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異能世界で最強と謳われる可愛くて人殺しの男の娘が裏世界で暗躍するちょっぴりえっちなセカイ系の物語はいかがですか?  作者: 独りっ子
黒き彼は月を歩む

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十七話 あなたに触れる

お待たせ、待った?

ということで連載再開です。またよろしくお願いいたします。

「アヤ、いつもありがとう」


 絢斗が耳の周りをブリーチしているときに、明穂はポツリとそうつぶやいた。

 唐突な言葉に絢斗は思わず手を止める。普段だったらありがとー、なんて受け流していたが、二人だけの空間で、好きな人の髪に触れながら言われるものだからどうしてか気恥ずかしくなるのだ。


「いえいえ」


 その思いを素直に受け取ることができず、椅子に座って鏡越しに自分をまっすぐ見つめる明穂から絢斗は目を逸らした。

 僕は、ライブが近くなるとアキの髪を明るく染める。ただ染めるといっても、耳かけするとようやく見れるようなインナーカラーだ。これは、僕たちがアイドルを始めて間もないころとある一人のファンから提案されたもので、正直僕は綺麗な濡羽色であるアキの髪に手を加えたくなかったけれど、本人が乗り気だったのでカラーを入れることになった。インナーカラーは美容院で入れようか迷ったけれど、どうせ染めるなら、と僕がすることにした。以来何回も繰り返してはいるけど、アキの髪に触れるのは慣れない。僕なんかが触れていいのかと思ってしまう。首半ばあたりで揃ったボブの髪は、いつもつややかで触れると思わず感動するほどさらさらしていた。

 このライブ準備のとき、アヤは黙りこくる。普段いろいろなことに興味をもって、話しかけてくれるアヤが静かになるなんて、最初は僕の染める腕が足りなくて不満にしているのかと思っていたけれど、どうやらそうではないらしい。僕に髪を触れられているとき、アキはどこかを見ている。視線はアキの家の壁に向いているようだけど、その瞳はもっと遠くを覗いている気がする。そこには、今の僕が含まれてないみたいで、遠くを見つめるアキの視界に僕は映らない。

 僕は、いつも不安だ。僕は、いつもアキを見ている。でも、アキは僕を見ていないときがある。僕が好きだと伝えても、アキは僕の想いをくみ取ってはくれない。アキが僕に抱く感情は、どんなものなんだろうか。


「アヤ」


 今日は、遠くを見つめていなかった。底知れぬ不安に飲み込まれそうだった僕に、再びアキから声がかかった。

 

「ん?」


 とびっきりの笑顔で鏡に映るアキに応える。


「私は、アヤが幸せじゃないと嫌だぞ」


 物憂げにも、儚い優しさにもとれる眼が、僕を捉える。無邪気で元気な普段のアキからは想像もできない、大人っぽいアキがそこにはいた。

 そんなアキに、しばし見惚れた。いつものアキとは違う、妖しい美しさだった。

 あっけにとられて口を開けなかった。慌てて返答を考える。果たしてなんて言葉を返せばいいのだろうか。僕は、アキの幸せが僕の幸せだから、アキが幸せだと思っているのならそれは、僕も幸せだということだ。


「僕は、アキが幸せなら幸せだよ」


 絢斗は素直な思いの丈を伝えた。本当に、その思いのように見えた。明穂に縋っているわけでも、責任を負わせているわけでもなく、どこまでも純粋に信じ切っている。

 鏡越しに自分を見つめ返す絢斗に、明穂は一言だけ返した。


「私は、アヤが幸せなら幸せだ」


 二人の間に、それ以上の言葉はいらなかった。



「うん、やっぱりいいな」


 髪を耳にかけ、現れたブロンドベージュの色。無垢な笑顔と相まって、アキの印象をより明るく引き立てていた。


「アヤ、どうだ?」

「可愛いよ、アキ」


 アキはインナーカラーを入れるといつも、楽しそうに僕に見せてくる。僕が入れたのだから、その仕上がりは当然よくわかっているのだけど、毎回喜んで見せてくるからとても嬉しい。自分の腕に自信はないけど、アキが喜んでくれるから毎回腕がなる。

