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異世界転移って本当にあるんですね   作者: 玲琉
眠りの月
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市場(バザール)を出てしばらく行ったところで、大和さんが言った。


「驚くって、何があるんですか?」


「それはお楽しみ」


「教えてください」


「ダメ。家まで秘密」


「イジワルです」


「ビックリする顔が見たいんだよね」


楽しそうな大和さんの様子に、聞き出すことは諦めた。元々、大和さんは話してくれないってなったら絶対に話さない。たまにポロッと話すけど、それも分かってやってる気がする。


「大和さん」


「ん?」


「大和さんは今日は何をしていたんですか?」


「家に帰ってからのお楽しみの件で半日潰れた」


「そのお楽しみがすごく気になります」


「それを言っちゃったら、俺の楽しみがなくなるでしょ?」


「……楽しそうですね」


「咲楽ちゃんがどういう驚き方をするのかって想像するとね」


「妄想している訳ですね?」


「妄想って、危ないことかヤバい事みたいな言い方だね」


「言ってくれないんですもん」


拗ねてみせると、頭をわしゃわしゃされる。


「髪の毛が乱れちゃいます」


「乱してるの」


「止めてください」


「だって可愛いから」


相変わらず楽しそうな大和さん。


「心配しなくても、絶対に咲楽ちゃんが喜ぶ事だから」


「心配はしていないんですけど、サプライズは予告なしの方がいい気がします」


「そう言われたらそうだね。ごめん」


「どうしましょう」


「何でも……は無理だけど、出来ることはするよ?」


「でも、大和さんにして欲しい事って、ほとんどしてもらってるんですよね」


家が見えてきた。


「何か無いの?」


「分からないです。宿題にしてください」


「危ない事、しないでとか言われるかと思った」


「してほしくはありません。けど、それを言ってしまったら、大和さんがしたいことも出来なくなっちゃうかもしれません。今はこの国って戦争もしてなくて平和だけど、将来どうなるかわからないし、騎士団に所属しているって事はもしそんな事があったら行かなきゃならないって事ですよね。今『危ない事、しないで』って言っちゃうと将来『騎士を辞めて』って言っちゃうかもしれない。それを考えたら言えなくなっちゃったんです」


「咲楽ちゃんが辞めてって言うなら、騎士は辞めるよ」


「そうじゃないんです。私は大和さんが好きな事をしているのが、それを見るのが好きなんです。心配はしますけど、止めたくないんです」


大和さんが天を仰いだ。変な事、言っちゃった?


「本当にこの()は、どこまで俺に惚れさせたら気が済むんだろうね」


大和さんが呟いた言葉は聞こえなかった。


「大和さん?もう1回言ってください。聞こえませんでした」


「聞こえなくていいの。中に入ろう。あ、目隠しするよ?」


そう言うと後ろから手で眼を覆われる。


家に入ったのは感覚と暖かさで分かった。大和さんが入口の魔道具に触れたんだろう、灯りが付いた。静かに大和さんの手が外される。


一瞬、どこが変わったのか分からなかった。


「あれっ?暖炉が変わってる?」


暖炉の上に石造りの棚が出来て、金属製の棒が渡されている。


暖炉の横には金属の台のようなものがあった。


「大和さん、これって?」


「前に言ってたでしょ?暖炉で調理するための設備。この棚みたいなのに鍋を置いて温めたり出来るし、こっちの台、クトコって言うらしいんだけど、これでお湯を沸かしたり出来る。それからこっち」


ダイニングに回ると、そっちにも暖炉?


