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プロポーズ





 「君と一緒にこれからの一生を生きていきたいです。──僕と、結婚して下さい」


 私の目の前に片膝をつき、目の前に差し出されたのは、精密な薔薇の装飾を施された婚約指輪。

 宝石などは一切ついていないけど、その美しいデザインは彼が手作りした物に違いない。

 忙しい仕事の合間を縫って、私の為に作ってくれたんだろうと思うと、視界が滲む。

 彼は真剣そのもので、少し、ほんの少しだけ心配そうに私の反応を伺っている。

 心配しなくても私の心は既に彼のものなのに。


 「もちろんっ!喜んで!!!」


 私は彼に勢いよく抱きついた。

 彼は驚きながらも、優しく私を抱きしめ返してくれる。


 早めの食事を終えた夕方。秋風に吹かれながらの海辺にあるテラスでの告白は、ものすごくロマンチックなものだった。









* * *









 私こと風見楓かざみかえでが彼、稲葉一いなばはじめと出会い、お付き合いが始まったのは、同じ職場で働いていた先輩後輩の関係からだった。


 私たちの職業は歯科技工士。多分知らない人が多いだろう。

 歯科医師とも歯科衛生士とも歯科助手とも違う裏方の仕事。入れ歯や差し歯などを作る技術職だ。歯科技工士はほとんどが技工所か、歯科医院の裏方で作業をしている。


 中小企業の技工所であるこの会社は、人の出入りが多い。お客さんが多く来るという事ではない。新人が入っては辞めていくのだ。それはもう、頻繁に。

 ゆとり世代だから根性がないんだ。そう思う人もいるだろう。けど、本当にそれが理由だと私は到底思えない。ゆとり世代真っ只中である私が言えた事じゃないけれど。


 朝九時出勤の夜六時まで。そう聞けば、ああ、なーんだ。普通じゃないか。そう思うだろう。どこに辞めたくなる要素があるんだと。私だって初めは、この時間だったら働けると意気込んでいた。だって採用の紙にそう書いてあったから。誰だって信じる。

 それが実際に行ってみれば、朝八時から朝礼始まるからその時間に来てと言われ、夜は定時が八時。愕然とした。

 朝礼一時間もやるの!?と思ったけれど、実際は十五分程度で、その後すぐに仕事が始まった。しかも忙しくない時はない。ほぼ忙しいので、朝礼をやるのは実際年に数回だったりする。

 終わりは忙しくない時で夜九時、忙しい時は深夜十一時。それが当たり前だった。それでも私は早く帰らせてもらえる方だ。中には会社に泊まり込む人もいるくらいなのだから。残業代はもちろん出ない。ボーナスだってない。手取りは月二十〜二十五万でまぁまぁある方なのだろう。……たぶん。残業代やボーナスがない事を考えると少ないかもしれないけど。


 入社してすぐの頃は、技術職なのに役立たずの自分は給料を貰えてるだけでもありがたいんだ、他の人より早く帰らせてもらってるのに申し訳ないと、仕事が出来るように必死に頑張ってきた。


 そして、六年目になった今。自分で出来るレパートリーは増えた。でも未だに一度も昇給はない。


 これじゃあ、誰だって辞めたくなるだろう。実際私だって辞めたい。


 そんな中、私は人が辞めていくのを横目にしながらも、必死に頑張ってきた。何故こんなにも頑張ったのか。理由はたった一つ。

 彼がいたからだ。


 五年歳上の彼は黙々と作業を進める寡黙タイプだ。だけど、その中に沢山の優しさがある。


 一日では到底終わらない量の仕事を渡された時、アップアップしながらなんとか終わらそうと必死だった私の元に来た彼は、そっと私の仕事を取っていってくれた。


 彼だって自分の事でいっぱいいっぱいなのにも関わらずだ。私は思わず嬉しくて泣いてしまった。彼はそんな私を見て、ビックリして硬直してしまったけれど。

 いきなり泣いて本当に申し訳なかった。


 そんな事が何度かあり、彼が私の面倒を見てくれていた事もあって、仕事以外の話も少しずつ喋るようになり、そして付き合う事になったのだ。




 そして昨日、彼からのプロポーズ。嬉しくないわけがない。自然と頰は緩み、足取りは軽くなる。


 「風見さん今日はご機嫌だねぇ。何かいい事でもあった?」

 「ふふっ。そうなんです。とってもいいことがありました!」


 私はとびきりの笑顔で上司に返す。



 年末が近づくこの季節。だんだんと忙しくなる時期だ。クリスマスだなんだと言ってられない。



 その数週間後から仕事量が一気に増えた。それはもう大量に。この時期は忙しくなるが、いつも以上だ。そして私たちを忙殺する事になる。










 ──それが、私たちの運命を変えてしまった。














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