112
木の日。朝からどんよりとしていた。けど、雨が降りそうって感じじゃない。もっと明るい灰色をしていた。
大和さんは今日は遅番。昨日早番だったから「一日休みみたいなものだね」って笑ってた。昨日はカークさんと何かしてたみたい。今日もお昼までカークさんと動くって言ってた。
朝はいつも通り、大和さんは走りに行った。たぶんカークさんも一緒。カークさんはこの頃家で朝食を食べることが増えてきた。大和さんが休みの時と遅番の時、一緒に食べていく。大和さんが強く勧めたかららしいけど、同じテーブルに付く事は遠慮があるみたい。
起きて、着替えをして、キッチンに降りて朝食の食材を出す。庭に出たら白い物がゆっくりと舞い降りていった。
「雪?」
この世界に来ての初めての雪だ。こっちでも雪は白いんだな。なんてバカなことを考えてたら、大和さんとカークさんが帰ってきた。
「お帰りなさい。おはようございます」
「ただいま、咲楽ちゃん。おはよう」
「おはようございます、サクラ様」
「雪ですね」
「あぁ、どうしようかな。しばらく剣舞はお預けかな」
「寒いから?」
「俺は平気だけど、見ている方は寒いでしょ?」
そう言って私達を促して家に入る。
「走ってる途中からちらついてきた。すぐに積もることはないだろうけど、朝のメニューを考えないとな」
カークさんとリビングを片付けて、スペースを作ってストレッチを始めた。
「マジでトレーニングルームが欲しい」
「トキワ様、地下に作ることを検討されてはいかがですか?」
「地下の有効活用か。ちょっと考える」
ストレッチを終えた大和さんは腕立て伏せを始めた。その間に朝食の用意をする。スープを温めて、卵とベーコンをスクランブルにして、パンはダイニング側の暖炉の天板へ。30分位してから大和さんがダイニングに来た。汗だくだ。
「ずいぶん汗だくですね」
「真剣にやるとこの位にはなるよ。シャワー、行ってくるね」
そういい残して大和さんはシャワーへ。ずっと見ていたであろうカークさんに聞いてみた。
「大和さんは何をしたんですか?」
「腕立て伏せを150回程、腹筋とおっしゃられた運動を150回程、玄関の枠に指を引っ掛けて体を持ち上げる運動を100回程です。何かをずっと考えておられて、最後に「やり過ぎた」と仰いました」
「やり過ぎた、ですか。無理、無茶じゃなければいいんですけど」
「トキワ様の秘密の1つでしょうか?」
「秘密?強さのってことですか?」
「えぇ。汗だくにはなっておられましたが、息を切らしている感じがなかったので」
「強さの秘密かどうかは、私には分かりません。でも、体力の秘密ではあるでしょうね。今日もお昼まで何かなさるんでしょう?」
「はい。今日はダニエル達が街壁の手伝いなので私と2人ですが、おそらく昨日の続きを。気になられますか?」
「気にはなりますけど、話してくれないって事は、私が知らない方がいい事か、話したくない事か、話せない事のどれかだと思いますから」
「トキワ様を信じておられるのですね」
「大和さんは私を護るって言ってくれて、その通りにしてくれています。そんな人を信じないのはその人に対して失礼です」
「お聞きしてよいでしょうか?」
「どうぞ」
「私の事はどう思われますか?サクラ様の正直な心をお聞かせください」
「まだ少し怖いです。カークさんの事はよく知りませんから。でも大和さんが信用してるのは分かります」
「怖いですか」
「カークさんは私より強くて、私なんか簡単にどうにでも出来るでしょう?やるかどうかはともかく。私では敵わない。それが怖いんです。でも、あの時以来、カークさんは誠実に接しようとしてくれてます。だから、「少し怖い」なんです」
「ありがとうございます。サクラ様にもっと信頼していただけるように、精進いたします」
なんだか仰々しい言い方に笑ってしまった。
「普通に話してくださいよ」
「サクラ様ですから。私を救ってくださった方ですから」
「思ってる事を言っただけですよ」
「何を話してるの?」
「大和さんがやり過ぎたって言ってた事です」
「カークが話したんだね?」
「私が聞き出したんです」
「やり過ぎたのは事実だし、カークを責める気もないから」
そう言って大和さんは笑って、コーヒーを淹れ始めた。私とカークさんは朝食プレートとスープを運ぶ。
「カークさんも一緒に食べたらいいのに」
「いえ。私は別室でいただきます」
「良いから一緒のテーブルに付け」
大和さんが言うと、カークさんが不承不承ながら頷く。
「はい」
この会話も何回目だろう。
