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朝起きたらベッドに居た。あれ?ソファーで寝ちゃったはず。え?


とりあえず窓を開ける。常磐さんは……居た。もう剣舞の構えに入ってる。今日はなんの舞なんだろう。春と冬は終わったから……始まった。ゆったりと、優雅に、でも凛として。これは秋だ。目の前を紅葉葉(もみじば)が舞い散っているような気になった。


剣舞が終わり、常磐さんが一礼をしてこちらにやって来る。


「どうだった?」


「紅葉が舞い散ってました。百人一首の『手向山』と『ちはやぶる』を思い出しました」


「ちはやぶるは知ってる。手向山?」


「『このたびは 幣も取りあへず 手向山 紅葉の錦 神のまにまに』って歌です。『この美しい紅葉を幣帛(へいはく)として神の御心のままにお受け取りください』って意味です。菅原道真公のお歌ですよ」


「咲楽ちゃんは物知りだな」


なんだか子供扱いされた気がする。


「今日も髪、乾かしてくれる?」


了承し、常磐さんが汗を流しに行こうとすると、団長さんがやって来た。


「トキワ殿、明日もするのか?」


「いや、もう一つ有るにはあるが、今のままだと色々と危ない。もっと鍛練を積まないと」


「なんだ?危ない?」


「ちょっとな……」


常磐さんは団長さんと話をしながら行ってしまった。


やがて、常磐さんだけ戻ってくる。


「お願いできる?」


とソファーに座る常磐さん。ドライの魔法をかけながら、髪をセットする。


「ごめん。また横に座ってくれる?」


……えぇっと、はい。


そうしてまた抱きつかれた。


私を抱き締めたまま、常磐さんが言う。


「今日のは『秋の舞』。後『夏の舞』があるんだけどね。『夏の舞』は舞った後、神経が(たかぶ)って大変なんだ。自制は効かなくなるし、喧嘩っ早くなったりする。だからもうちょっと鍛え直さないといけない。ごめんね」


常磐さんの腕の中で首を振る。


「さて、朝食に行こうか」


常磐さんがちょっと照れ臭そうだ。あ、ハイヒール履かないと。そう言えば……


「常磐さん、私、昨日ソファーで寝ちゃってすみませんでした。あの、もしかして……」


「ごめん。ベッドに運ばせてもらった。ソファーで寝るのは良くないって思ったから」


すみません。ご迷惑を……


朝食後の3の鐘からは昨日の続きだ。歩き方は合格点をもらえた。でも、ワルツのステップが難しい。

おまけに常磐さんと身長差があるから、私が下を向いちゃうと常磐さんが躍り難くなっちゃう。ステップの練習をしないと。


昼食を挟んで5の鐘まで続けられたダンスの講習。常磐さんは体幹がしっかりしているとお褒めの言葉を貰っていたけど、私はダメダメだった。


途中でアザレア先生が言った。


「もうね、ステップが分からなくなったらパートナーに全てお任せしちゃいなさい。でも、ちゃんと覚えておいた方がいいわよ。他の人に誘われるってこともあるんだから」


「それはとっても御遠慮申し上げたいです」


「それと、気になったんだけど、シロヤマさんって、男性に苦手意識があったりする?」


「それは、はい。あります」


「パートナーの事を信頼した方がいいわよ。断然踊りやすくなるから」


分かってはいるんです。常磐さんはアイツ等とは違うって。


その言葉は言えなくて、私は下を向いた。


「サファ様、ちょっと二人っきりにさせた方がいいわ。外に出てるから、話をするなり、確かめ合うなりなさい」


アザレア先生とクォール先生は出ていった。


情けなくて下を向く。少しして常磐さんのため息が聞こえた。


呆れられた!?途端に心細くなる。


常磐さんの足音が遠ざかっていく。


一人にしないで。このまま放って行かないで。私は立ち尽くすことしかできなかった。


常磐さんの声が聞こえる。


「こっちにおいで。座ろう」


それでも下を向いて立ち尽くしていると、手を引かれてソファーに座らされた。常磐さんは隣に座ると手を握ったまま黙っていてくれた。私は下を向いたまま。やがて、常磐さんの声が聞こえた。穏やかでちょっと低めの安心できる声。


