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あっという間に星見の祭の日になった。大和さんは早番だから、先に家を出た。私は後からローズさんと神殿に向かう予定だ。
今日の大和さんは早番勤務が終わったら5の鐘まで休憩して5の鐘から7の鐘まで再び勤務。大和さんは早番だけど昼勤の人もいて、その人は途中休憩はあるんだけど、ほぼぶっ通し勤務になるらしい。と言っても6の鐘で早上がりになるらしいんだけど。
その昼勤の1人がエスターさん。神殿まで一緒に行くことになってる。
朝起きて、朝食を取って、余った時間でタペストリーを織っていた。最初の内は結構楽。1本おきに経糸を掬って紡いだ羊毛糸を通していく。1/3位織ったところで、ちょうど良い時間になった。織物は慣れてると早い。しかも本格的な物じゃないし、横糸も太いから余計にサクサク進む。作ってあった四角い枠に経糸を張ったものと、紡いだ羊毛糸と、定規を魔空間に入れて、家を出る。
「シロヤマさん、おはよう」
「おはようございます、エスターさん」
エスターさんは私の男性に対する恐怖を知らない。知らないんだけど、ゴットハルトさんから何かを聞いてるみたいで、適当な距離を取ってくれてる。
「星見の祭ですね」
「はい。エスターさんはほぼぶっ通しで2の鐘から6の鐘までって聞きました。無理しないでくださいね」
「トキワ殿よりはマシですよ。8の鐘から3の鐘までと5の鐘から7の鐘でしょう?私だったら感覚が狂います」
「続けてやるか、中休憩があるか、の違いですけど、どちらが良いんでしょうね?」
「私は続けた方が良いですけどね」
「時間が長いと気持ちが続かない時に怪我とかしやすいので、気を付けてくださいね」
「はい。気を付けます」
妙に真面目くさった態度でエスターさんが言って、笑った。
「でも、実際に騎士として参加するのは初めてですからね。毎年来てたけど」
「街壁の上が解放されるって聞きましたけど」
「あぁ夜は特に綺麗ですよ」
「楽しみです」
「トキワ殿と登るんですか?」
「はい。登ってみたかったんです」
「トキワ殿ならエスコートは完璧だろうけど、足元に気を付けて下さいね」
「足元、危ないですか?」
「暗いから。魔道具の灯りはあるけど、そこまで明るくしてないですからね」
「はい。気を付けます」
さっきのエスターさんと同じ言葉を返して、笑う。
「エスターさん、毎年星見の祭に来てたんですか?」
「小さい頃は兄に連れられて。最近は弟達を連れてきてましたよ」
「今年も弟さん達、いらっしゃるんですか?」
「来るんじゃ、ないかな?」
「じゃあ、久しぶりに会えるんじゃないですか?」
「かもしれません」
「楽しみですね」
神殿との分かれ道まできた。ローズさんはまだ来ない。
「ジェイド嬢がいらっしゃるんですよね?」
「はい」
「トキワ殿なら来てるのが分かるんでしょうけどね」
「あぁ、索敵って言ってる地属性ですね」
「地属性はそんな使い方、しないんですけどね」
「地属性を使える人が驚いてました」
「ですよね。シロヤマさん、施療院の皆さんがいつもと違う格好をするって本当ですか?」
「思い出してしまいました。恥ずかしいです」
「どんな格好なんですか?」
「自分から言いたくありません」
「……どんな格好なんですか」
「変な格好ではないですよ?恥ずかしいですけど」
「女性が恥ずかしいと言うと、足が出てるとかですか?」
「言いたくありません」
その時、ローズさんの声が聞こえた。
「あぁ、おみえになりました……ジェイド嬢の他に何人かいらっしゃいますけど」
ローズさんと、あれはアレクサンドラさん?とジェイド商会の服飾部のスタッフさんだ。
