謁見の日 ーー大和視点ーー
今日は謁見の日か。本当は時間まで大人しくしておいた方が良いんだろうが、いつもの習慣を止めるのは落ち着かない。
ストレッチをしていつものコースへ。練兵場に着くとプロクスとアルフォンスが居た。一緒に走ると言う。
3人で外周を走る。アルフォンスが話しかけてきた。
「シロヤマ嬢が倒れたと聞きました。大丈夫なのですか?」
これが聞きたくて待っていたのか?
「昨日の早朝に目を覚ました。昨日は一日ダンスの練習をしていたが、大丈夫そうだったな」
「そうですか。良かった」
アルフォンスが呟く。
それを聞いたプロクスが言う。
「だから言ったでしょう。大丈夫だと。トキワ殿が付いているのですから」
謎の信頼感だな、おい。何かあっても支える気は充分あるが。
「今日も舞われるのですか?」
「今日は謁見の日だからやらないな。このあと軽く筋をほぐして瞑想だ」
「あぁそう言えば謁見でしたね。一応の護衛として私とアルフォンスも同行しますよ」
来るのかよ。と言うか、俺のあの格好を見られるのか。
「衣装が非常に似合って良い男振りだったと団長が誉めてました」
そう言えば団長に見られていたな。
脱力しそうになりながらもランニングを終える。軽く型をなぞり筋をほぐす。
瞑想に入る。
今日は咲楽ちゃんは早起きだな。緊張したか?
足を組み、手は自然に下ろし膝の上に置く。呼吸を深く、意識を沈める。感覚を広げ、気を感じる。
そろそろ終わるか。意識を引き上げたとき咲楽ちゃんの悲鳴が聞こえた。
「きゃあぁ!!」
「どうした。大丈夫だったか?」
彼女の元に駆け寄り、聞く。
「大丈夫です。けど、あれは何だったんですか?」
「あれ?ちょっと先に汗を流してくる」
あれって、また緋龍を見たのか?やはり咲楽ちゃんは巫女か。シャワーを浴びながら考える。あまり重荷を負わせたくないんだが。どう説明したものか。
部屋に戻り、何も言わずにソファーに座る。咲楽ちゃんも何も言わずに髪を乾かし始めた。
「何か見たか?」
咲楽ちゃんに聞く。
「常磐さんの身体から赤の龍が出てきて、赤い龍は直ぐに常磐さんの身体に戻ったんですけど、目が合った感じがしたんです。あれは何だったんですか?」
また緋龍が見えたか。
「あれなぁ。俺は見えないんだけど緋龍だな」
「り、龍?え?」
「分御霊と呼ばれるものだよ。俺の流派は色々特殊でな。ああ言うモノに好かれやすいらしい。といっても日常に問題はないし、特に何かあるって訳じゃないんだが」
「桜とかブリザードとか紅葉とかは……」
「ああ言うものは普通の人には見えないはずなんだ。咲楽ちゃんには見えてたけどな。あれを観客にはっきり幻視させる剣舞を舞うことによって、神に舞を奉納する。龍はその媒体みたいなもんだと言われる。俺には見えたこと無いけどな。ご先祖様には見えた人も居たらしいけど」
「え?」
「その眼だよ。ウチの一族ではたまに生まれる、榛色の瞳。その眼を持つ者は人の見えないものを見ると言われてる。巫女なんかに近いのかもな。まぁ、気にすることはないよ。何をするわけでなし。龍は集中すると出てくるだけと言われているだけだから」
ものすっごく気になるって顔をしている。
「俺の流派な、元は剣舞を神に奉納していたらしい。その内『舞は武に通じる』とか言い出したのが居たらしい。それからだな。実戦に放り込まれるようになったのは。まぁ、実戦で通用はするけど無双出来るほどじゃないよ。傭兵時代も銃があったから通用したようなもんだし。剣だけで戦える時代でも無かったしね。体術は通用したけどね。そろそろ朝食に行った方がいいな」
少し傭兵時代の事を話して緋龍についてははぐらかす。時間がないし。
食堂に行くと数人の女性にとり囲まれた。主に咲楽ちゃんが。
「本当にお小さいですわね、それにずいぶん小柄と言うか」
「でも素材はいいわよ」
「髪は編み込んだ方がいいわね」
「メイクはあんまり濃くない方がいい感じ?」
「パートナーはこちらの……ずいぶん背が高いわね」
「こちらの方はパートナーと言うより、姫を守る騎士って感じね」
「衣装を見せていただいたけど、そんな感じだったわよ」
きゃあきゃあと騒がしい。
「すまない、お嬢さん方。朝食だけ摂らせていただいても?」
一応言ってみたが……
「お声も良いわ~」
「これはお嬢様方が放っておかないわね」
「あら、こちらのお嬢さんはご子息様方が五月蝿いわよ」
「しっかりガードしなきゃね」
なんだか頷いていらっしゃる。このお嬢さん方は何者だ?
