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「新しい情報紙ですよ。星見の祭の時に、冬の装いショーをやるみたいですね。服飾組合の主催で。後は神殿騎士の試合もするんですか?」
「神殿騎士の試合って言うか、模擬戦みたいなのはするって聞きました」
「予想コーナーで誰が勝つかってやってますね」
「やっぱりですか」
「商品が狼のぬいぐるみですって」
「えっ?本当だ。狼のぬいぐるみでしょうか」
「そうじゃないですか?黒き狼様のぬいぐるみだったら……フフっ。可愛いですけど」
「大和さんが激しく嫌がりそうです」
「黒き狼様のぬいぐるみって想像できませんけど」
そっか、こっちってデフォルメされたのとか無いのかな。
「それと文具店で何かが売り出されるって、書いてありますね」
「何かって?」
「よくやるんですよ。当日までお楽しみに。みたいにね」
「購買意欲を煽る、って感じですね」
「パン屋でも何かやりたいんですけどね。パン屋は当日までお楽しみにが出来ないですからね」
「パンはずっと置いておくって出来ませんもんね」
いつものように情報紙を置いて、ヴァネッサさんは帰っていった。
その後も患者さんを診て、3の鐘が鳴った。
休憩室に行くと、ライルさんが居た。
「あれ?ライルさんだけですか?」
「そうみたいだね」
「何かあったんでしょうか?」
「何かあったら召集がかかるよ。大丈夫」
「ライルさん、氷魔法って習得は困難ですか?」
「普通の人でも雪像作りで大体三月位だし、シロヤマさんならすぐじゃない?僕は取得してないけどね」
「ライルさん、取得してないんですか?」
「魔力制御を覚えて、水属性と風属性の攻撃魔法と防御魔法を覚えて、直ぐに光属性に移ったからね」
「水属性の攻撃魔法?」
「水刃だね。いろんな形があるけど、僕のは細い糸状にするんだ」
「細い糸状ですか。あっちにもウォーターカッターってありました。高圧をかけて水を細い糸状にするんです。時間をかけたら金属も切れますよ」
「金属は無理でしょ?」
「切れますよ」
「本当、みたいだね。ちなみに覚える気は?」
「ありません。あ、でも風でも同じことできますよね」
「あぁ、風刃?出来るね。覚える気は?」
「ありません」
「だよね」
「シロヤマさん。ここにおったか。話があるのじゃが」
「はい」
「所長、あの話をここでするんですか?」
「ローズとルビーの話もあるし、良いじゃろ」
「ローズさんとルビーさんの話?」
「王都の拡張で、施療院をもう2つ作る話は知っとるな?」
「はい」
「西門のこっちにはライルが行くことになっておる。で、じゃ。東門の方にルビーとシロヤマさんに、行ってもらおうと思っておるのじゃが」
「私は来年のフラーが来て、ユリウス様が戻ってきたら、結婚話が出そうだし、そうなったら他に移動はできなさそうだしね」
「私も結婚話は出てるけど、東門のここなら通いでも近くなるし、ちょうど良いのよ」
「いつ頃なんですか?」
「出来るのは3年後と聞いておるの。王都周辺は比較的安全じゃから、今頃魔法師と土木作業員が張り切って頑張っておるわ」
「土木作業員も居るんですね」
「本業としてやってる人もいるけど、8割は冒険者ね。魔法師もそう。特に地属性持ちはこういう時、貴重よ。普段「ハズレ属性」何てバカにしているのが、嘘みたいにもてはやされるもの。バカみたい」
「そういうこと言うのがバカなんでしょ」
「これこれ。そう怒るな」
「だって悔しいんです。向こうが石を投げてきたから、属性魔法で石を投げたら「卑怯」って言われるし」
「それって石弾ですよね。あれ?大和さんが同じことやったら驚かれたって言ってましたけど」
「石弾?そんな名前、付いてないわよ?」
「確かに石も地属性の範囲内じゃが、そんな使い道があったとは」
「覚える気は?」
「ありません」
「だよね」
「でも、サクラちゃんだったら覚えなくても使えそうね」
「イメージでなんとかなっちゃう感じ」
「そうね。生活魔法の時も『ファイア』は小さい火だったわね。トキワ様のはビックリしたけど」
