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「この布がベール?透けてるタイプの物かと思った。絽とか紗とかのタイプ」
「絽とか紗って着物の生地でしたっけ?」
「夏用の着物に用いられるね」
「大和さんは着てたんですか?」
「夏の剣舞の時、本番とかの時はね。一応正絹だから、稽古着にするには勿体ない」
「正絹……ってすごく高いんじゃなかったでしたっけ?」
「高いね」
「歴史のある家のお坊っちゃまだったって実感しました」
「何それ」
「何となく、常に着物を着て日本庭園を歩いてる感覚に陥りました」
「だから、家は山の中だって。剣舞の時は袴を着用するけど、普段は洋服だよ。山を走ったりもするし、常時着物なんて無理だって」
「イメージですって。私のテレビのイメージは、祖母の家で見てた時代劇で止まってるから、変な方に行っちゃうんです」
「うん。咲楽ちゃんの俺を見る目が、どうなのかが分かった」
「大和さんの袴での剣舞って、見たいです」
「袴の再現がネックだね」
「大和さんなら寸法とか、分かってたりしません?」
「仕立てた後の寸法ならね。でもどうやって作るの?咲楽ちゃんが仕立てる?」
「和裁はしたことないんですよね」
「したことあったら仕立てるつもりだったの?」
「無理ですよね」
そう言ったら、大和さんが楽しそうに笑った。
「今日は何をしてたの?」
「ローズさんとコリンさんが来て、お喋りと手仕事です。クッションを作りました」
「小部屋の?」
「はい。あそこに置いてあります」
「4個もあるけど?」
「中のクッションがコリンさん、カバーが私です」
「ジェイド嬢は?」
「ひたすら糸紡ぎをしてました」
お皿を並べながら答える。
「糸紡ぎ?」
「羊毛を縒って、糸にして、タペストリーを作ろうと思ったんです」
「織物って事?」
「教えてくれたおば様先生は地機に近いって言ってました」
「あれ、大変だよ。難民キャンプでしてるのを見たことあるけど」
「経糸をまっすぐ張り続けるのが大変ですよね」
暖炉からシチューの鍋をテーブルに運ぼうとしたら、大和さんが代わってくれた。
「重いって分かってるんだから、無理に持とうとしない」
「はい。ありがとうございます」
パンを上の天板に置きながら答える。
「織物、するの?」
「織物って感じですけど、飾りですから。しっかり織るわけじゃありません」
「俺は織物ってしたことないんだけど」
「平織りなら簡単ですよ。しかも布にするわけじゃありませんから、道具も代用品で出来ますし。日本では段ボールを台にしてました」
「段ボールで出来るんだ」
「後は定規ですね」
「うん、何となく分かるけど」
シチューを一口食べて、大和さんが言う。
「寒いと特にシチューが旨いね」
「煮込み料理ってコルドにぴったりですね。暖炉で調理できて大満足です」
「その顔を見れて俺も嬉しい」
「もうすぐ星見の祭ですけど、まだ衣装が分からないんです」
「プレゼンターの衣装?」
「はい」
「アレクサンドラさんの衣装ってことは変なのは無いでしょ」
「そう思うんですけどね。ミニスカートとかじゃなければ良いんですが」
「見てみたい気も……なんでもない」
「大和さん?欲求不満ですか?」
「そういうことを言わないの。そうだって俺が言ったらどうするの?襲っちゃうよ?」
「すみません」
「俺は咲楽ちゃんと居られたら良い。あの小部屋でくっついているのって、贅沢だと思うから」
「でも見たいんですよね?」
「蒸し返すね。だって、咲楽ちゃんのミニスカートって、絶対に可愛いと思うから」
「足が出てるのは恥ずかしいです」
「確かに見せたくないね」
「食事中にする会話じゃありません」
「確かに」
一旦会話が途切れた。
「今日はクッション作ってただけ?」