朝食をいただいたらそのまま咲楽ちゃんは拉致られて行った。
俺の側にも2人が残っている。
「あの?」
「失礼いたしました。お二人の準備に王宮から参りました。よろしくお願い致します」
「こちらこそよろしくお願いします」
「ではまず入浴を」
は?
「身嗜みとして、です。女性ならそのあと香油によるマッサージが加わります。男性はそこまでしませんが、香水は付けていただきます」
「香水ですか。できれば遠慮したいですね。嗅覚の邪魔になってしまうので」
「では軽くに致しましょう」
結局、香水は付けられるのか。
入浴を終えると髪をセットされる。オールバックぎみに固められた。
「この髪型ですと精悍さが際立ちますわね。あのお嬢様といらっしゃると、姫を守る騎士、と言う感じですわ。元々そういう風に仕上げるつもりでしたが、予想以上です」
インナーを着てパンツを履いて、一旦休憩。
彼女達は王宮の上級侍女と言う立場らしい。しばらく話をしながら情報を集める。今回は謁見の後、上級貴族ばかりで軽いパーティーが催されるらしい。なのでその時ダンスを、と言う流れだと言う。
「だから陛下への謁見が4の鐘なんですのよ」
最初から決まっていたと言うことか。
昼食後は再び着付け、と言っても後は上着を羽織るだけ。
プロクスとアルフォンスがやって来た。
「トキワ殿、予想以上ですね」
何がだ?
「騎士団の中での話に更に輪が掛かりそうだと言う話です」
アルフォンスが余計なことを言い出した。
「それってシロヤマ嬢が天使ちゃんって話ですよね」
「なんの話ですの?」
黙っておこうか、アルフォンス。
「……内緒です」
「えぇ~!!」
支度を終え神殿入口に移動。エリアリール様とスティーリアが姿を現した。見送りのために出てきてくれたらしい。
「トキワ様、シロヤマ様を頼みましたよ」
胸に拳を当て騎士風の礼をする。ダンスの練習で叩き込まれたやつだな。
サファ殿も来てくれた。そう言えば『私たちも来るから』とモース嬢が言っていたな。
「スティーリアさん、『ダンスは一応』と言っていたが、決まっていたんですね?」
「一応、と言わないと習ってくれそうにありませんでしたから」
笑顔でスティーリアが言う。
その時、咲楽ちゃんが姿を現した。周りからほぅ、というため息ともつかないものが聞こえる。
咲楽ちゃんのドレスは上が淡い緑、裾に行くにしたがって濃い青になっていくグラデーションだった。髪を軽くアップにし花の飾りを付けている。
よく似合っている。思わず彼女の後ろに付いてきていた侍女達を見ると、サムズアップされた。
馬車に乗り込む。馬車には俺と咲楽ちゃん、サファ殿とモース嬢が乗り込む。これはあれだな、箱馬車ってやつだ。プロクスとアルフォンスは馬に乗って横に並ぶ。乗馬か、しばらくしていないな。
王宮に着くまでに再度流れの確認をする。基本的に俺は咲楽ちゃんのエスコート。
「騎士風の衣装だけど、シロヤマ様の隣でいつもいてあげてね」
「はい」
「馬車から降りるときは私の真似をしてください。一応の流れとしては、王宮に着いてしばらくしたら謁見。その後王族の方々とお茶会。そして軽いパーティーですかな」
「お茶会とパーティーも元から組まれていたんですね」
俺が聞くとサファ殿は頷いた。
「王族の方々は1日のスケジュールが決まっておりますから」
王宮に着いた。最初にサファ殿、次いで俺が降りる。モース嬢がサファ殿の手を取りゆっくりと降りた。
「咲楽ちゃん」
呼んで手を差し出す。
その手を取って、咲楽ちゃんがゆっくり降りる。
途端に周りがざわついた。サファ殿とモース嬢が側に寄る。
「用意は良い?行きましょうか」
ザワザワした雰囲気を感じながら、サファ殿とモース嬢の後をついていく。やがて応接室らしき所に通された。
「しばらくこちらでお待ちください」
案内してくれた人が一礼して去っていく。
その後侍女らしき人が紅茶を出してくれた。
「こう紅茶が続くとコーヒーが飲みたくなるな」
と呟く。そういえば飲んでなかったな。この世界にコーヒーはあるんだろうか?
