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一週後の土の日。朝目覚めて外を見ると、雪が降っていた。一週間前に積もった雪は緑の日には全て溶けたんだけど、庭にはあのスノーマンさんがまだ存在感たっぷりで残っている。あの日一緒に来た魔術師さんの1人がシャワー状の水をかけていたって言ってたから、凍って溶けにくいんだと思う。あの日は気が付かなかったけど、雪うさぎっぽいのもあった。カークさんが一生懸命作ってたらしい。「自分は不器用ですから」って言いながらリアルに作ってたらしい。そう。私の思い浮かべる雪うさぎじゃない、リアルな雪クルーラパンが3匹スノーマンさんの回りにいた。
着替えて階下に降りる。大和さんは居ない。走りに行ってるか地下に行ってるか。どっちだろう?
あれから伝声管という物を付けて貰って、リビングにある筒の蓋を開けたら、地下の音が聞こえるようになった。地下空間の拡張はほとんどせずに諦めたみたい。それでも大和さんは満足らしくって、走りにいけない朝や、休みの日には籠ってるらしい。
伝声管を開けて、地下の音を聴いてみたけど、物音はしない。ということは走りに行ったって事かな。
勝手口をそっと開けて見てみると、雪は降ってるんだけど、まだ積もっていない。
良かった。そう思いながら、朝食の準備を始めた。
イリコ出汁と魚醤を使ったお吸い物風スープは意外と好評で、カークさんはいたくお気に召したらしい。施療院のみんなにも好評だったから、一週間で2回持っていった。
今日もお吸い物風スープだ。カークさんのおかわりを見越してたくさん作った。施療院にも持っていくし。具材は野菜たっぷり。どちらかといえばけんちん汁に近い。ゴボウとか里芋、こんにゃく、豆腐は無いからジャガイモとか豆類を入れている。
「咲楽ちゃん、おはよう」
「おはようございます、サクラ様」
大和さんとカークさんが勝手口から入ってきた。何度か「お客様は玄関から」って言ったら、その度に非常に悲しそうな顔をされたので、最近はま、いいかって諦めた。
「おはようございます、大和さん、カークさん」
「地下に行ってくる。時間になったら呼んで」
「はい」
朝からバトルロープは使わないらしいんだけど、何をしてるかは聞いていない。以前聞いて、腹筋、懸垂、腕立て伏せをしてるってことは知ってる。けど、その他に剣舞の修練もしているらしい。最近市場でトラヴェルソっていう横笛を見つけてそれも練習してるみたい。カークさんと2人で。大和さんって横笛も演奏できたの?
朝食の準備が整ったから、伝声管を開けて、大和さん達を呼ぶ。開けたとたんに2種類の笛の音が聞こえた。綺麗な音色とたどたどしい笛の音。
「朝食の用意が出来ました」
いつも、呼んでから大和さんがシャワーに行くから、少し早めだ。この間にパンを温める。
「ごめんね、シャワーに行ってくる」
「大丈夫ですよ」
そう返事をして、大和さんを見送る。
「カークさん、笛の練習はどうですか?」
「音は出るんですが、曲にはなってません。トキワ様は綺麗な曲を吹かれるんですが」
「大和さんが横笛を演奏できるって、初めて知りました」
「剣舞に必要だからって言っていらっしゃいましたよ。いつか私の笛でトキワ様に、剣舞を舞っていただきたいです」
「あ、それ、私も見たいです」
「いつになるかは分かりませんが」
「待ってますよ」
「頑張ります」
「カークさんは大丈夫だと思いますけど、酸欠には気を付けてくださいね?」
「酸欠?何故ですか?」
「笛を"吹く"のですから、夢中になると限界を越えて吹いてしまいそうですから。吐く息と吸う息のバランスが崩れると、簡単に酸欠になります」
「なるほど。気を付けます」
「大和さんが笛を吹いてるところも見てみたいです」
「見ていない……ですね、そういえば」
「見たいです」
「練習が朝ですから、時間がないのでは?トキワ様がお休みの日におねだりしてみたらいかがですか?」
「なんだかみんな、私におねだりをさせたいみたいですけど、大和さんは普通にお願いしたら聞いてくれますよ?」
