十四話 例のあの人がやってきた
「僕が八歳の時、両親は殺された。学校が終わって家に帰ってきて、そしたら家中が血まみれだった。土間も、リビングも、キッチンも、和室も。この家を探すと、当時の血痕が残ってたりするくらい飛び散ってる。父さんも母さんも、手ひどく殺されたんだ」
絢斗も両親がいなかったのか、と目をつぶってかみしめるような同情を西条は抱いた。すでに話をきいていた愛美も、その凄惨さに思わず周囲を見渡した。
「そう、この家は僕たち家族が昔から住んでいた家なんだ。事件があってから清掃はされて、売られそうになったけど僕が引き継ぐことにした。僕が両親のことを思い出せる数少ない貴重な場所だから、離れたくなく今でも僕が住み続けている」
淡々と話す絢斗はまるで、今彼が考えたばかりの虚構のストーリーが語られているかのようだった。それほどまでに絢斗の話はにわかには信じがたいものであった。西条はその話を、動揺せずに聞いてはいられなかった。
「ここで、この家で、そんなことがあったのか……?」
「うん。今話した通りだよ」
「なんで……なんでお前はそんなに冷静なんだ……?」
平静を崩すことなく答えられ、西条は怯えた。両親を殺されたことが、絢斗にとってたいしたことではないように語られ、追及せずにはいられなかった。
その様子を見ても絢斗は何も変わらない。凍てつくような視線を西条に向け、話を再開した。
「まあ、名目上この家の持ち主は僕と一緒に住んでいることになっているあいつになってるけどね」
「親戚に引き取ってもらったのか」
「いんや、僕の両親に頼れる親戚はいなかったらしくてね、僕の身元を見てくれることになったのは、僕となんら関係のなかったとある一人の女だよ」
「今まで関係がなかった女性が引き取ってくれたのか。どこでその話がついたのかわからいけれど、ずいぶん幸運だったな」
西条はよかったな、絢斗に告げた。しかし、その言葉を受けて彼の表情が憎々し気に一転した。
「そもそもその女がいなかったらこうはなってないんだよ」
「それは……どういうことだ?」
そこまで言ってから絢斗は、深呼吸をした。長いまつ毛に隠れた瞳が再び開かれたとき、その光は先ほどまでとは全く異なるものだった。
「僕の両親を殺したのは、今僕と共に住んでいる、草刈美舟なんだ」
「アタシを呼んだかー?」
その言葉と共に、部屋の空気が一変した。
恨めしそうだった絢斗は媚びるような笑顔を浮かべ、大人しく話をきいていた愛美は複雑な思いを張り巡らせた。
「っ!!」
そして西条は、咄嗟に戦闘態勢をとっていた。
「お、新顔いるじゃん。って、お前、どっかでみたことあるねえ……えーと、ごめんなさい、みたいな名前だったよな」
獰猛な笑みを浮かべ、燃えるような赤髪をしたその女性は、草刈美舟といった。
「く、草刈さん。お目にかかれて幸栄ですね。僕は、西条侘助といいます。保安部隊特殊任務課に所属している者です」
「ああ、あそこね」
自分におびえている西条の様子は一切気にせずに、その視線はずっと絢斗に向けられていた。
「おい絢斗。そこそこいい仲間連れてきてるじゃん。アタシを殺す算段が整ってきたってカンジ?」
ずいっと絢斗に顔を寄せて、威嚇するように詰め寄る。それに慣れているのか絢斗は動じずに、今まで聞いたことがないような猫なで声で答えた。
「やだなあ美舟さん。僕はあなただけに従う従順な子犬ですよお」
うえ、と絢斗の媚びる様子に思わず西条は嗚咽を漏らす。愛美は今までテレビの向こうでしか見たことのないあこがれだった存在が、目の前で野獣のような面構えをしているのを見て、尊敬の念から恐怖へと変わった。
普段とらえどころのない性格をしている絢斗をそうさせるだけの暴力が、目の前にあった。
「お前はいつもネコだろ? たまにはアタシをからかって遊んでくれないかねえ?」
「僕は主人に忠誠を誓った猫なので、命じられればなんなりとしますよお」
ゴマをする絢斗と、それを愛しく眺める草刈。二人はしばらく見つめ合っていたが、やがて草刈は目を逸らして、西条たちの方を向いた。
「よおあんたら、二人とも初顔だけど、絢斗とはいつから知り合ってんだ?」
