十話 プロデューサー兼マネージャ―な男の娘は好きですか?
「え、委員長サン泣いてたっぽいじゃん。どしたの」
教室に戻ってさっそく、西条に小声で詰め寄られた。近寄ってくるな、と払いのける。それでもしつこくにじり寄ってくる彼の顔には、昨日の逃走劇のときすったらしい傷跡を隠すため絆創膏が目立っていた。それを聞いて僕はなんとなく安心した。それはたぶん、自分と天と地ほどの差があると思っていた彼が、余裕そうにしていてもすりむくくらいはする、まるで普通の人のように感じられたからだろう。
「僕の与太話に感動して涙を流してくれただけだよ。よくあるんだけど、今日の話はちょっと感情を揺さぶりすぎたみたい」
「む、そうだったか?」
絢斗が適当に西条をごまかそうとすると、絢斗の前の席で話を聞いていた明穂が彼の方を向いた。過去の記憶を掘り起こそうとしているのか、首を左右にメトロノームのように振る様子は非常に可愛らしい。
「おい、まさか嘘か?」
「今のを嘘だと読み取れないとか、さいじょ……斎藤は案外騙されやすいの?」
「別に信じてはないだろよ、おい」
「さいじょ……斎藤は戦闘のときも実はあんまり考えてなかったり? 頭脳派の雰囲気出しといて反射神経頼りの筋肉馬鹿だったか、見誤ったなあ」
「……お前、結構口悪いよな」
「その言葉、そっくり返すよ」
息をするように口を開けば煽りと罵倒の嵐だ。教室の中で、少しでも他の目がそれると絢斗は西条をからかって遊んでいた。
それが珍しいのか明穂は楽しそうに二人を眺めていた。
「二人は仲がいいな!」
「よくないよ」
「そうかもな」
明穂の言葉に絢斗は首を振り、西条はニヒルな笑みを浮かべていた。
「……あんたが斎藤ね」
そこに、ようやく落ち着いた愛美が西条に声をかけた。絢斗と愛美の関係がよくわかっていない西条はどう対応するか困ってとりあえず昨日のようにすることにした。
「あ、そうですよ。あの、大丈夫ですか?」
「あんた、これから私たちの仲間になるんでしょ。だからもう、そのうざったいのをやめなさい」
むすっとした表情で嫌そうに愛美が言う。泣きはらしたまぶたと相まってすねているようにも見える。
「……? 委員長と涼風くんはどんな関係なんですか?」
「絢斗は私たちのマネージャー。同じ志を持った仲間よ」
チャイムが鳴った教室では、教師が来ないのをいいことに生徒たちはおしゃべりに興じていた。その喧騒に紛れて愛美は、明穂の前でそんなことを明かすのであった。
「そうだぞ! アヤは一年前からマネージャー兼プロデューサーもやっているんだぞ!」
なぜか自分のことのように嬉しそうに明穂が告げる。絢斗はあははと照れた笑みを浮かべてごまかした。
西条は、言葉の意味が全くわかっていなかった。昨日、絢斗は草刈美舟と何らかの関係を持っていると提示され、それについておいおい話をされる予定だった。だから、絢斗に仲間がいるということも、明穂は絢斗にとってどういう立場かもまだ明かされていない。その状態で突然委員長である愛美が仲間だと本人から伝えられなおかつ絢斗が想像だにしていない肩書を持っていたのだ。言葉が出なくなるのも仕方がないだろう。
その様子を見て絢斗はこっそりささやいた。
「今日全部話すから、今は仲良くしてて」
わけもわからない話だがとりあえず西条は返事をした。
「それじゃあ、これからよろしくお願いしますね」
「だから敬語もやめなさいっての」
西条と愛美が独特な距離の詰め方をしているのを絢斗は面白く観察していた。明穂は仲間が増えたのが嬉しいらしく、うきうきとしている。そして早く西条に他の仲間のことを伝えたいらしく、絢斗に西条へ話していいかと聞いていた。絢斗はそれにうん、とだけうなずいた。すると明穂はやったーと万歳をしてしゃべり始めた。
「西条、他のクラスにも仲間がいるから紹介していいか?」
いやまだ仲間がいるんかい、とツッコミをしたくなるのを何とか抑えてぶっきらぼうにお好きにどうぞ、と返した。明穂に対する雑な対応に絢斗はムッとするが、明穂がきにしていないので後で文句をつけることにする。
「ふふ、私たちの仲間は面白いぞ。なんてたって一人はまず……」
