第九話 ブラック新入社員
勇者がこの世界に来て、早数カ月が経とうとしていた。勇者の始めた会社も、順調に黒字を重ねてはいるのだが……
「な~んか……思ったより儲からねえな」
社員達の食事と給料を出し、さらに自分の勇者としての活動費も賄うと、手元に残る金額はあまり満足のいくものではなかった。勿論勇者としての活動に対する褒賞は国から出されているのだが……収支全体ではなく部門単位で儲けを計算し、ケチをつけるのはブラック企業あるあるの一つである。
「(褒章が後払いってのがネックだな、その時必要な物を買うってのが難しい。いっそ弾代の内訳を明かして……いや、あんまり詳しく知られたくはねえ。弾自体は安いからな。俺自身まで安く見られかねん)」
ブラック企業やその経営陣にありがちな事だが、自分の事を過大評価する傾向がある。自分達は特別なことをしており、それを誰かが知れば真似をする、あるいは妨害をしてくる、といった誇大妄想に取りつかれやすいのだ。その結果会社として利益を逃していることに気付かない、あるいは気付いたとしても賢明な判断をしていると思い込んでしまう。
「(じゃあボれば良いかっていうとまた違う。この世界は国同士が覇権狙ってる、ゆるい戦国時代みたいなもんだが一応平和だ。金食い虫は切られる可能性があるし、今んとこ何とかなっちゃあいる……このまま規模を拡大していくのが賢いか)」
規模の拡大。口で言うのは一言だが、実際には綿密な計画とリスク管理が求められる難しい決断だ。しかしブラック企業社長たる勇者はそんな細かいことは考えない。
「ってわけで、新しい奴隷を買おうと思うんだが」
「それはそれは。ありがたいことです……」
勇者が訪れたのは今の社員達を買った格安奴隷商。手もみして迎えた奴隷商人だが、申し訳なさそうに続ける。
「しかし、うちは仕入れる量が少のうございまして。来た時期が悪うございました」
「ああ? 品切れだってのか?」
「いえ、居りますがが……少々癖の強いものでして」
奴隷商は商品置き場に勇者を案内する。首輪をつけられてそこに座り込んでいるのは、、身長2mをゆうに超し、体毛のない白い肌の大男。
「こりゃ……巨人か?」
「ええ……まあ、見ての通り力が取り柄で、従順ではあるんですがね、ご想像通り大ぐらいな上食べ物が特殊で……生肉しか受け付けないのです」
「生肉なあ……」
「他の物を無理矢理食わせても、消化せずに出してしまう。まあ、金のかかる奴隷でして……」
「だが、別に言葉がわからねえってわけでもないんだろ? よし、貰って行くぞ!」
「どうもどうも!」
リスクも深く考えず社員を新しく雇い入れた勇者。そしてそのしわ寄せは他の社員が負うことになる。
「ってわけで、新人がはいることになった! お前らしっかり教育しとけよ!」
「はい! 勇者様!」
報告会でいきなり現れた新人の教育を言い渡された社員達だが、普通新人教育をするのは数年たって十分な経験を積んでから行うもの、それをたかが数カ月でやらせる……ブラック企業によくみられる、新人が即ベテラン社員扱いを受けるそれであった。
「さあ、大丈夫。こっちにおいで。まずはお風呂にしないとね」
「でかいな~……服入るか?」
そもそも新人が頻繁に入る会社はブラック企業の可能性が高いのだが、勇者の会社以外に目を向ける機会も与えられない社員達はそれに気づかない。さながら宗教の信者のごとく、勇者の言葉に従っていくのだった。
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名前:ボルグ
年齢:不明 性別:男 職業:勇者の会社員
種族:巨人 身長:230cm 体重:188kg
髪の色:無し 目の色:灰色
特記事項:服は浴衣を採用することになった 。食事は3人前を用意する
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第九話 ブラック新入社員 終