第十二話 ブラック企業は永遠に
「……はっ」
ニールが目を開けた時、雨の中進む馬車の中で寝かされていた。周りにはリンダ達同僚と、勇者の姿。
「お、俺は……」
「おう、起きたか」
「勇者様! これは一体……」
「あ~、治したんだよ。俺の恩寵でな」
時は少し遡る。ニールが目を閉じた直後、ユインは一つの決断を下したのだ。
「勇者様! 錠前を壊しましょう!」
「はあ? お前何言って……」
「金塊を恩寵の対価として用いれば、この傷も癒せるやも! 彼奴らが奪ったことにすれば……責任は私が取ります!」
「あ~……だがな……」
「私は勇者様に、感銘を受けました……そのあり方、私の身を賭けるには十分! さあ、他の者が戻らぬうちに!」
「(……まあ、国の騎士が良いっていうなら、良いのか? またリーダー決めやらなにやらするのも面倒だしな……)」
勇者は錠前を破壊し、中の金塊を1つ取り出す。
「(……重たっ。いやこれやばくね? ユインは良いって言ったけどよ、ぶっちゃけ下っ端だよな? 国の財産を使う権限とかないよな? いくら人命救助のためとはいえ流石に弁償とかはさせられるんじゃね? せっかく無借金経営だったのに意味無くならね?)」
「勇者様……」
「どうか……どうかニールを……」
「(つっても、今更止めるって言いだせない空気だしよ~……どうにか、最小限で済ます方法……! はっ、そうだ……!)」
勇者はあることに思い至った。そしてそれを実行に移す……
「ニールの傷が、塞がっていく……!」
「ああ、これが……勇者様の恩寵……!」
「よっしゃ、上手く行ったな。後は輸血しときゃ何とかなんだろ。よし、馬車に乗せとけ」
担架に乗せられたニールは馬車に乗せられ、その腕に点滴キットでO型の血液が輸血される。顔に血色が戻っていき、彼の命は繋がれた。
「(っぶねええええ!! 俺冴えすぎだろ! ここで……ここで……健康保険が通用するたあ!)」
健康保険。労働者の生活の安定と福祉の向上を目的とした制度である。勇者の恩寵は物だけでなくサービスも『取引』の対象とすることができるため、勇者はまず健康保険組合に加入、その上で外科手術を『取引』、さらに一定以上の医療費を支払わなくて済む高額療養費制度で消費を抑え、担架と点滴キット一式、血液製剤を、合わせて金貨数枚で用意したのだった。
「俺は……俺は、助かったんですね……」
「ああ、帰って療養したらまた働いてもらうからな」
「はい……! はい……! 勇者様、ありがとうございます……ありがとうございます……!」
ニールはただただ、涙を流した。勇者の慈悲深さに、命を取り留めたことに、また愛する者と共に生きられる喜びに。
ブラック企業は悪である。しかし人は幸せになるために働く物……だとするのならば、勤めている者が皆幸せだと感じているのならば、どんなに労働環境が悪くとも、それがブラック企業であるとは言い切れないのではないだろうか。たとえその動機が勇者の個人的な損得勘定のためであったとしても、勇者はニールの命を救った。世の中は結果が全てと言うのなら、勇者のもたらした結果は確かに良い物だったのだから。だが……
「(ククク……これで俺はニールに取っちゃ命の恩人ってわけだ。こりゃあもう一生搾り取れるんじゃねえか? これから新人を入れても、このエピソードがありゃ『実は社員思い』なんてイメージにつながるしなあ……!)」
馬車の中で勇者は反省もせずほくそえむ。人命救助をしたとは言え、そもそも銃などと言う扱いに長期間の訓練が必要な物をわずか一月の練習で使わせる時点でブラックであり、その上危険な現場へと連れて言ったあげく命の危機に曝す……会社としてあるまじき行為であり、それにより起きた事故の責任を取ることなど当たり前の事である。そもそも事故が起こってから泥縄式に健康保険に加入するなどもはやブラックを通り越して犯罪、暗黒の何か。しかし、異世界にそれを咎める者も取り締まる者も居ない。とどのつまり、ブラック企業は皆が受け入れてしまうから存続するのである。このまま勇者は増長しブラック企業はさらに拡大していくことだろう。それを阻止する、良識ある新たな勇者は現れるのか。ブラック社員達の洗脳が解ける日は来るのか。今はまだ、誰にもわからないのだった……
第十二話 ブラック企業は永遠に 終
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