「サクラちゃん、おはよう。パイロープ様、おはようございます」
「あらぁ。こちらがパイロープ様?またタイプの違う男前ね。優しいお顔です事」
エスターさんがちょっと逃げ腰になってる。
「サンドラ、挨拶じゃないの?」
「失礼いたしました。ジェイド商会服飾部、アレクサンドラと申します。サンドラって呼んでね」
「エスター・パイロープです。お見知りおきを。ジェイド商会のアレクサンドラってあの?」
「どの、か、知らないけど、ジェイド商会のアレクサンドラはワタシよ」
「癖が強いけど、裁縫師としては超一流だと言う、あの?」
「神殿に向かいながら話をしましょ。癖が強いって言うのはどういう事かしら?」
「失礼しました。癖が強いって言うのは聞いただけですよ。滅多に表に出ない幻の人物と聞きましたが」
「今日はシロヤマちゃんの晴れ舞台だしね。ワタシは裏方に回るけど、ちゃんと見届けたいじゃない」
アレクサンドラさんとエスターさんが話をしている後から、私達は付いていく。
「サクラちゃん、今日は長いけど、平気?」
「はい。大丈夫ですけど、あの衣装が……」
「似合ってたわよ?」
「ミニスカートは恥ずかしいです」
「マントが結構大きかったけど?」
「それはそうなんですけど」
「何が気に入らないの?」
「目線が怖いんです」
「目線?確かにあの格好は人目を引くわね」
「それが怖いんです。人目を引くのが」
また、あの時みたいに、目をつけられて追い回されたら?大和さんが居てくれたら、おそらくあの時みたいな事にはならない。でもずっと居てもらう訳にいかない。
ローズさんが私の様子がおかしいのに気が付いたみたいで、アレクサンドラさんを呼んだ。
「サンドラ、ちょっと良い?サクラちゃんの衣装だけど、なんとか出来ない?」
「あれが1番可愛いって、シロヤマちゃん?どうしたの?」
「お願いします。あのスカートは無理です」
「シロヤマさん、トキワ殿に来てもらう?」
エスターさんが言ってくれたけど、大和さんはお仕事中だし、迷惑をかけられない。
首を振ると、アレクサンドラさんが言った。
「何かあるみたいね。仕方がないわ。みんな、第2案に変更するわよ。1人コリンちゃんの所に走ってちょうだい」
「ご迷惑をお掛けしてすみません」
「本人が無理だって言うのは着させられないわ。大丈夫よ。ちゃんと考えてあるから」
神殿の前に立っていた騎士様が寄ってきた。
「おはようございます。どうかされましたか?」
「ちょっと彼女を休ませたいのですが。トキワ殿は?」
「神官様達と打ち合わせをしてる。呼んだ方が良さそうだな」
「呼ばないで下さい。お仕事の邪魔はできません」
そう言ったんだけど、エスターさんが走っていった。私は神殿内の一室で座らされた。
大和さんがやって来て、ローズさんとアレクサンドラさんに話を聞いていた。
「咲楽ちゃん、大丈夫?」
「お仕事中なのにすみません。ちょっと思い出しちゃって」
「そんな事、気にしないの。あの2人にだけは咲楽ちゃんの事、言っちゃったけど」
「どの事ですか?」
「追いかけ回されたことがあるって。説明できなかったからね」
「すみません。迷惑をかけちゃってます」
「シロヤマちゃん、これなら大丈夫?」
そう言って手渡されたスカートは裾にレースで少し長めのフリルが付けられていた。
「それでもダメなら、マントを腰に巻いてもらうって考えてたんだけど」
「たぶん大丈夫です。ごめんなさい」
「良いのよ。怖かったでしょ?」
「言わなかった私が悪いんです」
そう言うとアレクサンドラさんは黙って部屋を出ていった。きっと呆れられた。
着替えて外に出ると、ローズさんが待っていた。
「お待たせしました」
「相変わらず可愛いわ。よく似合ってる。サンドラ、こっちの方がいいんじゃない?」
