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この辺りから時間を加速させます。そうそう毎日事件も起きないし、って、ネタ切れになった訳です。
書きたい物がこのままだと何日かかるか、って考えたら、気が遠くなりました。
あれから5日が過ぎた。ライルさんに相談して、治癒術が使えない悩みを書いてきたご令嬢には簡単なアドバイスを、その他のご令嬢にはありがとうの返事を返すことにした。
カークさんは毎日やって来て、索敵の練習。ダニエルさん達は、大和さんが休みの日と遅番の日に体術の訓練をして行く。体術の訓練にはカークさんも参加している。
その後、大和さんの剣舞を見る流れは変わらない。剣舞の後、抱き締められるのも毎回だから諦めた。抱き締められるのは安心するから好きなんだけど、人前って言うのは慣れない。大和さんに言ったら「コイツらの前で慣らしていこうね」ってスゴく良い笑顔で言われた。
今日は大和さんは遅番だ。大和さんの遅番の日は1人で帰ってるけど、その日だけ人通りが多いことも変わらない。何かしたのかって大和さんに聞いても知らないって言われるし。
着替えて階下に降りる。キッチンで朝食用の食材を出していると、大きな声が聞こえた。なんだろうと思いながら庭に出ると、入口にナイオンが居た。ナイオンは私を見てパタパタと尻尾を振っている。結界具の設定を変えて、ナイオンを入れるようにしたら、私に体を擦り付けてから、四阿に行って横になった。
大声をあげた人は冒険者さんだったみたい。
「あの虎は飼っていらっしゃるのですか?」
「いえ。飼ってる訳じゃないですけど、よく知っているんです。ご迷惑をお掛けしました」
「驚いただけですから大丈夫です。あの、もしかして天使様ですか?」
遠くに大和さんが見えた。
「そう呼ばれてます」
「職員のカークは今居ますか?」
「あそこですね」
大和さん達を指差したら、大きく頷かれた。
「ここで待ってて良いですか?」
「良いですよ」
そう言うと庭の入口の少し横に立っていた。そこで待ってるらしい。
「中へどうぞって言えなくてすみません」
「当然の用心でしょう。悪いと思わないで下さい」
少しして大和さん達が庭に着いた。
「カーク、副ギルド長が呼んでる」
「こんな朝早くから?」
「朝早くに呼びに行ったら、お前が居なかったんだよ。だから俺が走らされたんだ」
「あぁ、最近8の鐘には出てるから」
そんなやり取りの間に大和さんが庭に入る。
「ナイオン、何故逃げ出した?」
大和さんがナイオンを叱ってる。
「レベッカさんには後で連れていくって言っておいた。咲楽ちゃんを送ったら帰るぞ」
ナイオンはペッタリと耳を伏せて項垂れているように見えた。
「お前、反省のつもりか?」
「大和さん、ナイオンはどうしたんですか?」
「レベッカさんの手を振りほどいて、逃げ出したらしい」
「ナイオン、逃げ出してきたの?」
ナイオンに聞いてみたんだけど、振ってた尻尾が大和さんを見た途端に、パタンと下がる。
「仕方ない。咲楽ちゃんを送ったら、レベッカさんの所に連れていって協議だな」
「明日は2人ともお休みだから、こちらで預かるって出来ないんですか?」
「問題は今日の昼から、咲楽ちゃんが帰ってくるまでだよ」
「あ、そっか」
「失礼します。トキワ様、今日は失礼します。副ギルド長が呼んでいるようなので」
「そうか。じゃあ今日はここまでだ。気を付けて行けよ」
「はい。失礼します」
「お気を付けて下さいね」
カークさんは帰っていった。
「何があったんでしょうか?」
「さあね」
ナイオンは私を見ると尻尾を振ってるけど、大和さんがちらっと見ると、途端にパタンと尻尾を下げるを繰り返してる。
「あれ?ダニエルさん達は?今日は居ないんですか?」
「ダニエル達は街壁の手伝いらしい。朝早いらしくて今日はランニングは無し」
「今からは2人ですか」
「そうだね。イチャイチャ出来るね」
「今日は剣舞はしないんですか?」
「あからさまに話題を反らしたね」
「知りません」
「ストレッチをしてからね」
楽しそうに笑いながら大和さんがストレッチを始める。
「ナイオン、どうして逃げ出してきたの?」
ナイオンは当然答えない。
「大和さんと走りたかったとか、言わないよね」
ナイオンがそっぽを向いた。
「まさか本当に?」
「ナイオンはなんだって?」
「大和さんと走りたかったみたいです」
「それなら明日にしろよ」
「大和さん、ナイオンは曜日が分からないと思いますよ」
「分かってるけど言いたくなる」
大和さんが瞑想に入る。少ししてからナイオンに聞いてみた。
「ねぇナイオン、一回走ったら満足なの?」
尻尾をパタパタさせる。
「もしかして朝から走りたかったの?」
尻尾がパタパタ。
「明日でも良かったのに」
途端に下がる尻尾。
「どうしても今日が良かったの?」
尻尾パタパタ。
「咲楽ちゃん、ナイオンと会話出来てるね」
大和さんが瞑想を終えて立ち上がった。
「尻尾で、ですけどね」
「ナイオンが喋ったら、それはそれで怖い気がするけどね」
大和さんが舞台に上がる。サーベルを両手に持って舞うのは『秋の舞』。
この間、大和さんはこの『秋の舞』を『風』だと言った。四聖獣になぞらえたって。ナイオンは白虎だから、ナイオンも風属性なのかな。
以前オーク族のピガールさんは、ナイオンが弱ってた私を癒そうとしていると、言っていた。と、言うことは、光も持ってる?