「火を付けるイメージでって言われたから、あっちにあったライターって道具をイメージしたんです」
「トキワ様のは?」
「あれは……何て言うんでしょう。一気に焼き払う道具?かな?」
「何故自信なさげなのよ」
「あんなの一般に使いませんから」
「でもあれ、属性魔法も無意識に使ってたんじゃないかしら。後でペリトード様とも話したけど、生活魔法の範囲を越えてたし」
「トキワ様って規格外?」
「そういえばそろそろ王宮名物黒き狼対王宮騎士団、やってるんじゃない?」
「剣術だけで済むでしょうか?」
「他にあるの?」
「前は体術もしたって言ってました」
「見たい気がするね」
「放り出して行く訳にいかんしの。そうじゃ。星見の祭の話を忘れておった。その日は2名が1日待機。2名が1日神殿じゃ。ワシは3の鐘まではここでおって、3の鐘からは神殿に移動する。5の鐘からしばらく交代で休んで後は皆で対応じゃな。シロヤマさんは1日神殿の方じゃから」
「はい?」
「トキワ殿と1日一緒に居れるぞ」
「僕とルビー嬢はこっちで待機組ね。ジェイド嬢は神殿だね」
「みんなで相談した結果よ」
「私は相談してませんけど?」
「良いじゃない」
「協議の結果よね」
釈然としない。大和さんと一緒にいられるのは嬉しいんだけど。
お昼からの診察は患者さんが少なかった。それを良いことに刺繍の続きをする。
萌木色の糸を刺していると、ライルさんとメイド長と呼ばれた女性とマリアさんが診察室に入ってきた。マリアさんの目が真っ赤だ。
「シロヤマさん、良いかな?」
「ライルさん。はい。どうしたんですか?」
「マリアがどうしても天使様に話を聞いて欲しいと言うんです。お手数をお掛けしますが」
メイド長さんがマリアさんの背を押して診察室の奥に入ってきた。
「何があったかは言わないんだよ。けどこの通りかなり泣いたみたいでね」
「恐らくはシクタの仕業でございます」
「シクタね。報告は?」
「奥様と執事長には既に。旦那様には帰ってみえてからでございます」
私は何も聞いてません。
「あぁ、ごめんね、シロヤマさん。マリアを任せて良いかな?メイド長は僕の診察室で話をしよう」
「はい」
ライルさんとメイド長さんが出ていった。
「マリアさん、お話うかがってもいいですか?」
「天使様、闇属性って悪い属性ですか?」
「いいえ。精神を穏やかにすることのできる属性です」
「でも、言われたんです。闇属性を持っているのは悪い人間しかいないって」
「それを言ったのが誰かは知りませんが、ずいぶんと思い込みの激しい人ですね。闇属性って苦しみを取り除けたりするんですよ。光属性は正しい属性とか言ってませんでした?その人」
「言っていました。だから天使様は光属性をお持ちなのだと」
「私、闇属性も持ってますけど?」
「えっ?本当ですか?」
「はい。本当ですよ」
これ、積極的に「私は闇属性も持っている」って言った方がいいのかな。シャルロッテ様の件といい、カークさんの事と言い、マリアさんのこの状態と言い、おかしい感じだよね。
「前にも言いましたけど、闇属性が悪い属性ってことはありません。そんなこと言ったら授けてくださった闇神様が悲しみます。それを言うなら光属性は、もっと直接的に人を害することができますよ」
「私が悪い人間だから闇属性って事じゃないんですね」
「えぇ。大体悪い人間はこんなことで悩みません。どの属性も使い方次第です」
コンコン。少し沈黙が続いた時、ノックが聞こえた。
「はい」
「良いかな?」
「はい。どうぞ」
「シロヤマさん、とりあえずマリアは別邸に移すことにした。シクタと距離を置いた方が良いからね。父上にこの件を話す時、シロヤマさんの事を言っても良いかな?」
「それは構いませんけど、マリアさんを移すとなると、シクタさんが調子に乗りそうです」
「そこはちゃんと考えてるよ」
「それなら良いんですけど。それから後でお話があります」
「怖いね。何かな?」
「後で、お願いします」
私が固い顔をしていたせいか、若干緊張した面持ちでライルさんが答える。
「それは私がマリアを連れてきた事への文句とかでしょうか?」
「それは関係ないです。むしろ連れてきていただいて良かったです」