4の鐘がなる少し前、案内の人が来た。
サファ殿達の達の後をついていく。
いくつかの角を曲がって、10分位歩いた。やがて豪華な扉の前に着いた。
「異邦人のヤマト・トキワ様とサクラ・シロヤマ様をお連れしました」
続いて、サファ殿とモース嬢が声をかけられていた。
「サファ様とモース様はこちらからお入りください」
「入れ」
重い声が響く。
扉が開く。中には沢山の人がいた。ザワザワと言う声が聞こえる。
「咲楽ちゃん、行くよ」
声を掛け歩いていく。サファ殿とモース嬢は別の扉から入って既に中に居た。
教えられた印のところで止まり、礼をとる。
ザワザワした声が止んだと思うと、壇上に3人が現れた。
「許す。顔をあげよ」
顔をあげる。
壇上にいるのが王と王妃か。もう一人は誰だ?俺より少し若い男性。王太子というやつか?
「よくいらした。私はコラダーム国国王、ディートリヒ・ドゥ・コラダームと言う。貴殿方の名前を教えていただけまいか」
「私はヤマト・トキワと申します。お目にかかれて光栄に存じます」
「私はサクラ・シロヤマと申します。お初にお目にかかります」
「この度は私共のためにお時間を割いていただき、ありがとうございます」
二人でゆっくりと礼をする。
「この後お時間はありますか」
王妃が聞く。
「はい」
魔法属性のことなどを質問されて、謁見は終わった。
「二人とも堂々としてたじゃない。良かったわよ」
謁見室の近くの控室に案内されると、サファ殿とモース嬢が来てくれた。
「緊張しました」
咲楽ちゃんが言うと、
「上出来ですよ」
とサファ殿に誉められていた。
この後お茶会か。
「貴方達、これから大変よ。何人かの貴族の方に婚約の打診をされたもの。『あの二人は婚約者同士です』って言っといたけどね」
「煩わしいですね」
本当にそう思う。
そこに案内人の人が来た。
「トキワ様、シロヤマ様、どうぞこちらへ」
バラ園に案内された。
「こちらでお待ちください」
咲楽ちゃんはバラに目を奪われたのか「凄い……」と呟いている。
そこに先程の3人が来て、お茶会が始まった。
「改めてディートリヒ・ドゥ・コラダームだ。こちら王妃のヴィクトリア・ドゥ・コラダーム、これが王太子のシグムント・ドゥ・コラダームだ」
「ではこちらも改めまして、常磐 大和、こちら風に言うとヤマト・トキワです」
「私は白山 咲楽、こちら風に言うとサクラ・シロヤマです」
「お二人は異邦人なのですよね。お話を色々と聞かせてください。トキワ殿はこちらに来る以前は何をされていたのですか」
王太子が聞く。
「実家が武術の道場でしてね。その手伝いをしておりました」
「ではお強いのでは?」
「そこまででもありませんよ」
俺が答えると、次いで咲楽ちゃんが聞かれた。
「シロヤマ嬢は何をされていらしたのですか」
「私は学生でした。こちらの施療院の様な所で働くための、専門の知識を持った人を育てるための学校で学んでおりました」
「そんな学校があるんですね。貴族の通う学園のようなものでしょうか」
ほぼ質問は、日本で居たときの話となった。
「お二人はあちらにいらしたときから、お知り合いだったのですか?」
「いえ、こちらに来てからですね。知り合えたのは、幸運だったと思いますよ。転移させられた、と言うのはいささか不可解な出来事ですけどね」
俺が答える。
「こちらに来られて、不自由なことはございませんか?」
不意に王妃から聞かれる。