私には分からないけど、ナイオンはナイオンだ。何の属性も持ってなくても、私を守ろうとしてくれて、頼りになるナイオンだ。
大和さんの舞が終わると、さっと立ち上がって飛び付くのはナイオンのお約束なの?
大和さんの顔中をペロペロ舐めて、大和さんに止められても、ナイオンは大和さんから離れない。舐めるのは止めたんだけど、じっと見ている。
「咲楽ちゃん、HELP」
「通訳はできませんよ?」
「咲楽ちゃんなら大体分かる気がする」
「無理だと思います」
そう言いながらも、ナイオンに聞いてみる。
「ナイオン、どうしたの?」
って、答えないよね。
「早く走りに行きたい?」
尻尾がパタパタしたけど、大和さんの足に当たってる。
「早く走りに行きたいみたいですね」
「そのようだね。やっぱり咲楽ちゃん、分かったみたいだね」
「こうかな?って思った事を言っただけですよ」
「ほら、走りには行くから、一旦退いてくれ」
ナイオンにそう言うと、素直に大和さんから離れる。
家に入って、大和さんはシャワーに、私は朝食の準備、リビングで暖炉に火を入れている隙にナイオンはリビングで寛いでいた。ナイオン用の絨毯はすでに敷いてある。
「ねぇ、ナイオン、今日はどうしたの?何かあったの?今日は大和さんが私を送ってってからになるよ?」
当然答えないよね。
朝食の用意に戻る。と、いっても後は卵を焼くだけ。今日はチーズオムレツにしよう。
オムレツの形を整えてると、大和さんがシャワーから出てきた。
「ナイオンはリビング?」
「はい。暖炉の前でぬくぬくしてます」
「それで何か聞けた?」
「聞けませんよ。今日はどうしたの?って聞いてみましたけど」
「聞いてはみたんだ」
「急にってやっぱり心配ですし、何かあったのかな?って思って」
「何だろうね」
「朝食、食べちゃいましょう。コーヒーは淹れますか」
「そうだね。淹れようかな」
大和さんがコーヒーを淹れている間に朝食プレートとスープをテーブルに運ぶ。
「今日のオムレツはチーズオムレツなんだね」
「はい」
「色々思い付くよね」
「色々って野菜入りとか、チーズ入りとか、ハムとかばっかりですよ」
「野菜入りも野菜の種類が毎回違うし、感心する」
「変な事で感心しないで下さい」
「そうだ。リリア嬢が『星見の祭の出品作は出来たのか』って心配してた」
「もう少しです。今日出来たらしちゃおうかなって考えてますけど。患者さん次第ですね」
「そう言っておく」
「お願いします」
朝食を食べ終えて、大和さんが後片付けをしてくれてる間に、部屋で着替える。
リビングに降りると、ナイオンがハーネスを着けて待っていた。
「あれ?ナイオンも行くんですか?」
「咲楽ちゃんを送って、そのまま走りに行く。そしたら、マイクさんとレベッカさんのお説教だな」
「可哀想になっちゃいますけど、いけない事ですもんね」
家を出ると、騎士服のエスターさんがいて、ナイオンを見てビックリしていた。
「ナイオンだったっけ?何故いるんだ?」
「脱走してきた」
「は?」
歩きながら大和さんが答える。
「レベッカさんの手を振りほどいて走り出したそうだ。こっちに走ってきて、家があるのを知ってたから、そこに行ったんじゃないかって言ってるところに通りかかって、見つけたら連れてくるって言って、家に居たから、少し運動させてマイクさんの騎獣屋に戻す。今から咲楽ちゃんを送っていって来る」
「いけない事だと分かっているだろうに、脱走って……」
「咲楽ちゃんが聞き出した所によると走りたかったそうだ」
「聞き出した?」
「答えないよねって聞いてみたら、尻尾で返事してくれたんです」
「ナイオンも頭が良いけど、シロヤマさんもそれを出来ると言うのはすごいですね」
「そうですか?」
「普通、虎は答えないだろうって何も聞かないですからね。いくらナイオンが賢いって知っていてもです」
「なんだろうな。ナイオンは咲楽ちゃんを気に掛けているからって言うのもあるかもしれない」
「気にかけてる?っとここまでか。また神殿で。新人をあまり鍛えないでくれるとありがたい」
「あれくらい普通だろう」
「自分の体力を考えろ」
エスターさんはそう言って神殿の方に歩いていった。
「大和さん、あの時以上に鍛えてるんですか?」
