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二話 やけにむかつく転校生に強い憎しみが再燃した

 二年前の因縁相手が転校してきたと思ったら席が隣になっていた。

 くすんだ碧眼が僕のにっこり笑顔でみつめてくる。平凡な印象を受けるのに容姿端麗という、認識のバグに頭が痛い。こいつの様子から考えるに、学校では静かにクラスのパーツの一部というように過ごすと思っていたがさっそく目立っていくなんて予想と違う。どこまでも僕をおちょくってくる奴だ。


「お、涼風の隣か。涼風が気に入ったか、斎藤」


 ニヤニヤと教師に相応しくない人の悪い笑みを浮かべている。こんな性格をしているが教師も一応能力者で、結構えらい立場にいる。絢斗あやととしては組織は大丈夫なのかと敵にもかかわらず心配している。

 教師の言葉にあははと苦笑いして彼はごまかした。


「アヤは私のことが大好きだから、斎藤は無理だと思うぞ!!」


 ふふんと立ったままであった明穂が胸を張ってビシッと斎藤に指を突きつけた。クラスの生徒たちはいつもののろけかとニヤニヤしながら様子を眺めている。

 斎藤はふーんと軽く流して、クラスの様子をぼんやりと観察しながら、とりあえず絢斗の隣に向かう。

クラスの雰囲気は悪くない。そして二年前の殺し屋は高校二年生で、恋人らしき存在がいるのか。と、斎藤は脳内で情報を整理していた。

 明穂は斎藤に無視されたことを非常に残念そうにしていたが、自分の横を通り過ぎる彼をじーっと見つめて何とか話しかけようとしていた。

 アキはいつでも人にやさしくあろうとする。それがみんなから好かれる理由でもあり、悪人から狙われる理由でもある。能力のある善人に群がる人々は善人とは限らない。だから僕はアキに近寄る輩を観察して、アキを守っている。アキはかつての僕を助けてくれた恩人だから。


「ふうん、そうなのか」


 教室がまた、普段の喧騒につつまれると、こいつはいつの間にか僕の隣の席に机と椅子を引っ張ってきて、堂々と座っていた。頬杖をついてこちらを見つめる様子は少し格好良かったがそれをはるかに超えるうざいという感情が押し寄せてきた。

 こいつ、僕のことが好きなのか。確かに僕は容姿が整っているらしいけれど、アキ以外の存在はごめんだ。アキ以外の女子が無理なのに加えて、男も大抵嫌だ。特にこいつはニタニタといやらしいから更に嫌だ。正直半径五メートル以内に存在してほしくない。


「そうだぞ、だから太郎はアヤと一緒になれないな!」


 はっはっはっと僕の前の席から高笑いを挙げるアキ。アキは僕のことを好きか触れてくれないのに、僕の好意はいつでもみんなに伝える。悪い虫がつきにくいからいいものの、アキの気持ちがわからないのは不安でしかない。僕はただ、アキが小さい時から傍にいるだけだから。アキが僕に対して好意を抱いているかはわからない。今はただ、僕の想いに返答してくれているだけな気がしている。


「そりゃ残念だな。じゃあ貴女はどうですかね?」

「え、私か?」


 思いがけず自分がその対象とされて、明穂はびっくりした。ちらりと絢斗の方を見て、ふるふると首を振って答える。


「私はアヤがずっとそばにいるから、無理だな!」

「それほんとに、アキ?」


 ドキッとさせられる発言に思いがけずアキに突っ込んでしまう。そうはっきりと好意のようなものを伝えられると心臓がタップダンスを踊ってしまう。


「ああ、だってアヤがそう言ってくれただろう?」


 目を細めて慈愛のような微笑みを向けられ、絢斗は一瞬で顔が真っ赤になる。正面からの好意に耐え切れず、絢斗はたまらず机にダウンした。普段元気にはしゃぐアキが、たまに伝える好意のようなものは彼にとって効果抜群なのである。

 二人の仲睦まじい様子をほほーとうなずきながら斎藤は観賞していた。素直な交流をあまり経験してきていない彼にとって、二人の交流は新鮮で、なんとなく心温まるものだと感じていた。

 こいつがあんな殺意を向けてきた黒フードだって信じられなかったけど、向日葵のような太陽の似合う彼女に全力の愛を持っていたら確かに、守るための手段として人殺しくらいはするかな。

 斎藤は幼いころから磨いてきた観察眼で、そうとらえた。


「よし、転校生も来たということで改めて、今週の連絡をするぞー。この三日間を乗り切ればゴールデンウィークだから、俺の手を煩わせるようなことはしないでくれな、頼むわ」