「シロヤマちゃん、ちょっとこっちに来て」
アレクサンドラさんに呼ばれて外に出ると、コリンさんがいた。手にはスカートと同色の大きめの布。
黙ってその布を私に巻いていくアレクサンドラさん。
「サンドラ、説明してあげたら?」
「無理。コリンちゃん、お願い」
ふぅ、とため息を吐いて、コリンさんが話し出した。
「トキワ様の話を聞いて、サンドラが怒っちゃったのよ。女の子は笑顔が1番似合うのにって。昔からそうよね。女物を着てるのに女の子を可愛く綺麗に見せたいって、ずっと言ってたし」
「そうよ!!ワタシはワタシが許せないのよ。ずっと嫌だって、丈を伸ばしてほしいって言ってたのを、恥ずかしいだけだって決めつけてたなんて」
「アレクサンドラさん、恥ずかしいのは本当ですよ。思い出して怖くなったのもありますけど」
「よし、出来た。お仕事中はこれで良いわ。商品を渡す時だけ短くして良い?」
「がんばります」
「無理だったら言うのよ」
アレクサンドラさんにそう言われて、救護室に案内してもらう。
「サクラちゃん、それも似合うわ」
「ありがとうございます」
ローズさんに白い布を渡されて、腕に結ぶ。これが腕章の代わり。西の森でも付けたものだ。マントは室内だから脱いでいる。
「あ、天使様だ」
時刻は2の鐘を過ぎた頃。大きな声がした。カール君だ。何人かと一緒に来たんだけど、1人の女の子が泣いてる。
「こんにちは。カール君。どうしたの?」
「この子、迷子みたい。ここに連れていってくれって言われた」
「あら。ありがとう」
女の子はカール君から離れない。
「しばらく遊んでく?」
「でも手伝いがあるから」
「手伝い?」
「冒険者ギルドの手伝い。迷子を発見したら、騎士様に知らせるのが僕達の役目」
「へぇ。カール君達なら安心できるね」
「お姉ちゃん」
小さな声と共にスカートをツンツンと引っ張られた。
「このご本、読んで良い?」
「良いよ」
「お前、字が読めるのか?」
カール君が聞いた。
「先生に教えてもらったの」
たぶんこの子は5~6歳。もう字が読めるの?もしかして貴族様のご令嬢?ローズさんと確認しあって騎士様を呼ぶことにした。
「カール君、騎士様を呼んできてくれる?」
「分かった」
大きな声で、返事をしてカール君は出ていった。女の子に話しかける。
「こんにちは。お姉ちゃんはサクラって言うの。お名前教えてくれる?」
「ディアンヌ・エイライト」
「エイライトってエイライト伯爵家の?」
ローズさんが声をあげた。
「知ってらっしゃいますか?」
「うちの顧客リストで見たことある程度よ。直接面識はないわ」
そこにカール君達が騎士様を連れてきてくれた。
「何かありましたか?」
「この子、迷子だってカール君達が連れてきてくれたんですけど、名前を聞いたらディアンヌ・エイライトって答えたんです」
「エイライト伯爵のお身内ですか」
「どうしましょう」
「連絡してきます。しばらく見ていていただいてよろしいですか?」
「はい」
騎士様は出ていった。ディアンヌちゃんは大人しく絵本を読んでる。カール君達と一緒に来た女の子は置いてあるおもちゃで遊びだした。積み木のような感じのを木工組合が寄付してくれたときいた。
まもなく3の鐘が鳴るという頃、身分の高そうな女性が飛び込んできた。
「ディアンヌお嬢様。何をしていらっしゃいますか。帰りますよ」
そう言って無理やり連れ出そうとする。
「お待ちください。無理やりは止めてあげてください」
「平民が生意気ですね」
そう言って持っていた扇子で手を叩かれた。
「天使様!!」
誰かが叫んだ。
「天使様がこんな所に居るわけないでしょう」
居丈高に言う女性に違う声が重なった。
