一話 二年前に殺そうとした敵が転校してきた
「それじゃあ転校生を紹介するぞー。ほらお前ら静かにしろよー」
全国にいくつかあるとされる国立能力者養成学校の中でも最も発展しているといわれているここ、厚葉本校では五月の初めに新たな仲間を迎えていた。やる気なさげな教師の声で、ガヤガヤと騒がしかった教室はほんの少しばかり静かになり、生徒たちは元の席へ戻りだす。
その様子をみて頭の後ろをポリポリかきながら男性教師は溜息をつく。教室がある程度静まったことを確認して、廊下に待たせていた生徒を呼び出した。
教室に入ってきたのは一人の男子生徒だった。平凡な顔つきをした、特筆することは何もない、そんな生徒だった。
「それじゃ、自己紹介をどうぞ」
はい、と教師に対して返事をしてから彼は話し始めた。
「えと、初めまして。斎藤太郎といいます。一年間よろしくお願いします」
きょろきょろと不安げにあたりを見回しながら、斎藤太郎と名乗った彼は挨拶をした。
当たり障りのない挨拶に色とりどりの髪をしたクラスメートも彼を歓迎し、よろしくーなどと軽く声をかけている。
その中で一人、彼を監視するように凝視している人物がいた。
教室の後ろの方に座りながらうーんとうなりつつ、可愛らしい顔をかたむけたり、腕を組んだりしている。少女のような可憐な容姿をもつ少年、涼風絢斗だった。
なんか見覚えあるんだよなー。こんな平凡すぎる顔、一回見たら覚えてそうなんだけど。
「おらお前ら、質問とかしていいぞ」
教室になじめそうだった転校生に安心しつつ、教師は生徒たちに呼びかけた。大方クラスへ早くなじめるように配慮しているからであろう。
クラスメートたちが元気に質問を飛ばしている間、絢斗はこっそり能力を使うべきか悩んでいた。ここ厚葉校では人が多いが校則は他と比べて非常に自由度が高いことで有名である。しかし、さすがに能力者たちに無断で能力を使用させるわけにはいかず、校内には能力の使用が感知される装置が常に作動しており、能力を使用すると待機している教師がすっ飛んでくるという仕組みになっている。だが装置があるといっても実は絢斗、うまくごまかす方法を知っている。それを使って転校生を推し量るべきか、そこまでするほどではないか。ごまかすにも結構手間がかかり、多少リスクがある。そこまで考えてからもう一度転校生の方を見ると、視線が合った。
くすんだ青色が、こちらを見つめていた。
そこで絢斗は思い出した。この瞳は、二年前に僕が仕留めそこなった組織の野郎のものだと。そう認識すると平坦な印象で塗り固められていた転校生の、違和感が見えてくる。
黒髪碧眼に、よく見ると顔立ちがどことなく日本人離れしている。だから黒髪が合ってないように見えたのか。絢斗はようやくその違和感に気づいた。
純日本人のような雰囲気を醸し出しているのに、顔立ちは日本人から少し離れている。立ち振る舞いも普通の高校二年生とするには妙に、気品が感じられる。こいつは怪しい、そう確信して能力を使って観察しようとしたとき、気になる質問が聞こえる。
「ちなみに能力はどんなんですか?」
おちゃらけた声色で、親しみを覚える表情を浮かべた男子生徒がそう問いかけた。茶髪の彼は人当たりのいい容姿をしているが、その性格はなかなか癖があり、人を貶めることを目的としている。クラスメートはもう高校一年の時からの付き合いであるので慣れ切っているが、転校生の彼はそれには気づかないだろう。この学校でクラスの良心ともいわれる赤髪の委員長が転校生の発言を止めようとする。
「調和です」
