三十二話 復讐の理由、燃え上がるもの
あらすじを掴みやすく変更いたしました。
※旧あらすじ
能力者と呼ばれる存在が台頭してきたこの時代、まことしやかにささやかれる噂があった。
――曰く、その容姿は天使のように美しく。
――曰く、その能力は誰もを寄せ付けない。
そして、性別不明なその人物こそが、異能世界の実権を握っていると。裏世界で生きる人々はその存在を渇望した。いつの日かまた、あの時のように力を解放したいと。能力者を統括する政府は、その存在を絶望した。あの日の悲劇がまた、繰り返されてしまうと。
三者三様の想いが入り乱れる中、最強と呼ばれる彼はその力を振るい始める。
「僕はただ恩人を守りたいだけなんだけどなあ」
たった一人の為に、その手を汚す。騙られる真実はみな、見目麗しい彼の手のひらの上。少女のような容姿を掲げ、世界を歩む彼の、ダークサイドストーリー。
「作戦はそれでよろしいのですか?」
「心配までしてくれるとは結構なことだね」
敵三人に対応して、僕らもそれぞれの相手に向き合ったところで、目の前の女からはそんな言葉が漏れた。
「あなたの能力は、私の身体能力に劣ります。勝算があるようには思えません」
はっきり思考を伝えてくる女だ。味方としても敵だったとしても、素直なやつは扱いにくい。でも、素直なやつを誘導することが出来れば、僕の優位となる。
「そうかもね」
背後で起こる戦闘音を一切シャットアウトする。余計なところに割く思考のリソースはない。
絢斗が集中すると同時に、舟子はうーん、と指を顎に添えて宙を眺める。そしてポツリと言葉をこぼす。
「身体強化ではあるのでしょうが、いかんせん強化の幅が弱すぎますね。能力自体が弱いのか、それとも他に何かあるのか」
敵にまで弱いといわれてしまうのは何とも悲しいけれど、仕方ない。この身体強化は部位ごとの細かい指定がいるし、使用した後の疲労がすさまじい。これまでの作戦から明らかだけど、僕は長期戦ができないのだ。身体強化を一度した部位は、その日中に再度使用すると身体にとってかなりの負担になる。寝首をかくか、短期決戦しか僕のとれる手段はないわけだ。
絢斗は舟子が頭を働かせている間に次の作戦の支度をする。
「姐さんとの関係は知りませんが、その様子だと復讐をするために結構な年月が経っているようです。ということは能力の鍛錬不足ではないでしょう。つまり、あなたの身体強化は本来の能力の副次的なものに過ぎないということでしょうか」
二度目の戦闘でここまで見抜かれるのは、さすが草刈が選んだ部下たちの筆頭だ。今までの相手は出会い頭に処理してきたからわからなかったけど、長期戦となるとこういったことも増えるのだろうか。
舟子の視線がまた絢斗とぶつかったとき、絢斗は距離をつめる。地を踏むのは最小限に、軽いステップで駆けだす。両手で槍をしっかり握りしめ、下からえぐるように突き上げる。
「やあっ!」
「軽いですよ」
短槍は鋭い軌道を描くも、軽々止められてしまう。絢斗が全身で槍を押し込もうとするが、舟子はびくともしない。
馬鹿力がすぎる。同じ人間に思えないほど力がやばい。全身が筋肉で出来ているに違いない。
絢斗は心中で罵倒をしながらも、動くのを止めない。槍を引いて、今度は足元へ向けて突く。
「軽いし、遅いです」
スーツの女は慌てた様子も見せず、槍を避ける。絢斗が槍を引き戻すより早く、舟子が右足を振るう。
ドゴンと鈍く低い音が町中に響いた。
絢斗は驚きに目を見開く。心臓の音がいやに大きく脳内を侵す。
僕は今、何をされた?