「咲楽ちゃんは頑張っているよ。少しずつでも進んでいる。ここは異世界だ。咲楽ちゃんに恐怖を与えたヤツはいない。少なくともこの神殿内には居ないんだ。

俺は咲楽ちゃんを護りたい。咲楽ちゃんに笑っていて欲しい。咲楽ちゃんの側に居たい。そのためならなんでもするよ」


常磐さんの声は静かに心に染み込んでいった。


5の鐘が鳴って、クォール先生とアザレア先生が入ってくる。


「少しは彼女の心を溶かせたのかしら」


「努力はしますよ」


常磐さんの笑った声が聞こえた。


その時、目の前がシャッターを下ろすように真っ暗になっていった。

この症状は知ってる。貧血だ。耳鳴りが煩い。常磐さんの声が聞こえない。足に力が入らない。私はそのまま崩落(くずお)れる様に気を失った。


「咲楽!!」


完全に意識が閉じる前に、常磐さんの焦った声が聞こえた気がした。



ーー大和視点ーー



今朝は部屋の前に誰も居なかった。昨日のガイの話はなんだったのか。まぁ、毎日男に待ち伏せされるよりは良いが。そのまま練兵場へ向かう。外周を走ろうとした時、場内に居た騎士達が何人か横に並んだ。いや、走るなら外周を走れよ。中だと短くなるだろうが。そう言ったがみんな出てこない。なんなんだ、いったい。それでもランニングを終える頃にはついてきているのは一人だけだった。続けてストレッチ。今日の舞はしなやかさが最も求められる。落ち着いてはいるが、楽に舞えるものでもない。筋肉の使い方が難しい舞だ。


言う前に剣が2本用意されていた。


それを手に取り礼を言う。騎士達が集まってきた。そうして口々に言い始めた。


「そのような所でなく練兵場でやってください」


「こちらの方が広いですし」


練兵場の中だと咲楽ちゃんから見えないんだよ。


「いや、ここで良い」


そう言うと何人かが納得したように言う。


「天使ちゃんに見せるためですもんね」


天使ちゃんって……


「アルフォンスが怪我をして、彼女が治したとき、彼女が光り輝いて。これは天が遣わしたんだと言う話になったんですよ。トキワ殿は天使ちゃんを護るために側にいる、というのが騎士団員の見解です」


そんな大層な見方をしないでやってほしい。


剣舞の構えに入る。軽く深呼吸。咲楽ちゃんの部屋の窓が開いた。そこから3拍4拍置いて始める。


しなやかに。優しくでも厳しく。凛とした雰囲気を持って。


剣舞が終わり、一礼をして咲楽ちゃんの元へ行く。


「どうだった?」


「紅葉が舞い散ってました。百人一首の『手向山』と『ちはやぶる』を思い出しました」


「ちはやぶるは知ってる。手向山?」


「『このたびは 幣も取りあへず 手向山 紅葉の錦 神のまにまに』って歌です。『この美しい紅葉を幣帛(へいはく)として神の御心のままにお受け取りください』って意味です。菅原道真公のお歌ですよ」


「咲楽ちゃんは物知りだな」


と言うと何故か不満気な顔をされた。


「今日も髪、乾かしてくれる?」


と言うと了承してくれた。


シャワーに行こうとすると、団長が来た。


「トキワ殿、明日もするのか?」


「いや、もう一つ有るにはあるが、今のままだと色々と危ない。もっと鍛練を積まないと」


「なんだ?危ない?」


「ちょっと……」


言葉を濁して団長と話をしながらシャワーに向かう。


「どう言うことなんだ?」


団長が聞いてきた。


「後2番あるが、一つは時間がかかりすぎる。もう一つは心身ともに万全の状況でないと、喧嘩っ早くなったりと問題しか起きない状態になってしまうんです」


「ははぁ、血が(たかぶ)ると言うやつか」


「そうですね」


「そりゃあその後シロヤマ嬢に近付くわけにはいかんわな」


団長の奴、絶対面白がってる。


シャワー後部屋に戻る。


「お願いできる?」


ソファーに座る。髪が乾くと咲楽ちゃんを抱き締めたくなる。これは何だ?舞の後こんな風になったことは一度もなかった。


「ごめん。また横に座ってくれる?」


そう言ってみる。咲楽ちゃんはおずおずと座ってくれた。


咲楽ちゃんを抱き締めたまま、言う。


「今日のは『秋の舞』。後『夏の舞』があるんだけどね。『夏の舞』は舞った後、神経が(たかぶ)って大変なんだ。自制は効かなくなるし、喧嘩っ早くなったりする。だからもうちょっと鍛え直さないといけない。ごめんね」


