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ついに100話です。正直に言ってここまで続くと思っていませんでした。
ひとえに読んでくださる皆様のお陰です。ありがとうございます。
たぶんまだまだ続きますが、ストックが厳しくなってきました。頑張ります。
翌朝、外は良い天気だった。日本晴れって言うのはこういう日を言うんだろう。日本じゃないけど。
着替えて階下に降りて庭に出る。朝食は昨日貰ったパンがあるし、スープは昨日作ってあるから温めるだけだ。スープに野菜はたっぷり入ってるから、良いと思うんだけど。
まだ1の鐘の前だからか大和さんは帰ってきていない。と、大和さんが庭の入口に姿を見せた。
「咲楽ちゃん、おはよう」
「おはようございます、大和さん」
「寒くない?」
「大丈夫です。お天気も良いですしね」
そう言うと、大和さんはストレッチを始めた。
「咲楽ちゃん、今日エスターは来ないから」
「勤務が違うんですか」
「そう」
「あぁ、班が違うって言ってましたね」
「うん。エスターは今日は遅番。ゴットハルトと俺は市場の巡回」
「市場でのお昼だとヴァネッサさんのパンが欲しくなりません?」
「欲しい。あそこのパン、旨いから」
「ヴァネッサさんとブレウさんが喜びますね」
「そうだね」
大和さんはずいぶん入念にストレッチをしている。
「ずいぶん入念にストレッチをするんですね」
「『秋の舞』はね、しなやかさが大切だから」
「体力的に一番大変って言ってましたね」
ストレッチを終えたらしい大和さんが瞑想を始める。瞑想をしている時は話しかけられない。と言うか、話し掛けたくない。綺麗でずっと見ていたい。
「そんなに見ていられるもの?」
瞑想を終えたらしい大和さんが聞いた。
「はい。すごく綺麗です」
「どの辺が?」
立ち上がりながら、大和さんが聞く。
「どの辺……大和さんがそこに居るのに居ないって言うか、でもすごく存在感があるって感じです」
「ごめん。よく分からない」
「言葉で表現するのは難しいです」
舞台に上がった大和さんが剣を持って構えを取ると、空気が変わる。ピリッとした緊張感と、剣舞が始まるワクワク感。
『秋の舞』は優雅だけど凛とした厳しさがある。舞散る紅葉葉の中で大和さんが舞う。これ、日本だったら本物の紅葉の前で舞ったりしたのかな。お家が山の中だって強調してたし、そう言うこともあったのかもしれない。
舞い終わった大和さんが舞台を降りる。降りた所で両手を広げて待っていた。
来いってことだよね。またあのくるくるかな。そう思いながら大和さんの元まで行くと、やっぱりくるくるされた後、抱き締められた。
「大和さん、このくるくるは何なんですか?」
「恋人っぽいでしょ?」
「そうですか?」
大和さんの腕の中は安心するし、好きなんだけど、ここは外。誰に見られるか分からない。
「大和さん、中に入りましょう」
「寒かった?」
「寒くはないですけど」
「それなら良かった。咲楽ちゃんに風邪はひかせたくないからね」
「ありがとうございます。じゃなくてですね」
「はいはい。中だね。入ろうか」
家に入って、大和さんはシャワーに行った。スープを温めて、パンを出して……することないなぁ。暖炉を入れておこう。
火を付けるときは緊張する。上手く付いてくれますようにって心の中で祈りながら、木屑を熾火の上にのせる。最初は煙だけ。少ししたら小さな炎が見えて、だんだん大きくなっていく。細い枝を入れて、炎を大きくして行く。
しばらく炎を眺めていた。日本じゃ炎を眺めるなんて経験はなかったから。
「ずいぶん熱心に見てるね」
声をかけられて振り向くと、大和さんと目が合った。
「日本じゃ炎を眺めるなんて出来ませんでしたから。炎って綺麗です」
「咲楽ちゃんの方が綺麗だと思うけどね」
「やっぱりここでパンを温めたりしたいです」
綺麗って言われて、恥ずかしくて、話をそらしてみた。大和さんがくっくっと笑ってるのが聞こえる。
「可愛いねぇ。ほんとに」
「朝からからかわないで下さい。大和さん、パンはどれを食べます?」
「クルミとチーズのパンと渦巻きの、各2個ずつ。あ、渦巻きのパンは1個で良いや」
「はい」
パンを軽く焼いて、スープを注いで、テーブルに運ぶ。
「何かあるみたいだよ」
朝食を食べながら、大和さんが唐突に話し出した。
「何かって?」
「暖炉で調理する為の器具。プロクスが今度見に行くって言ってた」
「本当ですか?嬉しいです」
「プロクスに会うことが?」
「はいって言った方がいいですか?」
「それは止めて欲しい」
「分かりきったことを聞かないで下さい」
「はい。すみません」
わざわざ小さくなって謝罪する様子が可笑しくて、可愛いって思ってしまう。本人には言わないようにするけど。
「今、可愛いって思ったでしょ」
「どうして分かったんですか?」
「咲楽ちゃんをずっと見てるから」
「私には大和さんのって分かんないんですけど」
「簡単に悟らせるほど、若くないよ」
「大和さんはそう言いますけど、多分私には歳を取っても分からない気がします。それに大和さんは若いですよ」
「若くないって言うのは精神的にって意味ね」
「分かってます」
でも、精神的にも若いんじゃないかな。考えを悟らせないって言うのは若さとか関係ない気がする。大和さんは自分の心は隠して人の考えを読むのが上手いんだと思う。交渉担当の方と一緒に居たって言ってたし、その辺も訓練かな?