「いいえ、その人は天使様で間違いないわ」
振り返ると懐かしいお顔が見えた。
「ヴァイオレット様」
慌てて、教えてもらった礼を取る。
「お久しぶりね。ちっとも顔を見せてくださらないんですもの。お父様と殿下に無理を言って連れてきていただいたわ」
「気軽に伺えません」
「そうね。シロヤマ様はそういうお人柄よね。ところでなんの騒ぎ?」
「その平民がお嬢様を連れ出したのです。お可哀想にお嬢様はこんなに怯えられて……」
「受けた報告とずいぶん違うこと。貴女が目を離して、ディアンヌ様が居なくなったと聞いたけれど?」
「その隙にその平民が連れ出したのです!!」
「ここから1歩も出ていない人がどうやって連れ出すのかしら。それに、その手をお離しなさいな」
ディアンヌちゃんの手は鬱血し始めていた。このままだとアザになる。
「ヴァイオレット様、あのままだとアザになります」
「主家の息女に傷を付けるおつもりなのね?」
「その平民の所為です。私はお嬢様を取り戻しただけです」
なおも言い募る。
「どうなさったの?あらシロヤマ様、血が出ていてよ」
「エリアリール様」
「早く癒してしまいなさい」
「私は後で良いです。ディアンヌ様の方が先です。あのままだとアザになります」
その時、1人の女性が動いた。ディアンヌ様の手を引っ張っていた女性を素早く拘束する。ディアンヌ様が泣きじゃくってこっちに走って来た。
「よく頑張ったね。もう大丈夫よ」
光属性で手の鬱血を治す。周りに人が集まってきていた。
「失礼いたしました。エイライト家の者です」
「女性の騎士様?」
「騎士ではございません。一応の心得でございます。この者は連行してよろしいでしょうか?」
「エイライト家に任せるしかないわね」
そこに貴族と思われるご夫妻が到着した。
「これはどう言った事でしょうか?」
「面倒だこと。ヴァイオレット様、お任せしても?」
「あら、お逃げになりますの?エリアリール様」
「そんな事はしませんわよ。シロヤマ様のお話も聞いた方がいいのではなくて?私はシロヤマ様から話を聞きますから、ヴァイオレット様は説明をお願いします」
「説明が終わったら伺いますからね」
「さ、行きましょ」
「お待ちください。私は勤務中です」
やっと口が挟めた。その時、大和さんと目が合った。居たんですね。というか、見てました?
「サクラちゃん、大丈夫よ。もうすぐ所長もいらっしゃるわ」
そう言ってローズさんに送り出された。大和さんが動いたのが見えた。
エリアリール様に付いて、通路を進む。大和さんの声が聞こえた。
「エリアリール様」
「あらあら。トキワ様まで来ちゃったわ」
「そちらはお部屋ではありませんでしょう。どちらに向かうおつもりですか?」
「ちょうど良いわ。付いてらっしゃい」
「大和さん」
「咲楽ちゃん、手、治してしまいなさい」
「はい」
静かな区画の一室に通された。そこにはお怒りのスティーリア様。
「お散歩ですか?エリアリール様」
「スティーリア、そう怒らないでちょうだい」
ソファーに案内され、経緯をお話しする。
「そう言う事でしたの。ところでシロヤマ様、そのお衣装、お可愛らしいわね」
突然、エリアリール様が話題をガラッと変えた。
「ありがとうございます」
「今日はずっとそのお衣装なの?」
「はい。あ、途中で少し変わります」
「どういう風に?」
「スカート丈が短くなります」
「何故今は違うの?」
「さすがに恥ずかしくて」
「見たいわねぇ。スティーリア、良いでしょう?」
「いけません。今日は予定が詰まってるんですからね。それにシロヤマ様もお仕事中でしょう。何を勝手に連れてきてるんです?シロヤマ様、ごめんなさいね。戻っても大丈夫ですよ」
「はい。失礼します」
ようやく解放された。