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この週の闇の日は大和さんは昼勤。昨日は大和さんは遅番だったけど、朝の習慣は変わらない。大和さんは相変わらず、8の鐘過ぎには家を出てランニングに行ったみたい。睡眠時間は気になるんだけど、この習慣は変わらないみたいだし、朝走らないと気持ちが悪いって力説されたから煩く言うのはやめた。ちゃんと気にはしてくれてるみたいだし。
ルビーさんのベールのデザインはルビーさんが『ティアドロップ状の物がいい』って主張したから、ティアドロップ型になった。ただ、花の種類は任せてもらえたから、木の花を中心に纏めるつもり。大和さんが描いてくれた椿をルビーさんがいたく気に入って、カメリアは必ず入れてほしいと要望があった。椿はこっちでもカメリアって名前だった。
木の花はローズさんが本を探してくれて、ライルさんや所長まで一緒になって「これがいい」「あれがいい」ってやってる。ルビーさんだけが話に加われないからデザイン担当の私がお昼休みなんかは構われ倒されている。この間に絵本の『好き嫌いはダメ』と『いじめっ子、いじめられっ子』を書き取ってもらった。『いじめっ子、いじめられっ子』はいじめっ子だった子がピンチになって、普段いじめてた子に助けられて、関係を変えようと奮起するお話。ルビーさんと一緒に考えて作った。
『いじめっこ、いじめられっこ』はライルさんに好評で、こっちはライルさんの伝手で絵師さんに絵を付けてもらってる。貴族様にもやっぱりこういうのはあるみたい。
今日はローズさんとコリンさんが来るって言ってた。朝から掃除をしてシーツなんかを全部洗濯した。小部屋……大和さんが4.5畳位って言ってたけど、今は大和さんが敷いた絨毯とローテーブルが置いてある。ここは土足厳禁にして食後に寛いでいる。床がフローリングだから、違和感がない。クッションは作る予定。綿は羊毛。ムトンってモコモコの羊がいて、地球のよりもフワフワした綿がとれる。ただし大きい。体長3.5m位、横幅1.5m位。大和さんが私の話を聞いて『軽トラか』って笑ってた。大人しくって色んな色がいるんだって。聞いただけでも白、ピンク、ブルー、グリーン、パープル、イエロー、しかも濃い、薄いってあるみたいで、これだけでも11種類。
朝から牛肉を大きめに切って、回りを焼いて、茹で始める。今日はビーフシチューの予定。沸騰したらホットキルトを被せて置いておく。
それが終わったら、昨日からしているクッションカバーの準備。色んな色の布を縫い合わせてクッションカバーを作っている。私のはオレンジ系、大和さんのはブルー系。まだ形にはしていないけど、大きなパッチワークみたいにしてる。
「サクラちゃーん」
元気な声と共に結界具に反応があった。ローズさん達だ。
「入ってください」
ローズさんとコリンさんを招き入れて、まずはリビングへ。
「あら?暖炉ってこんな感じだった?」
「今週頭に帰ってきたら変わってました」
「改装ね。トキワ様が作ったの?」
「プロクスさんと職人さんと大和さんだそうです。ダイニングの方も変わってます」
2人をダイニング側に案内する。
「良いわね。こんなところに部屋ってあった?」
「無かったです。これも今週頭に帰ってきたら出来てました」
「でも過ごしやすそうね。絨毯も良い色。ソファーは置かないの?」
「その部屋は靴を脱いでください。床に直接座ります」
「クッションがいるわね」
「はい。今作ってます」
「大きなのをつくって寝転べるようにしちゃえば?」
「ここで寝ちゃうといけないので、やめておきます」
「ってことは考えたの?」
「1度ウトウトしちゃって運ばれました」
「サクラちゃんが?珍しいわね」
「今週の緑の日、すごく忙しかったじゃないですか。疲れてたみたいで」
「緑の日って何かあったの?」
コリンさんが不思議そうに聞く。
「何もないと思うんだけど、打撲、捻挫の患者さんが多かったの」
「そうなのね。そうそうベールのデザインは決まったの?」
「これです」
私の書いたベールのデザインを見せる。
「滴型です。喜びの涙と幸せの滴です」
「これなら大きな花を配置して、回りを小さな花で埋めれるわね」
「はい」
「サクラちゃん、これがみんなで選んだ花」
「種類が多いわね。これは刺すのが大変よ?」
「大丈夫です」
「それからベールの布がこれ」
「オーガンジーじゃない?」
「オーガンジーって?」
「透け感のある布です」
「こっちではこういう薄い布を使うの。それでこのラインがあるでしょ?ここから下に大きなブーケ、回りに友人達が小さな花を刺繍するの。このラインはちょうど首の辺りね」
「そうなんですね」
「この花、誰が選んだの?」
「施療院のみんなよ」
「色合いが賑やかね。それと木の花が多い?」
「2人とも地属性と水属性を持ってるし、お相手が木工職人さんの息子さんだからってサクラちゃんが決めたのよ」
「そんな決め方なの?思い付かなかった」
「お相手の髪の色が褐色なのよね。ルビーの髪は濃い金髪って感じ」
「あ、それは2色のリボンにして垂らそうかな?って思ってます」
「それは良いわね」
