三十一話 再びの戦闘、開始
草刈に対する思いは、言葉に表せないほどのものがあるわけだけど、それを果たす第一歩が目の前に迫っていると考えると、自分を褒めてあげてもいいかもしれない。
絢斗は後ろに背負ったギターケース内の槍に触れる。
一週間のたたき上げだけど、おそらく戦闘に役立つときがくる。前回の戦闘で、正面から戦う場合の弱点を学んだ。ただでさえ非力な僕が多少身体強化をしたところで天性の持ち主には勝つことが出来ない。なら、一瞬でカタをつけるだけだ。戦略は前回と変わらず一点張りだけど、今日は手札を増やして鍛えてきた。そう簡単には捌かせない。
「ターゲットが目標地点まであとわずか。総員準備をお願いするわ」
端末から愛美の震える声が聞こえる。それに促されるように僕らも自然と身が引き締まる。
「あんま緊張すんなよ」
僕らを見て西条が肩をすくめる。それも仕方ない、今度こそ失敗はできないのだ。
プレッシャーを感じながらも、気休めに深く息を吸う。ひんやりと染み渡る朝の空気を肺に取り入れ、大きく吐いた。
「もちろん」
そして、西条に笑いかけた。
「……いくっすか」
「いきましょう」
僕らに続いてイオとソラも歩き出す。ターゲットはこの道路を越えた先、その曲がり角にいる。もう僕らの位置からも音が聞こえそうな距離だ。
ついに、その時は訪れた。
「行動開始」
愛美の合図とともに立ち上がり、前方へ身を投げ出す。アスファルトの道を行き、太陽が昇る方角へ駆ける。しかし、そこで僕らを待っていたのはターゲット一人ではなかった。
「……バレていたのか」
そこには、三人の男女がいた。二人の男性にターゲット、全く気配がなかった。確かに襲撃された後のターゲットに何の守りもないというのはいささか不自然ではあったが、だからこそ力を入れて調べたというのに。危険を冒してこの目で見たというのにも関わらず、情報と違うとは。
「あ、この間の方々ですか?」
立ちすくむ僕らに驚きもせず舟子というスーツ姿のターゲットは問いかけてくる。
完全に意表をつかれたが今回はしっかり対処法を考えてきてある。草刈の部下相手に計画通りに事が運ぶとなめてかかった以前の僕はもういない。そのためにこそ、仲間がいるのだ。
「イオ、ソラ、手筈通りに」
レモンイエローの瞳と、漆黒の瞳に目配せする。
「はいっす」
「了解です」
二人がうなずくのを見て、自分の能力に意識を集中させる。
「私の脚は狩猟豹が如く」
「いーゔん」
「どうやらしかけてくるようです、備えて」
舟子の言葉に応じて、男二人が戦闘態勢をとる。
草刈の部下たちが構える一方、絢斗たちはそれぞれ違った体制をとる。絢斗は長い髪を宙に舞わせて踊るように駆け、西条はダークブルーの瞳をギュッと細め身体に息をめぐらせて突撃した。
絢斗と西条が飛び出すのを見て、舟子は脇の男に指示を飛ばし自ら前に出た。
「ら……ん」
そこで、全身を闇に包んだ空が何かを囁く。絢斗と西条に気をまわしていた舟子はそれに気づくそぶりもなく目の前の二人に立ち向かう。
そして、彼らが触れ合うというときだった。
大地に根を張るようにどっしりと構えていた舟子が、突如身体のバランスを崩して膝から身を投げ出すように倒れこむ。
「舟子さん!!」
男が手をこちらにかざすのに合わせて西条が能力で妨害する。
「やれ」
西条の言葉を聞くよりも早く、僕は背中の槍を勢いのままに構える。今度はやわなナイフじゃない、やらせてもらおう。
柔和な顔をきりりと引き締め、絢斗は短い槍を胸に抱えてロケットのように突っ込む。
「私の腕は風を切り裂く」
詠唱と共に、絢斗の腕にも力が入るのがわかる。音がきこえるほど口が強くかみしめられてことから、絢斗がこの一撃にどれだけの思いをかけているかは一目瞭然だった。
「うおおおっ!」
か細いのどぼとけがぐっと下がる。まだ間もない朝の都市の空気に、絢斗の言葉が吐き出され混ざりゆく。
