第二話 ブラック研修会
勇者はかつてブラック企業の社員として、様々な苦しみに耐えてきた。しかし、この異世界においてならば今度は立場が逆転……つまり、社長になれると踏んだのだ。そしてブラック企業は儲かり、儲かればその金で勇者としての力が増す。完全な好循環を確立できる。その第一歩がまずは従業員の確保だった。
「(何しろ最悪な条件でこき使うんだ……下手にスキルが有ったりすると逃げちまうからな。その点最底辺、ここを辞めたら後がねえって奴ならいくらでも使い潰せる! ブラック企業社員歴10年の手際を見せてやるぜ……!)」
そうして買い集めた奴隷達は、勇者の家に連れてこられ……自分の行く末に絶望していた。あの奴隷商から売られた先では良くて最低の環境で重労働、悪ければ玩具としてその日のうちにバラバラになってもおかしくない、そういう環境だったのだ。まして自分達を買ったのは、まるで山賊でもやっていそうな人相の悪い男……
「私達、どうなるの……」
「しるかよ……」
「どうせ、終わるんだ……せめて楽に死にてえな……」
ホールに集められた奴隷たちは、自分がどうなるのか。怯えと諦めを帯びて座り込んでいた。そこへ新たな主人……自分達を連れて来るなり、やることが有るからとそこで待たせていた男がやって来る。
「ようし! お前らついて来い!」
勇者は、奴隷たちを連れて家の奥へと進む。その先には、二つのドアが並んでいた。
「男は右、女は左だ! 入ったら服を全部脱いで奥へ進め!」
勇者はそれだけ言うと、その扉の奥へと消えていく。奴隷たちは困惑しながらも、その意図を探り出していた。
「へ、へ……勇者って言っても人間ってことか」
「どういうことだよ?」
「決まってんだろ、あの扉の向こうで勇者様は『お楽しみ』になるってこった、良いよな女は! お気に入りになれたら安泰だ!」
「お楽しみ、って……」
「奴隷になって、覚悟はしてたけど……」
「結局、男なんてどれも同じなのね……」
どの道奴隷である彼らに拒否権は無い。言われた通りにドアをくぐると、生温かい空気が肌に触れ、脱いだものを入れる籠が並んでいた。そしてそのさらに奥には……
「こ、これは……!?」
奴隷たちは驚愕した。そこにあったのは陰惨な拷問部屋でも、欲望濡れの寝室でもなく、清潔な浴場だったのだ。
「まず体を浄めろってこと……?」
「な、なんだっていいわ! 体を洗うなんて何カ月ぶりか!」
最初困惑した奴隷達だったが、すぐに暖かい湯に飛び込み、溜まった垢と汚れを落とす。浴室には石鹸とスポンジまで置かれており、奴隷たちは久しぶりの……生まれた時から奴隷だった者にとっては生まれて初めて、泡で体を洗うという体験をした。その声を裏で聞き、ほくそえむ勇者……
「くくく、やっぱりな……洗脳ってのはまず相手を徹底的に打ちのめして落ち込ませるところから始まる。底辺奴隷なら、その辺りがすでに済んでる……いわば下ごしらえ済みってわけだ。後は最後の一押し、ちょいと優しくしてやりゃ……洗脳完了ってわけよ」
だが、勇者の策略はこれで終わらない。次の一手を、既に打っていた。
「服だ……服が置いてあるぞ」
「柔らかい、それにこれは……何て綺麗に染めてあるんだ」
「この下着、まさか木綿じゃないか!?」
奴隷たちが入浴している間に、勇者は新たな服を用意していた。男には紺、女には赤のジャージ上下。そして何の変哲もない綿の下着が1人4セットずつ。金貨一枚で全員分を揃えた安物だった。
「個性を奪うのも洗脳の一つっ……! 制服は簡単で効果が高い……同じ服を着てれば否が応にも所属意識ってもんが出て来るからな……さあ、仕上げだ……!」
赤々と燃える火の前で笑う勇者……風呂から奴隷たちが上がった頃を見計らい、彼らを洗脳する駄目押しを施さんとしていた。そこへ連れてこられた奴隷たちは、広げられた物を見て驚愕する。
「さあ、食えっ……! 焼肉だ……ビールもあるぞ」
奴隷たちはざわつく。香ばしい香りをさせる肉が、見たこともないソースが、食欲を刺激する。実際の所、半分以上は彼らにとって初めて見る物ばかりであった。しかしもはや慢性化していた空腹が、人間の本能が、これは美味い物だと彼らに突き付けて来る。その衝動に抗うことなど、出来ようはずもなかった。
「うめえ……うめえ……!」
「ああ、私夢を見ているの……? だとしたら、もう覚めないで、もうこのまま死んで良い……!」
「(くっくっく……! やっぱり底辺奴隷共、飢えてやがったな……研修の〆は焼肉と決まってる、堕ちない筈がない!)」
涙を浮かべながら肉を貪る奴隷たちを前に、勇者はこの研修の成功を確信していた。焚き火で下から照らされた顔に、邪悪な笑みを浮かべながら……
「えっ、全員ここで寝るんですか?」
「ああそうだ。寝袋もあるぞ……これから一緒に働く仲間になるんだからな、お互いの事を知っておけ」
焼肉を食べ終えた奴隷たちは再びホールに戻された。そこには人数分の寝袋が用意されていて、ランプが一つ、中央に置かれていた。
「(そして最後はこれっ……! 社員同士で身の上話をさせて『絆』を作らせる! 下っ端社員共は、お互いに仲が良い方がいい……そうしたら、辞めようと思っても『仲間』にかかる迷惑が気になって辞めにくいからなあ……!)」
完璧な『研修』だったとほくそえみながら、勇者は自室へと戻っていった。残された奴隷たちは寝袋に潜り込み、その温かさに息を漏らす……
「俺、賭博でとんでもない借金作っちまってさ……」
「私、親に売られたんだって……もう、顔も覚えてないや」
「もっとまじめに働いてればこんなことにはって、何度も思ったなあ……まさか、働くことさえできなくなるなんて」
「勇者様……」
「こんな俺たちに、風呂や温かい食事を……!」
「俺、生まれ変わるよ……昨日までの俺は死んだ! 俺は今日から勇者様に全力でついていくぞ!」
涙ぐんだ声や、小さくすすり泣く声がやがて寝息に変わっていく。『社員』たちの新たな人生が始まろうとしていた……
第二話 ブラック研修会 終