「いえ、皆様に優しくしていただいて、不自由なく過ごさせていただいております」
「おぉ、そうだ。二人ともこれからどうするつもりだ?こちらとしてはトキワ殿には騎士団に所属して頂きたいと思っている。シロヤマ嬢は王宮魔術師に入っていただくのも……なんなら貴族と言う身分を用意するが」
「お気持ちはありがたいのですが、それは御遠慮申し上げたい」
不敬かもしれないな。そう思いながら答える。
「お二人は婚約者、と言うことでよろしいのですか?」
王太子に聞かれた。
「対外的にはそういうことにしております。いかんせん知り合って間もないので今、お互いの事を理解している途中ですね」
「そうそう、この後軽いパーティーを行う予定なので、参加してくれないか」
元々そういう流れだったと感じさせない自然さだ。
王妃が眼を輝かせる。
「あら、じゃあ、シロヤマ嬢のお召し替えをしなきゃね」
また着替えるのか?
「そうだわ。私のドレスに少し手を入れれば良いですわね。シロヤマ嬢には何色が似合うかしら。楽しみね」
勝手に話が進んでいる。
「お二人は婚約者同士と知らしめておかないと、貴族の子息、令嬢が大変でしょうね」
王太子がそんなことを言う。
「実際に何件か申し込みが来ているよ。シロヤマ嬢の方が多いけどね」
速すぎだろ。
「そろそろお開きにしようか。シロヤマ嬢の準備もあるし」
王が言ってお茶会はお開きとなった。侍女達が寄ってきて、別々の部屋に案内される。
「トキワ様はこちらでお待ちください。ただいまお衣装をお持ちいたします」
「私も着替えるのですか?」
「そのように伺っておりますが。シロヤマ様のお衣装が何色になるかがまだ不明ですので、今、確認に行かせております。もう少々お待ちください」
サファ殿がやって来た。
「トキワ殿、シロヤマ嬢が王妃殿下のドレスを賜るという話は本当ですか?」
「本当のようです。王妃様が『ドレスに少し手を入れれば良い』と仰られていましたし」
「妃殿下に気に入られたようですな。しかし、これは騒ぎになります。ただでさえ子息、令嬢達が既に騒いでおりますから。このパーティーは上級貴族以上しか居りませんが、少し覚悟をされた方がよろしい」
「脅かさないでくださいよ」
「会場には娘も居ります。『不味いことにならないよう気を配れ』と言ってありますから、安心なさるとよろしい。シロヤマ嬢はご自分を出されるのが苦手でしょう」
「そうですね」
「なおさら娘を付けさせておいた方が良いな。トキワ殿、失礼いたします。少し離れます」
サファ殿と入れ違いで侍従が入ってくる。
「シロヤマ嬢のドレスの色を確認いたしました。トキワ殿はそのままでよいとのことです」
「着替えなくてもよいということですね」
そこに王太子が現れた。侍従が面白いくらいに慌てている。
「王太子殿下」
席を立ち、礼をする。
「ちょっと話がしたくってね。良いかな」
「構いませんが……」
侍従を下がらせて二人になると、王太子はいきなり頭を下げた。
「お止めください。何をなさっているんです」
俺の声に王太子は頭をあげる。
「母が必要以上にはしゃいでしまってすまない。シロヤマ嬢にドレスを下賜するということが、騒ぎになっていてね。望まないことになる可能性もある。本来なら父と母が謝りに来るべきなのだが、騒ぎに輪をかけると説得して私が来た。二人はサファ侯爵に叱られていたよ」
侯爵だったのか、あの人。と言うか、王と王妃を叱るって何者なんだ?