「明日休みだから、ソファーとか見に行く?」
「テーブルで迷ってるんですよね。ローテーブルにしようか、普通のにしようか。というか使い方で迷っています」
「あぁ」
ちらっとカークさんを見て大和さんが言う。
「テーブルとか、1台で高さが変えられればいいんだけどね」
「出来ないですよね」
「ダメ元で相談してみる?」
「そうですね」
「ソファーの色は?迷ってないの?」
「カバーでどうにでも出来ますから」
「季節毎に変えるとか?」
「寒い時期と暖かい時期です」
「と、言うことは、暖色系と寒色系?」
「ですね」
「でも最初、あの部屋って靴を脱いで上がるってしてなかった?」
「そんなこと言ったらまた迷っちゃいます」
「あの……」
カークさんが遠慮がちに口を開いた。
「低いソファーなら、靴を脱いで上がって使えるのではないでしょうか?」
「それも考えたんだけどな」
「それならテーブルの問題も解決するんですけど、友人が来たときに慣れてないからってそっちで物を食べなかったんです」
「で、咲楽ちゃんが迷っちゃったわけだ。それから話し合って結局普通のソファーにしようってなった」
「そうだったのですね」
シンクに食器を下げながら、カークさんが言う。そのまま洗い出した。
「置いておけって言ったのに」
「やらせてください。トキワ様のも洗います」
その会話の間にも、大和さんが自分と私の食べ終わった食器を持っていって、カークさんが洗い出す。
「洗わせろ」
「駄目です」
「じゃあ拭いて片付ける」
「それも私がやりますから」
「何か俺にさせろ」
「無理です」
どことなく楽しそうな2人の会話を聞きながら、自室に上がって出勤準備をする。
着替えてリビングに降りると、大和さんとカークさんが待ってる。
「行こうか」
「はい」
「いってらっしゃいませ」
カークさんとはここで別れる。カークさんは冒険者ギルドに行って、お昼からの依頼の確認をして、大和さんと合流するらしい。
少し歩いて、カークさんから十分離れたところで、大和さんが聞いてきた。
「カークの事、まだ少し怖いの?」
「どうして知ってるんですか?」
「カークに相談された」
「カークさんに言った理由通りなんですけどね」
「何て言ったの?」
「カークさんは私よりも強くて、私は敵わない。何かされるかどうかはともかく、そうなったらって考えると怖い。でもあの時以来、カークさんは誠実に接しようとしてくれている。だから少し怖いなんですって言いました」
「カークは咲楽ちゃんの事を知らないからか」
「何を相談されたんですか?」
「『私はサクラ様にまだ信用されてないのでしょうか』って。そんな事はないって言っといたけど」
「私が男性が怖いってカークさんは知りませんしね」
「言う訳にもいかないしね」
「何故ってなりますもんね」
「実は迷ってるんだよね。話さなくても良さそうだけど」
「大和さんの思うようにしてください」
そう言ったら、大和さんが黙った。
「しばらくはこのままで行こうかな」
「言わないって事ですか?」
「今はそっちの方がいい気がする」
「はい」
「もうすぐ星見の祭だね。後1週間後か」
「まだ衣装を言われてないんです」
「仮縫いがどうとか言ってなかった?」
「私のサイズはあるからなんとかしたんでしょうか」
「それは俺には分からないけど」
「でも他の人のもあるんですよね」
「それこそなんとかしたとか」
「ん~。分かんないです」
「こればかりはね。想像つかないね」
「ミニスカートだったら嬉しいですか?」
「嬉しいって言うか、複雑だね」
「複雑?どうしてですか?」
「そりゃあ、見たいっていうのと見せたくないっていうのだよ」
「私はひたすら恥ずかしいです。ロングスカートの方が落ち着きます」
「それよりもその後の星空デートの方が楽しみ」
「私も楽しみです。寄り道って言ってましたけど、どこに行くんですか?」
「寄り道って言ったけど、神殿内だね。星見の祭の日は神殿側の北の街壁の上が一般解放されるから、そこに登ろうと思ってる。そこからの眺めは結構綺麗だよ。神殿騎士も何人か行くって言ってたしね」
「街壁の上って登れたんですか?」
「結構広いよ」
「登ってみたいです」
「そう言うと思った」
「でも時間とかいいんですか?」
「神殿騎士が一緒なら大丈夫。星見の祭終了時間前には何人も登るらしいよ。プロクスに聞いた」
「プロクスさんもリリアさんと登ったりするんでしょうか?」
「あの2人ね、神殿騎士内でも婚約者同士だって周知されてきてるから登るかもね」
施療院に着くと、ローズさんが待っていた。
