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西の市場までの近道を大和さんの案内で歩く。
「大和さんって王都内の道って全部覚えてるんですか?」
「まさか。全部は覚えてないよ。精々8割かな?」
「それでも十分スゴいです」
西の市場に入って、まずソファーを見ることに。売っているお店には、いろんなソファーがあった。猫足の優美なソファーから、ごくごくカジュアルなソファーまで。ライトグレーのシンプルな2.5人掛けソファーと揃いのオッドマンを買って、お店を出たところでマルクスさんとルビーさんを見かけた。
「あの2人もデートかな?」
「そんな感じですね。幸せオーラが出てる気がします」
「負けないようにしないとね」
「こんな所で負けず嫌いを発揮しないで下さい」
「今日の夜は膝枕は決定だしね」
「そっちも決定なんですね?」
「白ネコパジャマと膝枕はセットでしょ」
「はいはい」
「咲楽ちゃん反抗期?」
「呆れたんです。この年齢で反抗期って」
「咲楽ちゃんって反抗期無かったでしょ?」
「反抗出来る家族じゃなかったですしね。大和さんはあったんですか?」
「俺は有ったかな?って言っても暴れたりって言うより、口をきかないって方だったけど。武術で普段から暴れてたし」
「納得です」
普段から暴れてたって鍛練って事だよね。
「咲楽ちゃん、テーブル見に行くよ」
「はい」
ちょっと考え事をしていたら大和さんに声を掛けられた。
「何考えてたの?」
「大和さんが暴れてたって鍛練って事ですよね?」
「そう。山を走ったりね。別に相手が居て、とかじゃないよ」
「武術の鍛練って分からないです」
「まぁ、やってないと分からないよね」
「トレーニングルーム、作るんですか?」
「まだ迷ってる。手をつけて良いものか、それも分からないしね」
「でも、カークさんが地下の利用をって言ったって事は、利用してる人がいるって事ですよね」
「そういう事だよね」
私の知ってる木工所はマルクスさんの所だけだ。でもあと何ヵ所かあるらしくって、1軒1軒見て回った。
結局テーブルはミディアムな高さのを買った。食事をしようとすると少し低いかもしれない。ただこのテーブルには継ぎ足が付いていた。
色は無垢材って言うのかな。ちょっとブラウンっぽい色。
屋台広場でお昼を買って、ついでにお夕飯の材料を見る。神殿地区では見ない食材とかもあって、見ていて楽しかったんだけど、そこで「イリコ」ってイワシっぽい小魚の乾物を見つけた。
「大和さん、イリコって出汁煮干ですよね?」
「西日本の方やハワイ州でイリコって呼ばれてるのは聞いたことがある」
「お醤油は、やっぱりないですよね」
「でもこれ、魚醤じゃない?」
お店のお母さんによると南のコーラル領の方角に大きな川があって、そこで取れる小魚を塩漬けにしたものらしい。やっぱり魚醤だ。
イリコと魚醤を買って、家に帰る。
「それを使って、何を作ってくれるの?」
「おうどんです」
「うどんって、力いらない?手伝おうか?」
「案外大丈夫なんですよ。でもお願いするかもしれません」
お昼を食べて、小部屋にソファーとテーブルを設置。
「雰囲気が良くなったね」
「はい。このソファー、大きくないですよね?」
小部屋のソファーに座って話をする。
「大丈夫じゃない?」
「トレーニングルームって何をするんですか?腹筋とか懸垂は知ってますけど」
「考えてるのはバトルロープかな。後はクライミングウォール」
「バトル?ロープって何ですか?」
「2本のロープを使った全身運動だって思っていたら良いよ」
「全く分かりません」
「バトルロープは家に作ろうとして、親父に止められたんだよね。体幹を鍛えるのに良いのに」
「純和風のお家のどこに作ろうとしたんですか?」
「道場。壁が耐えられないかもって止められた。けどここなら自由に強度を変えられるから、大丈夫かなって」
「クライミングウォールって壁の高さがいりませんでしたっけ?それに落ちたらどうするんです?」
「安全面に問題有りか。どうしようかな」
大和さんが何かを考え出した。たぶん今、完全にトレーニングルームの構想に考えが行ってるよね。
考え込んだ大和さんを放置して、小魚の下処理をする。頭とハラワタを除くと苦味と臭みがなくなるって祖母に言われてから、この作業はずっと私の担当だった。下処理をしたら水に浸けておく。
次はうどんの準備。うどんはうどん用小麦粉ってあるし、葛粉とか片栗粉を加えたりすることもあるらしい。けどここには小麦粉しかない。塩を加え水属性魔法で少しずつ水を加えて纏めていく。纏まったら一般的には足で踏んでコシを出す。教えてもらったときはビニール袋に入れてたんだけど、ここにはビニールなんて無いよね。
仕方がないから清潔な大きめな布を、念のため2重に包んで踏み始めた。
「咲楽ちゃん、放っておかないで、声を掛けてくれたら良かったのに」
大和さんが言ってくれたんだけど、力がいる作業はもう終わっちゃった。
「考え事の邪魔をしたくなかったんです」
