106
結局パンツスタイルに着替えて、リビングに降りた。
「お待たせしました」
「連中が来てるから出ようか」
「まだ2の鐘まで時間はあるのに。それに外で待ってるんですね?」
「ゴットハルトとダニエル達とカークと……ブランと知らない男女がいる」
「知らない男女?」
「ライル様、トキワ様って外、出たの?」
「出てないよ」
「何故分かるの?人数とか」
「地属性の魔力を使うそうです。私には出来ません」
外に出ると、ブランさんと一緒に知らないおじ様おば様が居た。
「サクラ様、お久しぶりです」
「ブランさん、元気そうでよかったです。そちらの方は?」
「私がお世話になっている洋服屋のご主人夫妻です」
「天使様にお会いできるなんて、今日は最高の日だわ」
「あちらが黒き狼様か。いやぁ、お似合いだ」
2人ではしゃぎ始めるご夫婦。
「神殿に行った後、東の街門に行って、少し遠出をします。アッシュ達とそこで会って、付いてきちゃいました」
「別に構いませんけど、遠出?気を付けてくださいね」
「馬車ですから。大丈夫ですよ」
「天使様、そろそろ行きますね。ブランちゃん、行きましょ」
「お気をつけて。行ってらっしゃい」
3人を見送って、私達も歩き出す
「カークはいつも通り索敵しながら行くように。アッシュ、ラズと一緒に街門まで先に行ってくれ」
「はい」
アッシュさんとラズさんが走っていった。
「走らなくていいんだが。ダニエル、後で注意な」
「分かりました」
「2人を先に行かせたのは?」
「この人数ですから、街門の兵士に知らせに行ってもらいました。『多いときには先に知らせてもらえるとありがたい』と兵士長に言われましたので」
「それ、兵士達が黒き狼を1人でも多く見られるように、って事じゃないのか?」
「そうだろうな。毎回明らかに人数より多い兵士が寄ってくるし」
「分かっているのね」
「人気者は辛いわね」
「王宮騎士達には、お2人も人気ですよ」
「実感がないし、本当と思えないのよね」
「この前来られたとき、帰られてから質問攻めに合いました」
「ヘリオドール様?」
「どういう関係だ、から始まって、決まった相手はいるのか、とか、好みのタイプとか」
「最後にはゴットハルトがキレてた」
楽しそうな大和さんとちょっと憮然としたゴットハルトさん。
北の街門に着いたら、兵士さんがたくさん居た。
「天使様!?」
その声でみんなに一斉に見られて、思わずローズさんとルビーさんの後ろに隠れた。
「隠れなくていいじゃない」
「堂々としてなさいな」
「ビックリしちゃったんです」
そう言うとライルさんに笑われた。
「施療院では堂々としてるのにね」
「お仕事ですから」
話をしながら手続きをしてもらって、街門を出る。アッシュさんとラズさんが待っていた。
「2人とも、後でダニエルから注意な」
「はい」
少し歩いて、東北への道を過ぎた頃、ゴットハルトさんが言った。
「ヤマト、先にいったらどうだ?」
「あぁ、もうちょっとしてからな」
「何かあるのか?」
「大きな魔物?か?」
「どれ位?」
「エタンセルより大きい」
「形状は……」
「魔犬です」
カークさんが言う。
「魔犬か。よく分かったな」
「はい。中型ですね」
「そうだな」
魔犬って小さくてもエタンセル位って言ってたっけ。どんな魔物なんだろう。ドキドキしてる自分とワクワクしてる自分がいる。
視線の先にエタンセルより大きい位の茶色いラブラドールレトリバーみたいなのが見えてきた。やだ可愛い。声に出しかけて慌てて口を押さえる。大和さんがちらっとこっちを見た。
「迂闊に近寄っちゃダメだよ」
口を押さえたままこくこくと頷くと、頭を撫でられた。
「全員密集隊形」
大和さんが言うと私達を守るようにみんなが集まってきた。
「サクラちゃん、大丈夫そうね」
「初めて見ました。あれが魔犬なんですね」
「様子がおかしいな。フラフラしてる」
大和さんが呟く。
「カーク、行けるか?」
「はい」
「もう1人は誰が行く?」
「ボクが行きます」
エイダンさんが立候補した。
2人が静かに動き出す。少ししてエイダンさんが戻ってきた。
「トキワ様、いつもの蜂が一緒です。と、いうか、呼んでます」
「俺を?」
「背の高いリーダーをって言ってました」
「なんだろうな?行ってくる。ゴットハルト、後は任せた」