「今は体力作り。体術、剣術も指導してるけど」
「体力作りって走ってるんですか?」
「走るのとサーキットトレーニング。有酸素運動と無酸素運動の組み合わせだね」
「ダイエットに良いって聞いたことがあります」
「咲楽ちゃんはダイエットに興味あるの?」
「興味はありますけど、その前にバランスよく食べることを心がけないと、すぐに体調を崩しちゃいます」
「体力作り、やってみる?」
「その前にしたいことが一杯です」
「なるほど。咲楽ちゃんのやりたい事って、すぐに出来ることでもないしね」
「氷魔法と樹魔法と地属性のアクセ作りですもんね」
「氷魔法は雪が積もるまで待ってからなんでしょ?」
「はい。そっちの方がイメージが湧きやすいから、比較的簡単だってライルさんが言ってました」
「ライル殿の頼み事って分かったの?」
「いいえ。年が明けてからって言ってました」
「なんだろね?」
「分からないです。でも私には簡単だって言っていました」
「じゃあ刺繍とかかな」
「かもしれません」
「ところで、どうしてライル殿がお兄様なの?」
「どうして知ってるんですか?」
「ジェイド嬢に聞いた。ジェイド嬢がお姉様で、ルビー嬢がお姉ちゃんだっけ?」
「私の魔法の話をしていて、所長が『兄のようだ』って言ったんです。それで、ふざけて「ライルお兄様」って言ったらみんなが悪乗りしちゃって」
「みんなってナザル所長も?」
「はい『ナザルパパ』って言い出しました」
「男ってお兄様とかお兄ちゃんって言って欲しいって欲望がどこかにあるんだろうか」
「大和さんも言って欲しいんですか?」
「全然」
「言って欲しそうでしたけど」
「咲楽ちゃんに言わせるの?咲楽ちゃんは俺の恋人でしょ?」
「そう……です……」
「相変わらず「恋人」って単語には照れるんだね」
「耐性がないんです」
「照れてる咲楽ちゃんはいつもより可愛いけど」
「からかわないで下さい」
「可愛いねぇ」
頭を撫でられた。ナイオンは我関せずと言うように前を見て歩いてる。
「外では恥ずかしいです」
「今までも同じことしてきたのに?」
「意識しちゃうと恥ずかしいんです」
王宮への分かれ道には誰も居ない。と、言うことは、ずっとこの調子の大和さんと施療院までって事で……。
施療院に着く頃には精神的に疲れていた。ずっと「可愛い」の連呼と共に、頭を撫でられたり、ポンポンされたりしてたから。
「行っておいで」
「いってきます」
「疲れてるね」
「誰の所為ですか」
「誰だろうね」
「大和さんですよ」
「そう?とにかく、行っておいで。覗いてる方々によろしくね」
「覗いてる?」
後ろを見るとライルさんとローズさんとルビーさんが見えた。その間に帰っていく大和さんとナイオン。
「どうして覗いてるんですか……」
「お邪魔しちゃいけないから?」
「なんとなく?」
「微笑ましくて、つい……」
「もういいです……」
「疲れてるわねぇ」
「トキワ様ったら、サクラちゃんが可愛くて仕方がないって感じだったわね」
「しかも僕達が覗いてるのを知っててやってたしね」
「いつから覗いていたんですか?」
「少し前よ」
「頭を撫でられたりしてたね」
「その度に抗議してる感じだったわね」
精神的疲労を感じながら、更衣室で着替える。
「サクラちゃん、あの虎、ナイオンだっけ?が一緒だったけど、どうしたの?」
「大和さんと走りたくて、脱走してきたみたいです」
「良いの?それ」
「騎獣屋のご主人と奥様には言ってあるそうです。お世話をしていた奥様の手を振りほどいて走り出したそうです。こっちに走ってきて、家があるのを知ってたから、そこに行ったんじゃないかって言ってるところに通りかかって、見つけたら連れてくるって言って、家に居たから、少し運動させて騎獣屋に戻すって言ってました」
「虎と一緒に走るって、トキワ様ってそんなに速いの?」
「はい。あっちにいた頃には世界記録を狙えるくらいの速さだったらしいです。こっちに来て、身体が軽く感じるって言ってましたし、実際速かったです。ちょっと前にナイオンと一緒に北の街門から東の街門まで走ってましたけど、スッゴく速くて私は必死でした」
「サクラちゃんはどこに居たの?」