この後はしばらく寝かせてから、延ばして切る作業が待ってるけど、ちょっと一休み。
「トレーニングルームの構想は纏まりましたか?」
「ある程度はね」
ソファーに座って私を抱き寄せながら、大和さんが嬉しそうに言う。
「良かったです」
「咲楽ちゃんは何か無いの?」
「木魔法って別名植物魔法って言うって聞いて、花壇とか作れないかな?って思った位ですね」
「百合とかガーベラって言ったっけ?好きな花」
「ブーケにするなら、ですよ。好きな花は他にあります」
「何の花?」
「雪割草が好きです」
「雪割草か。可愛いよね」
「はい」
「淡い紫の小さな花で」
「濃いのもありますよね?」
「濃いのはミスミソウじゃなかったかな?気管支薬とかに薬効があったはずだけど」
「私はどっちも雪割草って教えてもらったんです」
「良いんじゃない?ミスミソウも雪割草って呼んでる事もあるみたいだし」
5の鐘が鳴った。私の頭を撫でていた大和さんが手を離した。
「お夕飯の準備、しちゃいますね」
うどん出汁を作っていく。魚醤でうどん出汁を作るのは初めてだったけど、美味しく出来て良かった。具材は鳥肉と葉物野菜を茹でたもの。鳥肉を茹でたお湯はうどん出汁に合わせてみた。
寝かしておいたうどんを延ばして、畳み、一定の幅で切る。たっぷりのお湯で茹でて、冷水で締めて、盛り付けたら完成。
「異世界うどんですね」
「旨そうだね」
「おうどんが自信無いです。小麦粉だけなので」
「うどんって、小麦粉で作るんじゃないの?」
「口当たりとか、喉ごしとか、っていろんな粉も足すんですよ。白玉粉とか、片栗粉とか。塩分濃度もきちんと計らなきゃだし。私は覚えてた分量でしかできません。お取り寄せしてもらった粉で作ってましたから」
「お取り寄せって家で?」
「友人達です。看護学の合宿とか、試験勉強の泊まり込みって言うと母も兄も何も言わなかったので、度々連れ出してくれてました。そこでリクエストされるんです。あれ作って、これ作って、って」
「良い友人に恵まれたんだね」
「あの家にいても居場所はなかったし、たまに兄の機嫌が悪いと階段から……」
とたんに大和さんの雰囲気が変わった。
「突き落とされたとかしたの?」
「しょっちゅうじゃないですよ。兄の機嫌が悪い時だけです」
「したんだね?」
「……はい」
大和さんがため息を吐いた。
「怪我は?」
「数回です。その時は家政婦さんとタクシーで病院に行かされました」
「無事で良かったけど、腹立たしいね」
怒りを滲ませて、大和さんが言ってくれた。
「大和さんには色々知られちゃうんですよね」
「他に隠してることは?」
「無いです……たぶん」
たぶん無いよね。兄のアレコレとか母のアレコレは、正直に言って思い出したくない。
気が付いたら私の倍はあった大和さんのおうどんが無くなっていた。
「早いですね」
「旨かったからね」
「お口に合って良かったです」
後片付けを済ませて、小部屋で寛ぐ。
「星見の祭の日って神殿騎士様は何をするんですか?」
「警備と見廻り、それから模擬戦。後は、迷子、怪我人の保護、賓客の護衛って所かな?」
「王族の方もみえるんでしょうか?」
「王族と主要な貴族ね。王族の警護は近衛騎士がするけど、貴族のお抱え騎士の配置とか、そういった事も配慮しなきゃならない。団長がイライラしてた」
「イライラですか?」
「あっちも面子とかあるんでしょ?人数の調整とか、配置場所とか打ち合わせしてたけど、帰ってくると苛立ってるのがわかったんだよ。その度に鬱憤ばらしに付き合わされるんだけど、お抱え騎士の連中が見ていくわけ。そいつ等を言葉巧みに模擬戦に誘い込むのがプロクスと俺とデルソルの役目。主にデルソルが「あの状態の団長にはさすがの貴殿方でも手も足も出ませんよね」って煽って、プロクスが宥めながら「名高い方々ですよ?出来ないわけ無いでしょう」って誘って、俺が「是非とも見たいですね。新人達の良い見とり稽古になりそうです」って逃げ場をなくすの」
「お抱え騎士さんもお気の毒に。自業自得ですか?」
「いや、半分は団長の八つ当たりで、俺等が相手したくないだけ。だからお気の毒で合ってる」
「それって毎年の事ですか?」
「俺が提案した」
「黒幕は大和さんですか」
「黒幕って。八つ当たりの対象には、そうさせた原因になってもらった方がいいでしょ?」
「大和さんの笑顔が黒いです」
「団長とお抱え騎士の代表が部屋に入ったら、みんなで打合せするんだよ。相手の情報をプロクスが提示して、それを元にセリフを俺が考えて、囃し立てる人選はゴットハルトとデルソルって感じで。だからみんな、結構楽しんでる」
「お抱え騎士さんで遊ばないでやってください」
「無理を通そうとするあっちが悪い。後始末までしてってもらわないとね」
そういい残して大和さんはお風呂に行った。
明日の朝のスープの準備をしないと。うどんの出汁はほとんど残ってないから、新たに野菜を切って、スープを作る。
スープは出来たんだけど、問題はこの後。そう。白ネコパジャマ。どうしてあんなにあれを着せたがるの?