「リビングの暖炉と上部が繋がってる。どっちに火を入れても暖房効果は変わらない。こっちにも棚とクトコがあるから、ここで調理が出来るよ」


「凄い。嬉しいです」


笑顔を向けると、抱き締められた。


「その顔が見たかった」


リビング側の暖炉にはマントルピースが作られていた。


「ここに咲楽ちゃんの作品が飾れるね」


「これ、半日で出来たんですか?」


「プロクスと知り合いの職人さんと、俺で作った」


「大和さんも?」


「地属性があるって雑談で言ったら手伝えって。先週の話ね。お陰で硬化を覚えた」


「硬化?」


「この暖炉の石ね、属性魔法で形を変えるんだよ。それを組み合わせて作ってる。デザインを選んで、石を組み合わせて、接着させるのが硬化魔法」


「職人さんってどんな方ですか?」


「それはまた話すから、先に着替えておいで」


「はい」


着替えに自室に上がる。嬉しい。お茶とか、リビングで入れられるってことだよね。後、パンを温めるのも暖炉で出来るし、ピザなんかも焼けるかも。


ウキウキ気分で階下に降りると、他にも変わった所があるのに気が付いた。


「大和さん、ここってこんな小部屋、無かったですよね?」


「それね、職人さんがあっという間に作った」


「作った?」


「元々、ダイニングにこの小部屋があったんだけど、前の持ち主が潰してダイニングを大きくしたらしい。今、2人だって言ったらこの小部屋があっという間に出来てた。ここ、面白いんだよ」


そう言って大和さんが壁に付いた飾りを押すと、台が出来た。どうなってるの?


