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第十一話 ブラック労働災害


「出張メンバーを発表する! ボルグは固定として……まずはニール! 次にリンダ! それから……」



 勇者が社員に銃の練習をさせ始めて、一か月後。射撃やリロードの試験を経て、勇者に同行する四人が決まった。ボルグも含めて計六人のパーティーを組み、居残り組に見送られて出発する。ユインら王国の騎士とも合流して数日かけて国境線まで馬車を護衛し、そこで相手国の馬車と落ち合う……



「金塊を確認した。こちらは王の親書となる」


「……確かに。両王家の間に何ら遺恨なく、本債権は償還された」



 キャラバンのリーダーでもあるユインが、相手の運んできた金塊を確認し、装甲された馬車に運び入れたあと、鉛の鍵を錠前に刺したまま溶かして封印。その間勇者たちはそれを護衛し、ユインは取引が無事に終了した証書を相手の騎士に渡すことで、取引は無事終了した。



「あとはこの金塊を王都へ運び込めば全ては終了です。しかし……」


「そう簡単に行きそうにないから、俺が呼ばれたってわけだろ?」


「はい。そもそもかの国とは決して良好な関係というわけではなく……」


「あ~、政治の話は無しにしてくれ。どうせやるこた変わらねえんだろ?」


「はい、馬車を狙うものはすべて排除してください」


「そういうわけだお前ら! 敵が出たら練習通り狙って撃て!」

『はい!』



 意気揚々といったニール達。彼らを乗せたキャラバンは翌日、森の中の一本道に入る。



「それでニール~、リンダとはどこまで行ったんだ? ん?」


「いやあ、どこまでと言うほどの物では……」


「隠すなよ、ヤるこたヤってんだろ? じゃあ後は結婚するだけじゃねえか」


「け、結婚だなんて……! 私達……ねえ? 奴隷だし、そんな……」


「でも、勇者様が良いと言ってくれるなら……俺は……」



 セクハラの上にプライベートの侵害、社長の立場をかさに着て社員に悪質な絡み方をする勇者。その時、先頭を行くユインが何かに気付いた。



「勇者様、左を!」



 鎧兜を身に付けたユインが指すその先、木立の間に馬に乗った人影が複数。気づかれたとみるや、彼らは弓矢を放ち、ニール達が乗った馬車に2本、3本と突き刺さる。



「来やがったな! お前ら、撃ち返せ! ボルグ、例のアレを出せ!」


「今こそ勇者様のお役に!」


「やってやるんだ!」



 ニール達は馬車を盾にしながら、襲撃者に自動小銃で反撃する。けたたましい発砲音が森の中に響き、襲撃者たちとの射撃戦が始まった。武器の質では銃がある勇者達が圧倒しているはずだが、襲撃者は木に身を隠し、狙われていない時を見計らい矢を放ち、距離を詰めてくる。その様子を見て、ユインは叫んだ。



「勇者様! 相手は連携が取れています! 只の野盗ではありません!」


「どうだっていいんだよそんなもん! 敵は敵だろ!」


「俺達じゃ、勇者様のようには行かないのか……!」


「木に当たって、上手く届かないわ!」



 ニール達に与えらた銃は鎧を着た相手でも十分打ち倒せるものだが、弾は軽く、ほんの少しの力……例えば木の枝に当たった程度でも軌道が変わり、狙い通りには飛ばない。命中し倒れた敵も居るが、それでもなお多勢で馬車に迫る。



「よしできた! ボルグ! 馬車の上に置け!」


「あ、あい……」



 ボルグは大きな武器を輸送馬車の上に置く。人の身長程もある銃が、襲撃者たちの方向を向き、馬車の上に昇った勇者の手により火を吹いた。



「信頼と実績の! 50口径を食らいやがれえええええええ!!」



 車両に搭載するような大口径機関銃が重い音と共に直径1cmを超える弾を打ち出し、木の幹もろとも襲撃者をなぎ倒していく。



「凄い! 流石勇者様だ!」


「敵は怯んだ! 畳みかけるぞ!」



 ユインの指揮のもと、護衛していた騎士たちが敵に突撃していく。機銃掃射によって半壊している敵は這う這うの体で逃げ出していった……



「やったあ!」


「勝ったぞ!」


「流石勇者様だ!」


「俺達でも、戦えるんだ!」


 敵は打ち倒され、背を向けて逃げ出した。勝利を疑わずに諸手を上げて喜ぶニール達。しかし……



「動くな」


「きゃあっ!?」



 襲撃者の方に気を取られていた勇者たち。彼らの後ろに影が迫っていることには、勇者含め誰も気づかなかった。全身を黒づくめのぴったりした服で覆った、まるで忍者のような男が、リンダの背後から喉元に鋭い刃を当てていた。