「トキワ殿は舞を嗜んでいると聞いたのだが、本当か?」
「剣舞です。まだまだ精進が足りませんが」
「それを神殿で奉納すると言う話も本当なのか?」
「そういう打診は受けましたが、まだ何も決まっておりません。自分が納得できる域まで達すれば、という話です」
「ではそれを楽しみにしておこう」
何かを企んだ顔をしたな。
そこにサファ殿が現れた。
「王太子殿下、居られたのですか。トキワ殿とのお話は終わられましたか?」
「あ、あぁ、終わった。そろそろか?」
「そうですな。シロヤマ嬢のお支度も終わったようです。トキワ殿、シロヤマ嬢を迎えにいきましょう」
「私も一緒に出よう」
咲楽ちゃんを迎えに行く。扉を開けると春の妖精が居た。鮮やかなレモン色のドレスを身に纏い、花飾りをつけて。
言葉が遅かったせいか、咲楽ちゃんが不安そうな顔になる。
「よく似合ってる」
言葉を絞り出した。照れてしまって顔を背ける。
「はいはい。照れるのは後でね。しっかりエスコートしないと、うるさい貴族連中にあっという間にかっさらわれるわよ」
モース嬢の言葉に手を差し出す。
「かっさらわれてたまるか」
小さく呟いて咲楽ちゃんをエスコートし、パーティーの会場に入ると、貴族達に取り囲まれる。
挨拶したいってこれ何人いるんだ?
5の鐘が鳴る時間でもあるので、会場には軽食も用意されていた。
サファ殿とモース嬢の先導で軽食コーナーに移動する。そこでも貴族の御子息や御令嬢が待っていて一斉に話しかけられた。
俺は御令嬢に、咲楽ちゃんは御子息に。
御令嬢は一斉に何か喋っていたが、その時咲楽ちゃんの顔が見えた。不安げな顔。怯えている?
「悪い。お嬢さん方退いてくれ」
思ったより低い声が出た。ご子息方も道を開けてくれる。
咲楽ちゃんの元へ行き彼女を守るように抱き締める。
「失礼。彼女はこういう事態に慣れていないのです。申し訳ない」
「いけないわ。お顔が真っ青よ。少し休んでいた方がいいわ」
聞いたことのない声が聞こえた。
そこには真っ赤なドレスを身に纏った御令嬢が居た。この人がサファ殿の娘さんか?
「ちょっと、誰か彼女を椅子に座らせてやって」
給仕の男に指示すると、彼女も一緒に着いてきた。
「ごめんなさいね。あの人たち、何とかして貴方方と繋がりを持ちたいのよ。こんな可憐な方を怖がらせるなんて、なっちゃいないわね。あぁ、私はサファ家の娘、ヴィオレット。よろしくね」
やはりサファ殿の娘か。軽く目礼をしておく
「ウチは侯爵家なのよ。今回お父様がそちらにいらしたでしょう。こういったことは得意だからって、ウチに話が回ってくるのよね」
咲楽ちゃんが申し訳なさそうな顔をする。こういったことが得意って、サファ殿は教育担当ということか?
「あぁ、気にしないで。お知り合いになれてとても嬉しいのよ。シロヤマ嬢の事はアザレア様に伺ってて、是非お友だちになりたかったの。もちろんトキワ様もね」
ヴィオレット様はそう言って笑った。
「何か召し上がる?ちょっと、見繕って持ってきてちょうだい」
手慣れているな。流石に侯爵家のご令嬢だけある。
咲楽ちゃんは食欲が無いようで、飲み物だけ口にしていた。
「トキワ殿」
サファ殿に呼ばれた。
「お父様、今、彼女からトキワ様を引き離されますの?」
ヴィオレット様が言う。
「少し話があるだけだよ」
サファ殿は俺を会場の隅に連れていく。
「トキワ殿とシロヤマ嬢に対する問い合わせが凄い。既に縁談も何件も来ている。すべて『二人は婚約者同士だ』と断っているがね。それとダンスの順番が決まった。陛下達が踊られた後。ファーストダンスだ」
「なかなか凄い状況ですね」
「シロヤマ嬢のデビュタントのようになってしまった。こちらの認識不足だったな。すまない」
サファ殿が頭を下げる。こればっかりはなぁ、仕方がないか。
「大丈夫ですよ。仕方がない、と言うことなのでしょう」
咲楽ちゃんとサファ嬢の所に戻る。