「ベッドに出来る長椅子ってとこかな」


「ソファーベッド?」


「ソファーにも出来るけどね。案外柔らかいし。エクストラベッドってところかな。普段は収納しておいて客が多いときにベッドとして使える」


「ソファーとか、置きたいです」


「また見に行こうね」


「はい。お夕飯の準備しちゃいますね」


じゃがいもを出して洗って茹でる。先にこれをしないと、時間配分がめちゃくちゃになる。じゃがいもは土の中の野菜だから茹でるのは水から。祖母に教えてもらった。


私がチーズホワイトソースを作っていると、大和さんが魔空間から絨毯を取り出した。色はベージュにしては濃いし、ブラウンにしては薄い。


「大和さん、それって何色って言うんですか?」


「桑色かな」


「桑色?」


「こういう薄い黄色って言うか、濃いベージュって言うかって色。桑の実って黒っぽいんだけど、桑色はこういう色」


「暖かい色ですね」


「乙女色と迷ったんだけどね」


「乙女色?」


「優しいピンクって言うかな。乙女椿の色」


「乙女椿が分かりません」


「薄桃色の可愛い色の椿だよ。椿っていろんな種類があって、全部は覚えきれてないけど」


「他に知ってる椿ってどんな名前ですか?」


菱唐糸(ひしからいと)胡蝶侘助(こちょうわびすけ)太郎冠者(たろうかじゃ)栄勝寺侘助(えいしょうじわびすけ)、ダッチェス オブ サザランド、なんて言うのもある」


「最後のって英語ですか?」


「そう。由来は分からなかった。そのまま訳せばサザランド女侯爵になる。後ね、椿なのに、白菊、白百合って言うのもある」


「椿なんですよね」


トマトソースを仕上げながら聞く。


「どっちも白い花だね。椿って面白いことに、英語でもフランス語でもイタリア語でもギリシャ語でも"カメリア"って言うんだよ」


「そうなんですか?」


「椿は山に自生してたから。だから調べた」


「大和さんって色々調べるの、好きですよね」


「まぁね。知らない事をそのままにするのは気持ちが悪くてね」


「あぁ、分からなかったら調べろ、でしたっけ。言われてたって言ってましたね」


「たぶんそれとは別の性格的なものかな。高校くらいから調べたりしてた。海外でもそうしようと思ったら、文字が読めなくて苦労した」


「外国語ですもんね」


「英語はなんとかなったんだけど、フランス語、ドイツ語は1からだったし、アラビア語に至っては模様にしか見えなかったね」


「アラビア語って右から書くんでしたっけ」


「そうそう。あれは何かの模様って言われても信じるよね」


「アラビア語は読めたんですか?」


ソースをお皿に流して、ニョッキを盛り付けて、出来上がり。


「アラビア語は読めなくても良かったから。話せさえしたらね」


「そうなんですか?」


「挨拶と自己紹介くらいかな。英語でも良かったしね」


ニョッキを運んでくれながら、大和さんが言った。


「それより、これ、綺麗だね」


せっかくの紅白だから、陰陽紋みたいにしてみた。


「単に2色に分けることも考えたんですけどね。混じらないようにするのが大変でした」


「咲楽ちゃんならラテアートとかできそう」


「ラテアートですか?挑戦してみたかったんですけど、出来ませんでした」


「こっちに来たから?」


「それもあるんですけど、試験勉強が忙しくて」


「あぁ、国家試験」


「はい」


しばらく2人共黙って食べていた。


「咲楽ちゃんは、あっちに戻りたい?」


「戻りたくないって言ったら嘘になると思います」


「そっか」


「こっちの生活って、不便なようで過ごしやすかったりしますし」


「魔法とか?」


「はい。魔法っていっても光と闇中心ですけど」


「それは仕方ないんじゃない?施術師なんだし」


「攻撃魔法は覚える気はないんですけど、使いこなせてない感が」


「属性が多いもんね」


「ラノベの主人公達って、わりと使いこなしてますよね」


「なんだろうね。使いこなせてるよね」


「私、才能がないんでしょうか?」


「攻撃魔法は向いてないと思うけどね。ラノベの主人公達が使うのって攻撃魔法が多いじゃない」


「ですけど」


「咲楽ちゃんは無意識にやってしまうタイプかな?」


「無意識、ですか?」


「天使様って呼ばれるような処置をした時って、治癒術を使おうと思ってやってないでしょ?いつでも無我夢中でやっちゃった、って感じじゃない?」


お皿を洗ってくれながら、大和さんが分析してくれた。


「そうかもしれません」


いつまでもダイニングの椅子に座っていたら、大和さんに笑われた。


「こっちにソファー、持ってくる?」


「あ」


「あっちは応接室みたいにしてもいいよね」


「こっちがリビングダイニングですか?」


「そうそう」


「この小部屋は?」


「秘密の部屋?」


「おもいっきり見えてますけど」


「うーん。こっちがリビング?」


「あ、こっ……何でもありません」


「こ?何を言いかけたの?」


「何も言ってません」


「言ってごらん?良い子だから」


大和さんが椅子に座ってる私を後ろから抱き締めて、耳元で囁く。耳に息がかかってぞくぞくする。


「ほら、咲楽」


「言います、言いますから、止めてください」


クックッという笑い声が聞こえた。


「必死だね」


「背中がぞくぞくしました」


「咲楽ちゃんは耳が弱いのかな?」


「知りません」


そっぽを向く。


「で?何を言いかけたの?」


「子どものプレイルームかと思ったんです」


「俺との、って意識してくれたの?」


「……知りません」


「可愛いねぇ。真っ赤だよ」


誤魔化すように図案化集を出して見始めた。大和さんが黙ってリビングの方に行ってしまった。しばらくして戻ってくると魔空間からソファーを出す。そのソファーは壁際に置いたらしい。


「テーブルも欲しいな。ソファーだったらローテーブル?」


聞こえるような音量で独り言を言う。


「咲楽ちゃん、こっちおいで」


「ここにいます」


「拗ねちゃったか」


そう言って大和さんはお風呂に行ったらしい。少しして顔をあげた。小部屋のソファーはさっき大和さんが出した収納式長椅子の邪魔にならない場所に置いてあった。ダイニングからもリビングからも見えないから、本当に秘密の部屋みたい。


元々リビングにあったこのソファーは少し重厚な雰囲気の物。猫足で色もダークグリーン?な感じ。ここだったらもっと明るめの色にしたい。リビングだったらこれで良いけど。


ダイニング側の暖炉の横には棚が出来ていて、ケトルとかカップとか置けるようになっていた。台は木材で、壁の溝に入るようになっている。一番下はワゴンみたいになっていた。リビング側が対外用、ダイニング側が対内用って感じだ。


