四話 待ち合わせは駅前で
次話視点移動につき短めです
「こんな街中で二人きりなんて、彼女に心配されないのかい?」
絢斗が計画を練り終えた次の日、駅前に彼らは習合していた。斎藤はダボッとしたTシャツにジーパンと戦闘にはあまり向かなさそうなラフな服装なのに対して絢斗は上下ともにスポーツウェアを着こなし、準備は万端に見えた。
「あいにく彼女がいないものでね」
スポーティーでかわいいね、と言われるのを無視して絢斗は返した。
日差しが隠れたビル街の駅に、二人はいた。仕事から帰ってくるにはまだ早い四時頃のオレンジ色の雲がなんとなく目になじんだ。
「ああ、確かにいるなら彼氏かもな。その顔なら引き取り相手はたくさんいるだろ」
「そっちは金もった汚い大人に汚されそうな生意気な面してるね。組織で働くよりそうした方が懐は潤うんじゃない?」
「はっ、俺を生意気呼ばわりしたのはお前が初めてだぜ。どこからどう見ても俺は人様を傷つけない優しいおカオをしているってのによ?」
「お前からは不調和が漏れてるんだよ。しかもこれ、能力でしょ? うまく使えばろくに給料も払わないボランタリーを詐称してる組織にいる必要もなくなると思うけど」
能力、という言葉を出した絢斗にお、と斎藤は関心を見せた。ポケットに突っ込んでいた手の片方を外に出した。
「おあいにくさま、そんな便利な能力じゃなくてね。お気遣い、身に沁みますってやつだ」
「懐が寒いから僕の気遣いはあったかいだろうね。普段の任務の給料、あげてもらえば?」
「そんなに組織の金払いが気になるか? まあ教えてやってもいいが……」
ニヤリ、と絢斗を見て意味深な笑みをつくる。
「まずはお前のことを教えてもらわなくちゃな。能力は好きなだけ使っていいぜ」
夕暮れの街に、非日常が訪れた。
「一般人を巻き込むつもり!?」
斎藤が取り出したのは拳銃のようなものだった。これは、非能力者が有事の際能力者を制圧できるよう最低限の火力を持った、対能力者専用の武器だ。民間業者が開発したものの、コストの都合上大量生産すらできず一部富裕層の趣味品となっているはずだった。
組織の連中が買い上げていたのか、とその程度の情報すら把握していなかったことに失望を感じるが、そんなこと考えている暇はないと思考を打ち切り、絢斗は斎藤に背を向けた。対面三メートルの距離を利用して、路地裏に走る。
弾丸に当たってしまうと、しばらく能力が使えなくなってしまう。能力による自己強化がなくなってしまえば、絢斗はただの一般人になってしまう。己を鍛えている彼であるが、美しい容姿を損なうほどのトレーニングはできないので、素の能力としてはあまり高くないのである。
「いくよ」
まだ追ってきていないと絢斗は足音から斎藤の状態を判断していたが、その声はずいぶん近いところから聞こえたような気がした。
ばーん、と軽い声から鋭い銃声がビル街に響いた。
「いーゔん」
銃声の前に咄嗟に路地に飛び込んでいた絢斗だったが、その身体が斎藤の声とともに無理やり加速させられた。
ズザーっと勢いよく地べたに身体を投げ出される絢斗。飛び込んで受け身を取ろうとしていたものの、急な加速に身体は追い付かず、スポーツウェアは擦り切れて、地面とこすれた肌がめくれて出血していた。
「加速させすぎたかなあ」
のんびりとした声に絢斗は恐怖を覚える。サイコパスかよ、と自分の肌の様子を確認しつつ吐き捨てる。日頃からケアを怠らずに見た目を保っている彼としては、最悪の気分だった。
頭の中に叩き込んできたビル街の地図から、あの日の裏路地に行く最短ルートを導き出す。
「おら、きちんと着いて来いよサイコパス!」
清廉な声が激しい怒りを帯びている。絢斗の決死の逃避行が、始まった。