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七話 路地裏を抜けた先には

「……お前、やったな?」


 路地裏を抜け、いつものスーパーが目に入るころ、ようやく斎藤が声を出した。


「ん?」


 その言葉の意味がよくわからず、絢斗は聞き返した。


「舟子さん、殺したろ?」


 斎藤は、絢斗が初めて見るような真剣な表情をしていた。その目力の強さに、なんとなく絢斗もつられて立ち止まる。


「死んだかもね」


 こいつ、こんな顔もするんだな。

 絢斗はぼんやりと考えていた。


「舟子さんが死のうがそうじゃなかろうが、草刈美舟を敵に回すってことはどういうことか知ってるか?」

「へえ、君そんな顔もできるんだ。そっちの方がモテると思うよ」

「とぼけんじゃねえ、お前、人を殺すのは初めてじゃないな?」


 格好いいとはいったけど、これはこれでめんどくさいと絢斗は苦い顔をした。


「別に、人の一人や二人殺しててもおかしくない時代でしょ」

「つまり初めてじゃねえ、ってことか。……もしかしてうちの組織の人間を殺したこと、あるか?」

「さあね」

「ちっ、またそれかよ。あー、面倒なことになったな。美舟さんにどう説明すっかな」


 だりー、と斎藤はその場に座り込んだ。スーパーの近くということもあって、それを見た通行人はそそくさと離れていく。


「ねえ斎藤。取引をしない?」

「今度はもっとまともな話なんだろうな。だりーけどしょうがねえ、いいぜ、聞こうじゃねえか」


 絢斗も斎藤に合わせて腰を下ろし、二人は向き合った。斎藤は地面に肘をついて手を組み、そこへあごを乗せた。だるい、と口にしていた割には少しわくわくしているように見えた。

 それに対して絢斗はアスファルトの上で正座を組み、斎藤を正面から見つめ返した。


「僕への質問をすべて返そう。その代わり、お前はこれから僕と手を組んでほしい」


 絢斗は、彼が転校してきたときから悩んでいた。彼を仲間に引き入れるかどうかを。二年前はただ自分が殺すターゲットであったが、こうもして自分に近づいてくるということは逆に僕に対する興味を持っているということだ。ならば、僕の近くにいさせるといって、仲間にしてしまえば万事解決だ。

 彼の性格を観察している限り、変人ではあるが常識はありそうだ。そして、僕と敵対している組織の情報を持っている。なにより、力がある。仲間にすれば、僕の目標が大きく前進しそうだ。確かにその素性は明らかに不安だけど、それをはるかに上回るメリットがある。

 組織の情報は昔から力を入れて調べているが、わかるのは表層的なことばかりだ。組織のやつらとはこっそり絡んだりはしているが、あいつらは能力で制限か何かをかけられているらしく、ピロートークのときですら組織のことを話さない。せいぜい自分の成功体験をマウンティングしてくるくらいだ。

 一方斎藤とやらは、組織でも普通でない立ち位置に見える。先ほども草刈の部下という情報を明かしたり、コードネームではあろうが、敵の名前を明かしたりするなど、束縛はされていなそうだ。僕に興味があるようで、ただ監視や、殺しにきたというわけでもなさそうだ。そして、アキに興味がなかった。これは非常に大きい。アキはしばしば、組織から狙われる。それは、アキの能力は非常に強力で、今後世界に訪れる変化に対して必要になるかららしい。


「ふーむ、どうしてやっかな」


 ただ、僕からすればそんなことは関係ない。どうして人畜無害なアキが組織の下で、戦わされなければならないんだ。アキには一生、幸せなまま、他人と争わないで、生きていてほしい。それを組織が邪魔するなら、組織がいくら正義と()ろうとも、僕はアキのためだけに組織を滅ぼす覚悟がある。