 ふああーと緩いあくびをしながら、教師は手短に連絡を伝える。連絡で特に重要なことはなく、せいぜい実技訓練の実施場所が変わるという程度だった。


「あい、連絡終わり。委員長、よろ」


 教師とは思えないぞんざいな振りだがそれを毎回律義にこなすのがうちのクラスの委員長だ。赤髪できりっとした瞳のため気の強そうな印象を受けるが、委員長を二年連続でこなしたり、よく生徒の相談役になったりと心優しいしっかり者だ。


「起立、気を付け、礼」


 ありがとうございましたー、とばらばらの挨拶に教師は満足し、教室からのっそりと出て行った。一限は教室での座学なため、クラスメートは思い思いの会話に花を咲かせていた。

 涼風、とやらにもっと話しかけてみるかと斎藤が決心して、耳を赤くしたまま机に突っ伏している絢斗に声をかけようとするが、そこに制止が入った。


「あんた、その状態のときの絢斗には話しかけないほうがいいわよ」


 先ほど号令をかけていた委員長だった。


「あ、そうなんですか?」


 すみません、と気弱そうな表情を見せて斎藤は彼女に謝った。彼女はそれを嫌そうに見て、はっきりと告げた。


「あんたのそれ、能力でしょ?」


 何か匂うのよね、と斎藤を胡散臭いと委員長は疑っていた。まさかこれが看破されるとは、と斎藤は軽く驚くがそれを表情に出さずにえ、とだけ言った。


「まあ、それならそれでいいけど。私は赤羽愛美あかばねまなみ。クラスの委員長をしているわ、よろしくね」


 後ろ向きに椅子へまたがり、不思議そうな顔をして絢斗をちょんちょんと指でつっつく明穂を見ながら、面倒見のいい愛美まなみは斎藤に笑顔を向けた。


「斎藤太郎です。よろしくお願いします」

「さっき聞いた。それも演技? ちょっと白々しいわね」


 キツイ言葉を浴びせつつも、その真意には転校生の身を気遣うような配慮があった。これが彼女が姉御と呼ばれる由縁なのだろう。

 斎藤はこちらを気遣うような愛美の視線に優しい人がいるものだ、と感心しつつもあまり関わらないようにしようと決めた。おせっかいな人物は任務の妨げになることが多いからだ。あまり親しくすると、こちらも情が移ってしまう。


「あの二人の名前ってなんでしょう」


 とりあえず、彼女からは二人の情報を仕入れることにした。クラス替えのないこの学校ですでに一年間を共に過ごしている彼女なら、二人の情報をたくさん持っているだろう。

 そう期待して斎藤は彼女の返答を待った。


「可愛いほうが涼風絢斗すずかぜあやと。もう一人の可愛いほうが楠明穂くすきあきほよ」


 いやそれどっちがどっちかわからないじゃないか、と突っ込みそうになるのを抑えて、アキ、アヤと呼び合う二人の様子から推察して、黒フードだったのが涼風絢斗、もう一人が楠明穂だと確認した。


「あの二人ってどんな関係なんですかね」

「さあね。素のあなたがしゃべり出したら私もうっかり口が滑るかもね」


 これ以上はまだ駄目、と。非常にわかりやすい線引きだと斎藤は思った。

 それでも自分の為に話しかけてくる彼女をかわして、斎藤は絢斗に小さな声で囁いた。


「なあ絢斗、一戦やらないか?」

「は?」


 最高の気分だったのを突然邪魔されて、絢斗は気分が絶不調になった。天国から牢獄へエレベーターで輸送されたかのような気分変革だ。

 うざいやつがうざいタイミングでうざいことを言ってきた。絢斗のいらいらゲージは瞬時にマックスに到達した。けれども明穂のために無駄な戦いは避ける、との決心があったため何とか堪え斎藤から顔を逸らすことに成功した。


「お前が何もしなかったら全部組織にばらして明穂とやらと離れ離れにするけど、いいのか?」


 その言葉を聞いたら、もう手を出すしかなくなるじゃないか。荒れ狂う理性をポカーンとした顔の明穂を見ることで必死に抑えながら、絢斗は斎藤をぶち殺すことを改めて決意した。


「場所は僕が指定する。一日待ってやるから遺書を書いてこい」

「遺書を書くような相手はいないから、今からでもいいぜ?」

「なら反省文にして。原稿用紙三百枚くらいのね」

「それなら俺の自伝でも書いた方が世間の為になるな、きっと」

「ああ、自伝のオチは明日でつくから素晴らしい物語に仕上がるだろうね」

「は、オチは正義の組織が悪を断罪するってもう決まってんだよな。ずいぶん妄想癖が激しいな」


 燃え上っている二人を愛美は心配そうに眺めていた。この二人が戦ったらどうなるんだろう、絢斗の能力の全貌はいまだわかっていない。絢斗が負けることはおそらくないだろうけれど、それでも彼女は彼が心配だった。

 明日、必ず殺す。必殺の誓いを胸に秘め、絢斗はタイマンに向け必要な人材へ連絡をとるのだった。

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