「サクラちゃん、おはよう。トキワ様、おはようございます」
「おはようございます、ローズさん」
「おはようございます、ジェイド嬢」
「サクラちゃん、今日の帰り、付き合って」
「どこにですか?」
「施療院のみんなも一緒よ。サンドラが呼んでるのよ。だから帰りは心配しなくていいわよ、トキワ様」
「分かりました。よろしくお願いします」
大和さんは冒険者ギルドの方へ歩いていった。
「あら?トキワ様はどこに行ったの?」
「冒険者ギルドだと思います。カークさんと何かしているみたいで」
「サクラちゃんは聞いてないの?」
更衣室に歩きながら話をする。
「話してくれないって事は、私が知らない方がいい事か、話したくない事か、話せない事のどれかだと思うので、聞いてません」
「サクラちゃん、物分かりが良すぎるわよ」
「大和さんが私の不利益になる事をすると思えませんから」
「信頼がすごいわね」
「最初、こっちで頼れるのは大和さんだけでしたから」
「そうだったわね」
「聞こうと思ってたんですけど、ベールの刺繍糸って、勝手に用意しちゃっていいんでしょうか?」
「あのベールはご祝儀代わりだから後で人数で割るのよ。だから自由に使っていいわ。私も居るし、サンドラも協力するって言ってるから、要るものは言ってね」
「はい」
「今日は神殿に行くわよ」
「えっ?いつですか?」
「終業後。みんなに言ってあるわ。サンドラもダフネも神殿で待ってるのよ」
「サイズ合わせですか?」
「そう。エリアリール様とスティーリア様が楽しみにされてるらしいわ。トキワ様はあの様子だと気が付かれたんでしょうね。神殿に行くって。本当にトキワ様をビックリさせるのは至難の技だわ」
「じゃあ、帰りは心配しなくて良いって言ったのは……」
「トキワ様も一緒だからよ。今日はお泊まりはしないからね。安心して」
「安心って」
「安心してラブラブ空間に浸っちゃって、って事よ」
「ありがとうございますって言った方がいいんでしょうか」
そう言いながらも、顔が熱くなるのが分かった。
「着替え終わった?行きましょうか」
「ルビーさんは?待ってなくて良いんですか?」
「トキワ様を驚かせる為に、みんな早く来たのよ。サクラちゃんが最後。行きましょ」
診察室に行くとみんなが揃っていた。こそこそした会話が聞こえた。
「あれは勘付かれたね」
「じゃの」
「ローズの話し方は完璧でしたよね」
「おはようございます、皆さん。何を話してるんですか?」
「トキワ殿を驚かせるのは至難の技じゃと思うての」
「こっちが驚いてばかりだからね」
「サクラちゃん、おはよう。サクラちゃんはどこで勘付かれたと思う?」
「帰りは心配しなくて良いってところだと思います」
「あの一言で?」
「私はローズさんから聞いて、気が付いたんですけど、アレクサンドラさんが呼び出してるって事と、ローズさんが『心配しなくて良い』って言ったって事から、ローズさんが私を家まで送っていくか、神殿に来るか、って推測したんじゃないかと」
「それだけで?」
「来る道で、星見の祭の衣装の話をしてましたから、連想したんじゃないでしょうか」
「ちょうど話しておったか」
「それは仕方ないね」
残念そうに所長達が言って、診察が始まった。
初雪に興奮した子供達が走り回ったのか、転んで怪我をして泣きべそをかきながら連れられてくる子が多い。しかも怪我を治したら、にこにこになって、大はしゃぎで飛び出していこうとして、怒られてるって子を朝から10人は診た。ヴァネッサさんがいつもより少し遅くに診察に来た。小さい女の子を連れている。
「おはようございます、天使様」
「おはようございます、ヴァネッサさん。そちらは?」
「孫ですよ。この子だけ早く来ました。嫁さんは帰っちゃったんですけどね。またもう1人を連れて星見の祭に来る予定です」
「お店があるんでしたっけ。仕方がないって思いたいですね」
「天使様?」
小さな声が聞こえた。
「そう呼ばれてますね」
「天使様、闇属性は悪い属性なの?」
「いいえ。闇属性ってね、心を落ち着けて優しい気持ちをくれる属性だよ」
ヴァネッサさんの処置をしながら答える。
「でもお友だちが言ってたの。闇属性は悪い人にしか与えられないって」
「それは間違いだよ。どんな属性も使う人の心次第。光も火も水も風も地も、悪いことに使おうとしたら、悪い事はできちゃう」
「光も?」
「そう。例えばね、強い光をずっと見てたら、少しの間、目が見えなくなったりしない?」
「なる」
「でしょう?もっと光を強くしたら?怖いと思わない?」