「そうですね。後はベールの話です」
「あぁ、さっきの。あれどうやって刺繍するの?」
「私は中心から刺します。人によってやり方は違いますけど。ルビーさんのベールだったら最初にクレナとネモフィラからかな?」
「クレナってテッセンだよね」
「はい。あ、ネモフィラってゴットハルトさんが知らないって言ってたんですよね。所長とライルさんも知りませんでした」
「男って花の名前とか、興味ないから」
「でも大和さんは知ってますよね」
「俺は調べるのが趣味だったから。青いケシを調べててネモフィラも知った」
「ケシってアヘンの原料のですか?」
「ケシはアヘンの原料だけど、青いケシはメコノプシス、つまりケシモドキだね」
「青い花って神秘的です」
「そうだね」
夕食を食べ終わって、大和さんがお皿を洗ってくれている間に、私はまたベールの花の配置を見て考える。これどうしよう。
「ナンバリングしたら?」
「バラバラになっちゃうんですよね」
「デンプン糊とか」
「デンプン糊って障子を張る糊ですか?」
「障子を張るって。それだけじゃないけどね。作ろうか?」
「作れるんですか?」
「料理は出来ないけどね」
「ちょっと考えます。これ、このままにして良いですか?」
「良いよ」
2人で小部屋に移動する。
「足を投げ出していると、眠くなっちゃいます」
「寝ちゃって良いよ」
「大和さんは眠くなりませんか」
「畳での生活は慣れてるしね」
「お家って純和風だったんですか?」
「見た目は純和風。改装したところもあるからフローリングの部屋もある。俺の部屋は畳だった」
「大和さん」
「ん?」
「どうして大和さんは睡眠時間が短くても平気なんですか?」
「学生の時から午前4時頃起きて、山を走りに行ってたからかな?大体1時間走って体術か剣術の稽古を30分くらいして、後は剣舞をなぞってたら朝食になる」
「それって傭兵さんをしてた時もですか?」
「あっちではさすがに1時間走るわけにいかないからね。階段往復とか坂道ダッシュとかしてた。それに傭兵時代は見張り交代もあったから、それで慣れたかな。まだ気になる?」
「中には睡眠時間は3時間で、って人が居ることは知ってるんです。けど、睡眠負債って言葉を知ってしまってるので……」
「もう生活の一部になってるしね。咲楽ちゃんを抱き締めてるとよく眠れるし、心配ないよ」
「抱き枕、要ります?」
「ここにいるから大丈夫」
そう言って私を抱き締める。
「このまま横になったら眠っちゃいそうだね」
「床置きタイプのローソファーとかどうですか?」
「それを置いたら本格的に眠りそうだね」
「じゃあ、やっぱりリビングにあるようなソファーですよね。でもあれはこっちには合わない気がします」
「絨毯の色が淡いから、白とかベージュとかかな?」
「濃い色でもいいんですけど、リビングのは重厚って感じなので」
「カウチソファーは?」
「どんなのでしたっけ?」
「寝椅子タイプ」
「寝ちゃうじゃないですか」
「うん。まぁ、見に行った都合だね」
そう言って立ち上がる。
「風呂、行ってくるね」
「はい」
明日のスープはもう出来ている。だから、再びベールの花の配置とにらめっこ。チャコペンみたいなのがあったら形を写しとるんだけど。色鉛筆じゃ消えるかどうか不安だ。これ、このまま魔空間に仕舞えないよね。
配置した花の下に紙を敷いて、輪郭をなぞり、1つずつナンバリングする。数が多いからなぞるのは大変だったけど、なんとか全てナンバリングし終えた。
気が付いたら大和さんがこっちを見ていた。
「終わった?」
「はい、なんとか」
「椿も入れたんだね」
「大和さんの描いた椿ですよ。ルビーさんが気に入っちゃって、どうしてもって言い張ったんです」
「気に入ってもらえて良かった。あぁ、風呂に行っておいで」