ブーケについて色々教えてもらって、クッションの綿を買うために東地区の市場に一緒に行く。
連れていって貰った手芸屋さんにはたくさんの色の綿が置かれていた。
「綺麗ですね」
「そうよね。これって中に入れちゃうと見えないから、なんとか見た目を活かしたいのよね」
「シート状に出来たら色々使える気がします」
「シート状にするのが難しいのよね」
「それが問題ですよね」
生成というか、洗晒というか、精製されていない綿を買って、カラフルな綿も少量買って、お昼ご飯を買って家に帰る。
「サクラちゃんその綿、どうするの?」
「紡いでタペストリーにしようと思って」
「どうやって紡ぐの?」
「これを使います」
「さっき買ってた謎の道具?」
「スピンドルって言います。簡易的な糸紡ぎの道具ですね」
まずはブラシみたいなので羊毛を鋤いて、スピンドルのフックに少し縒った羊毛を巻き付けて、くるくる回して紡いでいく。多少の太い細いは気にしない。それも味になるから。紡いだ糸は玉にして纏めておく。
コリンさんはクッションを作ってくれていた。ローズさんは糸紡ぎをきゃあきゃあ言いながらしている。
「サクラちゃん、これ難しいけど楽しいわ」
「良かったです」
私はクッションカバーを作っていた。
3の鐘が鳴ったからお昼にする。
「ローズさん、コリンさん、どこで食べます?」
「床に座っては慣れてないからテーブルで」
「はい」
昼食を食べながら、ローズさんに聞かれた。
「ねぇ、サクラちゃん、タペストリーってどうやって作るの?」
「四角い枠が要るので今はちょっと難しいですね」
「じゃあ、糸をたくさん作っておくわ」
「楽しいですか?」
「スッゴく楽しい」
昼食を食べたらまた同じ作業。ローズさんは慣れてきたのか、こんもりと糸の山が出来ていた。
「ローズさん、玉にしないと絡まります」
「めんどくさーい」
「もぅ。仕方ないですね」
「シロヤマさん、甘やかしちゃダメよ」
「でもこのままだと、絡まります」
巻いて玉にしていく。たくさん出来て、マフラーでも作れそうだ。
「サクラちゃん、タペストリー作りたい」
「貴女は刺繍を覚えなさいよ」
「枠を作ってからですから、待ってください」
「作れるようになったら教えてね」
「はい」
「シロヤマさん、クッション、出来たわよ。カバーは?」
「これです」
会わせ目は大きなボタンで止めるようにしてみた。出来たクッションは全部で4個。
「これってサクラちゃんがオレンジ系、トキワ様がブルー系でしょ?」
「はい」
4の鐘が鳴った。
「そろそろ帰らなきゃ」
「そうね。この部屋、居心地よくて、ずっと居たいけど」
2人は帰っていった。ローズさんはずっと「タペストリー、作りたい~」って言っていたけど、コリンさんに引っ張られていった。良いのかな?
私は夕食の支度。お鍋を暖炉に移して、大きめに切った野菜を投入。買ってあって戻した干しキノコも投入。ブラウンソースを頑張って作って、それも投入。後は煮込むだけ。
鍋は取っ手が取り外し出来る、オール鉄製の物。と、言っても、本当に鉄製かは分からない。オール鉄製にしては軽いし。ただお店の方にお勧めされたから買った。
夕食の支度が一段落したから、作業を始める。カークさんが王都の外に出た時に頼んで拾って来て貰った30cm位の棒2本に等間隔に印をつけて風属性で溝を掘る。ここに同じ長さに切った丈夫な糸を括り付ける。
作っていたのはタペストリーの経糸。これをぐるっと巻ける枠がほしい。実はタペストリーは枠が無くても作れる。引っ掛ける場所さえあれば。ローズさんに「枠が無いと」って言ったのは、そっちの方がやり易いから。ピンと経糸を張ったままにしての作業は結構疲れる。教えてくれたおば様先生に、『原理としては地機っていう機織に近いわね』って教えて貰った。地機自体が分かんないけど、大変だっていうのは分かる。
5の鐘が鳴った。もうすぐ大和さんが帰ってくるかな?
ローズさん達に選んで貰った花を一つ一つ紙に書き写していく。本当に種類が多い。書き写した花は輪郭に沿って切り抜いておく。
大きな花を中心において、バランスを見ながら配置していく。滴型になるように形を整え、隙間を埋めていく。重ねながら、でもバランスよく。本当は彩色までして色のバランスも見た方が良いんだけど、今回は時間がない。今しなくても良いんだけど、時間が空いちゃったから手をつけちゃった。
唸りながら考えてたら大和さんが帰ってきた。
「咲楽ちゃん、ただいま。何を唸ってたの?」
「おかえりなさい、大和さん。ベールの花の配置を考えてました」
「見せて。これ、こうした方がいいんじゃない?」
「本当だ。って言うか大和さん、着替えてきてください」
「分かった。着替えてくるね」
大和さんは2階に行った。これ、どうしよう。ノリとかテープとかないんだよね。と言うことは、固定できないってことで。
再び唸っていたら、着替えて降りてきた大和さんに笑われた。
「今度は何を唸ってるの?」
「これをこのまま移動する手段です」
「何かの台に乗せて移動させる?」
「それしかないですよね」
暖炉の側の棚板を外して、その上に配置済みの花を乗せて、ワゴンに移動させた。後は棚板を戻せばOK。
「緊張しました」