第六話 ブラック勉強会
「しっかしだ……普通騙されるか? 契約書をしっかり読まねえ奴なんて多いけどよ……」
メリアの件があり、何か対策を打たないといけないと思い立った勇者……しかし具体的な案は思い浮かばないまま、報告会の時間を迎えた。
「あ~、そういう訳でだ。各自契約書をよく読んで気を付ける様に!」
結局、注意喚起……言い換えれば各自に丸投げすることで対策とした勇者だったが……グループリーダーであるニールがおずおずと
「その、勇者様……気を付けると言われましても、私たちは字が読めず……」
「は……? いや、こういう世界じゃそういうこともあんのか。じゃあ誰か読める奴が読んでやれ、一人くらいいるだろ」
勇者の言葉に互いを見回す奴隷達だったが……誰一人、手を挙げる者はいなかった。
「……居ないのか? 1人も!?」
「は、はい……」
「おいおいおい……話になんねえじゃねえか」
頭を抱える勇者だったが、厳密には彼自身もこの世界の文字を理解しているわけではない。転生の際、活動に支障が無いよう直観的に意味が理解できるようにされただけであって、文法や単語は理解していないのだ。
「(こりゃどうしたもんか……)」
今後企業規模を拡大するにつれ事務仕事も増えていくことは自明の理、当然それを社員にやらせるつもりの勇者としては、全員文字が読めないというこの状況はどうにかしなければならない大問題だった。そのどうにかする方法であるが……勇者はあることを思いつく。
「おーい、ユイン! ちょいと頼みたいことが有るんだ!」
王城を訪れた勇者は黒髪の女騎士を見つけ出し、背中から呼び止める。本来王国の騎士である彼女に仕事を頼むなら然るべき筋という物を通さなければならないのだが、ブラック企業の社長たる勇者にはそのような道理など関係無い。
「勇者様? いかがなされましたか」
「いやな? うちの社員共に字を勉強させたいんだが、頼めるやつが居なくてな。騎士っていうなら勉強もちったあできるだろ?」
「あの奴隷たちに? なんでまた」
「あ~……あれだ……スキルアップって奴だ。あいつらもこう……字くらい読めねえと困るからな」
「勇者様……」
ユインは驚いていた。奴隷にそれなりの待遇を与えるという者は珍しいが、居なくもない。しかし最下級の奴隷をわざわざ教育して、知識を身に付けさせようという者はまず居ない……そんなことをするくらいなら、既にそう言った物を習得した奴隷を買った方が早くて安上がりなのだ。ましてや、奴隷たちが困るからなどという理由で勉強をさせる。その深い慈愛にユインは大変感動し……実際には勇者は自分が後始末やら何やらで困るからという意味で発言したのだが、それは読み取れていなかった。
「わかりました。このユイン、微力ながら協力させていただきます!」
「おお、ありがてえ!」
結局ユインは、その場で二つ返事で承諾してしまった。口約束で書面も交わさない『頼み事』という体で都合よく拘束されたということには、まったく気付かないまま……それがブラック企業の常とう手段、後で報酬などの話になった際、雇用でも請負でもないと言い逃れをして一切支払いをしないという手口。それにうまくハメてやったと、勇者は内心ほくそ笑んだのだった。
「あ~……という訳でだ。今日からこのユインがお前らに勉強を教えてくれることになった! 参加は任意だから、参加者は終わったらこっちのノートに名前を書くように!」
夕方、騎士としての仕事を終えたユインは正装から私服に着替え、その足で勇者の家へと向かった。それを迎えるのは仕事を終えたばかりの社員達。あくまで参加は任意、しかし名前は記録する。これにより社員は評定を気にして参加せざるを得なくなる、事実上の強制……これもまた、業務として参加させれば残業になるため、ブラック企業が好んで使う手口だった。ユインと社員達は教室としてあてがわれた一室に全員集まり、長机につく。
「こほん! 改めて私から自己紹介しよう。私はユイン、王に仕える騎士だ。しかしこの場においては、ただのユインとして皆と接することにする。君たちも奴隷ではなくただの生徒として、遠慮なく何でも聞いてほしい」
「あ、あの……勉強って、一体どうすれば……」
「おっと、そこからか。そうだな、まずは自分の名前を書けるようになってもらおうと思う。少ないが羊皮紙を持ってきたから……」
「あ~、待たせたな」
ユインが私物の紙と羽ペン、インクを出そうとした所で、勇者が段ボール箱を抱え、ホワイトボードを引っ張って来た。勿論ユインらはそれが何なのかわからなかったが。
「勇者様、それは……?」
「あ~、なんも無しに勉強は流石に無理だろうと思ってな。どうせそのうち必要になるんだ、今買ったって良いだろ……ってことでだ」
勇者は段ボールからノート、鉛筆、消しゴムのセットを取り出し、社員に配っていく。
「全員行きわたったな? 鉛筆削りはここに置いてあるから自分で削れよ」
筆記用具一式を配り終えると、勇者は後は任せたとばかりにユイン達を置いて部屋に戻ってしまう。当然社員達は困惑するばかりだった。
「なに、これ……?」
「見たことある。これ、本だよ。表の字は読めないけど……あれ、でも中は線しか書いてない」
「これは……もしや……」
しかし騎士として教育を受けているユインは、それら道具の用途に察しがついた。鉛筆削りを使って鉛筆を尖らせ、ノートに線を走らせる。
「やはり……皆、これは字を書くための道具だ。そしてこの白紙の本に、字を書いて学べということだろう。文字を学ぶには手で書くのが一番だからな」
「で、でもこんな真っ白い紙……」
「王城で聞いたことが有る。遥か東方の地では、羊皮ではなく植物から紙を作るのだと。羊皮紙と比べ、まるで大理石のような美しい白さを持つのだとか……」
「そんなものが何枚も、本になってる……そんな立派な物……」
「使って良いというのだ。皆にはそれだけの価値があると、そう言いたいのだろう」
「勇者様……」
「奴隷の私達なんかにこんな……」
「皆、頑張って勉強しよう。それが勇者様に報いる一番の方法だ……ユイン先生、お願いします!」
「よし、ではまず文字の勉強から始めよう!」
『はい!』
ありがたがる奴隷達だが、当然勇者の思惑は違う。元々事務用品などいずれ必ず必要になる物。それを用意するのは会社として当たり前の事であり、何ら感謝する必要はないのである。それをあえて『会社から個人への支給品』とすることで恩を着せる勇者のセコい手口……しかし学のない奴隷たちはおろか、騎士であるユインすらそれに気づかない。ブラック企業はこうして無知に付け込む、それを止める者は未だ現れないのだった……
第六話 ブラック勉強会 終