二十三話 一時決着
頭から落ちてくる女の、中心にナイフを打ち込もうとした。しかし、空中で身体をよじって女はなんとか僕から上半身を逃す。僕の位置と、背後に振りかぶったナイフの位置から頭には届かない。なら、足をつぶそう。
流れるままに僕は落ちてくる右足のアキレス腱を切り裂いた。
「くっ……」
さすがの筋肉化け物も多少は堪えたようで、僕たちから距離を置き右足をかばうように立ち尽くす。地上に下りた、今しかない。
「いくぞ!」
己を鼓舞するように叫び、猛追する。上からは西条、正面からは僕が女に向かう。二人とも、手に持つのは刃渡りの短いナイフだ。これで、心臓か首を狙う。一度目は分厚い筋肉に阻まれ刃を通せなかったが、二度目はない。さっき刺した傷口からは血が流れているのが見える。
迷うことなくとびかかった僕らに対して、女の行動も早かった。背後の壁に背中をつけると上着を脱ぎ、正面の僕に丸めて投げつけた。反射的に回避すると、左足だけで跳躍し、西条にタックルをかました。西条の構えたナイフは抑えられ、強い衝撃に彼は地面にたたきつけられる。
こいつ、本当に戦闘要員じゃないのか。事務や管理回りの人間だと調査では出ていたはずなのに。能力者相手に全く劣らない。これが、草刈の部下なのか。
「甘いですねえ」
目をきりっと細め、僕たちを舐るようにねめつける。一瞬ひるんだ僕らに、片足だけで距離を詰めてくる。お目当てはどうやら、僕のようだ。まともに正面から受けたら負ける、でも退いたら後ろの西条が危ない。
僕も、女に突っ込む。おや、といった顔で女はこちらの様子を窺うそぶりを見せる。狭い路地の一本道、衝突の寸前僕は左に避けた。右肩を壁に押さえつけるようにし、衝撃を流す。
背中を向けた絢斗に、獲物を見つけた肉食獣は手を伸ばす。背後に目がついているかのごとく、絢斗はしゃがみ込むようにそれをいなし、左半身を女に開く。
「くらえや!」
その場から起き上がる勢いで、絢斗は壁を蹴った右足を覆いかぶさっている女の胴に打ち込んだ。女は空いた胴に思いっきり膝をくらって顔をしかめた。
それをチャンスとばかりに絢斗は拳を顔面に持っていく。みぞおちをつかれた女は腹を押さえるだろうと予想したからだ。しかし、女は顔をしかめただけで両手を動かすことなく、絢斗の拳を首だけで避けた。
「婦女暴行では?」
拳に体重を乗せていた絢斗は前傾姿勢のまま、回避体制をとれなかった。女の拳が絢斗のどてっぱらを打ち抜く。
意識が一瞬とんだ。口からかはっと息が漏れた。腹の衝撃を緩和しきれず背中が壁にたたきつけられるのを感じる。僕の全力の攻撃が、まるで効いていない。人体の急所を的確に狙ったはずなのに、気にも留めていない。
壁にもたれかかるようにしてなんとか立っている絢斗に、少しずつ近づいてくる。
「ねえ、私より華奢なお嬢さん、お怪我は大丈夫でして?」
お前がやったんだよ、という言葉は口から出てこない。一発しかくらっていないのに、全く身体が言うことを聞いてくれなかった。全身がびりびりと電気が走っているようだ。
「よくお顔を見せてほしいですわ」
調子に乗った顔にふざけた口調。敵を前に慢心しきっている。鼻を明かしてやろうと指先で針をいじる。そろそろ吹っ飛ばされてたあいつも復活するだろう。まだあきらめない。
「ならそっちが寄ってきな」
背後から顔に向かって針を投擲。視野の外から投げたはずなのに回避されるのは、むかつくけど慣れてきた。
ニヤリ、といやらしい笑顔を浮かべて女は絢斗の顔に触れようと手を伸ばす。
と、同時に女の頭上から角材を振り下ろす西条の姿が目に入った。
「む」
しかし、それも顔をしかめて横に跳んで回避する。殺気ってやつか。そんなオカルトじみたものが当たり前にやられちゃうとこっちはきついな。
「無事か」
「なんとか」
再び、並ぶ二人と女の対面になる。絢斗は全身に軽い負傷、西条は背中に軽い打ち身。一方女は右足を負傷。更に――
「……もしかして、毒針ってやつですか?」
左腕を、だらんとぶら下げていた。これは、初動で西条が投げた針の影響だった。本人曰く大抵の人間は一発、なんて言ってたけど女には部分的にしか効いていなさそうだ。ほんとに非能力者の人間なの?
「答える義理はないね」
西条がニヒルに笑う。
今のところ、僕たちの方が有利だ。少なくとも、損傷の具合は。ただ、問題は時間だ。戦闘を始めてからそこそこ時間が経った。助けを呼んでる様子はないけど、いつ仲間がきてもおかしくない。
「いけるか?」
先ほどと変わらない様子で標的をにらむ。事前に用意していた計画はすべて頓挫し、立つ瀬がないというのにそれでもなお諦める様子はない。
僕は、頭で出来ないと思うことはやらない。なぜならよく考えてできないものを、パっと本番で出来るなんてありえないからだ。だから、できないと思ったら素直に引いて実行するための力をつける。それが成れば、計画の実行ができる。当たり前のことだ、そう思っている。
それでも、それでもだ。二年前に失敗をし、死にたくなるような日々を過ごし今の為に鍛えてきた経験では太刀打ちできないなんて、信じたくない。なら、とにかくやってみるしかない。僕だけのためじゃないんだ。それに隣には、まだ信じ切れていないけど、未知数の仲間がいる。もしかしたら、かもしれないんだ。
「もちろん」
無理やり、笑顔をつくった。そう、やるんだ。計画を、やり遂げて見せるんだ。
西条はチラリと絢斗を見て、覚悟を決めて唱えた。
「いーゔん、俺よ、還れ」
能力の発動と共に、結界内に不可視のエネルギーが発生する。
結界は、制約に反するものをはじき出そうとするメカニズムがある。その手段は様々だが、今回はそのエネルギーを推進力に転換させ、対象を地面に埋め込ませるように誘導した。これがあれば、能力者に対し、初撃を確実にとることができるというわけだ。今日、まさかの非能力者が相手ということで準備は無駄になったと思ったが、どうやらそうではないらしい。
「いーゔん、彼我を対象へ」
西条は両手を空へ向け、エネルギーを受け、そして女に向けた。荒れ狂う暴風雨のごとく渦巻くエネルギーを、脂汗を垂らしながらなんとか西条は耐えきった。
これがきっと、最後のチャンスだ。
「理を識れ」
ついていけ、このエネルギーに。負けじと能力を使って思考を加速させる。不意を突かれて動けない女の、とどめをさす。女にどんな対応をされても、殺してみせる。
「私の脚は狩猟豹が如く」
巨大なエネルギー群を追って、跳躍。女は受け止めるつもりのようだ。さすがの馬鹿力と言えど、結界の制約破りの力はただじゃすまない。仕留める。
「いけ!」
後ろからは、息も絶え絶えな西条の声が響く。
「くっ、やられはしないです……」
足を開いて、踏ん張る構えだ。いける、いける!
でも、時間は僕たちを救ってはくれなかった。
「舟子さん、危ない!」
燃え盛る爆炎が、路地を染め上げた。