頼りがいのある、豪胆な笑顔が二人をとらえた。しかし、口元はにんまりとしながらも目が一切笑っていないのに気づき、西条と愛美はうかつに声を出せなかった。
「二人とは今日知り合ったばっかだよ。僕も二年生になってようやく、話し相手ができたんだよお」
「で、本当は?」
絢斗がフォローを入れようとするが、それを無視して草刈は二人に近づいた。その圧は尋常ではなく、一歩近づくたびにする足音が、地獄からの迎えと思わされるほど重く恐怖を与えてきた。
口から言葉が漏れ出てしまいそうだが、二人は必至で耐えていた。愛美も西条も今は、絢斗のためだけに必死で耐え忍ぶ。その様子にちッとと舌打ちをして、草刈は手を二人へ向けた。
それを絢斗が必死に止めようとするもむなしく、巨大な空気の塊が空間を揺らしたのを三人は知覚した。
その瞬間、西条は咄嗟に能力を発動させる。詠唱もくそもない、幼稚な呪いのようなものだったが、それが草刈の手から放たれた塊の軌道をわずかばかりに逸らした。
「ふーん。これ止められるってことはお前、絢斗より強いな?」
そう言って草刈は楽しそうに心からの笑顔を浮かべ、再び繰り返そうとする。もう一度、と西条が詠唱を紡ぎ始めるのを見てようやく、愛美も自身の能力に触れようとする。
「やめて!!」
激しい戦闘が巻き起こりそうになる寸前、絢斗が二人の前に立ちふさがった。その声も、その身体も小さく震えていたが、それでも彼はその行為をやめようとはしなかった。
「普段から教えてるよな、絢斗」
それを加虐的な表情でうっとりと眺め、草刈は告げた。
「人を動かすには、力が必要だって」
ドスンと鈍い音が響いた。カハッとかすれた声に遅れて絢斗の身体は崩れ落ちた。どうやら、彼に向けて先ほどのような塊がいくつか射出されたようだった。
絢斗が倒れてのを見て、愛美が目に怒りを携えて草刈に殴りかかろうとする。ただ、その拳は振るわれることはなく、草刈の視線は西条をとらえていた。
「やってみるか、アタシと」
挑発するように、草刈は西条を煽り立てる。西条が動けないのをみると、手を下から差しのべる。西条はまだどうするべきか図りかねていた。自分の直感が、動いたら死ぬと言っている。しかし自分のどこかが、動け、奴を倒せと叫んでいる。
西条がポケットに突っ込んでいた手を、ピクリと動かす。
一触即発の状態が解かれる、と思うと突然草刈が興味をなくしたかのようにどこか別の方向を眺める。
「やっぱやめとくわ。いづれお前と戦うときを楽しみにしとくわ、お詫び君」
そう言ってぱたりと戦意をなくして奥の部屋に姿を消した。
場に静寂が訪れた。好き放題場を荒らして帰っていった暴君から三人はようやく解放された。ケホッ、ケホッと席をしながら絢斗は体の具合を確かめながらなんとか立ち上がる。
「大丈夫!?」
愛美はやり場のない力を振りかざしたまま固まっていたが、絢斗が動き出し、彼女も思い出したかのように硬直から解かれた。真っ先に絢斗の身体の具合を心配し始める。身体をさすられて絢斗は大丈夫、とつぶやいて愛美を自分からはがした。
「僕は大丈夫。それより、ごめん二人とも。まさか起きてくるとは思わなかった」
自分の身体を気にせず、絢斗は頭を下げて謝罪した。その誠実すぎる謝罪に、西条は絢斗らしくないと感じ少し気持ち悪かった。そこでようやく、西条は自分の身体が緊張で固まっていることに気づいた。それが分かった途端、解放されたとわかり、体中から力が抜けた。
「でも、あいつが起きてくるってことはワビが警戒されてるってことだ。これがわかっただけでも幸運だね」
「絢斗。お前の目的は、あの人を殺す、ということか?」
西条の問いに、痣のついた顔で痛々しい笑顔をつくった。
「理解が早くて嬉しいよ。僕の人生は、あいつに壊されたところから記憶が始まってる。だから、失われた人生をやり直すためにも、あいつを殺そうと思ってるんだ」
「絢斗……」
愛美が絢斗に駆け寄り、その手をギュッと握りしめる。
「あいつは大抵結界の張られたこの家に住んでいる。愛美に張ってもらった結界は草刈以外の敵を寄せ付けないようになっている。それが心地よいらしくて、寝るときはほぼここ。それで、ちょっとでも危ない気を感じたら起きだしてくる。今回はワビがその対象に挙がったってことだ」