「ナイオンに乗ってました。必死でしがみついてました」
「2人だけだったの?」
「ゴットハルトさんと、ダニエルさん達が一緒でした」
「ヘリオドール様は事情を知ってたんだったわね、ダニエルってあの強盗事件の時の冒険者でしょ?彼等は知ってるの?」
「ダニエルさんはどうだったかな?他の人達は知らないです」
「どうだったかな?って、大事なことでしょ?」
「あの頃ちょっと色々あって、精神的にも最悪な状態で、あんまり覚えてないんです」
「もしかしてあの頃って西の森の事件の頃なの?」
「はい」
「あぁ……」
「それは……」
2人が何故か納得してくれた。診察室に向かう。
「どうして納得したんですか?」
「気が付いてなかったの?サクラちゃん、あの頃今以上に痩せちゃってて痛々しかったわよ」
「トキワ様もかなり心配そうだったってコリンから聞いたわ」
「あぁ、神殿の衣装部の人だっけ」
「そうそう」
待合室にマチルダさんを見つけた。娘さんかな?女の人と一緒に座っている。
診察が始まった。何人か診た後、マチルダさんが入ってきた。女の人と一緒に。女の人は片足を引きずっていていわゆる跛行の状態だ。
「天使様、おはようございます」
「おはようございます、マチルダさん。どうされたんですか?」
「この娘の足、診てやってください。3日前から、妙に左足を引きずってるんです」
「おかあさん、大丈夫ですって」
「私はアンタを預かってる責任があるんだよ。一人前になったら地元で果物の店を出すんだろ?怪我なんかしたら、叶わなくなるかもしれないじゃないか」
「果物の店を出すんですか?」
「そうなったらいいなってだけです」
「でも、足を引きずっていましたよね。日常生活に支障があるんじゃないですか?」
「それはそうですけど」
「治療が嫌なら診せてもらうだけでも構いません。ベッドに上がって下さい」
お名前はサラさん。左足は真っ青になっていた。特に第五指がひどい。
「3日前からって言いましたね?」
「その前日の4日前に家具に足をぶつけた。その時は寝たら治るって思ったんだ」
「小指をぶつけた?」
「うん。じゃなくて、はい」
「骨折してます」
「は?あれだけで骨折?」
「それに爪も剥がれてます。かなり痛かったんじゃないですか?」
「でも、お店に迷惑はかけられないから」
「黙っていられた方が迷惑だよ。アンタを預かったときにおかあさんと呼べって言ったのは、迷惑をかけるなって意味じゃないんだ。何かあったら頼ってくれて良いって……」
「マチルダさん。落ち着いて下さい。サラさん、治療しますか?」
「お金がかかるんでしょ?」
「それは……。私もお仕事ですから。必要以上には取りませんけどね」
「それに、痛いって聞くよ?」
「痛みを抑えて治療出来ますよ」
「それが出来るのは天使様だけって……天使様?」
「そう呼ばれてますねぇ」
ポカーンと口を開けて固まるサラさん。
「サラさん。このままだと治療しちゃいますけど?良いですか?」
「はいっ。お願いしますっ」
「緊張しなくていいですよ」
闇属性でリラックスさせて、痛みをブロック。骨折をまず治す。
「サラはね、天使様の大ファンなんだよ。絵姿も持ってるよ」
「え?絵姿?って?」
「この前文具店で売り出された黒き狼様の剣舞の絵姿と、騎士様を治療中の天使様の絵姿。どちらも宝物です」
騎士様を治療中の絵姿って何?騎士様を治療したのって西の森位なんだけど。
「黒き狼様の新しい二つ名がその絵姿に書かれていましたね」
マチルダさんが言う。
「聞くのが怖いんですけど」
「『高雅なる狼』って書いてありましたよ」
「高雅なる狼ですか。狼は付くんですね」
骨折の治療は終了。内出血は吸収促進をかけておく。後は剥離しちゃった爪なんだけど。あ、良かった、ちゃんと根本は残ってる。
「後は爪ですね」
「爪って伸びるよね。なら大丈夫」
「少し伸ばしておかないと指先が無防備になりますから、半分位まで成長促進させておきますね」
「天使様ってやっぱりすごいんだね。痛みは無いし、ちゃんと歩けるし。ありがとう」
「どういたしまして。でも、マチルダさんのお話がありそうですけど」
「助けて、天使様」
「これだけは助けられません。叱られてください」
「ヒドい!!」