大和さんとエイダンさんは行ってしまった。
「なんでしょうね?」
「さぁ。大体蜂が人間を認識して、その人間を呼ぶなんて、聞いたことがない」
「でも、北の草原に行くと、蜂の仔が寄ってくるって言ってました」
「え?寄ってくる?」
「えぇ」
エイダンさんが戻ってきた。
「トキワ様が、危険はないから来てもいい。と、言っています」
密集したまま歩き出す。草原まで後少しってところに、大和さんとカークさんが居た。大きな蜂と一緒に。
「あの魔犬は大人しいらしい。この女王様の友達なんだってさ」
「タクサンオルノォ。イツモ仔ラガ迷惑ヲカケテスマヌノ」
「いつもはちみつをいただいてるのはこちらですよ」
「女王様、いつもありがとうございます」
「コノジョセイハ、ソナタノ……コウイウノヲナントイウ?」
「妻だとか色々ありますが」
「天使様は黒き狼の半身と言われております」
カークさんが口を出した。
「黒キ狼ト言ウハソナタカ」
「不本意ながら」
「天使様ガコノジョセイ」
女王様がなにやら頷いてみえた。
「ナルホドノウ。ワレニハワカラヌガ、特別トイウハワカッタ」
「あの魔犬は何をしているのでしょう」
「眠イラシイノ」
「周りで暴れますがよろしいので?」
「ヨイヨイ、アヤツハスグネルカラノ」
その時、魔犬がこっちを見て尻尾を振った。
「ソナタノ半身に興味ヲ持ッタノ」
「私?ですか?」
「ウム。ソレ、コチラニ来ル」
魔犬は穏やかな目をしていた。まっすぐ私に向かってくる。大和さんが身構えたのが分かった。
「大和さん、たぶん大丈夫です」
「たぶん大丈夫って」
「あの子、穏やかな目をしてますから、危険はありません」
「それでも魔物だよ」
「それを言ったら女王様は?」
「ワレモ魔物ジャノ」
「ご存知で?」
「以前、人間ガ言ッテオッタワ」
魔犬がギリギリまで近付いて、伏せをした。思わず手を伸ばして、顔を撫でる。
「優しい子です」
「みたいだけどね」
「ソナタラ、ナニカスルノカ?」
「訓練ですね。もう少し先に行ってから」
魔犬の尻尾の振りが大きくなった。ただし、尻尾が大きいから、周りがスゴいことになってる。
「もしかして走りたいの?」
「さすがに一緒は無理だよ。下手をすると襲われてるって勘違いされて、討伐対象になる」
「そっかぁ。無理だって」
クゥンと言う音が鳴った。可愛いんだけどサイズが大きすぎる。
「さっきくらいの所で待っててくれる?」
魔犬は、ゆっくりと立ち上がってさっきの場所に行くと、横になった。
「あれって来るのを待ってるわよね」
「シロヤマさんを気に入ったみたいだしね」
「魔犬の討伐理由のほとんどが、大きすぎて少しの事でも被害甚大って事ですしね。もちろん、襲われたって言うのもありますが」
ゴットハルトさんやローズさん達と話していると、大和さんが言った。
「よし。まずはランニング。いつもの所まで。行ってこい」
大和さんが手を打つと、みんなが走り出す。
「それでは女王様、失礼いたします」
「マタノ」
女王様は飛んでいった。
「じゃあ、走りますか」
大和さんが数回跳び跳ねると、すごい勢いで走っていった。
「速いわね」
「本当に狼みたいね」
「相変わらず人間業じゃない」
「ゴットハルトさんは走らないんですか?」
「あれには着いていけません」
話ながら魔犬の所まで行く。
「風が無い?」
「もしかして風避けになってくれてる?」
前肢と後ろ脚の間、お腹の所に座らせてもらって、大和さん達の訓練を眺める。
「魔法の訓練って来たけど、これじゃ無理だね」
「そうね。でも良いじゃない」
「でも地属性はここでも出来るわよ」
「出来ますか?」
「簡単なのでいいんでしょ?この石、良いわね。ちょっと金属が入ってる。この石に地属性の魔力を少し流してみて」
「はい」
少し魔力を流すと、上手く魔力が流れない所があった。
「上手く流れない所があるんですけど」
「そうしたら、流れない所に意識を集中して、その物質を自分の手に集めてみて」
「物質を集める」
小さな銅色の塊が手のひらに3つ、転がった。
「おめでとう。成功よ」
「えっと、これ……」
「たぶん銅だと思うわ。違う石でもやってみましょうか」
「はい」
その後もいくつかの石から金属と思われる物質を取り出した。色もいろいろある。銅色、銀色、金色。銅色が一番多い。