咲楽ちゃんが腕の中で首を振る。


「さて、朝食に行こうか」


照れ臭くなった。


咲楽ちゃんが何かに気が付いたように言う。


「常磐さん、私、昨日ソファーで寝ちゃってすみませんでした。あの、もしかして……」


「ごめん。ベッドに運ばせてもらった。ソファーで寝るのは良くないって思ったから」


言い訳をしながら朝食に向かう。


朝食後の3の鐘からは昨日の続きだ。歩き方は合格点をもらえた。昼食後もレッスンは続く。


咲楽ちゃんはワルツのステップに苦労しているようだ。


「トキワ殿は体幹がしっかりされていますね。これはダンスで見映えがします」


咲楽ちゃんとモース嬢の会話が聞こえる。


「もうね、ステップが分からなくなったらパートナーに全てお任せしちゃいなさい。でも、ちゃんと覚えておいた方がいいわよ。他の人に誘われるってこともあるんだから」


それは遠慮しそうだな。


「それと、気になったんだけど、シロヤマさんって、男性に苦手意識があったりする?パートナーの事を信頼した方がいいわよ。断然踊りやすくなるから」


「サファ様、ちょっと二人っきりにさせた方がいいわ。外に出てるから、話をするなり、確かめ合うなりなさい」


モース嬢とサファ殿が出ていった。


咲楽ちゃんが下を向く。思わずため息を吐いた。モース嬢に悪気があった訳じゃない。モース嬢は咲楽ちゃんの事情を知らない。仕方がないことだが……ソファーを見つけそちらに向かう。


咲楽ちゃんは俯いて立ち尽くしている。


「こっちにおいで。座ろう」


そう声をかけても咲楽ちゃんは動かない。


手を引いてソファーに座らせる。俺は隣に座ると手を握ったまま黙っていた。咲楽ちゃんは下を向いたまま。


「咲楽ちゃんは頑張っているよ。少しずつでも進んでいる。ここは異世界だ。咲楽ちゃんに恐怖を与えたヤツはいない。少なくともこの神殿内には居ないんだ。

俺は咲楽ちゃんを護りたい。咲楽ちゃんに笑っていて欲しい。咲楽ちゃんの側に居たい。そのためならなんでもするよ」


5の鐘が鳴って、サファ殿とモース嬢が入ってくる。二人で立ち上がった。


「少しは彼女の心を溶かせたのかしら」


「努力はしますよ」


笑って答える。


その時隣の咲楽ちゃんの身体が沈んだ。咲楽ちゃんは崩落(くずお)ちるように倒れた。


「咲楽!!」


焦って叫ぶ。


咲楽ちゃんを抱え上げ、一旦ソファーに横たえる。軽く頬を叩いてみたが意識は戻らない。


甦るのは初日の咲楽ちゃんの言葉。


『気がついた直後ぐらいに凄い頭痛でもう一度意識を失ったみたいです』


やっぱり何かあったのか?特に症状は無いと言っていたが。


「今誰か、光属性の使い手を連れてくるように言った。すぐに来て診てくれるよ」


サファ殿が言う。やがてやって来たのはジェイド嬢!?


