第三話 ブラック勤務とブラック昇進
「よーし、お前ら整列!」
朝……勇者は奴隷たちをホールに並べていた。
「(昨日はちょいと初期投資で散財したが……今日から取り返していかねえとな)」
「あ、あの……! 昨日、俺達話し合ったんです!」
「私達全員、勇者様に尽くそうって! 一生懸命働きます!」
「そうかそうか、よし、俺達は今日から家族だ、よろしく頼むぞ」
昨日とはまるで違う奴隷たちの様子に勇者は満足げに頷く。
「(なんだなんだ、安い連中どもめ……今日からタップリとこき使ってやるからな、くくく、俺の栄光の礎になりやがれ)」
「それで、何をすればいいのでしょうか?」
「ああ、それはだな……」
勇者は奴隷たちを連れて、日雇い労働者が集まる口入屋へと向かった。そこにある単純労働の中から、適当な物を選び請け負わせる。目安としては、報酬の合計が金貨一枚を超える物。そうして稼いできた金貨を徴収し、『取引』により食料その他の物資に変える。これにより社員の食費その他を賄い、さらに設備を充実させていく。これが勇者の立てた計画だった。
「(異世界派遣業ってとこだな、口入れ屋が間に入るから二次受けだが……これで、あとはひたすら拡大していくだけだ!)」
もし単純に奴隷を使って稼ぐだけならば、この手法はいずれ破たんする。奴隷複数人を維持するコストは高く、稼ぎには見合わない。しかし……地球との取引ができる勇者の場合、地球の安い物資と高い金価格の相場差を利用することで、利益を確保することができるのだ。
「一旦『社員』と言うクッションを挟むことで……何ら見咎められることなく、金を稼げる! 俺頭良すぎだろ……後は最低限の飯だけ食わせときゃいいんだからなあ!」
高笑いする勇者は『取引』で取り寄せたステーキに齧り付きながら笑う。一方、奴隷たちは労働で疲れた体を引きずり、『最低限の飯』を口にしていた。
「柔らかい……白パンだ……こんな物貴族しか食えねえってのに……」
「甘いわ……これ、まさかお砂糖?」
「果物だ……果物を軟らかく煮たものが入ってる!」
8人分、20個弱の菓子パン。精々2000円もしないようなそれ。奴隷たちは感涙と共に味わう。自分達は最高の主人に拾われたのだと、疑いもしなかったのだった……
そんな日々が数日続き、収支も安定して黒字なのを確認して、勇者は自分の路線が正しい事を確信した。
「社員共も従順従順……」
2階の窓から見下ろせば、奴隷たちは仕事前だというのに掃除や草刈りをしている。自分もやらされていただけに、やらせる側になるというのは勇者にとって感無量であった。時計を目にすると8時過ぎ。そろそろ良い時間だと勇者は窓を開け、社員たちに呼びかけた。
「これから朝礼をする! ホールに集合!」
その声を聴くや否や、社員たちは玄関ホールに駆け足で集まった。
『よろしくおねがいしまああああああす!!!』
全員での絶叫から始まる朝礼、そこで勇者は来訪者に気付いた。
「おう、なんだユイン、また来たのか」
「え、ええ……勇者様、これは一体?」
「くくく……決まってんだろ、『朝礼』だ」
「朝礼?」
「ああ、良いか。おれはな……今日から『社長』だ!」
困惑するユインに、勇者は別室で事のあらましを伝える。ユインは勇者の言っている事がよくわからなかったが、少なくとも奴隷たちが全員、健康そうにしているのを見てひとまずの安堵を覚えた。
「で、なんだ? 王命だってか?」
「はい、馬車で四日ほど移動したところに、大型のトロールが目撃されました。これを討伐せよとのことです」
「四日か……」
この世界における勇者とは、いわゆる魔王を倒すために世界を旅するような存在ではなく、林立する国家の最大戦力としての性質が強い。つまり上からの命令には従わなければならないのだ。
「(社長って言っても権力者ってわけじゃねえからな……)」
「勇者様?」
「ああ、わかった……それじゃ、出発は明日で良いんだな?」
「はい、朝6時に王立厩舎までお越しください。それでは」
往復8日、しばらくの間社員たちを置いていくことになる。その間まとめておく人物が必要だと、勇者は考えた。そこでその日、仕事から帰って来た社員たちをホールに並ばせた。
「一体どうしたんだろう……」
「私たちの働きに悪いところがあったのかしら……」
「(ちっ、この程度の『サビ残』でブツブツ不満を漏らすんじゃねえよ)あ~、注目!」
不安そうにする社員達も、勇者の一声でおしゃべりをやめ、彼に注視する。
「ニール、前に出ろ!」
「えっ……は、はい!」
30代半ばほどの社員が前に出て、残りの社員と向き合わされる。全員の注目を浴び、緊張するニール……その肩に勇者の手が置かれる。
「今日から昇進だ! グループリーダーに任命する!」
「は、グループ、リーダー……?」
「ああ、今日からお前がこいつらをまとめる様に! いいな?」
「昇進……俺が……! ありがとうございます!」
「おめでとう、ニール!」
「働きが認められたのよ!」
拍手する社員達。しかしこの『昇進』もまた、勇者によるブラック手法なのだった。
「(馬鹿めっ……! 『グループリーダー』なんて曖昧な言葉で喜びやがって……権限や具体的業務内容の説明も無し、何かあった時の責任取り……言うなれば、生贄の山羊! てめーらの働きなんざ金額でしかみてねえよっ……!)」
勇者は生前、そう言った横文字の役職を与えられたことが有った。しかし給料は変わらず、リーダーなのだからと新人のまとめ役をやらされ、責任は取らされてと良いことなしだった。そして自分が嫌だったことは他人にしないなどと言う殊勝な考えは、勇者は持ち得ていない。むしろ自分もしたんだからお前もやれの精神を持ち、ブラック文化を広げていくタイプの人間だったのだ。
「さしあたり、シフトを決めてもらおうか」
「シフト……それは一体、どのような物なのでしょうか、勇者様」
「ああ? そんなもんも知らねえのか。お前らのうちだれが仕事に出て誰が休むかの分担だ。8人いるから、一日一人ずつだぞ!」
「は、はい……? ですが……」
「異論は認めん! 俺は明日から出張でしばらく居ないからな! 帰ってすぐに何も問題が起きてないかチェックするからそのつもりで居ろ!」
「わ、わかりました!」
通達を終えると勇者は自室に戻る。あとに残されたニール達社員はぽかんとしていた……
「休みだって……奴隷の俺たちに……」
「帰って真っ先に私たちの事を見に来て下さるなんて……」
「無事をお祈りしよう……そして俺達全員で出迎えて、沢山稼いだお金を見せて喜んでもらうんだ!」
勇者の思惑をよそに、社員たちの士気は上がる。本来管理側である勇者がシフトを考えねばならない所を、下の者に押し付けられたというのにも関わらず。下の者に知識が無いこともまた、ブラック企業を助長させるのだということを体現していたのだった……
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名前:ニール
年齢:23 性別:男 職業:奴隷→勇者の会社員
種族:人間 身長:168cm 体重:59kg
髪の色:茶色 目の色:栗色
特記事項:社員たちのグループリーダーに任命される。
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第三話 ブラック勤務とブラック昇進 終