「じゃあ、これを1つに纏めるわよ」
色別にした塊を大きな1つの塊にする。
「慣れてきたわね」
「ヤッテオルノ」
女王様が飛んできた。何匹かの蜂と一緒に。
「女王様、何か?」
「ウム。コレヲ持ッテ来タ」
その手には小さな壺。
「ソナタニハコレジャ」
手渡されたのは小さな花冠が2つ。
「結い直しましょう」
ローズさんが言って、ルビーさんと一緒に髪を結い直された。
「ホォ。ソウスルノカ。楽シイノォ」
微かに3の鐘が聞こえた。
「ここまで!!」
「ありがとうございました」
大和さんが振り向く。
「風が来なさそうですね」
「えぇ、この魔犬のお陰ね」
「お昼ですが、一緒にどうですか?」
大和さんが女王様に聞く。
「ワレモ良イノカ」
「えぇ、どうぞ」
異空間から木皿とパンケーキとトッピングを取り出す。
「女王様、このパンケーキにはちみつをかけて、どうぞ」
「馳走ニナロウカノ」
少しずつ食べ進める女王様。
「美味イノ」
「お口に合って良かったです」
その間にローズさん達は自分達でいろいろ作って食べていた。
「ソナタハ食ベヌノカ?」
「いただきます」
食事パンケーキとデザートパンケーキを1つずつ。大和さんもちゃんと食べていた。
「咲楽ちゃん、はい」
いつの間に作ったのか、蜂蜜湯を渡された。
「ありがとうございます」
女王様との昼食を終え、魔犬とお別れして、家に戻る。
「ビックリしたわね」
「魔犬が居るとは思わなかったわ」
「僕は蜂がトキワ殿に気さくに話しかけてることにビックリした」
「後はトキワ様の衣装ね」
「着なきゃなりませんか?」
「「是非」」
「仕方がない。咲楽ちゃんも一緒にどう?」
「私も?私はいいですよね?」
「もちろん、お願いするわ」
「見たいわよね。なんなら手伝うわよ」
「えぇぇ……」
結局私もレモン色のドレスを着せられた。
「その髪型にぴったりだね」
「大和さん、髪を上げたんですね」
「待ってるから、行こうか」
大和さんの手に掴まって、階段を降りる。
「なんなの、なんなの!!」
「絵師、絵師を呼ばなきゃ」
「2人とも落ち着きなさい。まぁ、よく似合ってるね」
3人の前まで行って、謁見の時の礼をする。
「これでダンスを踊ったの?」
「はい」
「ここでは踊れないわよね」
「それで刺繍って?」
「外しましょうか?」
「外れたんですか?」
「でないと後で取り付けられないでしょ?」
「あ、そっか」
大和さんが肩マントを取り外して、ライルさんに渡す。
3人が見ている間に部屋で着替える事にした。
「それ、1人で脱げるの?」
「難しそうです」
「手伝おうか?」
「無理です!!」
「残念」
笑いながら大和さんは自分の部屋に入っていった。
このドレス、どうやって脱ごう。ドレスの構造なんて分からない。悩んでたらルビーさんの声がした。
「サクラちゃん、手伝うわ」
「ローズさんは?」
「お説教中」
しばらく沈黙が続いた。
「サクラちゃん、このドレス似合ってたわね」
「頂いたんです」
「あら、誰に?」
「王妃様」
「え?王妃様?え?何故?」
「謁見の時に陛下と王妃様とお茶会をして、なんだか王妃様がノリノリになっちゃって、御下賜されました」
「そうだったの。気に入られちゃったのね」
「正直に言って、あまり覚えてないです。緊張して」
「仕方がないわよ。髪も取っちゃう?」
「はい」
髪飾りとして使っていた小さな花冠は、異空間に入れて取っておくことにした。
「トキワ様がね、サクラちゃんが困ってるから行ってやってくれって、頼みに来たのよ」
「ありがとうございます」
「何かあったの?」
「何もないです」
「顔、真っ赤よ」
黙っていたら、頭を撫でられた。
「どうせトキワ様に何か言われたんでしょ」
「言いません」
「認めたわね」
「知りません」
「分かったわ。これ以上聞かないであげる」
クスクス笑うルビーさんに連れられて、リビングに降りる。
「ルビー、逃げたわね」
「仕方ないじゃない。トキワ様に頼まれたんだもの」
楽しそうに言い合いをする2人を放っておいてライルさんが言う。
「シロヤマさんのあのドレスって例の?」
「はい」
「似合ってたね。トキワ殿もだけど」
「私のついで感がスゴいですね」
大和さんが笑いながら言う。
「王宮で絵姿をって言われなかった?」