しかし、強い思いを抱いているのは絢斗だけではない。前回の襲撃で一方的にけがを負った舟子も、最強と呼ばれる能力者の部下筆頭として並々ならぬ決意でここまで来ていた。彼女にとってこの程度、危機ですらなかった。
「前回のようにはいきませんよ」
舟子の心臓めがけて迫ってくる短槍。それを前方へ傾きながらもしっかり目でとらえ、大きく口を開く。絢斗の槍が届くより早く、舟子の顔面が槍と向き合う。
ぎりり、と鈍い音が鳴る。
「……やっぱり化け物だよね」
「ほんあことあいれすお」
西条から譲られた槍は、舟子ががっちりと口で抑えていた。
おそらくそんなことないですよ、といってるんだろうけど、化け物に決まってる。この槍には何らかの加護がかかっているようで、ただ非力な僕が身体強化して扱っただけの威力ではない。これを正面からくらって受け止める相手はそう多くないはずだ。でも、目の前の化け物はバランスを崩しながらも歯で受け止めて見せた。それが、化け物じゃなくてなんだというのだろう。
「む」
がっしりと歯で獲物を捕らえた舟子に、場が静まり返る。すかさず西条が距離を詰める。それを見て彼女はもぎ取ろうとしていた槍をあきらめ、西条に相対する。
「スーツで動きづらくない?」
真正面からの攻撃、西条は固めた拳を鼻頭に叩き込む。
「慣れれば悪くないですよ。それに――」
拳を手のひらでバシッと受け止め、お返しとばかりに空いた手で殴りかかる。
「あ?」
西条は一歩後ろに引くが、すぐに距離はなくなる。
「ハンデくらい用意してあげませんとね」
西条が身体を逸らして躱そうとするが、舟子の拳の方が早い。黒い上品なスーツが筋肉でパツパツになっているのが絢斗から見て分かった。
ひゅるっ。
あわや頭蓋骨粉砕というところだったが、風に吹かれたかのように西条は後ろに倒れこんだ。これによって拳は鼻筋を擦って空気を貫いた。すさまじい風圧に西条は思わず目をつぶる。
「風の使い手がいるようですね」
空を切った拳を戻し、伊緒と空に視線を投げる。
「さて、どうかな。それよりお姉さん、ハンデなんてもらっちゃっていいの?」
探りから気を紛らわせるため、絢斗は問いを投げかける。目の前の相手に長考されたら厄介だ、手の内がバレるのはまずいと感じ、咄嗟の言葉だった。
絢斗の挑発的な問いを気にもせず、舟子はスーツが汚れてないか確認する。
「ええ、もちろん。遠慮しなくていいですよ」
にこりと園児に向けるかのような微笑みを浮かべる。余裕の姿勢を変えない舟子に、絢斗は眉を吊り上げるも、言葉を続ける。
「ちなみに、今どんなハンデが僕たちもらえてるのかな?」
子供を包み込むような笑顔に、悪戯っ子のようなやんちゃな笑みで答える。笑顔の二人だが、内情は実に恐ろしい。
「私は、スーツを汚しません」
タイトスカートの後ろをぱんぱんと払ってブラッシングまでする。
「ずいぶん余裕だね、もしかして潔癖症だった?」
「綺麗好きですが、潔癖までは。姐さんの指示です。次は、スーツ汚して帰ってくんじゃねえぞ、とおっしゃられてましたので」
姐さん、という単語に草刈の姿が想起される。
あいつは、僕のことをその程度にしか思っていないということだろう。なめられたものだ。今まで草刈に媚び続けて、その時を待ち望んでいた。今回こそが、雌伏の時が解放される第一歩だ。もう僕は、飼われるだけのネコじゃない。
「その上司だけど、性根から腐ってるから殺すか離れた方がいいよ」
「あなたにとってはそうかもしれませんが、私にとっては恩人ですので。撤退したほうが身のためかと」
売り言葉に買い言葉、草刈への恨みは収まりそうになかった。
「おい、各個撃破でいいか!?」
ふと聞こえた声に目を向けると、西条と伊緒が男たちと戦闘していた。僕が指示を出すはずなのに忘れていた、その提案を飲む。
「頼んだよ!」
そして僕は、正面の女とにらみ合った。