「はい。行ってきます」
パジャマを持ってきて、お風呂に向かう。
ベールの問題はひとつクリア。後は配色とリボン。配色は施療院でやるとルビーさんに見られちゃうから、家でやらなきゃかな?後、ベールの刺繍糸ってどうしたらいいんだろう。ローズさんに相談してみよう。
今日の事を色々思い出してたら、大和さんがミニスカートを見てみたいって言ったのと『襲っちゃうよ』のセリフを思い出した。
襲っちゃうよって言われて、怖いって気持ちと大和さんならって思ったのとが混じっちゃって、混乱って言うか自分の気持ちが分からなくなる。こういう事を相談できる相手がいないんだよね。ローズさんとかルビーさんだと面白がられる気がする。
髪を乾かして、寝室に上がる。大和さんが待っていてくれた。
「お帰り」
「ただいま戻りました」
ベッドに上がると自然に抱き寄せられた。
「あの花のベールを見て、咲楽ちゃんの謁見の時のレモン色のドレス姿を初めて見た時を思い出した」
「あの時、ですか?」
「春の妖精が居るって思ったんだよね」
「妖精って……」
「鮮やかなドレスと花の飾りも凄く似合っていたし、それまでも思っていたけど改めて護りたいって思った。この腕のなかに閉じ込めて誰にも見せたくないって気持ちと、妖精のような可愛い咲楽ちゃんを見せびらかしたいって気持ちが混ざって、落ち着かなかった」
「大和さんは凄くかっこ良かったですよ」
改めて言われて、恥ずかしくて、誤魔化すようにそう言って俯いた。
「咲楽ちゃんがベールをって言うのは、ちょっとは前に進めた感じ?」
「刺繍だからってあると思いますけど、ルビーさんが幸せそうで、そのお手伝いがしたいって思ったんです」
「ウェディングドレスに憧れはあるって言ってたね」
「一応女の子ですから」
「一応じゃなくてしっかり可愛い女の子だよ」
「さっき、大和さんが言ったじゃないですか」
「どれ?」
「欲求不満ですか?って私が言った後です」
「襲っちゃうよ?ってセリフ?」
「はい」
真っ赤になって頷くと、大和さんが笑ったのが分かった。
「咲楽ちゃんが怖いって思う内は、絶対に襲ったりしないからね」
「怖がらずに嫌がったら?」
「そこはその時で臨機応変に、ね」
なにかを含んだ口調で、大和さんが言った。
「臨機応変ですか?」
「状況に応じて対応は変えるよ」
「って、例えば?」
「例えばって……。今ここで、咲楽ちゃんを押し倒してって事はしない。咲楽ちゃんの同意もないしね。実演する?」
実演って押し倒すって事?あわてて首を振る。
「でもまぁ、俺に対して怖いって感情は今は無いみたいだね」
「どうして分かるんですか?」
「表情とか筋肉の動き、後は呼吸とか総合的に見てる」
「凄いです」
「恐慌状態の見分けがつかないと、助けられない命もあったしね」
「傭兵さんの時ですか?」
「そう。帰国してからも役に立つことが多かったね。今も役に立ってる」
「どんな時ですか?」
「訓練指導をしてる時。本当に疲れているのか、サボりたいだけなのか、とかね」
「それが地獄の訓練に繋がるんですか?」
「地獄のって。実感はあるはずだよ。成長できてるってね」
「新人さんって5人だけですか?」
「王宮騎士団預かりが後5人居る。今年って言うか、来年に10人の新人騎士が誕生する予定。3年後の騎士団増設に向けて騎士の人数を増やしてる。各街門の兵士も人数が増えて、今訓練中かな?」
「大和さん、詳しいですね」
「団長達と雑談してると教えてくれるんだよ。主に教官役の間の雑談だね」
「そうなんですね」
「そろそろ寝ようか」
「大和さんって明日は休みでしたよね?」
「咲楽ちゃんはお仕事でしょ?」
「はい。光の日ですし」
「ゆっくり休まないとね」
「大和さんもですよ?」
「おやすみ、咲楽ちゃん」
「おやすみなさい、大和さん」




