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0話 二年前、裏路地にて誓う

異能ものです。作者の努力次第ですが毎日更新を予定しております。よろしければしばらくの間お付き合いください。

 二年前、まぶしい陽射しが街を照らす初夏であった。


「君、可愛いね」

「は?」


 ナンパまがいの挨拶が出会いだった。

 太陽の光が届かない裏路地に、三人の人影があった。内二人、平凡な顔つきの少年と、黒いフードで顔を隠した人物は激しく争っている。そんな中ナイフを持つ手を掴まれ、黒いフードの人物が怯んだとき、ナンパが始まったのだった。突拍子もない告白に声を出さないことを忘れ、思わず反応してしまう。


「気持ち悪いこと言わないでくれる?」


 何度もナイフを避けられ、さらには己の手を掴まれ、目が合ったと思うとこのセリフである。ナイフをもった刺客が声を漏らすのも無理はない。

 自分をにらむその視線に、フードから見える紅色の唇をとがらせて、不適に佇む少年に媚びるような上目遣いを返す。くすんだ瞳の彼と、フードの人物二人のにらみ合いが続くかと思うと突然、二人の様子を観察していた少女が叱責するように叫んだ。


「そこの能力者、フードをとれ!」


 先ほどまで、フードの人物が優勢な戦いを繰り広げていたところ、劣勢であった少年の助けに入ったのがこの黒髪ボブの少女であった。フードの人物は少女が参入した途端、彼へ手を出すことを止めた。突如戦闘の手が緩んだことを警戒していた彼は、戦闘中の焦りはどこへやら、今はゆったりと場を観察している。少女はそれに気付かず、フードの刺客をただただにらみつけていた。

 まずいな、とフードの人物は胸中で独りごちた。これから自分を見つめる少女をごまかし、この場から脱出しなければならない。じりじりと距離を詰められる中、しばらく脳内で策を練り、よし、これならいけるかなとほの暗い裏路地から空を見上げた。

 その瞳が太陽をとらえたのと同時に、警戒していた少女も動く。


私の脚は狩猟豹が如く(ユヌ)

「地よ、彼の者を此処へ止め給え」


 二人の詠唱はわずかに、フードの人物が早かった。能力の発動と共に、一息にビルの屋上へ跳躍した。地から足が離れてすぐ、飛び去った跡が亀裂に沈む。わずかな詠唱の差ではあったが、それが命運を分けた。

瞬時に脱出してよかったと、自分がいた地面を見下ろしてフードの人物は冷や汗をかいていた。

間一髪だった。もし日頃の訓練がなければ長々と詠唱して地面に押さえつけられてたな。

安堵の溜息をつき、おそらく追ってくるであろう暗い青色の瞳をした彼を誘導できるような建物を探し始める。


「まさかアキに会うなんて……ついてないな」


 周囲を見渡しながら、ポツリとつぶやく。そして足元のビルの入り口に早速侵入した少女を見て唇を噛んだ。周囲を確認して、フードの人物は隠していた顔を太陽の下にさらけだした。

 フードから解放されるように出てきてたのは、濡羽色の深く深く暗い墨のような髪だった。ゆらゆらと風に揺蕩う髪は腰に届こうかというほど長く、このまばゆい太陽の中でも漆黒の、非常に美しいものだった。

 よし、あそこだ。

 そう呟き、眉をキリッと寄せ、息を吸う。風が吹き荒れる都会のビル街の屋上で、詠唱が始まる。先ほどと同じ言葉が紡がれると、ばねのような跳躍によって向かいのビルへ飛んでいった。


「君、もしかして女の子じゃない?」


 柵のない屋上スペースにはすでに先客がいた。ダークブルーの瞳に、妙に似合わない黒髪を携えた彼は、フードをとって容姿をさらした人物にいきなり疑問を投げかけた。

 当たり前のように自分の先を行く彼にいらつきながらも、吐き捨てる。


「さあね」


 少女のように華奢な体躯からこぼれる声が都会の風に流されて消えていく。放っておいたら初夏の日差しに溶けてしまいそうな彼を誰もが少女だと誤解するだろう。艶のある黒髪に、処女雪のような肌も、その誤解を加速させる。

しかし、彼は少女ではない。

 僕が自分から情報を明かすわけないだろ、と少女のような彼は自分を試すように見つめる瞳をぐっとにらみつける。対峙していた時よりもフードがとられて直に見える強い視線にひょうきんな態度をとっていた彼は反射的に身構えてしまう。