「おねだりって言う方が、サクラ様に合ってるじゃないですか」
「合ってるですか?」
「可愛く『駄目ですか?』とかしているところを、見たいんだと思いますよ」
「カークさんもですか?」
「あ、いや、あの……はい」
「えっと、何故ですか?」
「サクラ様の可愛らしいところを見たい……って何言ってるんだ。私は」
「そこで照れないでくださいよ。私の方が恥ずかしいんですからね」
「すみません」
2人で照れてたら、大和さんの声がした。
「カーク、咲楽ちゃんを口説いてたのか?」
「口説いてません」
「じゃあ2人で照れてるのは?」
「サクラ様にトキワ様へおねだりをしてみたら?って言ったら、ちょっと予想外の方に進みました」
「おねだり?何かして欲しいの?」
「大和さんが笛を吹いているところを見たいなって思ったんです」
「あぁ。時間が合わないし、地下でやってるからね。闇の日って休みだったっけ?」
「お休みの予定です」
「何故カークが答えるんだ」
「覚えておりましたので」
「まぁ良い。闇の日に聞かせるよ。地下になるけど、良い?」
「はい」
「じゃあ朝食にしようか」
「今朝はカークさんの好きなスープですよ」
「材料も作り方も教えていただきましたが、美味しくできません」
スープを注ぎ分けてカークさんに渡しながら聞いてみる。
「なんでしょう?魚醤の量とかの違いですかね?」
「味が違うんですよ。何となく生臭いというか……」
「魚醤の材料の違いだろうな」
大和さんが言った。
「材料?そんなに違いがあるんですか?」
「あるらしい。詳しくないけどな」
「私も詳しくないですけど、製法によっても違うって聞いたことがあります」
「そうなんですか。どうしましょう、あれ」
「たくさん残っていますか?」
「そうですね半分くらいでしょうか」
テーブルに付いて、朝食を食べ始める。
「半分くらい……魚醤を使った料理……」
「サクラ様?」
「たぶん使い道を考えてるんだろう。食材を捨てるなんて考えないから、咲楽ちゃんは」
「パスタとかの味付けに使うとか、しか、思い付きません」
「パスタの味付けですか?」
「後は鳥肉をビネガー類と漬け込んでみるとか」
「材料を持ってきますので、作り方を見せてください」
カークさんが勢い込んで言ってきた。
「構いませんけど」
「お願いします」
「じゃあ、闇の日だな」
「はい!!」
「そんなに楽しみか?」
「お2人の……いえ、何でもありません」
「気になります」
「何を言いかけたんだ?」
「何でもありませんって」
「後で絶対に吐かす」
「サクラ様の居ないところでお願いします」
「何をされると思ったんだ?」
ニヤッと笑いながら大和さんが言う。
「そ、それは……」
「早く吐いて楽になった方がいいぞ」
大和さんが悪徳刑事さんみたいになってる。
「大和さん、お食事中です」
「はいはい。からかうのもこれくらいにしておくよ」
賑やかな朝食の後は出勤準備。大和さんはカークさんといつもの「洗う」「私がやります」の応酬を楽しんでる。
自室で練り香水を手に取って気が付いた。あの雑貨屋さんに連れていって貰ってない。大和さんに言わなきゃ。
着替えを済ませ、リビングに降りた。カークさんがなんだかぐったりしている。
「カークさん、大丈夫ですか?なんだかぐったりしてますけど」
「大丈夫です。今日はこれで失礼します」
「気を付けてな」
「はい」
カークさんが、先に出ていった。
「大和さん、何かしたんですか?」
「なにもしてないよ」
「本当に?あ、そうだ。練り香水を買った雑貨屋さんに連れていって下さい」
「前の時、行けなかったね。忘れてた。ごめん」
「私も忘れてたんです。すみません」
「今日も氷魔法の練習、するの?」
「たぶんします」
家を出ながら答える。
「うっすらと白くなってきてるね」
「はい」
「咲楽ちゃん、全身白いから、雪の妖精さんみたいだね」
「そんな事、ないですよ。靴もブラウンだし、コートは白いけど中はオレンジだし」
「咲楽ちゃん、普通はコートの中は考えないからね?」
「そうですか?」