「僕の能力や、草刈美舟と僕の関係。君にすべてを打ち明けよう。その代わり、契約を結ぼうじゃないか」

「お前のことも確かに興味あるんだけどなあ、最近はもっと別のことが興味出てきてよ」


 別のこと、とは何だろう。僕に不利益なことでなければいいんだけど。

 一世一代ともいえる取引をもちかけ、絢斗の心臓はばくばくと音をたてていた。


「それは」

「……それ次第じゃその提案も、のってやってもいいと思ってる」


 ずいぶん大きく出た。斎藤にとってこの取引はたいした得にならないというのに。だからこのあとにいくつか他の提案をしようと思っていた絢斗は続きを待った。


「ぜひとも、教えてくれ」


 斎藤は、非常に迷っていた。言おうか言うまいか、普段さっぱり物事を述べる彼にしては目是らしく葛藤している。

 スーパーの自動ドアが開閉する。スーパーの中から風が吹きつけてくる。また扉が閉まる。絢斗は所在なさげに下を向いた。

 そしてまた、扉があいた。ようやく決心がついたのか、斎藤が口を開いた。いよいよか、と絢斗は場の雰囲気に身体をこわばらせる。


「俺が知りたいのは、お前と――」

「お、斎藤とアヤじゃないか! こんなところで偶然だな!」


 スーパーから出てきたのはなんと、ケースを両手で抱えた明穂だった。


「え、アキ……?」

「楠明穂か。ちょうどいいときにきたな」


 絢斗は突然の姿に戸惑った。明穂が外に遊びに行くときは大抵、図書館に行くのでまさかスーパーにいるとは全く思ってなかったからだ。絢斗があたふたとしていると、斎藤が明穂に声をかけた。


「なあ、お前らっていつからの付き合いなんだ?」

「私たち? ちっちゃいときからだぞ!」

「斎藤、それはどういう狙いの質問なの」


 明穂がしゃべろうとするのを阻止するように、絢斗は斎藤に質問を返した。絢斗と斎藤がにらみ合うと、明穂は悲しそうにしていた。


「斎藤とアヤは仲が悪いのか?」


 ポツリと、涙を目の端に浮かべながら明穂は二人に問いかけた。斎藤は少々めんどくさそうに答えようとしたが、明穂の表情を見た絢斗は慌てて答えてしまった。


「そ、そんなことないよ! 僕たちは仲良しだからね!」


 は、と怪訝な顔をした斎藤の手をとって、絢斗はニコニコと首を振った。その様子を見ると明穂はすぐ笑顔になった。


「そうか! それならよかった!」


 絢斗はほっと胸をなでおろした。突然仲良しということにされた斎藤は抗議しようと明穂に訂正しようとするが、明穂はケースの差し出して言った。


「これからアヤの誕生日をサプライズでお祝いするつもりなんだ! 仲良しだったら斎藤もどうだ? きっと楽しいぞ?」


 サプライズ、るんるん楽しそうに明穂は告げた。

 斎藤は絢斗が恭誕生日ということにまず驚き、そしてサプライズを本人の前でばらしたら意味ないんじゃね、と心の中でつぶやいた。


「あ、今日は僕の誕生日か。アキ、今年はサプライズでお祝いしてくれるんだね!」


 先ほどまでの会話が嘘のように、絢斗は純真無垢な児童に転身していた。


「そうだぞ! ここにほら、忘れてた飲み物も買ってきたんだ。家にはケーキもクラッカーもあるから一緒に帰ろう、アヤ!」


 絢斗はさりげなく明穂からケースをもらい、片手でかついで空いた片手は明穂の手とつないだ。

 すたすたと自分を忘れて歩いていく二人に、斎藤は慌ててついていく。


「去年はいちごのショートケーキだったよね。今年はどんなケーキかなー」

「ふふふ、チョコ……じゃなかった、それは帰ってからの秘密だぞ」

「えー、なんだろうなー。あ、そういえばこのケースってもしかして白ブドウジュースの詰め合わせ?」

「そうだぞ! アヤはいつも白ブドウのジュースが好きだからな! お店で交換してきたんだ!」

「わざわざアキのお父さんがこのメーカーの、用意してくれたんだね。それでアキが買いに行ってくれたなんて、すっごくうれしいな」

「喜んでくれてよかった! アヤがうれしいと、私もうれしいぞ!」


 いちゃいちゃ、いちゃいちゃと会話をしている二人を、斎藤はうらやましそうに見ていた。

 二人の会話をしばらくきいていたが、ある時声をかけた。


「なあ、俺の本当の名前を教えてやるよ。教室では斎藤でいいけど、お前らだけの時はこっちの名前で呼んでくれ」

「どうでもいいよそんなの。アキ、いこ」

「アヤ、人の話は聞かなきゃだめなんだぞ!」

「はーい」


 こいつ、とぴくっと青筋が浮かんだが、こちらを笑顔で見つめる明穂に毒気を抜かれ、ぶっきらぼうに斎藤、いや、西条は言った。


「俺は、西条侘助さいじょうわびすけという。俺のばあちゃんがつけてくれた大切な名前だ。これからはこっちで呼んでくれ」

「西条か、わかったぞ!」

侘助わびすけってなんか古臭くない?」

「古風といえ、古風と! 風情がある名前だ」


 ふん、と鼻で笑う絢斗に西条は文句をつけようとする。


「よろしく、ワビ」


 しかし、きれいな瞳で射抜かれて、西条は上手く言葉が続かなかった。

 これから二人と共に走る。

 そう誓った西条だったが、絢斗の美貌にどう対抗するか、さっそく対処に頭を抱えるのだった。

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