大和さん、ネコ派なの?あれを着ると「仔ネコちゃん」とか言ってくるし。
嫌いじゃないよ。私をそう呼ぶ時の大和さんはスゴく優しいし。本物のネコだったらずっとお膝に居たいと思うんだろうけど、私は人間。背が低くても童顔でも、ネコじゃない。
小部屋で考えてたら、大和さんがお風呂から上がってきた。
「咲楽ちゃん、風呂、行っておいで」
「大和さん、どうして白ネコパジャマを着せたがるんですか?」
「咲楽ちゃんが可愛いから」
「私はネコじゃないですよ?」
そう言うと大和さんがキョトンとした顔になった。
「当たり前でしょ?」
「分かってるなら何故ですか?」
「似合ってて可愛いから。他に理由はいる?」
「ひたすら恥ずかしいんですけど」
「見るのは俺だけでしょ?」
「だから恥ずかしいんです」
「月1位で慣らしてく?」
「そういう問題じゃありません」
「どういう問題?」
「……知りません」
「照れてる咲楽ちゃんも可愛いけどね」
そう言って頭をポンポンする。
「パジャマはもうどれでも良いから、風呂、行っておいで」
「でも、朝の……」
「じゃあ、風呂で考えて。自分がどうしたいのか」
「はい」
一応いつものと白ネコパジャマを魔空間に入れてお風呂に行く。
朝の件のお詫びとして要求された白ネコパジャマ。『話したくない』って大和さんが言ってたのに、私が無理に聞き出しちゃったからって要求されたんだよね。
あの女の人の話って、傭兵さんの時の話だよね。やっぱりモテてたんだよね。大和さんは格好良いし。お付き合いはしてないって言っていたけど。
白ネコパジャマの件よりもそっちの方に考えが行っちゃって、無意識に白ネコパジャマを着ていた。
寝室に行くと、大和さんが破顔した。
「嫌がってたのに着てくれたんだ」
「無意識です。階段を上がってくる途中で気が付きました」
ベッドに上がると、大和さんが膝をポンポンする。
半分諦めの境地で、大和さんの膝に頭を乗せた。
「無意識って何を考えてたの?」
「たぶん言ったら大和さんが今朝みたいになります」
「あぁ。何となく分かった」
後は黙って私の頭を撫で続ける。
「大和さん」
「ん?」
「ごめんなさい」
「何を謝ってるの?」
「大和さんが『話したくない』って言ったのに、無理に聞き出したから」
「話したくないって言うより、咲楽ちゃんに聞かせたくなかったんだよ。付き合ってないとはいえ、過去に関係のあった女の話は聞きたくないでしょ?」
「でもどんな風にモテてたかは気になっちゃいます」
「モテ……って、モテてないよ」
「今朝の話を聞いてると、1年に1人は、付きまとう人が居たんですよね?それってモテてるって言えると思うんです」
「結局話してるね。それが気になってたの?」
「……気になります。大和さんは格好良いし、優しいし、頼りになるし」
「咲楽ちゃんだから優しくできるんだよ。たぶんあの時代の俺を見たら、幻滅されると思う」
「そうなんですか?」
「他人に興味がなかったからね。今思うとかなり冷たい言い方とかもしてたし」
そう言えば大和さんは人に関心が薄かったって言ってた。他人に対しても、自分にすら関心が持てなかったって。
私は関心を持たれているんだよね。いまいち『前の大和さん』を知らないから、分からないんだけど。
どうでも良いんだけど、頭を撫でられてると眠くなってくる。それを感じ取ったんだろう。大和さんが聞いてきた。
「眠いの?」
「はい」
「眠ったら?」
「このままですか?」
「咲楽ちゃんが寝たらちゃんと寝かせるから」
「でも……」
「良いから。おやすみ、咲楽ちゃん」
「おやすみなさい、大和さん」