二十四話 撤退
確かにいけたと思った。でも、余計な奴らがきてしまった。
ただの能力者だとしても数人の加勢は大きい。しかも今回はどうやら顔ぶれを見る限り草刈の部下たちが来てしまったようで、ここからの戦闘は絶望的だった。
形勢不利を悟った二人は瞬時に目を合わせて彼らに背を向けた。
「私の脚は狩猟豹が如く。撤退」
「あいよ」
二人で路地から飛び出て、荷物を回収し夕方の街に紛れた。
*
「……ごめん、失敗した」
何も為せなかった日曜明け、なんとか登校し、放課後みんなを僕の家に迎えた。今日は珍しく草刈が家にいないので今しかなかった。明穂は愛美に遊びへ連れて行ってもらい、僕、西条、伊緒、空が集まった。
集まって早々僕の家には、どんよりと重い空気が漂っていた。
「まさかターゲットが非能力者だったなんてなあ……」
残念そうに西条がつぶやく。
「そうだったのですね」
どのような流れが起こったのか伊緒と空に説明し、二人も気遣うように聞いてくれた。
失敗の原因は、想定外だったこと……いや、計画が甘かったということだろう。いくら考え抜いたとはいえ、たった数日のみだ。数日で考えうる策なんてたかが知れている。応用力もなくて、計画が悪かった。次は、もっと期間をとって考えて……。
「だけど絢斗よお、完全な失敗じゃねえだろ?」
「え?」
僕が考えていると、西条が問いかけるように発言した。どう見ても計画は失敗なのに、意図が分からなかった。もし励ましのつもりなら、やめてほしかった。計画を実行するのに甘えはいらない。
「しっかり計画をたてて、実行した。アクシデントこそあったけど、ターゲットを負傷させただろ? 一生作戦が実行できなくなったわけじゃない。だから、失敗のみってわけじゃないはずだぜ」
「殺害に失敗したでしょ? 一番狙いやすいやつを狙ったのにも関わらず今回失敗したから、これから計画は厳しくなったよ」
「それは、きちんとした根拠があるか?」
諭すように西条は問う。
当然だ。組織だって動いている能力観察機関は、被害が出た途端に対応策を練る。被害者はしばらく療養という名目で組織の関わる建物に監禁され、警戒状態に入る。これは一般の病院が能力者を受け入れる際のリスクから、能力者の長期入院を可能な限り避けようとするためである。だから、能力者は組織の提携する病院に運ばれるのだ。被害者の処置が終わると次は被害現場の調査を始め近辺での被害拡大を防ぐため、特定地域に緊急部隊が配属される。
迅速かつ正確な対応だがもちろんここにはミソがあって、被害が出ればというところが大事だ。被害が出れば我こそはと動き出すが、そうでなければ組織は重い腰を上げない。
「組織のいつもの流れでしょ?」
「いつもの、なんて固定観念にとらわれてはいけないぜ。今回を冷静に分析してみ?」
西条は変わらず子供を見守るかのように思考を促す。彼がそこまで言うならと絢斗は今回の状況を鑑みて一つ一つ検証していた。
今回ターゲットの女は組織の中でも草刈の担当する部門に属する者だ。普段は草刈があちこちで起こすトラブルやその種を解決するための活動をしている。また書類仕事も全般的に受け持っていて、部下の中でも常識人として頼られるらしい。草刈の部下は本人が直接選抜しているため組織とそりが合わないものが多く手を焼いているらしい。だから普段はできるだけ放任主義のスタンスで大抵のことは見て見ぬふりをしている。それが今回のことと何か関りがあるのかな。
「……やっぱり組織の病院に運ばれるんじゃない?」
悔しいけど、よくわからなかった。
絢斗がしばらく深く考え込んだが、とある推測には至らなかったため西条はヒントを出す。
「草刈の部下は結構ハードワークらしいな」
ほら、もっと考えてみ、とばかりにポツリと西条は漏らした。それに応じて絢斗はまた、その言葉を分析し始める。
部屋に再び静寂が訪れると、ふと空が口を開いた。
「あ、もしかしてターゲットの方が入院はしないのではないかということですか?」
全身真っ黒の制服に包まれた空は、それから語るように喋り始める。
「草刈さんの部下たちは一人一人が役割を持つ、と事前に聞いたことがあります。ということは、一人が抜けるとその役割が欠けてしまいます。更に今回私たちが狙ったのは事務的に最も重要な方です。普通であれば片手片足の負傷となればかなりの療養が必要でしょうが、話を伺う限りだとどうも並みの人間ではなさそうです。では、もしかするとターゲットは入院せず私たちにはまだチャンスがあるのではないか、という流れでしょうか?」
