二十二話 刺殺、のち壁
頑張ってます!
「ターゲット、移動開始」
大盛況のライブが終わった。ここからはよりいっそう気を引き締めて行動しなければいけない。満足気に会場を去る彼女をこれから殺すんだ。プロデューサー兼暗殺者は心苦しいものだ。こんなことを想うのも、この世界じゃ僕くらいだろう。
「わかった。幸運を祈る」
電話の向こうでは西条が移動する音が聞こえる。向こうも無事準備を終えたようだ。あとは彼女が所定の場所まで移動したのち、奇襲するだけだ。背中に担いだリュックの中に道具も全部そろってる。さあ、僕も移動しよう。
ライブが終わったのち、彼女は会場近くの荷物預り所からキャリーバッグを受け取りまずコンビニに向かった。いつもここで軽食と飲み物を買って帰るんだよね。待つのもどうせ数分だしと高を括っていると数十分ほどが経ち、まさかまかれたかと不安になったが、どうやら彼女はわざわざスーツに着替えなおしたようだった。だから今日はキャリーバッグを持っていたのか。着替えが入っているであろうキャリーバッグを引きずって、コンビニで買ったらしいからあげのささった棒をほおばりながら歩く。他のコンビニのごみ箱でそれを捨て、帰路につく。なんでスーツに着替えたのだろうか。事前調査の報告から今日は仕事もなく変えるだけの予定のはずなのに。
計画のほころびに思えた気がして不安になるが、かぶりをふってその気持ちを忘れる。もうここまできたんだ、多少予定と違ってもやるしかない。それに、結界は彼女の向かう駅の近くにある。そこを通るのは確定している。時間が後にずれただけだ。きっと。
絢斗の心配とは裏腹に、彼女は悠々と歩く。心なしかステップを踏み、ずいぶんうきうきしているようだ。そのあとを張り詰めた顔で後をつける絢斗。二人の表情は対照的で、同じ場所へ向かうというのにまるで雰囲気が違った。
「愛美、まもなくターゲットが所定の位置につく」
「……ご武運を祈っているわ、絢斗」
「ありがとう、いってくる」
路地裏まであと数十メートルほどで、絢斗は再び連絡をした。電話の先の声は心配そうで、絢斗はそれに感化されないよう一層表情を引き締めた。
愛美に連絡をした。あとは愛美から西条に連絡がいき、彼が路地裏までターゲットを誘導してくれる。そこが、僕の出番だ。
絢斗は背負ったリュックの底に触れる。そこに、刃が備えてあった。
「あー、やらかしたー」
目標地点である路地裏から、声が聞こえた。ここ数日で聞きなれた声、西条のものだ。どういう風に誘導するか聞いていなかった、そんなストレートにいくんだ。
「女って……信頼できねえー!」
まるで酔っ払い化のようなやけになって叫ぶ声は、普段のお調子者の西条からは想像できない。
路地裏から聞こえる謎の声に、ターゲット、舟子は視線を向ける。
「どうしましたかー?」
のこのこと声につられて歩き始める。
覚悟はとうに決めた。二年前の初夏、西条を殺し損ねた時から僕は、自分がやれることはすべてやると誓った。たとえそれが人道的に反するとしても、アキを守るために必要ならば。僕は悪魔に魂を売ってでもこなしてみせよう。
「んあ……ん……? きいたことある声だ……」
「あれ、もしかして組織の方?」
人はもう何人か殺している。殺した理由は様々だったけど、全員が悪人だったわけではない。その時にもう後悔は捨てた。後ろを向いてばかりじゃ守りたいものも守れなくなる。今は自分の最善を尽くして行動するのみだ。
「あ……申し訳ない、こんな姿をお見せして……」
「お気になさらず、それよりどうしたのですか?」
ニコニコ、と西条に近づく姿が後ろからでも想像できる。
さあ、計画実行だ。リュックを建物の壁に立てかけ、短刀を手にする。しっかり握って、肋骨の隙間から心臓に送り届けるんだ。いけ、いけ!