 アヤがやったから私はカワイイだろう、なんてふふんと自慢げに笑顔になる。鏡とにらめっこをして、カワイイなと自分で自分を褒める。それからなんとなく歌いたくなったのか、鼻歌を口ずさむ。

 いつもの、子供っぽいアキだった。黒髪にワンポイント入ったことが、楽しくてしょうがないらしい。僕はそんなアキを保護者のような視点で見守る。この時間は、安らぎの時間でもあり、これからもアキを守り続けなけらばいけない、と強く誓いを確認する時間でもあった。

 しばらく落ち着かない様子だったが、ふと気づくと本棚から本をとりだしていた。タイトルは、『みんなのための量子力学 入門編』とある。

 アキは、物理が好きだ。その中でも、量子力学に興味があるらしい。アイドル×量子力学なんて検索に引っかかりそうにない組み合わせだ。ただ、好きではあるもののあまり得意ではないらしく、たびたび僕に質問してくる。もちろん僕は他の人よりアイドルに少し詳しいだけの一般人なので、量子力学なんてものはわからない。しかし、アキの質問は僕でも調べればぎりぎりわかる程度のものがほとんどなので、答えられるときは答えている。


「アヤ、この漢字ってなんて読む?」

「これは、なみ、だね。海でざっぱーんなんて音をたてて流れているやつ」

「なみ……ではこれは?」

「これははどう、だね。波が動いている状態を表す言葉かな、ちょっと調べるね」


 アキが書籍にフリガナをふっている間、検索にかけてみる。


「うん、調べてみた。波動は、波の動きで、もっとおおざっぱにいえばとある場所での変化がだんだん周りに広がっていく感じのことらしいよ」

「熱伝導のようにか?」

「かな」

「なるほど、ありがとう」


 なら計算は質量、長さ、時間、温度差あたりが必要か。アキは独り言をしつつ、ルーズリーフに式を並べる。新しくできた式の横にはΣとか∫とかがいくつも書き連ねられていて、常人では想像もつかないような計算式となっていた。ちなみにアキ曰くこれは計算式というよりものの動く状態を表しているだけのものらしい、わからない。

 アキは量子力学のような目に見えないようなものは苦手だ。けれども、目に見える力学は非常に得意で、たぶん世の中の大半の大学生を上回っている。下手したら研究者や教授も超えているかもしれない。これにはきちんとした根拠がある。アキの家にはたまに、厚みのある封筒が届く。郵便物はすべて僕が管理しているので、中身も知っている。中身は、連続体力学、物性物理学、表面物理学なんて難しいものばかりだ。しかも、封筒には大抵依頼が添えられていて、それらの証明をしてくれれば褒章がでるらしい。

 報酬があるならやるのではないか、と思うかもしれないけれど、アキは自分の関心があることしか基本やらない。だからそれらの書類はそのままか僕が勝手に処分するのだが、たまにアキが嫌いなはずの力学を解くことがある。といってもちょっとだけ書類をにらんで、数式をいくらか書くだけだ。ただ、それらを送り返すとバカみたいな報酬と感謝の手紙が届く。僕にはさっぱりだけど、やっぱりアキはすごい頭の持ち主なのではないだろうか。


「ここの漢字は?」

「かんそく、だね」


 でもこうして漢字を教えて、とされるとそんなアキの姿は信じられなくなるけれど。

 アキの才能は本当にすごい。その代わり、他のことは抜けていたりする。同じ小学校、中学校だったのでいつも見てきたけど、知らないことは本当に知らないのだ。例えば、靴紐の結び方とか。

 知らないことはたくさんあるけれど、アキはたくさんのことに興味をもつ。一つ一つ、これからも学んでいくのだと思う。アイドルだって、量子力学だって多分続けるだろう。僕にはそんなアキがまぶしくて仕方ない。だから、僕はアキを陰から支えるような存在を今は目指している。


「いつもありがとう、アヤ」


 それゆえ僕は明後日、人を殺すのだ。

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