとうございます」


「天使様!!、お会いしたかったです」


たぶん最初の人がバリーさんで、後の人がディーンさんだ。立ち上がって挨拶をした。


「はじめまして。サクラ・シロヤマと申します」


「お声も美しい」


「やはり理想のお方だ」


ズイッと近付かれる。ローズさんとルビーさんが庇ってくれた。


「トキワ様は?」


「彼がいないと話は出来ないわ」


「天使様がヤマトをお好きだと言うことは分かっております。ヤマトはたぶん外にいます」


「私達が頼みました。ヤマトを交えず話がしたいと」


「バリーさんとディーンさんですよね?」


「失礼いたしました。私がバリーです」


「私がディーンです」


「お手紙、ありがとうございました。申し訳ありません」


「分かっておりましたから。頭をあげてください」


「天使様、1つお聞かせください。ヤマトは優しいですか?」


「?はい。え?どういう意味?大和さんはいつも優しいけど」


再びノックが聞こえた。


「ディーン、お前なぁ。何を聞いてるんだよ」


「トキワ様、後で説明していただきますよ」


「分かっています。ご説明いたします」


「ルビー、私達も用事を済ませてしまいましょ」


ローズさんとルビーさんが部屋を出ていった。


「バリーはスッキリしたか?」


「あぁ。天使様、ありがとうございました」


バリーさんが出ていった。


「ディーン、なにか話したいことがあるんじゃなかったのか?」


私の隣に座って、大和さんが聞く。


「何故なんですか?何故ヤマトなんですか?何故私じゃないんですか?ヤマトよりも私の方が美しい。天使様には私の方が相応しいのです。何故私でなくヤマトなんですか!?」







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