朝食を食べ終わって大和さんが後片付けをしてくれる。
「大和さん」
「どうしたの?着替えてきたら?」
「いつもありがとうございます」
「俺はこの位しか手伝えないからね」
にっこりと笑ってくれた大和さんに促されて、自室に着替えに行く。いつもの着替えを終えてリビングに行くと、大和さんが待っていてくれた。やっぱり大和さんには白の衣装が似合う。
「咲楽ちゃん、ちょっと早いけど行くよ」
大和さんに言われてハッとする。
「すみません。お待たせしました」
「大丈夫。ゴットハルトももうすぐ着きそうだね」
そう言われて地属性の魔力を使ってみたんだけど、全く分からなかった。
「それってどうやってるんですか?」
「索敵の事?五感で気配を探るところを魔力で探ってる感じだね」
全く分かりません。
「分かんないって顔だね」
「そもそも気配が分かりません」
「誰かが後ろにいるかもって思うこと、無い?」
話しながら家を出る。
「それは怖いです」
「怖いって、あぁ。それがあったね」
「おはようございます、シロヤマ嬢」
「おはようございます、ゴットハルトさん」
「おはよう、ヤマト」
「おはよう。あからさまな差別だな、ゴットハルト」
「女性を優先させるのは当然だ」
「レディファーストは分かるけどな」
会話をしながら歩き出す。
「ゴットハルトが咲楽ちゃんを優先させたい気持ちもわかるし」
笑って大和さんが言う。
「そんなのじゃない」
ゴットハルトさんが憮然として言うけど、そんなのって何だろう?
「それで何が怖いんです?」
「咲楽ちゃんが索敵ってどうするのか聞いてきたから、後ろに誰かいるかもって思うことは?って聞いたら、それは怖いって話になった」
「怖いか?」
「闇夜で後ろに誰かいるかもって怖くないか?」
「確かに」
「その状態が咲楽ちゃんは常にって事だ」
「そうなんですか?」
尋ねられたから頷いた。
「そうなんですか。我々には分かりませんね」
「常に警戒って時はあるしな」
「まぁ、王都内なら本来は警戒も要らないんだがな」
「俺のは癖だな。もう染み付いてる」
「殺伐としてるな」
「咲楽ちゃんと居たら、それも気にならないんだけどな」
「それでも無意識にってことはあるんだろ?」
「それは仕方ない」
男の人って感じの会話だなぁ。
「あ、咲楽ちゃん、向こうからジェイド嬢が走ってきてる」
「視認できないのに何故分かるって言いたい」
「同感です」
ゴットハルトさんと意見が合っちゃった。
「人間業じゃない」
「地属性を使ってるって言ってましたけど」
「地属性はそういう使い方をしないんですよ」
「普通はどういう使い方ですか?」
「防御ですね。土煙みたいにして姿を隠した上で逃げるとか、穴を掘って身を隠すとか」
「金属に反応したりって聞いたんですけど」
「そうですね。簡単な金属加工とか、鉱石の発見とかもありますね」
「宝石の原石とかは分かったりしますか?」
「それはかなり希少な使い方ですね。あぁ、ジェイド嬢が来ましたね」
「ゴットハルトさんも目が良いですね」
2人で話してたら、大和さんに抱き寄せられた。
「何を話してるの?」
「ヤマトがスゴいってさ。シロヤマ嬢が」
微妙に良いように言い回しを変えて、ゴットハルトさんが言う。と、言うか、大和さんには聞こえてたような気がする。
「あぁ、ライル殿も来たかな」
「だから視認できてないって」
「見えてないですよねぇ」
「地属性の魔力を使えば出来るって」
「地属性は持ってない」
「持ってても出来ないです」
あ、ローズさんが見えた。
「すみません、じゃあ行ってきます」
「気を付けてね」
「お気を付けて」
「サクラちゃーん」
ローズさんが抱き着いてきて、少しよろけた。大和さんが支えてくれる。
「ごめんね。ちょっと勢いが良すぎたわね」
「おはようございます、ジェイド嬢」
「おはようございます、トキワ様、ヘリオドール様」
「ローズさん、どの辺りから走ってきたんですか?」
「王宮との分かれ道のちょっとこっちよ」
施療院に向かって歩き出す。
「ライルさんにまたお小言を貰いますよ」
「それがあったわね。サクラちゃん、何とかして」
「無理ですよ」
そう言っていたら、ライルさんが合流した。
「あ、ライルさん」