「思う」
「闇属性はそんな怖いって心を『大丈夫だよ』って出来るの。優しい属性だよね」
「天使様は闇属性は怖くないの?」
「怖くないよ。私もね、闇属性を持ってるから」
「ばあばの言う事は本当なの?」
「ヴァネッサさん、言ってたんならそう言ってくださいよ」
「信じないんですもの。天使様の口から直接聞いた方がいいと思って」
「えっと、お名前は?」
「この子はレティシアと言います」
「良い名前ですね。喜びって意味だった記憶があるんですけど」
「古い言葉で喜びって意味です。お若いのに知ってらっしゃるんですか?」
「本とか読むのが好きで、たまたま覚えてたんですよ」
置いてきぼりになってたレティシアちゃんに話しかける。
「レティシアちゃん、ヴァネッサさんは嘘はついてないよ。お姉ちゃんは光も闇も持ってるの。お揃いだね」
「天使様もどっちも持ってるの?どうやって使ってるの?」
「大きな怪我を治すときって、痛い事もあるから、痛く無くなりますように、って使ってる。痛いのは嫌でしょ?」
「うん」
「レティシアちゃんはお友だちに闇属性は悪い属性って言われて、嫌だったよね。嫌な気持ちを知ってるってことは、同じ気持ちを人にして欲しくないって思うよね」
「うん」
「そういう優しい子が悪いってことは絶対にないよ」
ヴァネッサさんの治療は終わってた。
「ほら、レティシア、帰るよ」
「天使様、また来て良い?」
「いいよ。ヴァネッサさんと一緒においで」
レティシアちゃんはヴァネッサさんに手を引かれて帰っていった。また来てくれるかな。その後も患者さんの処置をして、お昼になった。
「今日は子供が多いわね」
休憩室で、ローズさんが言う。
「雪が降ったからはしゃいでるのよ」
「と、言うことはもうすぐシロヤマさんの氷魔法の練習が始まるね。シロヤマさん、雪像って作ったことは?」
「雪うさぎとか、雪だるま位ですね」
「雪だるまって?」
「大小の球形にした雪を縦に積み上げただけです」
「なんとなく想像はつくけど」
「描きましょうか?」
「楽しみにしておくから、描かないで。それでダルマってなんなの?」
「達磨って偉いお坊様、こっちで言ったら神官様がいらして、その方が座禅って修行をするための、座った姿に似ているからって聞いたことはありますけど」
「へぇ」
「雪像で思い出しましたけど、雪まつりってやってました」
「雪まつりって雪でお祭りするの?」
「巨大な雪像を作るんです。こっちで言ったら騎士団の作った雪像もありましたよ。それを見て楽しむんです」
「どんなのを作るの?」
「有名な建物とか、有名な人の顔なんかもありましたね。後は雪で滑り台を作ったりとか」
「行ったことあるの?」
「無いです。けど、テレビっていう魔道具みたいなのがあって、映像を映し出してくれるんです。それで見ました」
「サクラちゃん、懐かしくて帰りたくなったりしない?」
「以前、大和さんとも話してたんですけど、記憶はあるんです。ちゃんと覚えてるんです。でもそれに伴う感情が思い出せないっていうか、分からなくって」
「その、楽しかった事とかも?」
「楽しかったっていうのは覚えてるんですけど、それだけなんです。大和さんはこっちに順応してるんじゃ無いかって言ってましたけど」
「寂しくないの?」
「はい」
「じゃあ、シロヤマさんが氷魔法を覚えたら、滑り台を作って子供達に楽しんでもらおう」
「おぉ、良いのぉ」
「ライルさんも手伝ってください」
「駄目。僕は氷魔法を持ってないから」
「じゃあ一緒に取得しましょう」
「寒いからイヤ」
「私が火属性で暖かい部屋を用意しておくわ」
「かまくらっていうのもありますよ」
「何それ?」
「雪のドームです。風が遮られるから暖かいらしいです」
「雪洞じゃな。たぶん同じものじゃろ」
結局私が氷魔法を覚えたら雪遊びをすることになった。ライルさんもなんとか巻き込むことに成功した。ローズさん達は室内でぬくぬくしてるっていうから、「じゃあ、温かいもの、作ってください」って言ったら、悲しげに見られた。ちなみに所長はさっさと逃げた。
お昼過ぎに外を見ると、雪は止んでた。
「止みましたね」
「寒いのは嫌いです」
「だからってその格好はダメです」
診察に来ていたのは、デリックさんとカール君親子。カール君が元気一杯なのに、デリックさんはモコモコ着膨れしている。
来院理由が寒いからって暖炉に近づきすぎて火傷したとの事。デリックさんが。カール君は付き添い。
逆のパターンはよく見るんだけど、親が火傷って。カール君はちょっと呆れている。