そう言って笑顔を見せると、メイド長さんとマリアさんが笑顔を見せた。反対にライルさんはひきつってる気がする。
「それで何かな?」
メイド長さんとマリアさんが帰っていった後、ライルさんが聞いた。
「この10日程で同じ様な相談がありました。シャルロッテ様から始まって、冒険者ギルドの方、マリアさん。すべて同じです」
「闇属性についてだよね」
「そうなんですけど、それだけじゃないんです。3人とも『闇属性は悪い属性』って言われてるんです。冒険者ギルドの方は闇属性は心を操る事で信頼を得られる、みたいな事を教わったと言っていました」
「教わった?」
「はい。何らかの悪意を感じます」
「分かった。父から奏上してもらう」
「すみません。お願いします」
「気付かなければいけないのはこっちだからね。サファ侯爵様に何か言われそうだけど」
「侯爵様にっていうのは無理です。後見していただいてると言っても、今では話す機会もないですし」
「トキワ殿に話すの?」
「迷ってます。大和さんに負担をかけすぎたくないんです」
「僕なら良いの?」
「良いって訳じゃないですよ。だけどその……ごめんなさい」
「じゃあ、お兄様のお願いを1つ聞いてもらえるかな」
「お願い?」
「まだ時間はたっぷりあるから、その時に言うね」
「ちょっと怖いんですけど」
「シロヤマさんには簡単だと思うよ」
笑いながらライルさんは、診察室を出ていった。その後もちょくちょく来る患者さんの対応をする。やっぱり手荒れの患者さんが多い。患者さんの話によるとこの『手荒れラッシュ』は大体星の月に入ると収まるらしい。雪が積もって乾燥が収まるからって、そんな事ないと思うんだけど。
5の鐘が鳴って、終業時間になった。着替えて外に出る所でライルさんと一緒になった。
「ライルさん、私、闇属性があるって事、言った方が良いんでしょうか」
「言わなくて良いんじゃない?」
「だけど……」
「ちょっと待って。ジェイド嬢、トキワ殿を呼んできてくれない?」
「マリアさんは私が光属性しかないって思ってたんです。マリアさんには言いましたけど、何だか私が天使様なんて言われてて、施術師なんてやってるからそんな事を言われてる人もいるんじゃないかって」
「ライル殿何か……咲楽ちゃん、どうしたの?」
「ちょっと属性について悩んじゃったみたいで。その直接の原因が僕の所のメイドなんだよね」
「それは聞いて良い話ですか」
「シロヤマさんは嫌がりそうだけどね。僕の家に行こう。ちょっと落ち着いて話したい」
「フリカーナのお屋敷に?ちょっとツレがいるのですが」
「それはもしかして、昨日の?」
「そうですね」
「その人の事も関係してそうだけど、今日は3人の方が良いかな?」
「分かりました。話してきます」
大和さんはカークさんに話に行った。
「ライルさん、すみません。迷惑をかけちゃってます」
「元はと言えばこっちの所為だし、気にしなくて良いよ。僕は兄なんでしょ?」
笑ってそう言うライルさんが優しくて、涙が溢れそうになった。
「お待たせしました」
「ジェイド嬢、行くよ。こっちから行くから」
いつもと違う道を通って、フリカーナ邸に行く。大和さんはずっと手を握っててくれた。
「ただいま。父上は帰ってる?」
「はい」
「悪いけど、2人を応接室に。ジェイド嬢を誰か送ってやって」
「ライル様、私は1人で大丈夫です」
「それはダメだよ。彼に送ってもらって。2人共、悪いね。着替えてくるよ」
メイドさんに案内されて、応接室に行く。
「どうぞ。こちらでお待ちください」
「ありがとうございます」
大和さんが言って、2人で、ソファーに座った。さっきのメイドさんが入ってきて、紅茶を淹れてくれた。
「何があったの?」
「ちょっと許容量を越えました。すみません。迷惑をかけます」
「お待たせ」
メイドさんがライルさんの前にも紅茶を置くと、部屋を出ていった。
「えぇっと最初の始まりはシャルロッテ様の相談なんだ」
「ごめんなさい、ライルさん。その前にマリアさんから相談を受けました」
「それがあったね。マリアって言うのは家のメイドなんだけど、シロヤマさんに来て貰ったときに相談をしたって言うのが最初なんだ。その後、シャルロッテ様の相談を受けた。その内容がほぼ一緒だったんだよね?」