一通り見終わって、ダイニングの椅子に戻る。ベールの図案化集を見ながら、案をいくつか書いてみた。大きな木の緑を背景にたくさんの木の花が咲いている物、リース状に花を配置したもの、ラウンドブーケ状の物、ティアドロップ状の物、クレセント型にした物。クレセント型は三日月のような縦型じゃなくて、横向きにして小さな花を受け止める形にしても良いと思う。


夢中で描いていたら、隣に大和さんが座った。


「機嫌、治った?」


「治りません」


「困ったね。はい、口開けて」


口に入れられたのはキャラメル?


「職人さんの奥さんが作ってるんだって。彼女が居るって言ったら幾つかくれた」


「大和さんは食べたんですか?」


「甘かった」


「生クリームや牛乳と砂糖や水飴なんかを煮詰めたものですからね」


「作れる?」


「ものすごく時間がかかります」


「どの位?」


「量にもよりますけど、30分から1時間位です。焦がしちゃダメだから、常に混ぜてないといけないし」


「機嫌は治ったみたいだね」


「治ってません」


「笑ってるのに?」


「お風呂、行ってきます」


なんだか楽しまれてる気はするけど、筆記具を仕舞い忘れてお風呂に行った。


大和さんのちょっと低めの声であんな風にされたら、意識しちゃって、まともに顔が見られない。それと同時にやっぱり怖いって言う感情が沸いてくる。


大和さんの事が好きだから意識しちゃうんだろうけど、怖いって思ってしまう。でも何に対して怖いのか、分からない。


自分の気持ちが中途半端で、前に進めない。大和さんが待ってくれてるのは分かってる。ずっと好きって伝えてくれてて、私はそれに甘えてる。


すっきりしない気持ちを抱えて寝室に行くと、大和さんがベッドの上で何かをしてた。


「大和さん、何してるんですか?」


「落書き」


「ってそれ、私のベールのデザインじゃ……椿?とバラ?」


「分かった?」


「クレマチスって描けます?」


「クレマチス?」


「テッセンです」


「あぁ、こんな感じかな?」


大和さんはさらさらと描いてくれた。


「スッゴく上手なんですけど」


「こういうのは得意だから」


「以前聞いた気がしますけど」


「忘れた?」


「ごめんなさい」


「謝らなくて良いよ。ところで機嫌は治った?」


「もやもやしてます」


「もやもや?」


「大和さんに言うのは恥ずかしいって言うか、他の人に言うのもどうかと思うんですけど」


「さっきの事?」


「はい」


「ドキドキした?」


「どっちかと言うとぞくぞくしました」


「あぁ、なるほど」


「何に納得したんですか?」


「今は抵抗があると思うよ」


「今はって……」


「こっちおいで」


「……ぞくぞくしたんですけど、それで意識しちゃって、でも怖くて、自分の気持ちが中途半端です」


「意識してくれただけでも進めてると思うけどね」


私をよいしょっと横にして、膝枕にしながら、大和さんが言う。


「簡単に転がされちゃったんですけど?」


「気のせい気のせい」


「何か技とか使いました?」


「さぁ?」


ニコニコしながら私の頭を撫でている大和さん。


「白猫パジャマはまだ封印中?」


「封印中です」


「それは残念」


「10代前半なら着れたんでしょうけど」


「今でも着て良いと思うよ」


「恥ずかしいですよ」


「Let's Try」


「しません」


「Tryは若い時の方がいいんだよ」


「お年寄りみたいな事、言わないで下さい」


「どうしても無理みたいだね」


「諦めてください」


「膝枕は慣れてきてくれたんだけどね」


「諦めただけです」


ずっと頭を撫でられていたら眠くなってきた。小さく欠伸をする。


「咲楽ちゃん、眠いの?」


「はい」


「寝ようか。お休み、咲楽ちゃん」


「お休みなさい、大和さん」

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