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五話 少女の目覚め

視点がうつっていますのでご注意ください。

 

――ピピピピ。

「夕方だよアキ、起きてー」


 オレンジ色の光がカーテンから透けている。そんなふんわりと暖かみの感じられる部屋の中で、少しうるさいほどの目覚まし時計が鳴っていた。部屋が閉め切られているため余計に大きく聞こえるのかもしれない。夕方に鳴る目覚まし時計というのは少し新鮮だが、遅めの昼寝をしている少女、明穂には朝夕かかせないものだった。明穂がアラームの音に眉をしかめて目はつむったまま枕もとに手を伸ばす。しかし手を伸ばしただけでは目覚ましまで届かなかったので、一人が眠るには大きめな布団の端の端までずりずりと身体をよじって進み、何とかお目当てのものにたどり着いた。


「まだ眠るならアラームをとめてね、アキ」

「ん」


 寝ぼけ眼のまま、明穂は精いっぱい手を伸ばし目覚ましを止めた。それと同時に絢斗の声も消える。どうやらアラームと共に聞こえた絢斗の声は目覚ましの一部だったようだ。周囲から音が消えて落ち着いた明穂は、布団の端で横向きになったまま、再び眠りにつこうとしていた。

 目覚まし時計に表示される時刻は、午後四時だった。眼が閉じられようとしたとき、また目覚まし時計が鳴った。


「あー、あー。……あ、もう録音始まってる? う、うん。よし。……アキ、起きて―! 今日は、絢斗サンの誕生日だよ! パーティーするんでしょ? 起きてー!!」


 声としては高い方であるが、聞いていて不快にならない不思議な声が夕暮れの部屋に響き渡った。震えているようで、芯を強く持った聞く人を魅了してしまいそうな声が、はっきりとその呼びかけを繰り返す。


「ほらアキ、起きて―!!」


 うん、うん。と閉じていた眼を再度開く。オレンジ色のカーテンにまず目を取られ、しばらくそれを見つめていたが、はっと何かに気づく。

 あ、アヤの誕生日だ! 起きなければ!

 先ほどの間でのけだるさが嘘のように明穂は跳び起きる。時計で時刻を確認してまだ大丈夫、とつぶやき、学校帰りに脱ぎ棄てたままだった制服を着て、寝室を出た。木造のしんと静まり返った廊下を歩き、キッチンまで向かう。ドタドタと走り回る音が家中に響き渡る。夕日が差し込む風情のあるバルコニーを抜け、和室のふすまを通り、ようやくキッチンについた。

 冷蔵庫の中にケーキがあることを確認し、明穂は無垢な幼児のような笑顔を浮かべる。これは絢斗が計画を練っている昨晩のうちに、明穂がこっそり買ってきたものだ。明穂は、絢斗が毎年自分の誕生日は盛大に祝うけれど、絢斗の誕生日は本人が忘れているようなものだったから、今年こそは祝福すると前々から決めていたのだ。


「ケーキは大丈夫。次は……えっと、なんだったか」


 あれ、と自分のぽっかりあいた記憶に明穂は首をかしげる。うーん、と冷蔵庫の扉を閉めると、扉にはメモ帳が貼ってあった。


「あとはクラッカーとろうそくか!」


 そこには明穂が用意するべきものが書かれていた。これも忘れっぽい自分に対して明穂が事前に用意していたものだった。


「クラッカーは和室のふすまで、ろうそくはバルコニーのクーラーボックスだ」


 指さし確認をして、小さく明穂はつぶやいた。自分の中にかすかに残った記憶とすり合わせて、何か抜けてるものがないかメモ帳をじっと見つめる。

 うーん、と首をかしげて明穂は考えていると、明穂は気づいた。


「あ、飲み物がない!」


 パっと目を見開いて、キッチンから廊下へ走る。そうして今度は書斎のような部屋にたどり着いた。扉をガラッと開けると部屋の中は本や書類、チケットのようなもので埋め尽くされていた。膨大な数の紙束に覆われ、部屋に入るのもどうか、という状態だったが明穂は気にせず侵入する。そして数秒ほど考えるそぶりを見せたら、すたすた歩いて左奥に向かい、棚に引っかかっていた券のようなものを数枚手に取った。

 用は済んだとばかりに部屋を出て、今度は玄関に向かう。手になにかの券を握り、ずらーっと並んだ靴の中から適当に見もせず履けた靴を履いて、家の鍵もかけずに彼女は外に出た。


 玄関から入り口までの間に、ポツリと人が一人いた。彼女は明穂をちらりと見ると、ゆっくりと近づいてくる。彼女の容姿は夕日のオレンジ色の下で、よく目立った。まず目に入るのは真っ白としか形容できない髪。肩で切りそろえられた髪は、風に揺られてゆらゆらと漂っており、時折ちょこんと小さな耳が見えた。そして明穂をじっと見つめるその瞳は、レモンイエロー、もしくはカナリヤ色とでも言えばいいのだろうか。らんらんと輝くその様は、ぞっとするほどきれいだった。

 不気味ともいえる非常に目立つ容姿の彼女に対して、明穂は笑顔で告げた。


「伊緒、飲み物買いに行ってくる!」


 彫像のように美しい彼女の名前は、天音伊緒あまねいおという。明穂とは同じ所属の友人であり、お互いかなり仲がいい。


「ん? もう冷蔵庫なかった?」


 震えているようで、はっきりしているその声は、先ほどの目覚ましに吹き込まれた声と同じであった。明穂は絢斗の誕生日に向けて、自分がちゃんとできるよう事前に伊緒いおに頼んでいたのであった。


「アヤのお誕生日ぱーてぃーの飲み物がなかった!」


 ででん、と明穂は胸を張って答えた。別に胸張って答えることじゃないよ、と伊緒は軽口をたたいた。

 そこであ、と気づき言葉を漏らした。


「今日は絢斗サンの誕生日……? やばい!!!」


 黙っていればお嬢様と間違えられるかもしれない伊緒は、両頬を両手で抑えて絶叫した。


「忘れてたー!! 絶対絢斗サンに叱られる!!」


 顔をプルプルとふるわせて絶望の表情を浮かべる。五月の初めにしては冷たい風が吹いたような気がした。

 それに対して明穂は不思議そうな顔をして尋ねた。


「アヤは自分で誕生日を忘れてるくらいだから、怒らないと思うぞ?」

「あ、いや、それは確かにそうなんだけど……」


 あはは、とひきつった笑みを浮かべて伊緒は顔色を真っ青にしていた。それを心配に思った明穂が追及しようとすると、伊緒が急におなかを抑えた。


「ちょ、はらいた! トイレいってくる!!」


 明穂の返事もきかずにぴゅーっと伊緒は家の中に駆け込んでいった。明穂は伊緒についていくか迷ったが、とりあえず当初の目的を達成すべく買い物に出かけることにした。

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