「そういうところも可愛いけど」
「可愛いって……」
「この時期の雪は粉雪だね」
「先週積もった時と違いますね」
「あの時は水分が結構あったよ」
「なんでしょうね」
「氷魔法って夏……ホアでも出来るんだよね?」
「出来ると思いますけど」
「カクテルが作りたいなって思ってね」
「カクテル?飲んでみたいです。お酒は飲めませんけど」
「ノンアルコールのレシピもいくつか知ってるよ」
「カクテルでノンアルコールってジュースですか?」
「認識として間違ってないよ。後はシロップ類を炭酸水で割ったりね」
「炭酸水……あるでしょうか?」
「無いかな?」
「どうでしょう?」
「食用のクエン酸と重曹で作れるのは知ってるけど」
「クエン酸はレモンとかで代用できますよね。重曹はどうでしょう?」
「主に合成だったりした覚えがあるから、無いかもね」
「天然の炭酸水は?どうですか?」
「スパークリングウォーター?どうだろうね?」
「聞いてみます」
「誰に?」
「ライルさん。氷魔法の練習をしている時って、会話をしていないと寒いんです」
「気を紛らわすって事?」
「はい」
「他にどんな話をしてるの?」
「雪像は何を作るかとか、滑り台の他に遊具を作れないかとかですね」
「雪の遊具って滑り台択一な気がするけど」
「ですよね」
「遊具でなくて良いなら、かまくらを1つだけ用意して、各自で作らせるとかどう?」
「あぁ、そっか。材料はたくさんありますもんね」
「後はボウルとか入れ物を用意しておいて、各自で雪像を作らせる」
「大和さん、やったことあるんですか?」
「無いよ」
「だって詳しいから」
「想像力と発想力だよ」
「どっちも無いです」
「咲楽ちゃんは発想力はあると思うけど」
「そうでしょうか?」
「刺繍とかするじゃない。後、料理のアレンジとか」
「自信が無くなってきました」
「大丈夫。自信持って」
大和さんの励ましを受けて、王宮への分かれ道に着く。
「おはようございます、シロヤマ嬢」
「おはようございます、副団長さん」
「全身白いですね」
「大和さんにも言われました」
「それで彼らは何を話してるのでしょうね?」
「さぁ?」
「トキワ殿とフリカーナ殿とジェイド嬢の組み合わせで、共通点と言えばシロヤマ嬢ですね」
「心当たりがありませんけど」
「寒いですね」
「はい。唐突な話題転換ですね」
「そろそろ職場に向かいませんか?」
「声をかけろと、そう言うわけですか?」
「すみません」
恐縮したパフォーマンスをする副団長さん。ふぅ、っと息を吐いてから声をかける。
「そろそろ職場に向かいませんか?」
せっかくだから副団長さんの言葉をそのまま使ってみた。副団長さんはそれに気付いて苦笑していた。
「あぁ!!ごめんねサクラちゃん。行きましょ」
「言わされたの?咲楽ちゃん」
「ごめん、シロヤマさん。行こうか」
三人三様の言葉を貰って、大和さんに「いってらっしゃい」をして、施療院に向かう。
「何を話していたんですか?」
「雪での遊びのアイディアを貰ってた」
「色々思い付くわよねぇ」
「でも器を用意して自由に作らせるって言うのは良いね」
「かまくらを各自で作らせるのも良いわよ」
「何人来るか分かりませんし、氷魔法は未だに取得できてませんけど、場所、大丈夫でしょうか?」
「やっぱりそう思う?」
「はい」
「王宮騎士団を巻き込むか、って案も出たんだけどね」
「サクラちゃんの魔法属性をバラしたくないって、トキワ様が言っててね」
「王宮に子ども達をって遠慮する親もいるだろうしね」
「大々的に宣伝しなくても良いんじゃないですか?」
「どう言うこと?」
「最初に何人か来てもらったら、その子達が誘ってくれないかな?って思って」
「あぁ、穴場的な遊び場ってこと?」
「はい」
「秘密の遊び場ってみんな好きだよね」
「保護者に見ててもらわないと行けませんけど」
「その問題もあるね」
「でも私が氷魔法を取得してからですよね?」
「僕は良いの?」
「もちろんライルさんもです」
「ねぇねぇ、サクラちゃん、今日もスープを持ってきたの?」




