二十一話 立案のち、奇襲
「久しぶりのライブですけど、大丈夫ですかねえ」
晴天のライブ会場の裏方、日の当たらない舞台裏で絢斗は施設職員と最終打ち合わせを終え、雑談をしていた。
「なにも、問題ありませんよ」
数か月ぶりのライブということで、職員はさいきっかーずのことを心配していた。年配の方で、若手のライブということで老獪ゆえの優しさというやつだろう。
それに対して、絢斗は実に堂々と答えたのだった。彼は、彼女たちのことを非常に信頼していた。間近で努力を見ているからこそ、ゆるぎない思いがそこにあった。
「彼女たちは、いつでも本気ですから」
まっすぐに職員を見つめ返し、にこりと笑う。職員は、線の細い女性的な容姿の絢斗がきりりとした眼を向けているのを見て、この子たちはいいプロデューサーをもったなと感じたのだった。
*
「ライブは大丈夫そうか?」
「それは君が目にしているものが表しているよ」
ステージ上ではさいきっかーずの五人が笑顔で歌い、踊っていた。駅近くのステージは観衆にあふれていて客席は文句なしに満員である。ステージから聞こえる歌声に惹かれて、日曜の街を歩く通行人たちが足を止める。
客席の前から三番目、道路側に近い席を二人は見ていた。そこには声が舞台袖まで聞こえてきそうなほど大きく口をあげて、曲と共にコールを叫んでいる女性がいた。両手にはさいきっかーずの誰かの名前が書かれたペンライトを持ち、首にかかったタオルはグループロゴが書かれている。
「しかしまっさか舟子さんがアイドルオタクとはなあ」
熱狂する会場と同化している女性はそう、先日二人を追いかけていた舟子という女性である。
「あのときのスーツ姿からは想像もできないよね」
そのときはスーツ姿にまとめた髪と、どこにでもいるOLだったが、今日は休日スタイルのようで己の趣味を全開にした服装となっている。今日初めて彼女を見かけたとき西条は誰か認識できなかった。普段彼が見かける彼女は、草刈美舟の忠実な部下といった体であり、ニコニコしている苦労人という印象だ。おしとやかでありつつも、誰とでも気軽にかかわる彼女のここまで情熱的な姿は全く想像できなかった。
「そんなに熱狂できるものなのかよ、プロデューサーさん?」
「もちろん。アイドルって文化は非常に素晴らしいもので、それを応援するというのはとっても気持ちがいいものだよ。僕が保証しよう」
揶揄うように質問する西条に、絢斗は真面目な顔で答える。いつもの雰囲気とは異なり真摯な表情の絢斗にふーん、と返しつつ西条は絢斗がここまで真剣に取り組むアイドルという文化が少し気になった。
「じゃあ今回の作戦が一区切りついたら俺も、アイドルってやつを調べてみるかな」
「それはいいね。ならまずはさいきっかーずかな」
「あ? そこはさすがプロデューサーだな。宣伝ご苦労」
「宣伝はすべての基本だからね。どれだけ素晴らしいコンテンツをつくっても、それを観測してくれる人がいなきゃ意味ないから」
「……どこまでもファン頼みってことか?」
「ずいぶん意地悪な言い方をするね、ワビ。アイドルたちにちょっかいだしたくなった?」
「俺はガキじゃねえよ。なめんな」
作戦実行が間近にあるというのに、絢斗はいたって余裕があるように西条からは見えた。
実際、絢斗には余裕があった。以前からよく練っていた作戦を実行できるのだ。それはもともと草刈美舟用の作戦ではあったものの、最強とされる能力者相手の作戦だ。他の能力者相手なら余裕で実行できる。もちろん油断はしていないが、目の前のアイドルたちを見ると自然と頬が緩むというものだ。
「じゃあ手筈通りに頼むね」
「ああ、わかったよプロデューサー」
絢斗の和らぐ表情を横目でとらえつつ、西条は姿を消した。素早く去った西条から視線を逸らしてステージ上のメンバーを見つめる。そこでは共に活動してきた仲間たちが爛々と目を輝かせてパフォーマンスを繰り広げていた。まぶしさに絢斗は目を細めた。
おおよそ、一年だ。僕がアキのやりたいことを叶えてあげたいと思い、それが実現してからもう一年だ。アキは今、やりたいことを叶えて一生懸命次の目標に向かっている。アイドルとしての活動も、高校生活も全力でこなしている。本当に、楽しそうで僕も嬉しい。
