六話 乱入者から逃げる、そして協力する
「能力は好きに使っていいって言わなかった!?」
「……そのはずなんだけどな」
明穂が家を出たのとほぼ同刻、戦っていたはずの彼らは追っ手から逃げていた。
「こら待てー!」
スーツを着た女性が二人を追いかけていた。脇に小型の箱を抱えてドタドタと走っている。
能力を使ったバトルを繰り広げていた二人に突如乱入してきたのがこの人物だった。
「感知装置、観測装置はしばらくつぶしといたんだが……」
「あの人持ち歩いてるけど!?」
スーツの女性が抱えている小箱を指さして絢斗が言った。重そうな小箱をなんなくもって女性は走っているが、あれは普通の女性が持ち歩けるほどのものではないはずだ。重さ的にも、その装置の重要性的にも。
「……あー、あいつはあれだ、特別扱いの部門のやつだ」
それを言うのに斎藤はためらったが、事実を若干濁して絢斗に告げた。
夕焼けが届かないような裏路地を走りながら、二人は後ろをしばしば確認するが、スーツの女性は息を荒げながらもまだ余裕のありそうな感じで着いてきていた。
どうする、と絢斗が打開策を考えていると、彼の端末に連絡があった。画面に表示された名前を確認して、電話に応答した。
「もしもし、絢斗サンですか!?」
「用件は」
ぜーはーと肩で呼吸をしながら絢斗は応答した。電話の相手は伊緒だった。
「すんません明穂が買い物に行きました!!」
「……伊緒、君にアキを今日は外に出すなと命令したはずなんだけど?」
「それがどうしても止められない用件でして」
明穂のサプライズパーティーということをばらすわけにはいかない。胃がキリキリと痛むのを感じながら、伊緒はなんとか絢斗に撤退を勧める。
「その様子だと絢斗サン、失敗した感じですよね? なら全力で帰宅してください!」
耳から端末を離していても聞こえるその声に、横で走っていた斎藤が気に掛けるも絢斗がしっしと追い払う。
「帰宅? アキを迎えにいけばいいんじゃない?」
「あー、とにかく帰宅です、撤退で!!」
伊緒は後で絢斗にどやされることを覚悟して、明穂の都合を優先した。普段だったらせめて最低限の説明は加えるが、今回は間違っても絢斗が明穂に遭遇しないように、更にきちんとパーティーが今日中に家で行われるように、とにかく帰宅を急かした。
「……それなりの理由があるんだろうね?」
「そうです! 察してくれてありがたいです!」
「わかった。追っ手を撒いて帰宅する」
「無事転校生から逃げ切ってください!」
「あー、転校生は今は味方。別の敵に追いかけられてる」
「え、それってどういう」
こと、と言い切る前に絢斗は電話を切った。
「そちらさんが本命の子かな?」
「さあね」
走りながらも余裕そうな斎藤が訊いてくるが、絢斗はそれを無視した。また誤魔化されちったと斎藤は残念そうにするが、絢斗はそんなものに構っていられなかった。
今絢斗はどうやって追っ手を撒き、どうやって斎藤を振り切るかを考えていた。追っ手の見た目は普通の女性だが、チェイスを続けてしばらく経っているのにもかかわらず息があがっていないのを見て、つわものであると判断していた。そして斎藤だが、絢斗はこちらの方を厄介視していた。
調和という全貌のしれない能力に、斎藤とらえどころのない性格。ただの能力者にしては身のこなしが軽やかすぎるし、この時期に転校してくるのも謎すぎる。二年前のあの時、確かに彼は能力を使用していた。ということは、僕と本当に同い年だったとしても、一年前の時点で僕と同じ高校、もしくは他の高校に通っていないと能力者としておかしい。
超能力看破の能力者たちが政府に雇われ、全国へ調査に出ている現代、十五歳程度の子供が能力養成所に所属していないというのは不自然だ。もし他の高校からの転校だったら、いくらやる気のないあの教師といえど、自己紹介のときにそのことに触れているはずだ。
「ん、そんなに見つめないでくれよ」
「ごめん、ごみが走ってるかと思って」