「参った。陛下と王妃様が踊られた後、トキワ殿とシロヤマ嬢のダンスが決まったよ」
サファ殿が咲楽ちゃん達に言う。
「それって実質ファーストダンスじゃない。お父様?!」
「とは言ってもな。実際、問い合わせが凄いんだそうだ。このパーティーは略式のものだし、上位貴族しか居ないけど、シロヤマ嬢のデビュタントのような感じになってしまった。しかも王妃様からドレスを賜ったと言うのも広がっていて、ざわついてしまっているよ」
拍手が起こった。両陛下のダンスが始まる。咲楽ちゃんは自分が座っている事が気になったようだ。
「少し休んで顔色も良くなったみたいね。そろそろ立っていましょう」
モース嬢に促され、咲楽ちゃんが立ち上がる。
「大丈夫か?」
「大丈夫です」
「無理は……」
「してません」
笑顔を作ったので、とりあえず頭をポンポンとしておく
やがて、両陛下のダンスが終わる。
「「行ってらっしゃい」」
モース嬢とサファ嬢に声をかけられ、中央に進む。
ダンスは教えられたワルツ。ゆったりと曲が始まる。
リズムを聞いて。咲楽ちゃんが踊りやすいようにリードする。
咲楽ちゃんが顔をあげる。お互いに微笑み合う。
その時周りがザワっとした。何だ?
やがて曲が終わり拍手を頂いた。
サファ殿達の元に戻るとサファ嬢に話しかけられた。
「そのマントの裏の刺繍は何?」
「裏?」
「さっきダンスを踊っていたときに、見えたのよ」
刺繍?もしかして……。
「それは桜です。私達の国の花です。国の象徴でもあります」
咲楽ちゃんが答える。
「それってあれか?咲楽ちゃんが刺繍してたやつ」
「サクラってシロヤマ様の名前と一緒よね。素敵ね」
サファ嬢が言う。そうだな。しかし気が付かなかった。肩マントの裏か。
それからは特に何もなく賑やかにすぎていった。
やがてパーティーは散会したが、神殿に戻れなかった。
「今日は王宮に泊まっていかないかい?」
お暇の挨拶の時に王がそう言われたからだ。神殿には連絡してあると言う。手回しが良いな。最初からそういう予定だったのじゃないか、という疑いが出てくる。
客室に案内された。広い。いつも使ってる部屋の3倍はある。しかもベッドルームもあったが……。
「参ったな」
思わず顔を覆った。
そう、ベッドが一つだった。キングサイズより大きいベッド。
「咲楽ちゃんはベッドを使って、俺はソファーで寝るから」
「ダメですよ、そんなの。私がソファーで……」
「女の子をソファーでなんか寝かせられない」
ここまで言っても躊躇しているな。
「とにかく、今日は疲れたでしょ。咲楽ちゃんがベッドを使いなさい」
「でも……」
「でも、じゃない。でないと襲うよ」
真剣な声で言ってやると、咲楽ちゃんは急いでベッドに潜り込む。
「側に居て良い?」
何となく離れがたくて、そんなことを言う。
咲楽ちゃんが寝付くまで、いろんな話をした。
修行していた頃の苦労話だとか、傭兵部隊に居たときの仲間の話、剣舞を舞っている時の話。
「俺の中に居るのは龍じゃない。あれはそう言う形をとっているだけだ。剣舞が5番あると話しただろ。『春は翠龍、夏は緋龍、秋は黄龍、冬は黒龍、四季の舞の時はすべてが合わさって白龍となる』そう言われている。そこまで集中し、気を高めてあの剣舞は完成するんだ。実際にどう動いて敵を斬るかを理解しないと、舞に気は込められない。習い始めたときにそう言われた。今はそこまで制御できていない。咲楽ちゃんには高めた気が龍に見えたんだな」
まぁ、俺も親父に言われた受け売りだが。咲楽ちゃんは寝たか。思わずその額にキスを落とす。
隣の部屋に戻り、上衣を脱ぐ。魔空間に入れておいた普段着に着替える。
やっと落ち着けたか。部屋的には落ち着けていないが。しかしこれは……いつからだ?いつから計画されていた?ダメだな。予測できないことが続きすぎている。
ーー異世界転移11日目終了ーー