「お前がこの国の勇者か。大した恩寵を持っているようだが、戦いは素人だな」


「や、やめろ! リンダを離せ!」


「おっと、動くなよ? 少しでも動けばこの女の首をかき切るぞ」


「はん……どこの誰だか知らんが、素人が聞いてあきれるぜ。真っ先にこの俺を殺りにこねえんだからな」


「この金塊輸送馬車は特別でな。魔法で今どこに居るかがわかるようになっているのだ。そして錠前も潰されていて開けることはできない……だが、砦を破壊するほどの恩寵ならば、馬車ごと破壊することも出来るだろう?」


「やると思ってんのか? 忍者野郎が」


「やらないというのなら、お前が大事にしている奴隷たちを一人ずつ殺していくだけだ。おっと、人質を殺した瞬間を狙おうとしても無駄だぞ? 俺の恩寵は『隠密』。目、耳、鼻、何をもってしても俺を感じ取ることはできん。今はあえて見せてやっているだけだ」


「恩寵? なるほどそっちも勇者ってわけか」


「そう言うことだ。さあ馬車を破壊しろ」



 当然、勇者はそんなことをするつもりはない。しかし……



「(ここで社員を見捨てりゃ、流石に馬鹿なこいつらでも反感を持つっ……! もちろん会社は業績が第一、社員なんぞ二の次っ! しかしっ……! それを表に出して良いか、となるとそれも違うっ……! 建前上は、社員を守っておかねえと……)」


「脅しだと思っているのか? ならまずはこの女を……」


「やめろおーーーっ!!」



 忍者がリンダの喉を切ろうとしたとき、ニールが動いた。まっすぐに突進して忍者の短剣を奪い取ろうとし……



「馬鹿め」


「あっ……」



 素早く翻した忍者の刃に刺された。ニールの胸に深々と埋まり、リンダはそれを愕然として見ているしかなかった。



「ぐううっ!!」



 だがニールは、忍者の腕をつかむ。血の染みが胸に広がりながらも、渾身の力で爪を食いこませるニール。彼は血を流しながらも叫んだ。



「勇者様っ……! 早く……! リンダだけでもっ!!」


「嫌……! ニール! ニールぅっ!!」


「ちっ!」



 忍者はリンダを突き飛ばし、自らの恩寵、隠密を発動する。自身の体重を含め重量制限が厳しく、武器も短剣一本持つのがやっとだが、あらゆる知覚に感知されなくなる恩寵。どんな攻撃も、見えていない相手には当たらない。これまで多くの敵を一方的に葬って来た忍者の切り札だった。しかし。



「(動か、ん……!?)」


「姿は見えねえが……そこに居るってことはわかるぜ! 死ねやあああ!!!」



 ニールの力は常軌を逸したものだった。忍者が何とかその手を振りほどこうとしたとき。勇者が馬車の上から突撃銃で弾丸をばらまき、ニールの腕の先の空間をハチの巣にする。一弾倉分撃ち尽くしたと同時に、忍者は屍となって地面に転がった。



「はっ、忍者が姿を見せた時点で終わってんだよ」


「ニール! しっかりしてニール!」


「勇者様! 何か……これは!?」



 敵は倒れ、異常に気付いたユインが追撃を他の騎士に任せ、戻って来た。そこには血を流すニールと彼に縋りついて泣くリンダ、そして焦る勇者の姿があった。



「ユイン! こう……あれだ! なんか傷を治す魔法とか無いのか?」


「この傷は……駄目です、深すぎる……我々は、せいぜい応急処置の魔法くらいしか使えないのです」


「じゃあ、治せねえってのか!?」


「残念ながら……っ……」


「ああああ! ニール! そんな!」



 この世界には魔法がある。勇者はそれに期待していたのだが、その望みも打ち砕かれた。流れ出る血と共に、ニールの顔から色が失せていく。



「お、俺……わかったよ、勇者様が、なんで……俺たちを連れて行こうとしなかったのか……こんな、危ない目に……遭わせないためだった、んだ……」


「ちくしょう……ニール! お前これからだったじゃねえか! 出世もさせた! 嫁も居て、これからだったじゃねえかああああ!」



 勇者は叫ぶ。出世のモデルケースとして優遇し、家庭を持たせて逃げられなくし、頑張ればああなれるという社員の餌として育て、これから搾取して行こうという矢先でのこの出来事……大損だったのだ。



「勇者様……勇者様は俺たちの事を考えていてくれたのに……!」


「俺達、自分の事しか考えてなかったんだ……俺達の傲慢がニールを殺したんだ!」


「ニール、済まない……! 俺たちが新人に嫉妬なんてしたから……!」



 同僚の嘆き。雨が降り出した空。それを見ながらも、ニールは呟く。



「リンダ、ごめんな……」



 ニールは、自分が不幸だとは思っていなかった。道を踏み外し、最底辺の奴隷となった自分が真っ当に人として扱ってもらい、恋人を持って、その彼女に看取られて逝けるのだから、自分には過ぎた幸福だと思えた。愛する女性を残して逝くことだけは心残りだったが、勇者ならば彼女を無碍に扱うことは決してないと確信していた。最後に、リンダの顔を目に焼き付け……ニールは目を閉じた。


第十一話 ブラック労働災害 終

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