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第五話 ブラック残業


「んん……?おい、ニール。一人足りねえぞ」


「はい……メリアがまだ帰っていないんです」



 夕食前、全員をホールに集めて報告会をさせようとしたとき、勇者は社員が1人少ない事に気が付いた。いないのは13歳の少女メリア、社員の中では一番年下で、赤毛を束ねた活発な少女だ。



「帰ってないだあ? ちっ、何やってんだ……おいお前ら、連れ戻して来い! 全員揃うまでミーティング終わらねえぞ!」


「は、はい!」



 ニールと数人が、メリアを探しに屋敷を出ていく。落ち度もないのに追加の仕事を命じられた哀れな社員達を尻目に、残った社員にメリアが帰ってきたら呼ぶよう命じて、部屋に戻る勇者……



「あ~、くそ。電話がねえってのは不便だな。さすがにアンテナやサーバーまで用意はできねえし……」



 先に食事でもしながら待とうかと考えた勇者だったが……実のところ、勇者の精神性はどちらかというと小物のそれだった。具体的に言うなら……用事が残っていると落ち着かないのである。



「……ああくそ!」


「勇者様? メリアはまだ」


「わかってる! 俺も探してくる!」


「勇者様……」



 ホールで待機していた社員達の間を抜け、夕闇迫る街へと歩きだす勇者。その背中を社員達は信頼の目で見送った……




 街の郊外にある、川沿いの小屋。メリアはそこで日雇いの仕事をしていた。冷たい川の水で洗濯物を洗い、流し、干しては次の洗濯物へ取り掛かる。体力を消耗する単純労働が朝から夕方まで続く……しかし、夕方を過ぎてなお、洗濯場を仕切る女の手により、洗濯物の山が追加された。



「そら! まだまだ洗濯物はあるよ! キリキリ働きな!」


「ま、まってよ! 夕方までの仕事って話だったはずだよ!?」


「ああ? 知らないねえ! お前は日雇いなんだ、日付が変わるまで働かせたって良いんだよ!」


「そんな無茶な!」


「文句があるなら帰ってもいいんだよ、びた一文渡さないけどねえ!」


「くうっ……」



 日が沈み、ますます水は冷たくなる。それでもメリアは働いた……ここで帰れば今日働いた分が無駄になる。自分が苦しいのはいい。しかし……



「勇者様に、失望されるわけには……」



 暖かくて柔らかい服、毎晩入らせてくれる清潔な風呂、そして甘いものも辛い物もあって、毎日飽きない柔らかいパンの数々。最下層の奴隷として朽ちていくだけった自分にそんなものを与えてくれた勇者にだけは、迷惑をかけたくなかったのだった。



「そら、追加だ!」


「そんな、もう日も暮れて……」


「終わるまで金は出さないよ! 今まで働いた分、無駄にしていいのかい?」


「うう……」



 金を持った者が持っていない者を支配する。その構図はこの世界においても同じだった。泣きだしそうになりながら、洗濯物に手を伸ばすメリア……しかし。



「やっと見つけたぜ。絶賛残業中か? 結構なこったが……」



 ドスの効いた声が、その手を止める。



「勇者様!」


「ああ? なんだいあんたは」


「こいつの雇い主だ。おめーがここの責任者だな?」


「そうだよ、なんか文句あるのかい? 私はちゃんと金を出してこいつを雇ったんだ。こいつだって自分で望んで仕事をしてるんだよ」


「あ~、そうだな。じゃなきゃ金が入らねえんだよな? 働いたのが無駄になるから残業する、コンコルド効果って奴か? 上手く考えたな。だが仕事を追加するんだったら、金も追加で払えって話だ」


「はっ、冗談じゃないね。こちとら一日日雇いで買ったんだ。今日一日何をさせようと勝手さ!」


「いーやそうはいかねえな。さっき口入屋に行って確認したが、契約じゃ夕方になるまでって書いてあったぜ。見た所……とっくに日は沈んでるよなあ?」


「それ……どういうこと!?」


「馬鹿が、カモられたんだよ。さて、この落とし前どうつけてくれようかあ?」



 凄む勇者の前に、女将はインチキを認めざるを得なくなり……追加料金を含めた賃金をその場で支払うことになった。勇者はメリアを連れて暗くなった街を帰っていく。



「勇者様、ごめんなさい……私なんかのために……」


「別に構わねえよ、自分のためにやったことだ。サービス残業で絞り上げるなんざ、許せるもんじゃねえからなあ」


「(勇者様、奴隷の私のためにあんなに怒って……)」



 サービス残業という言葉の意味はよくわからなかったが、メリアは自分が不当な扱いをされたことに怒ってくれたのだと考え、勇者への信頼を一段と強くする……しかし勇者はメリアの考えとは全く別の思惑を持っていた。



「(派遣先のサビ残なんか許したら、こっちが取る単価が減るじゃねえか! それに他人の落ち度は、キッチリたたいて金にしねえと損……!)」



 そもそも問題が起きるまで契約をしなかった責任者である自分の事は棚に上げ、相手の落ち度を攻撃することで都合しか考えない勇者の行動、地球であれば少なからず批判の対象となるであろうそれも、メリアは全面的に受け入れてしまう。ブラック企業の洗脳は、着々と進んでいるのだった……


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メリア


年齢:13 性別:女 職業:奴隷→勇者の社員

種族:人間 身長:145cm 体重:40kg

髪の色:赤色 目の色:黒色 髪型 無造作ヘアーを後ろで束ねる


備考:現在社員の中では最年少。今後の成長に期待


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第五話 ブラック残業 終


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