すらすらと事実を並べるように空は推測を語った。目にかかるほどの前髪の下から、聡明な瞳が絢斗の部屋中を見回した。
空の推理を興味深そうに聞いていた西条は、感心した顔で答えを返した。
「と、俺は思ったね。空って言ったっけ、魔女と紹介されるだけあって先を見る力をお持ちだ」
「夢野空ですどうぞお見知りおきを」
薄くほほ笑むのが見えた。
「なるほど、そんな考え方があるんだ。すごいね、二人とも」
空の推理を聞いて絢斗は素直に驚いていた。
数少ない情報からここまで考えをめぐらすなんて、頭の回転が速いなんてものじゃない。でも、それは本当なのかな。
「その推測って、どれくらいの確率で当たりそうかな?」
絢斗の問いに空はこてんと首を傾けて宙を見た。そしてすぐに、答える。
「具体的にはわかりませんが、そこまで高くはないと思います」
だろうなあ、と絢斗は感じた。そもそも西条の言葉がなかったらそんな希望的観測は浮かばないだろう。でも、どうして西条はこれに言及したんだろう。
「西条はどう思うの?」
絢斗が尋ねると、西条はきりっとした眉を悪戯っぽく釣り上げて言った。
「ほぼ確実だと思うぜ」
「……僕たちが知らない情報源があるんだね?」
僕は最悪なことに草刈と縁があるし、やつを殺そうと考えているのでよく調べているつもりだけど、そこからこんな情報は得られていない。ということは、組織に勤める西条独自の何かがあるということだろう。単なる推測を否定するってことは、それだけの根拠があるのか。
「まー大した話じゃないんだけどな、有名人の草刈の部下にならないかって誘われたことがあるだけよ。んで、書類仕事とかやってる女の人は怪我してもすぐに治るようなやべえやつってのを雑談で聞いた。車に轢かれても車の方が傷つくなんて噂が立つくらいにな」
最後のはさすがに冗談だろうけどな、と西条は豪快に笑い飛ばした。
聞いてる方はたまったもんじゃなかった。事前に調べた限りだと、事務のスペシャリストで、常識人の為敬遠されがちな草刈の部下の中でも親しまれていると結果が出ていたのに。それが化け物みたいな身体をしているなんて誰が想像つくだろうか。
「でも、次はターゲットを守るための対策がとられるしなにより、どうやって殺せば……」
絢斗は不安そうにつぶやいた。普段から泰然と物事をこなしている絢斗が自信をなくしているのを見て、西条ははっきりと告げた。
「戦闘してわかったと思うけど、あいつだってただの人間だろ? どんな人間でも脳か心臓が止まれば命は消える。ってことはもっと力を集めて襲えばいいだろ?」
「……ずいぶん簡単そうに言ってくれるね? 力を集めるって言ってもどこから集めてくるの? 僕たちは現状これが最大戦力なんだ」
「不老不死さんと魔女さんがいるだろ?」
「なっ」
絢斗は思わず二人を見た。二人は戦闘に特化した能力ではないため、戦力には数えていなかった。伊緒は確かに不老不死という世間が注目する能力を持っているが、本人は戦うことにおびえていて、能力はアキを守る時にだけ使うようにしてもらっていた。
「絢斗、まだお前たちのことはよく知らねえけどよ、もうちょっと仲間に頼ってもいいんじゃねえか?」
西条は真剣なまなざしで絢斗を見つめる。
仲間に頼る? もう十分頼っている。僕はそう思った。僕が不思議そうな顔をしていると、西条はははーんと僕たちを見渡して、それ以上語るのはやめた。だけど、一言だけ発した言葉は妙に僕の中に残った。
「二人も、どこまでやるかはもっと考えたらいいんじゃねえか?」
あいまいな言葉だったが、伊緒と空は黙って聞いていたのだった。その瞳に少し、迷いの色を浮かべながら。
当然だ。組織だって動いている能力観察機関は、被害が出ると即座に対応策を練る。被害者はしばらく療養という名で監禁され、警戒状態に入る。次に身辺の調査を始め周囲の被害を防ぎ、特定地域に緊急部隊が配属される。
もちろんここにはミソがあって、被害が出ればというところが大事だ。被害が出れば我こそはと動き出すが、そうでなければ重い腰は上げない。
「組織のいつもの流れでしょ?」
「いつもの、なんて固定観念にとらわれてはいけないぜ。今回を冷静に分析してみ?」