宙に舞った体、着地の衝撃で感じる痛み。そこでようやく自分は目の前の女に蹴り飛ばされたのだと気づいた。
「……ほんとに化け物だね」
「昔からよく言われます」
かはっ、と口端から血を垂らす。地面に手をついて立ち上がる。手元を見ると、槍はなかった。そこで舟子を見ると、彼女の足元に槍は落ちていた。
絶対に落とすな、といわれたのに。常に意識をして強く握っていたのにこれか。
絢斗は己の力不足に嘆きたくなるが、何とか踏ん切りをつけてぐっと歯を食いしばる。
「素手で一発、打ち込んでもいいですよ」
鍛錬に励んだ自分の時間全てを、侮辱する言葉だった。常に冷静にあれ、と唱えている絢斗だがこれには思わず舌打ちする。
「スーツが汚れるけど、いいんですか?」
「あなたの一撃程度なら、気にするに値しないでしょう」
舟子は真顔で、どうやら本気でそう感じているようだった。ギュッと絢斗は拳を握りしめる。侮辱を重ねられ、彼は怒り狂っていると思うとそうではなかった。
槍を手放した途端、ターゲットは強気になった。ということは、あのなんでもないと思ってた槍にも少しは意味があったってことかな。それなら槍を急所に刺すことさえできれば、致命傷を与えることができるかもしれない。
絢斗の目は、戦いに燃えていた。復讐を誓ったあの日、同時に守る人ができた。その時からずっと、我慢に我慢を重ね、日々の活動ではただ効率的に行動していた。その彼が今、感情を揺さぶる強大な敵の前で、己の想いを震わせている。
「なら、遠慮なく」
舟子の態度に負けず、絢斗も強気な態度で応える。何も持たない状態ではあるが、そのまま拳を振りかぶる。
舟子は眉をひそめて絢斗の様子を窺うが、特に構えることはせずぼんやりと拳を眺めている。
「動け」
拳が鼻頭に触れようかとする直前、絢斗が詠唱する。聞きなれない発音に舟子は目をかっぴろげる。
絢斗の言葉と共に、パンプスの傍に転がっていた槍が呼応する。槍は、スーツを伝うようにして目的地まで吸い込まれていった。
バシッと物体が強くつかまれる音がする。
「……素手といったでしょう」
「僕は確かに素手だけど?」
舟子は絢斗に背中を向けて、短槍を掴んでいた。穂先を握る手のひらから赤い液体が流れるのが絢斗から見て分かった。
「すさまじい悪ガキですね」
「僕は提案に基づいて、正々堂々と動いただけだよ」
はあ、と舟子が溜息をつく。がっくり肩を落として絢斗に向き直り、真っ黒のジャケットを脱いだ。地面に落ちるとき、ドサッと重みを感じる音がした。
「では、ここまでがハンデということで」
いつの間にか、二人は一本道で向き合っていた。
「それで結構」
どこか嬉しそうに絢斗は声を発した。
狭い路地に、二人の男女が己が信念を貫くために拳を握っていた。再びの開戦を迎える前に、一瞬表情を崩して舟子は問う。
「……あなたは、どうしてこんなことを?」
うつむき気味の絢斗の視線は見えない。
「どうしてって?」
声のトーンに違和感を覚えるも、舟子は続けた。
「あなたはなぜ、姐さんに関係ある人を狙うんですか?」
絢斗が計画を実行するよりも前から、機関にはとある噂があった。
「姐さんに恨みがあるなら、姐さんを狙えばいいのではないですか?」
それは、草刈美舟、現代最強の名を冠する能力者に関連する噂だった。
「あなたが復讐をする理由はわかりませんが、姐さん以外の人を狙うというのは、機関としては許しがたいです」
彼女と関わる、怪しい噂を持つ人物が次々に殺されているという。機関も最初は偶然だと取り合わなかったが、その人数がかさむにつれて腰を入れるようになる。
「……それは、本気で言ってる……?」
そして二年前、草刈美舟と関係をもつ人物の中でも、機関に所属しない彼らが全員消息不明となった。その足取りを残さない見事と評するしかない仕事は、能力者によるものだと機関は断定する。
それと同時に、機関が黙認する能力者たちの掃きだめ、裏世界ではまことしやかにささやかれる噂があった。どうやら、それを成し遂げた者に関する噂らしい。
――曰く、その容姿は天使のように美しく。
――曰く、その能力は誰もを寄せ付けない。
そして、性別不明なその人物こそが、異能世界の実権を握ろうとしていると。裏世界で生きる人々はその存在を渇望した。いつの日かまた、あの時のように力を解放したいと。機関は、その存在を絶望した。あの日の悲劇がまた、繰り返されてしまうと。
「あはははははっ!」
突如、狂気的な笑い声が響き渡る。
「気でも触れましたか」
目を細めて舟子は距離をとる。絢斗はカッと目を見開いて、矢継ぎ早に叫ぶ。
「気が触れてるのは草刈の方だ! あいつが、あいつがみんなを殺した! 全部、あいつがやったんだ!!」
絢斗のか細い体躯が暗い思い出に震える。全身から嗚咽が漏れる。あの日誓って体内にしまい込まれていた感情が、津波のように押し寄せてくる。
「復讐を本人にしろというなら、まずはその本人のした仕打ちをすべて知ってからにしてくれっ!!」
言葉と共に、絢斗は息を飲み込む。
また、二人の視線がぶつかる。
「それが、あなたのされたこと、というわけですか」
絢斗がされたこと、それを彼は復讐という形で再現しようとしていた。そう、舟子は理解する。
舟子の言葉に絢斗は反応を返さない。静かに、言葉を投げる。
「僕の能力、最近本調子じゃないんだよね」
「それが、どうかしましたか」
「それはいろんな理由があるんだけど、一番大きいにはしばらくしっかり使ってなくてさ」
絢斗のセリフに、舟子は黙って思考を働かせる。目の前の美しい少年が何をしようとしているか早急に理解する必要があった。
「だから、久しぶりに使うね」
舟子が推測するより早く、絢斗が笑った。舟子は咄嗟に後ろへ飛ぶが、絢斗はゆっくりと語る。
「天上天下唯我独尊、誰もが願うそんな世界。でも傍には誰かがいて我儘は通らないのが現実。だからたまには世界が、僕を聞いてくれてもいいよね」
ぶつぶつと独り言を喋る絢斗が、薄い壁に覆われたように感じる。舟子は肌に触れる大気が、場の雰囲気が急速に流れていくのを体感する。
絢斗が、それを発しようとした刹那だった。
「燃えろ、お前ら」
業火が、彼らを覆いつくした。そして、揺れる炎から人影が現れるのを絢斗は倒れながら確認するのだった。
もうすぐ完結です。もう少しだけ、お付き合いしていただけると幸いです。