「お手をお借りしますね」
「ええ、どうぞ」
ターゲットの姿が路地裏に消えた。
同時に、駆ける。
路地裏、ターゲットの背中が見える。
「私の脚は狩猟豹が如く」
結界の中では能力を使えないようにしている。でも、結界に入る前に能力で得た推進力は、消えない。
「ちょっと失礼」
西条がターゲットを抱き寄せる。突然の抱擁にターゲットの意識が西条に集中する。身体はしっかり固定されている。
ぽっかり空いた背中が、僕の視界を占める。
呼吸が身体中に染みわたる。一瞬の跳躍から宙に浮かぶ己の、ナイフを握る手のひらに力を込めた。
そして、息を吐いた。手に返ってくるのは固い筋繊維の感触。刃が埋まり肉を裂く感覚がする。
「……裏切ったのですね」
おかしい。背後から確かに首筋を貫いたはずなのに、どうして立っている? どうして、喋っている?
そしてなにより、なぜ刃が身体に埋まっている?
「化け物かよ」
退くより先に言葉が出た。ターゲット越しに見える西条の顔も驚きで染まっている。
「チッ、いーゔん」
「うおおっ」
僕たちがもう一度攻撃を仕掛けるよりも先に、ターゲットがうなりをあげてナイフを身体に刺したまま頭上にジャンプした。そう、僕らの頭上を越えた。
「結界張ってるんじゃなかったかよ!?」
「張ってる! つまり、あいつのあれは、能力じゃないってことだよ!」
種も仕掛けもパアだ。ナイフを刺せなくても能力を使わせたら勝ちのはずだったのに、能力者ですらないとか想定外すぎる。草刈の部下は稀有な能力者で固められてるなんて情報を出したやつはもう二度と使わない。
「えと、あなたはどちらにお勤めの方でしたっけ?」
建物の縁を片手で掴んで、僕たちを見下ろす。
「その声、どこかで聞き覚えがあるんですよねえ」
動きづらそうな黒いスーツにパンプスの女が、自分を殺そうとした相手を悠長に眺めている。まともそうな見た目と性格だけど、やっぱりまともじゃないってことだ。
今の僕たちは、こちらから仕掛けることができない。ターゲットに攻撃するには能力を使わなければそもそも射程が足りない。けど、能力を使えば自分たちが仕掛けたトラップに殺される。
考えろ、ボク。いつも一人で戦ってきた。ピンチの時も冷静に対処してきた経験がある。諦めるのはまだ早すぎる。
「知らねえなあ!」
僕が考察するより早く、西条が仕掛けた。懐から小さいナイフを取り出すと同時に投擲する。
「その武器、諜報課です?」
女はじっくり観察しながら、飛来してきたナイフを別の建物に飛び移ることで躱す。
そうだ、やるしかない。考えながら動け、時間は敵の有利になる。
「いくぞ」
ボソッと僕に告げ、西条は跳んだ。跳躍から壁を蹴り、あっという間にターゲットと肉薄する。
ついていけるほど、僕の身体能力は高くない。どうする。
「おらあっ!」
驚くべき身体能力で西条は、ターゲットにさっそく拳を叩き込もうとする。それを冷静に捉えた女は西条の右手を包み込むように手のひらを添える。
「ゴリラかよ!」
「淑女に失礼ですよ」
真面目な顔で注意しているが、その力はとんでもない。僕より力があるはずの西条の手が震えて進まずにいる。しかし西条も負けずに左手を動かす。腰を触ったと思うと、右手の服から仕込み針が飛ぼ出す。顔を狙った一撃を女は左手で受け止める。
ただそれで女が止まることはなく、お返しとばかりに西条の右手を捉えた手を思いっきり握ろうとする。即座に察知して西条は右手を引っ込める。次に女が壁を蹴ろうとするが、それより先に西条は女の服を引っ張った。
女の身体が建物から離れる。地に、落ちてくる。
僕は服から取り出したナイフをもう一度振りかぶる。
女と目が合った。僕は、ナイフを全力で振るった。