「言われましたね」
「父が予算の計上を命ぜられたって言ってた。たぶんどこかに飾られてるよ」
「勘弁してください」
大和さんが顔を覆う。
「たぶん王族方の私的部分だと思うよ」
大和さん達の会話を聞きながらもローズさんとルビーさんの言い合いを宥めようとした。そう。あくまでも宥めようと"した"だけ。だって言い合いも楽しそうだし。
少ししてライルさんがローズさんに声をかける。
「ジェイド嬢、そろそろ帰るよ」
「えぇぇ」
「えぇぇ、じゃない。ルビー嬢も帰るよ」
「えぇぇ」
「2人して同じ答えを返さない」
「何て言うか、ライル殿が母親だね」
「ですよね」
「いつもこんな感じ?」
「そうですね」
「ライル殿も楽しそうだけどね」
しばらく言い合いしてたけど、ライルさんが勝ったらしい。
「じゃあね、サクラちゃん、お邪魔しました」
「お邪魔しました、トキワ様。明日ね、サクラちゃん」
「昨日は遅くまで付き合わせて申し訳なかった、トキワ殿。シロヤマさんお邪魔したね」
賑やかに3人が帰っていくと、少し寂しい空間が残る。
「寂しい?」
大和さんに後ろから抱き締められた。
「少し。昨日は賑やかでしたし」
「そうだね」
ソファーに座ってずっと抱き締められていた。
「大和さん、どうしたんですか?」
「昨日帰ってきてから、咲楽ちゃんに触ってない」
「それはそうですけど」
「着替えを手伝おうとしたら拒否されるし」
「仕方がないじゃないですか。ドレスなんて脱いだら……」
「脱いだら?」
「……知りませんっ!!」
大和さんから顔を背けた。本当は顔が熱くなってきたから。たぶん、真っ赤だ。
クックッと言う笑い声が聞こえた。
「気持ちは分かるけど、可愛いねぇ。ホントに」
「怒ってるんですからね。昨日結局、あまり寝てないって聞きました」
「ライル殿か」
「あれだけ寝てくださいって言ったのに」
「悪かったって」
「反省してないじゃないですか」
「ちゃんと寝るから」
「本当ですね」
「約束する」
「なら許します」
「だから今日はイチャイチャしようね」
「どういう思考回路でそうなるんですか」
「ちゃんと寝ないとダメでしょ?」
「はい」
「咲楽ちゃんを抱き締めて寝るとよく眠れるんだよ」
「前にも言ってましたけど」
「その為には、話とかもきちんとしなきゃだし」
「はい」
「そうするには、離れてちゃダメなんだよ」
「分かる気はしますけど」
「だからね、イチャイチャしなきゃダメなんだよ」
「はい?そこが分かりません」
「とりあえずは夕飯をどうするかだね」
「話を反らしましたね?」
「必要な事でしょ?」
「必要ですけど。腕を離してもらえないと、食材の確認ができません」
「仕方がない。一旦離すね」
笑いの残る顔で残念そうに腕を離してくれた。食料庫を確認する時もぴったりくっついてくる。
「構って欲しいのは伝わってますから、少し離れてください」
「まぁ、こうなるよね」
「誰かの指示ですか?」
ダイニングの椅子に座った大和さんに聞いてみた。
「指示と言うか、入れ知恵?」
「誰のですか?」
「新人達」
「何を話してるんですか……」
「ミーティングの時に『もしかすると彼女の友人が泊まるかも』って洩らしたら『教官の彼女ってこの前の黒い髪の人ですよね』って言われて、肯定したら『必要以上にくっついて、構って欲しいってアピールしたらどうですか?』って提案された」
「提案って。ミーティングで何を話してるんですか」
「最初は真面目に反省点とか話し合ってるんだけどね。その内話がずれていって最終的にこういう話になる。雑談から新人達の背景とかも知ることが出来て、役にはたってるんだよ」
「雑談が悪いとは言いませんよ。四六時中指導者と教え子みたいなのだと、息苦しさもあるでしょうし」
パンはあるし、パスタもある。チーズと野菜もあるから、今日はパスタにしようかな。
「足りないものとかあった?」
「特に無いです。パスタの材料があるから、パスタにします。明日は早番ですよね?」
「そうだね」
「じゃあ、明日帰りに市場に付き合ってください」
「分かった。今すぐ作る?」
「もうちょっと時間はありますね」
時計はまだ4の鐘過ぎだ。
「じゃあ、リビングに行こうか」
「何か、お話ですか?」
ソファーに座ると、切り出された。