「フードをとったらわかると思ってたけど、むしろ君のことがわからなくなったな。俺はもっと君のことを知りたいだけなんだけど」

「きも」


 喋るつもりはなかったのにその尋常ではない気持ちの悪さに彼は本音を漏らしてしまう。おそらく気持ち悪い彼は自分に喋らせてボロを出させようとしているのはわかっているのだが、そんなことを言ってられないほどの嫌悪であった。その発言をした彼もそこまでドン引きされると思っていなかったようで傷ついているようだ。


「なあ、少女みたいな少年くん。今の発言は謝るから、まずはあの女の子について教えてくれないか?」


 やっぱりそうなるか。彼はこれから起こりうる未来を考えて憂鬱な思いを抱きつつも、目の前の人物をどう殺そうか思案する。

そして再び戦闘態勢をとった。


「あんたはあの子を、守りたいのか?」


 こちらの心を揺さぶるような問いかけに腹がたつ。そう感じて彼ははらわたが煮えくりかえそうなのを何とかおさえつつ、声の主をねめつける。


「さあね」

「はっ、そんなアツい目をしてその答えはないだろ! 笑っちゃうぜ」


 あっはははと何が面白いのか笑いだす。緊迫感がまるでなくなってしまったこの状況と、腹を抱えて笑う彼の心情がわからず戸惑う。

 こいつは一体何が可笑しいんだ。僕は変なことは一切言ってないつもりだけど。もしかしてこの行動をして僕のリアクションをみてまた情報を引き出そうしているのか。真意を窺おうとしばらく見守っていると、突然黙りこくって語り掛けてくる。


「ってお前、マジで無自覚かよ。そんなにあの女のことが好きなのか。純情だねえー」


 君、からお前に呼び名が変わった。しかも口調も適当に、そこらの夜を頭空っぽにして歩いてる社会の汚れみたいになった。僕に対する捉え方が変わったのか。


「しゃーねー、お前の純情さに負けたわ。今日のところは報告しないでやるよ。その代わり、次会ったときはお二人さんの話を聞かせてな。あー人生の楽しみが一つ増えたわ」


 よく見ると端正だった顔を崩してニヤニヤと下種な笑いを浮かべる。彼の変わり身に戦意をそがれるが、当初の目的を思い出し、ぎゅっとポケットの中のナイフを握る。


私の腕は創造人が如く(サンク)


 強化された力でナイフを手放さないように、投擲ぎりぎりまで握ったままナイフを振りかぶる。何かを投げるような動作をぼんやりとみていた彼であったが、その手に握られているのが刃物ということで慌てて迎撃態勢をとる。


「いっけええ!!」


 腹の底から搾り上げた声がビル街に響き渡る。今やか弱い少女とは程遠い喝の入った叫び声が、彼の思いの強さを表している。

 ナイフを振り切るとほぼ同時にそれを手からリリースする。空を切り裂き泰然としていた彼に突き刺さるかと思われたとき、彼がナイフに手をかざした。


「いーゔん」


 その言葉とともに、空中を走るナイフは減速し、彼はナイフを迎えに行くように近づいて行った。一人と一つが交わる点にて、ナイフは見事彼の手に包まれた。


「んじゃ、ばいば~い可愛い子くん。またね」


 にやりと笑い、どや顔をかましたまま彼はビルから飛び降りていった。

 ビルの屋上に残されたのは涼風絢斗すずかぜあやとただ一人。ポケットに忍ばせた残りのナイフを呆然と握っていた。



 初夏の日差しに陰りが見えてきたころ、絢斗はようやく落ち着きを見せた。


「初任務は失敗か……」


 これが火種となるはずだった。これではまだ、何も始まらない。

 しみじみと、己をしかりつけるように語り掛ける。


「なあ、これで僕は本当にアキを守れるのか?」


 何かに頼りたい願望を、己が自身で否定する。


「いや、このままじゃ守れない」


 なら、僕はどうすればいいんだ。

 終わりのない自問自答の最中に、ふとぼんやりと自分を師匠だと名乗る人物からの言葉が想起された。

 あの人はいつも、僕に向けて目標を達成するコツを教えてくれていた。


「自分を強く、誰もを圧倒する力を手に入れる、か」


 あの人は力ですべてを解決してきた人だ。あの人はきっと、この言葉通りに生きることが一番の近道なのだろう。でも僕はあの人を反面教師にすると決めている。それならばこの言葉と似て非なる、かみ合わないことをすればいいのはないだろうか。どれがいいのだろうか、ああ、そうだ。


「自分以外の強い、力を集めるんだ」


 僕だけが強くなるんじゃない。僕が強くなり、その上で更に仲間を集めるんだ。

 そして、この世界から僕の恩人であるアキこと楠明穂くすきあきほを守る。それがきっと、僕に与えられた唯一の使命なのだから。

 そう、涼風絢斗すずかぜあやとが確信したこの時から、すべては始まった。



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