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翌朝。いつものように起床して窓を開ける。そこにはいつもの鍛練をしている常磐さんが居た。今日の常磐さんは2本の細身の剣を持つ。
そして……昨日とは違う舞を舞い始める。ずいぶんと荒々しい舞だ。
一瞬背後に吹雪が、ブリザードが見えた。
昨日の様に沢山の人が常磐さんの舞に見入ってる。5分位の剣舞だったけど、今日も沢山の拍手が送られた。
常磐さんが私の部屋の方に歩いてくる。
「何が見えた?」
「今日の舞は嵐が見えました。冬のブリザードが」
答えると「良かった」と笑う。
「今日のは『冬の舞』だ。昨日の夜こっそり動きの練習はしていたんだが、まだまだだな。かなり鈍ってる」
「昨日のは『春の舞』でしたよね?」
「そうだな。後、3番ある。夏と秋だな」
「え?もう一曲は?」
「全部を繋げた『四季の舞』だ。繋げたと言ってもかなりアレンジされていて、また違った舞になる。ただなぁ、朝の時間にやるのは難しいんだ。時間がな」
そこまで言ったところでデルソルさんが来た。
「トキワ殿、あれはなんだ。コルドの嵐か!!」
「あれは俺の流派に伝わる剣舞だ。かなり鈍ってるけどな」
「あんなに荒々しいのか。トキワ殿の流派と言うのはストイックなんだな」
「あの舞は一番荒々しいからな。修行の一貫でやらされて、一番怒られた」
「とりあえず汗を流してきたらどうだ。話はまた後で」
常磐さんは行ってしまった。あれ?デルソルさんはいいの?
「私は今朝は良いんですよ。鍛練してませんから」
「え?」
「実はね、今朝は早朝に神殿を訪れる人が多くて。そのほとんどが練兵場方面に向かったので『何かあったのか見てこい』と団長がね。あの人は昨日早番で今朝は神殿前に立ってましたからね。ちょうど出てきた私が走らされたんですよ」
昨日の朝もやっていたこと、団長さんとデルソルさんは知らないのかな。
「そう言えば団長が『昨日は良いものを見せてもらった』って言ってましたよ。実に絵になっていたって」
昨日のアレですね。常磐さんは絵になってたと思う。でも、常磐さん、あの後かなり不機嫌だったけど。
常磐さんが帰ってきた。
「で?結局この騒ぎはトキワ殿が原因と言うことでいいな。団長にそう言っとく」
不思議そうな顔の常磐さん。
「後で説明します」
デルソルさんは戻っていって、常磐さんと二人になった。
「あ、常磐さん、また髪が濡れてる」
「乾かしてくれる?」
えぇっと、届かないんですが。あ、そうだ。
「常磐さん、ソファーに座ってください。『ドライ』を試してもいいですか?昨日自分でやったら上手くいったんです」
「え?マジで?やってくれるの?」
常磐さんはいそいそとソファーに座った。私は常磐さんの後ろに立つ。えっと、ドライヤーのイメージで。これって直接髪に触らないと出来ないんだよね。
私は髪を乾かした後、常磐さんの髪をセットする。出来た。
「上手いな」
常磐さんの声が響く。良かった。喜んでもらえた。
そろそろ朝食の時間だ。行かないと。常磐さん?
「ちょっと横に座ってくれる?」
「え?横ですか?横はちょっと緊張するんですが」
戸惑いながら、常磐さんの横に座る。と、急に常磐さんが抱きついてきた。
「悪い。このままちょっと……」
不思議と怖くなかった。抱きつかれるなんて以前だったら、悲鳴をあげて逃げてた。
2~3分位すると常磐さんが離れた。
「悪かった。『冬の舞』は舞った後も心が凍りついたようになるんだ。日本に居た頃はなんとかなっていたんだけどな」
今はなんとかなっていない?大丈夫なのかな。
「あの、大丈夫なんですか?剣舞を見られるのは嬉しいんですけど、常磐さんが心配です」
「大丈夫、大丈夫。さ、そろそろ食堂に行くか」
食堂に行くと、団長さんが待ち構えていた。
「トキワ殿、ちょっと話があるんだが」
「後ではダメですか?とりあえずは食事をしたいのですが」
常磐さんがそういうと団長さんは唸って食堂を出ていった。
「では魔法の訓練の時に」
朝食後、いつものように掃除をしてもらってる間、常磐さんと話をする。今日の話題は『魔空間』だ。
常磐さんに魔空間について話をする。
「常磐さん、そう言えば私、魔空間を覚えました。今朝はバッグが魔空間に入ってます」
「へぇ。魔空間か。そう言えば俺は教えてもらってないな。どうやるんだ?」
「あれですよ。国民的アニメの青いネコ型ロボットの四次元ポケット」
「あぁ、あれか。俺も出来るかな」
常磐さんがイメージし始めると、全身から魔力が吹き出した。少しすると
「あ、出来た」
成功したみたい。やっぱり日本人はイメージチートだね。
「そうだ。これだけ言っておこうと思ってた。朝の剣舞だけど、明日で一旦中止するから」
え?止めちゃうの?