ドキドキを引き延ばすように発言をためる。西条はどうでもよさそうに聞いていたが、明穂があんまりにも期待をあおってクラスの視線を引き付けるのでさっさとしてくれと願っていた。
「不老不死なんだ!」
「え?」
その言葉に適当な態度をとっていた西条は聞き返せずにはいられなかった。
不老不死、本物か。施設で幾度となく聞いたその言葉に西条は驚きを隠せない。その能力は多くの人があこがれてやまないものだ。その持ち主が自分と同年代でしかも、同じ高校にいるなんて、西条は耳を疑った。
「そうそう、その反応だ。驚くのも無理はないだろうな、だって不老不死だからな」
愉快愉快、と悦に浸る明穂をポカーンと西条は眺める。一人目からなんてパンチなんだ。そんなやつと仲間になるなんて、自分のした選択は間違ってなかったかもな、と西条は胸中で感じた。
十分満足したのか、明穂は次の紹介を始めた。
「二人目はな、魔女だ」
こっちはあっけらかんと発表してしまった。
いい気に入ってきた文字数の割に巨大な情報に西条は目を白黒させていた。情報の波に押し寄せられて必死で頭を回転させている西条を、観察動物のように眺めている明穂を見て絢斗は、案外明穂はサドなのかもしれないなと考察していた。
言いたいことを言って満足した明穂は時間も時間ということで椅子に座って前を向いてしまった。なんの捕捉もなく情報に頭をぶん殴られている西条は助けてと視線を絢斗と愛美に向けた。
しょうがないわね、と持ち前の優しさで愛美が西条に説明しようとすると、そこでようやく教師が表れてしまった。
「あーい、今日も朝礼すっぞー」
またあとで説明するわ、と軽く謝って愛美も元の席に戻っていった。
「ぜんぶ、アキがいないところで教えてあげるから待っててね」
半分パニックになっている西条に喜色満面といった感じで絢斗は声をかけた。西条がはあ、とがっくりと肩を下ろした。こいつら頭おかしいやつらばっかだなと西条はこれからが更に不安になった。
西条が憂鬱になっているがそんなのは関係ないとばかりに、朝礼が始まった。
いつも通り遅刻して入ってくることは教師は触れず、連絡を続ける。そこで突然思い出したかのように言ったことがあった。
「あ、そういや昨日駅前の路地で血だまりがあったとか今朝聞いたから、放課後遊び行くやつは気をつけろよな。まあうちのクラスでそんなことにかかわろうとするやつはいないと思うけど、能力観察機関への就職を考えてる奴は特に気を付けるんだぞー」
軽い調子で述べた言葉に西条はウっと反応した。
「お、どうした斎藤? お前も荒事好きなタイプか? やめとけやめとけ、探偵の真似事は教師の立場として意見するのが難しいからな」
あ、あははと西条は冷や汗を垂らしながらごまかした。
案外ポーカーフェイスじゃないんだな、と絢斗はそれを見て西条の弱点を冷静に分析していた。
探偵の真似事、という言葉だが、この能力者養成学校厚葉本校では、本校というだけあってえりすぐりの癖がある者たちが集まっていることが起因する。他で手に負えないような能力者たちは大抵、厚葉校に送還されるのだ。するとその中には当然、様々な生徒がいる。血気盛んだったり、暴走しがちだったり、危険思想を持ち合わせていたりと。その中で更に目立った活動をしているのが、とあるグループだった。
探偵団、と自分らで名乗るその団体は、正義の心を持った生徒たちが営んでおり、日々能力犯罪について調べまわっている。行き過ぎた執行を心持つものがいるがおおむね安定しており、輝かしい実績を残せば能力観察機関への就職が容易になるとのうわさもある。
しかし、厚葉校側としては生徒たちが勝手に危険なことに首を突っ込むという状況は承認できず、対応に困っているのである。
「そんなことより、アイドルのライブでも見に行った方が人生豊かになるぞ。っと朝はこんなもんか。委員長」
ついによろしくという言葉も出さなくなったのに一瞬眉を顰めるも、愛美はいつも通りの号令をかけた。
「起立、気を付け、礼」
あざましたーと適当な教師の姿を丸写しにした生徒たちのあいさつで朝は過ぎていった。
仲間は変な奴ばっかだし、教師は適当だし、この高校本当に大丈夫かな、と西条は普通を夢見ていた高校生活がさっそくがらがらと崩れ落ちる音が聞こえる気がしたのであった。