「あ?」
いつも軽口ばかりだが、今はそれが誤魔化しているように感じられる。
こいつは一体どんな存在なんだ。
「ねえ斎藤、逃げられそう?」
「俺だけならいつでも」
何とはなしに告げられる。特に変哲もないことかのように言われると、彼のスペックの高さを嫌でも認識させられる。
「今僕たちを追っかけてる人って、どんな人?」
「じゃあお前のことを教えてくれ」
そりゃそうなるよな、絢斗は溜息をついた。どの情報なら開示できるだろうか、脳内で計算を始める。なかなか答えが出ず、黙り込んでいると、それを見かねた斎藤が口を開いた。
「……一つだけ教えてやる。あの人は草刈美舟直属の部下だ」
「……あの、草刈美舟の……!?」
絢斗は驚愕した。彼にとって草刈美舟は、一般人が抱く思いとは別の感情の存在だった。
能力を持つ持たないにかかわらず、草刈美舟といえば、能力者の中でも随一の知名度の存在だ。その燃えるように赤い髪が特徴で、物事をズバズバ言う姿勢が非能力者からも尊敬されている。誰にでも頼られる彼女の部下といえば、みなからうらやましがられるだろう。彼女は国がつくった能力観察機関に所属しており、立ち場としては上の方だった。
「こらー、待ちなさいってー!」
どこにでもいそうな女性が、能力者の中でも選抜されたメンバーの一人なのだから、絢斗は驚いた。しかし、彼にとってはこれは良い知らせでもあった。なぜならこれは彼の計画に好都合であったから。
「手を貸せ斎藤、お前のせいだから責任はとってよね」
「はー、俺が協力する理由ないんですけどー」
「草刈美舟にお前の怠慢を報告する」
二年前の報告忘れに、おそらく組織に隠れて能力者とのタイマン。これは十分処罰案件だろう。特に、特殊なこいつの処遇上、うまくいけば罰は重くなるだろう。
えー、だりー、と文句をたれつつ、絢斗に問う。
「お前、どうやって美舟さんに報告すんの?」
「僕にしかない伝手があるんだ。これは脅しだけど、嘘じゃない」
「……ふーん、やっぱお前、面白い奴だな」
「お前に言われたくないな」
「は、そうかもな。わかった、お前の度胸と面白そうな人生に応じて、協力しようじゃないか」
「よし」
作戦変更だ。この場を逃げて、草刈美舟直属の部下を殺す。それが最優先だ。こいつの素性がどうであろうと関係ない、それが僕のすべきことだ。
「んで、どうすんだ? 俺は考えねーぞ」
「お前の能力であの感知装置と走っている僕を平均化させろ。静止している物体と走っている僕を引き合わせて調和することができるんでしょ?」
ほお、と斎藤は感心する。
「わかってんじゃねーか。それが考えなれるなら一人でも大丈夫じゃね?」
「確実性を上げるのが何よりも優先だよ。ほら、次の曲がり角でいくよ」
路上に積んであった段ボールの山を抜け、曲がり角に差し掛かった。
「いくよ!」
突如振り向いた絢斗と斎藤を見て、女性も立ち止まる。
「私の脚は狩猟豹が如く」
絢斗が飛び込んだのを見て、斎藤も詠唱する。
「対象:涼風絢斗、舟子。いーゔん」
その言葉と同時に、絢斗の加速は弱まり、舟子と呼ばれた女性の感知装置が絢斗に向かって吸い寄せられた。舟子は一瞬反応が遅れたものの、すぐに手を離れた装置に向かって走り出す。
なんて身体能力だよ、と絢斗は愚痴った。
そう、強化された絢斗と舟子は感知装置までほぼ同じ距離にいた。
絢斗が宙に投げられた装置に左手を伸ばすのを見て、舟子も両手を伸ばした。
「私の腕は創造人が如く」
舟子の両腕が伸び、身体ががら空きになったのを見て、絢斗はだらりと下げていた右腕に、腰に巻き付けていたナイフを逆手に握って、そのまま投擲した。
ナイフは二人の速度をはるかに超えて、ビュンっと風を切って進んだ。
「え?」
舟子は、それが自分の胸に刺さっていくのを後ろ向きに空中へ倒れながら感じていた。
「悪いね、恨むなら草刈美舟を恨んでくれ」
感知装置を手に入れた絢斗は、無表情で彼女にそう告げた。