「今の状態で舞うと色々不味いんだ」
えぇっ!!。そうなんだ。それなら仕方ないのかな。
私の表情に不満を見てとったのか常磐さんは笑って言う。
「金輪際見せないって言ってる訳ではないんだから。今の鈍った状態でやると、色々とな」
色々と?よく分からないけど、分かりました。
リアさんが私の部屋から出てきて一礼して次の部屋の掃除に向かった。
「そろそろ行くか」
常磐さんと一緒に練兵場へ向かう。常磐さんは相変わらず剣への属性魔法を纏わせる訓練みたい。あれって「炎の剣」って感じだ。
私は今日は光と闇の魔法の訓練。光魔法と言えば治癒魔法とかのイメージがある。闇魔法は精神系ってイメージ。
大きくは間違っていないようで光魔法の属性の持ち主は施療院で働いていることが多いんだって。現在の王都には施術師は10人。内、施療院専属は4人。施療院は王宮の管轄で、王宮魔術師様も所属しているんだとか。
「私も施療院所属よ。今は貴方の指導で外れているけど、どうしようかしらね。施療院に行ければ実践練習ができるんだけど、教主様から『今は神殿から出ないようにして欲しい』って言われてるし。貴方の容姿だと一騒ぎ起きるのが目に見えるようだし」
はい!?そんなことないと思いますけど。
その時騎士さん達の方から騒ぎ声が聞こえた。団長さんを呼ぶ声も聞こえる。
「何かあったのかしらね」
ローズ先生が呟いたとき、団長さんがこちらにやって来た。
「ジェイド嬢、すまない。怪我人が出た。治療をお願いできないだろうか?」
ちょうど良いわね、そう呟いてローズ先生がそちらに向かう。私も後を着いていったんだけど、倒れていたのはアルフォンスさん!?
常磐さんが側に寄ってくる。
プロクスさんを見つけたので、常磐さんが事情を聴いていた。
打ち合いをしていた騎士の人の剣が飛んで、アルフォンスさんに当たったらしい。胸の辺りに当たって呼吸困難を訴えて倒れた、と。それって肋骨がどうにかなったとか?
私は前に出て、ローズ先生の横に並ぶ。
アルフォンスさんは苦しそうな呼吸を繰り返してる。ローズ先生はざっと調べると
「これは胸の骨が折れてるわね。施療院に運ばないと」
と言った。ローズ先生、治せないの?
「この怪我だと私じゃ無理なのよ」
「あの、私では無理ですか!!」
肋骨が骨折してるとなると、移動するときに肺に骨折した骨が刺さる危険性がある。それでなくても呼吸困難があるのだ。もしかしたらすでに刺さっているのかもしれない。
「貴女の魔力量と属性ならなんとかなるかもね。やってみなさい」
胸の様子を触って確める。やっぱり折れて刺さってるみたい。痛みを遮断するイメージで闇魔法をかけて。え?突然腕を掴まれた。
「シロヤマ嬢、なぜここに?」
アルフォンスさんが苦しそうな息の下で言う。スッと常磐さんが側に来てくれた。
「魔法の訓練です。少し眠くなりますよ。安心してください。起きたら良くなってますから」
アルフォンスさんが目を閉じたのを確認すると、光魔法をかける。
骨を元の位置に戻し、肺に空いた穴を閉じていく。思い出せ。勉強した人体の構造を。
全てが終わると、アルフォンスさんは穏やかな寝息をたて始めた。
「終わりました」
そう告げるとローズ先生に抱きつかれた。
「凄いわ、シロヤマさん。こんな完璧に治せるなんて。それに貴女、属性二つと魔法三つを重ね掛したわね」
団長さんに感謝され、騎士さん達にも口々にお礼を言われた。
アルフォンスさんは一旦騎士の詰所に運ばれて、そこで起きるのを待つと言う。
「うん。もう教えることはないわね。後は練習を重ねるだけ」
ローズ先生にそう言われたら、安心して気が抜けたみたいで、座り込んでしまった。
「今日はもう終わりにしましょうか。ちょうどいい時間だし」
そう言えば昨日、スティーリアさんから『すべての授業は終わり』って言われてたような……。
「しばらくは様子を見に来るわよ。今日も授業って訳じゃなくて、教え子の様子を見に来ただけだし」
様子を見に来ただけって、ガッツリ教えてもらっちゃったけど。お時間とらせてすみません。
団長さんと常磐さんはまだ訓練をするみたい。あれ?何かのお話?