「こちらにいらしていたのですか」


「ちょっと教え子の様子を見にね。そしたらシロヤマさんが倒れたって言うじゃない。ちょっと診せてね」


咲楽ちゃんに手を翳し始める。2~3分経つとジェイド嬢は立ち上がった。


「貧血だと思うわ。トキワ様はなにか知らない?」


「先生方は私たちの事情をご存じだと言う認識で良いんですよね」


頷くのを確認して話し出す。


「こちらに来たとき、彼女は『気がついた直後ぐらいに凄い頭痛でもう一度意識を失った』と言っていました。私達の世界では急激な強い頭痛は脳の障害を疑います。が、彼女はそういったことを勉強していた学生です。再び意識が戻った時、脳の障害によって引き起こされる後遺症の有無を確かめていました。そして異状はないと。

私は診断できません。彼女の言うことを信じました」


「そう。じゃあ後は様子を見るということしかできないわね。心配だけど」


そこにスティーリアが姿を見せた。


「シロヤマ様は大丈夫でしょうか?」


ジェイド嬢が説明する


「貧血だと思うわ。様子を見るしかないわね」


俺は咲楽ちゃんから離れたくなくて、パンと飲み物をもらい、レッスン室で喰うと、咲楽ちゃんを抱いて部屋まで運んだ。


運んでいる途中で衣装部の連中とすれ違った。


ベッドに咲楽ちゃんを寝かせ、でも立ち去りがたくて、椅子を持ってきてベッドの側に座って彼女の手を取る。血の気の引いた顔。手は冷えていた。少しでも彼女の側にいたかった。彼女の苦しみを少しでも取り除きたかった。少しでも暖めたかった。


ドアがノックされ、スティーリアの声が聞こえた。立っていってドアを開けるとスティーリアとコリンが居た。


「シロヤマ様の様子は……?」


「まだ目覚め無い。一晩様子を見るしかないかと……」


コリンは咲楽ちゃんの顔を見ると帰っていった。


「あの、これを……」


スティーリアから何かを渡される。一つは20cm程の細長い箱、もう一つは指輪ケース位の箱。それと太めの革紐?


「こちらの細長い方はシロヤマ様に、こちらのケースと革紐はトキワ様に。お守りです。私共の独自のお守りもあるのですが、あなた方の世界とは宗教も信じる神も違うでしょう。なのでこの石に祈りを込めさせていただきました」


「開けてみても?」


「はい」


そこにあったのは、緑の石に黒と茶の鎖が絡み付いたペンダントトップ。


「衣装部の者に相談いたしましたら、トキワ様にはこれが似合う、と」


思わず苦笑する。


「なるほど。ありがとう。大切に使わせてもらいます」


「では私はこれで。トキワ様もご無理はなさいませんように。そうそう。体調が戻らなければ、王宮に掛け合って謁見の日を延ばして貰いますから、しっかり体調を万全にしてください、とお伝えください」


スティーリアも帰っていく。


部屋に一人になって貰った物を見る。緑の石に黒と茶って俺等の色か?でこの革紐に付けて使えってことか。お守りだと言ってたな。自分達のタリスマンでなくこういう物を用意してくれるとは、配慮してくれたんだろうな。


革紐には留め具がついていて、ペンダントトップを付けてちょうど良い長さに調節してあった。チョーカーか。そう言えば採寸の時首回りも計られたな。


咲楽ちゃんの側に戻る。椅子に座り様子を見る。呼吸は正常。顔色も少しよくなっているな。


さっきは心臓が潰れるかと思った。床に力なく横たわる彼女。抱え上げた時の軽さに驚いた。

傭兵時代に倒れた女も見たし、その女を運んだこともある。それでも愛しい女性だとこうも違うものか。


時計だけ着けておく。これも滅多にしなくなった。時間を知ることは大切だったから常に着けていたのに。


今は11時か。時間が経つのが速いんだか、遅いんだか。体感が狂っている。


このまま彼女が目覚めなかったら?埒もないことを考える。


おそらくこの神殿を出ていくだろう。で?それからどうする?彼女がこのまま目覚めないと言う訳じゃないし、そんなことをして何になる?


思考が下向きになっている。目を瞑り心を落ち着かせ……ようとした。

傭兵時代にさんざんやった方法が効かない。俺はここまで弱かったか?


7の鐘が鳴る。少し休むことにして、咲楽ちゃんの手を握り、目を閉じた。




ーー異世界転移9日目終了ーー






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― 新着の感想 ―
[良い点] 春、冬、秋ときて次は夏と? どんな剣舞何だろうね。 [気になる点] サクラちゃん大丈夫なの? ただの貧血? それともトラウマ? [一言] トキワさんは紳士ですね。 まぁ、サクラちゃんに嫌わ…
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