「はい」
「その後が冒険者ギルドの彼の問題」
「あの、昨日、ギルド長さんと一緒に謝罪に来られて、その時に同じ様な話があったんです」
「その後、今日の午後に家のメイド長がマリアを連れてきて、シロヤマさんが話を聞いた。僕はメイド長と処遇について話していたから、直接の話は聞いていない」
「カーク、冒険者ギルドの彼ですが、カークの事も絡んでいると言うことは、闇属性について、ですか?」
「さすがに分かる?」
「はい。ただ、それが咲楽ちゃんのこの状態に通じるかと言うのは……」
「僕も彼女に聞いてはじめて気が付いたんだ。どうやら『闇属性は悪い属性だ』って触れ回ってるのがいるらしい。何年も前から」
「ちょっと待ってください。何年も前からって言うのは何故分かったんです?」
「カークだっけ。彼の話に出てきたらしい。『闇属性は心を操る事で信頼を得られる、みたいな事を教わった』と」
「ずいぶん悪質ですね」
「この件は父に話して上奏してもらおうと思ってる。シロヤマさんが悩んでるのは、天使様と呼ばれてる自分が施術師をしていることによって、闇属性の人の負担になってるんじゃないか。それなら隠してきた闇属性も持っている事を公表した方がいいんじゃないかって事だね」
「あぁ、彼女が闇属性を持っている事は、彼女に治療を受けた冒険者は知っていますが、冒険者内で秘匿事項になっているようですしね」
「秘匿事項?」
「冒険者達の間で彼女の人気はかなり高いです。この間冒険者ギルドに行ったら何人かに、『天使様を幸せにしないと承知しない』と涙ながらに言われました。その際情報収集もしたのですが、天使様の持っている属性は光だけ、とファン達の間で言ってるようで」
「安心して良いのか、判断に困るところだね」
「だから咲楽ちゃん、別にわざわざ公表しなくて良いと思うよ」
「でもその為に辛い思いをしている人がいるんじゃないかって思ったら……」
「全てを救うことはできないんだよ。自分の手の届く範囲でしか助けられない。咲楽ちゃんの手が届く範囲はそこまで大きくないでしょ」
「はい」
「今は3人を救えた事を誇った方が良い」
「はい」
私は勝手だ。今朝カークさんに全てを手に入れることは出来ない。全ての支えになる事も出来ない。自分のできる範囲でやれることを精一杯するしかないと言っておいて、自分は全部をしようとしている。
「なんと言うか、さすがだね」
「思ってることを言っているだけですよ」
「それを言えないんだよ。さっきの『全てを救うことはできない。自分の手の届く範囲でしか助けられない』って言うのはその通りだと思ったしね。でもこの問題は深刻だね」
「もしかすると宗教関係かもしれません。さっき冒険者ギルドで情報収集をしたと言いましたが、何人かの冒険者から光神様のみを奉る者がいるという噂を聞きました。そうなるとかなり厄介なことになります」
「それはあちらの知識?」
「そうですね。常に宗教関係で紛争が起こっていました。関係がない国も多かったのですが、過激派がいる国は酷かったですね。自分の主義主張を押し付けて人を攻撃してきますから」
「詳しいね」
「経験したことですから」
「そ、そう。とにかく父に言っておく」
ライルさんがそう言った時、ノックが聞こえた。
「はい」
「ライル様、旦那様がこちらに来られたいと」
「我慢ができなくなったみたいだね。トキワ殿、シロヤマさん、良いかな?」
「えぇ。構いません」
「はい」
少し待つと、フリカーナ伯爵様と奥様が入ってみえた。
「申し訳ありませんな、黒き狼殿、天使様」
「いいえ。ヤマト・トキワと申します」
「サクラ・シロヤマです」
「お2人並ぶとお似合いですな」
「あの奉納舞は素敵でしたわ」
「ありがとうございます」
「天使様、この前はありがとうございました」
「いいえ。お役に立てて良かったです」
「父上、母上。後でお話がございます。分かってみえますね?」
あ、ライルさんが怒ってる。
「シロヤマさん、きっちり言っておくから安心して。こんなのでも仕事は出来る方だから」
「それは疑ってないんですけど。お願いします」