だから、アキを守りたい。これからもずっと、アキには笑って生きてもらいたい。
「理を識れ」
それゆえに、僕は人を殺す。
瞳をカッと開き、絢斗は客席で無邪気に声をあげる舟子をにらみつけた。
*
計画はこうだ。絢斗はライブの進行と共に予定を振り返ることにする。
事前に調べたことから、彼女の帰り道の一角に結界をはってもらった。そこは裏路地で、普通の人はなかなか入らない。更に、結界の指定条件として僕と西条、それに加えて彼女しか空間につながることができないとした。つまり、入ってしまえばだれにも気づかれない結界があるということだ。
結界に入ったのち、即座に僕がナイフで彼女の心臓を貫く。前回の遭遇時のことから彼女は身体能力系の能力者だと判断した。だから、能力者が能力を使えなくなる空間を用意した。貴重な結界を使える愛美といえど、能力者が能力を使えなくなる結界を用意するのは骨が折れる。だから今回は、少しだけ工作をすることにした。このしかけさえあれば、どんな能力者だろうがナイフを貫き通すことができる。
あとは、結界から亡骸を放り出してその場から立ち去ればいい。彼女を傷つけるものはすべて、結界の中にのみ残る。能力感知装置はすでに手を加えてあるし、すぐさま計画がバレることはまずない。問題は草刈美舟本人だ。機関が僕らに気づくことはまあないだろう。しかし、死んだのが草刈美舟の部下となれば本人が黙っていない。あいつは、自分のものを奪われたら、何が何でも奪い返そうとする人だ。取り返せなくても、復讐は完遂する。どこまでも力を振りかざす、そんな人物だ。
きっとあいつは、僕らに気づく。そして、僕らに復讐をする。それまでにもう少し時間はあるとはいえ、ゆっくりしていられる時間はもうない。今日が、今日こそがあいつへの反撃の狼煙をあげる日だ。
「お嬢さんがた、いいパフォーマンスですねえ」
ふと気づくと隣に職員の方がいた。頭頂部に白髪が目立つ壮年の彼は、ダボッとしたスーツを身にまとってステージを笑顔で見ていた。
「でしょう?」
純粋な誉め言葉に絢斗は得意げに笑う。日々懸命に努力している彼女たちが認められるというのは、実に嬉しいことだった。他者からの評価というのは励みになる。
「私は、アイドルというものはよくわからないのですが……彼女たちのフレッシュな姿を見るだけで、元気をもらえますよ」
「ありがとうございます。これからも全力で活動を続けていきますので、もしよければ観に来てくださるとうれしいです」
茶褐色の服をたずさえ、年に似合わぬピシッとした立ち姿をしている。その顔は何かを楽しんでいて、口元はにこりと歪められていた。
「それにしても……彼女たちが能力者、というのは本当なのですか?」
思い出したかのように視線を絢斗へ戻し、職員は問いかける。
これは、よく聞かれる質問だ。手慣れた様子で絢斗も返す。
「ええ。彼女たちは能力者という存在をもっと理解してもらいたい、という想いをもって活動しています。ですので彼女たち全員能力者です」
そう、さいきっかーずは大変珍しいことに、能力者のみでユニットを組むアイドルグループなのだ。能力者はこの世にある程度の人数が現れているが、全員が全員公開しているわけではない。その中でもテレビに出演するようなタレントは特に、能力の有無に関してはあまり触れないのが基本的な方針だった。
「ははあ。それは何とも素晴らしい志で。次のライブは私も顔を出してみたいものですな」
「ぜひとも。いつも施設を紹介していただくお礼として、チケットを贈らせてください」
「そんな。悪いですよ」
「いえいえ。いつもよくしてくれる感謝を僕たちは伝えたくて……ダメですか?」
「……ほんとうまいなあ。それでは、受け取らせていただきます」
その後も少しだけ雑談を交えると、職員は再びどこかへ消えていった。
思考に集中しているとはいえ、ここまでの接近に気づかないとは僕も緩んでるな。もっと気を引き締めなきゃ。絢斗は拳をギュッと握って、決意新たにターゲットを見つめなおした。