「おはよう、シロヤマさん。ジェイド嬢、バタバタと走らない」
「はぁい」
「おはようございます。わざわざここまで来てくださったんですか?」
「ジェイド嬢が走り出したからね」
ローズさんが小さく舌を出す。
「サクラちゃん、ヘリオドール様もお似合いだったわね」
「神殿騎士の格好ですか?そうですよね。白って汚れが目立つのに、あの洗濯箱の中がどうなっているのか、不思議です」
「そこは魔法だから、としか言いようがないね」
「ですよね」
「洗浄の術式がって言われた記憶があるんだけど。サクラちゃんに洗浄って教えたかしら」
「教えてもらってないですよ」
「ジェイド嬢、先生でしょ?」
「サクラちゃんって優秀だったから、イメージで、で終わらせちゃったのよね」
「洗浄は汚れを浮き上がらせて吹き飛ばす感じ。これも生活魔法のひとつだね」
「汚れをってことは地属性ですか?」
「そうね」
「光で浄化とかの方が早い気がします」
そう言ったら、2人に呆れられた。
「サクラちゃん、浄化ってそうそう使えないから」
「もっとも難しいとされる1つだね」
「そうなんですか?」
「ということは使えるのね」
「難易度をもう一回教えた方が良いんじゃないか?」
2人で話し合ってる。おかしな事を言ったのかな。
「サクラちゃん、一番使ってる属性は光と闇よね」
「はい」
「一番使ってない属性は?」
「地属性です」
「地と水で樹魔法は?」
「使ったこと無いです」
「風と水で氷魔法は?」
「あれは氷魔法なのかな?温度を下げすぎないようにしての冷湿布くらいです」
「と、言うことは、水と風を別々に使ってる感じね。氷魔法ではないわね」
「見事に施術師関係に特化してるね」
「覚える気はないの?」
「氷魔法は覚えたいです」
「もしかして……」
「お料理の為です」
笑われた。
「サクラちゃんらしいわね」
「風の防壁は張れるんだよね」
「はい」
「他に出来る事って聞くのが怖いね」
「最近、防音結界を覚えました」
「防音結界……」
「はい」
「それって伝説級よ」
「音を遮るのは困難だって事だったよね」
「後、やったこと無いけど、瞬間移動は出来る気がします」
「それは最上級の難易度」
「出来るって言っちゃったからねぇ。でも熟練者になるとって言ったわよね」
「はい。でもイメージが出来たので」
施療院に着いちゃった。
「一度ちゃんと確かめた方がいいね」
「ライル様、お願い」
「僕が?所長の方がいいと思うよ」
「複合もって考えたら、全員で見た方がいいのかしら」
「それは後で話し合おう。お昼休みにでも」
「そうね」
二人とも疲れてる?
「大丈夫ですか?」
「はぁ。大丈夫よ」
更衣室でもローズさんの口数が少ない。
「おはよう、2人とも。あら?ローズ、どうしたの?」
「おはよう、ルビー。ちょっとね。大丈夫よ」
「サクラちゃん、何があったの?」
「私の魔法の事を聞いて、ライルさんと2人でこうなっちゃいました」
「ルビー、あなたにも協力要請するわ。要請と言うか強制ね」
「なんなの?」
「すみません。私の所為みたいです」
「どういう事?」
「サクラちゃんが異世界転移してきたって言うのを、改めて納得しただけ」
「そう言ってたわよね。納得してなかったの?」
「納得してたわよ。そうじゃなくてね……お昼休みに話すわ」
「?分かったわ」
診察室に向かう。
今日も常連さんと手荒れの方が多い。それに加えて火傷の子どもも増えてきた。
暖炉に近付きすぎて、火傷をしたというのが一番多い。大抵は母親に連れられてくる。ただ、火傷を治した後、対処法を聞かれる。でも近付きすぎないように気を付けてくださいとしか言えない。
金属の柵はあるって言われても、その柵が火傷の原因になっちゃうんだよね。
熱せられた金属の熱さは身に染みて知ってる。別に火傷させられた訳じゃない。アイロン掛けをしていてうっかり触っちゃっただけだ。学校での出来事だったから、周りの皆が大変だった。アイロンを倒した友人がものすごく慌ててて、葵ちゃんが駆けつけて治めてくれたから何とかなったけど。火傷もたいした事なくて痛みもすぐに引いた。
ヴァネッサさんが入ってきた。
「天使様、こんにちは」
「こんにちは、ヴァネッサさん。昨日のパン、美味しかったです」