話が終わると、常磐さんは細身の剣を手に取り、構えに入った。え?剣舞?
舞われたのは『春の舞』
昨日よりはっきりと桜の大木が見えた。
5分程で舞が終わる。騎士さんたちからは拍手が送られた。
「どうだった?」
常磐さんに聞かれる。昨日よりはっきりと桜の大木が見えたと伝えたけど、常磐さんが慌て出した。
「どうした?何か気に障ったか?」
次いで顔に手が延びる。涙をぬぐわれた。え?泣いてた?
「何泣かしてんの。女の子を泣かしちゃダメでしょ」
ローズ先生が笑いながら言う。
「ごめんなさい。感動したのと、久しぶりに桜が見えて、懐かしくなっちゃって」
そこに団長さんが来た。
「トキワ殿、モノは相談なんだが、その舞を神殿で奉納してもらえないか?」
「神殿で奉納ですか。今すぐは無理ですね。まだまだ鈍ってるので、もう少し鍛練が必要です」
「ではトキワ殿の納得ができたら、是非に頼みたい」
「それは陛下への謁見が終わってからで宜しいですかな」
突然かけられた声に振り向くと、4~50歳代のおじ様と、ローズ先生と同い年くらいのお姉さまが居た。
「本日よりお二方のマナーとダンスを指導させていただきます。よろしくお願い致します。レッスンは昼食後なのでまだごゆっくり。いや、早めに来て良かった。いいものを見せていただきました。まずは皆様、昼食にしませんか?」
気が付くと3の鐘が鳴り終わってた。
お昼の後はマナーとダンスの講習。
最初に先生方から挨拶をって……ローズ先生、何で居るんですか。
「今日はお休みでね。暇なのよ」
あ、マナーの先生が笑ってる。
「宜しいですかな。私はクォール・サファ、こちらがアザレア・モースです。謁見時のマナーと初歩のワルツをお教え致します」
アザレア先生がこちらに来るとハイヒールを渡された。履けと?
「そうよ。貴女かなり小柄だから、トキワ様とダンスを踊ったら大人が子供を振り回してるみたいになっちゃう。しばらくこれを履いて慣れておいてね」
……はい……
ローズ先生が笑いながら言う。
「しばらくっていっても、謁見の日までは履き続けなさいよ。靴擦れができても、光魔法で治せるから」
ローズ先生、面白がってます?
まずは歩き方から。ヒールを履いて歩くのって、大変。踵に力が入らないからグラグラするし、足に変な力が入っちゃう。5の鐘まで歩き方の修正は行われた。
明日は、3の鐘から今日の確認とダンスレッスンだって。
部屋に戻るときもヒールだったから大変だった。最後は常磐さんに支えてもらって部屋にたどり着いたし、夕食も常磐さんにテーブルまで運んでもらう始末。ご迷惑をお掛けします。
「足のマッサージ、してやろうか?」
部屋で寛いでいると、常磐さんがそんなことを言い出した。
「普段使わない筋肉を使っているから、明日は筋肉痛になるぞ。今のうちに解した方が良い」
理屈は分かります。けどさすがに恥ずかしい。
「座ったままでいいぞ。ふくらはぎだけだし。本当は足全体を解した方がいいが。そこまで礼儀知らずでもないからな」
私の足元に跪いて、ふくらはぎを揉み解しながら、常磐さんが言う。その内眠くなってきて、頑張って起きてたんだけど眠ってしまったみたい。
ーー異世界転移8日目終了ーー