斎藤は、絢斗をちらりと見てから、はっきりと自分の能力を宣言してしまった。絢斗から見て彼は委員長の制止に気づいているように見えたため、おそらくあえて自分の能力を明かしたのではないかと予想した。彼が嘘をついているかとも考えたが、絢斗の目から見ると、それは嘘ではないように思えた。
いくら名前だけの情報開示とはいえ、情報の公開は能力者にとって普通しないものだ。すでに特殊な環境で一年間を過ごしている生徒たちはともかく、初っ端から能力を明かすというのは頭がぶっ飛んでるか、無知が過ぎるということになる。もしかして、能力を明かして高め合うという厚葉校の方針が説明されているのかもしれないが、生徒たちは常識を知らない転校生が心配になった。
「そうなんですね! ちなみに、それはどんなことができるんですか?」
相手をおだてるように調子を上げて彼は再び問いかける。もしも能力の詳細が分かれば、転校生は彼に狙われ、月末に行われる模擬戦では手痛い目に遭ってしまうかもしれない。まだ情報の開示には早いだろうと心優しいクラスメートたちが彼をとめようとするが、茶髪の彼はそれを気にさせないように転校生へ喋らそうとする。
教師がさすがに止めに入ろうか、と迷っているととある女性生徒がダンっと大きな音をたてて立ち上がった。
「三下! 転校生にそんなことをきくな!」
ふわっとした黒髪ボブに、童女のようにもっちりとしたほっぺたをぷくーっと膨らませて楠明穂は言葉を発した。
ああ、やっぱり。絢斗はうすうす予想していた展開になったな、と眺めていた。しょうもないちょっかいを出す三下は慣れれば可愛いものだけど、知らない人からしたら悪意の塊にしか見えないだろう。もしも斎藤太郎とかいう偽名を使っている彼が弱かったとしたら、三下からぼこぼこにされて失意のどん底に至ってしまうだろう。とクラスメートが考えているであろうことを、予想していた。
「どうしました?」
素っとぼけて明穂の方へ視線を向ける彼をの白々しい様子にいらいらするが、二年前とは異なりすぐに怒りを表情に出すことはない。だがこの歯がゆい状態を止めなければ、彼の関心がアキに向いてしまうかもしれない。クラスメートは僕のことをアキのストッパーと思っているだろうから、ここは僕が話して場を落ち着けるのが一番かもしれない。
「どうもこうもあるか! 能力の開示は一番の悪手だ! 今ここで能力について話すのはよくない!」
ぷんぷんと可愛らしくお怒りの様子を見せるアキ。アキは表情が豊かで感情が伝わってくるな。その真っ直ぐさは僕とは真逆で羨ましく思える。
「あ、そうなんですね。ありがとうございます」
アキをニコニコと見つめながら、彼はお辞儀をする。三下はちッと舌打ちをしつつも、アキには逆らえないため大人しく質問をやめた。
「あいあい、じゃあ質問はこのあたりでいいな。これから一年間よろしくな、斎藤」
喧騒が静まってほっとしたけだるげな教師は一区切りつけようと、会話を締め切った。気力がなさそうに見えてこの教師、生徒への配慮は人一倍あるのである。
よろしくお願いします、と教師に続いて彼がまた緊張を残した笑みを浮かべる。絢斗にとってそれは、獲物を見つけた肉食獣が、その内にあふれる欲望を無理やり抑え込もうとしているようにしか見えなかった。
「そんじゃ、席なんだけどどうしようか」
そう教師が言って、教室を見渡す。広い教室にいるのは三十人ほどで、まだまだ余裕があるため場所自体はどこでも大丈夫そうだった。教師はとりあえず列の最後尾にでもと案内しようと思ったが、彼は絢斗に目を合わせてはっきりと要望を述べた。
「あ、あの子の隣がいいです」
手を指し示した先は、絢斗の席だった。
教室中から好奇の視線が集まる。普段あまり目立たず大人しい生徒を演じている絢斗は、このあとクラスメートから起こるであろう騒ぎをどう対処するか、目をつむって考えるのであった。