「それは良かったです。早速レシピの登録をして来ましたよ。黒き狼様の言った通りフリュイのパンとクルミとチーズのパンで」
「そうなんですか。あ、そうだ。あのフリュイのパンって」
「あぁ、アフルのコンポートですね。かなり酸っぱいのでフリュイにするかコンポートにするしかないんです」
紅玉っぽいのかな。リンゴってアフルって言うんだ。
「柑橘のママレードも入れてみようかって、亭主が言っててね」
「入れるより、混ぜ込んだ方がいいかも。ハードタイプの生地ですよね」
「そうですね。そうしてみます」
指の処置をしながら、会話する。
「そういえば、黒き狼様が市場の見回りにいらっしゃいましたよ。黒き狼様って神殿騎士でしたっけ?」
「大和さんは先月は王宮騎士でした。一月交代での掛け持ちだそうです」
「大変ですねぇ。じゃあ、この月は神殿騎士なんですね。神殿が賑やかになりそうです」
「新しく入った方はもう2人知ってますけど」
「あぁ、黒き狼様と一緒にいらした方。あの方も人気が出そうですね。他にもいらっしゃるんですか?」
「私が知ってる方はもう1人です。班が違うって言ってました」
「楽しみですねぇ」
「今日はお昼は市場でって言ってました。ヴァネッサさんのパンが美味しいって言ってましたよ」
「それは大変。急いで帰らないと」
そう言いながら朗らかに笑う。
「黒き狼様は不思議な方ですね。背が高くて目立つのに、フッと見失ってしまいます」
そういえば、紛れるのが上手いってみんな言ってた。
「私は分からないんですけど」
「そりゃあ、天使様は黒き狼様の特別なお方でしょうからねぇ」
ヴァネッサさんが呆れたように言って帰っていった。
3の鐘が鳴ってお昼休みになると、休憩室で私の属性魔法についての話が始まった。主に話してるのはライルさん。私達はお昼ご飯を食べてたりする。
「シロヤマさんは難易度の高い魔法が使えて、難易度の低い魔法は使えてないと、そういうことじゃな?」
「そうなりますね」
ナザル所長とライルさんが話し合っている。
「別にそれで良いのではないかの」
「それで良い?ですか?」
「人前で魔法を見せることも無いじゃろうし、魔力量が多いことは施療院の皆も知っておるし、問題はないじゃろ」
「それはそうなんですが」
他人事のように話し合いを見ていたら、ライルさんがこっちを見た。
「難易度の高い魔法を何気なく使っちゃうかもって思うと、心配になるのですよ」
「まるで兄の気持ちじゃの」
ナザル所長がからかうように聞く。
「そうかもしれません。ハラハラするのですよ。あぁやって無邪気にパンを齧ってるところとか見ていると」
「しかし、シロヤマさんは治癒関係に特化しておるし、攻撃魔法は使わないじゃろしのう」
「使いたくないです。一応のイメージはできますよ。でもそれで誰かが傷付くって思うと」
「護身のために覚えておいた方が良い気もするけど」
「そうねぇ。でもサクラちゃんは1人で出歩かないでしょ?」
「1人でって、絶対に迷子になります」
「迷子……」
「はい」
「そんなに自信たっぷりに言わなくても……」
ライルさんが呆れたように言うけど、1人で出掛けたら迷子になる自信しかない。
「魔法に関して、分からないことがあったら、ちゃんと聞くこと。それは約束して」
「はい。ライルお兄様」
ちょっとふざけて言ってみたら、ルビーさんとローズさんの目の色が変わった。
「サクラちゃん、ローズお姉さまって言ってみて」
「私の事はルビーお姉ちゃんでお願い」
「ワシはナザルパパかの」
「ナザル所長まで?」
「ナザルじいじでも良いが、まだ孫はおらぬしのう」
フォッフォッフォッと朗らかに所長が笑う。
「ローズお姉様、ルビーお姉ちゃん、ナザルパパ、これからもよろしくお願いします」
「やり直し。僕が抜けた」
「えぇ?!ライルお兄様は最初に言ったじゃないですか」
「あ、2回もずるい。私も」
「それなら私もよね」
「じゃあ、ワシもかの」
「仕方がないですね。ナザルパパ、ライルお兄様、ローズお姉様、ルビーお姉ちゃんこれからもよろしくお願いします」
「サクラちゃんにお姉様って呼ばれるの、嬉しいわぁ」
「そうよね。これからはそう呼んでね」
「呼びません。今回っきりです」
賑やかなお昼休みを終えて、お昼からの診察が始まる。




