勇者と猫とひねくれ者 後編
このバランス感覚音痴の人生どうか綱渡りでありますようにと、御利益皆無な齢五千年の老木へ祈る。
その間に久保崎は右往左往しながらも、何とか目標ポイントへ到着。
「久保田君、ここから慎重にいって」
「分かっていますって! お任せを」
鬼軍曹もといお姫様に向かってにこやかに歯を見せた。
爽やかアピールのつもりだろうか。
だが、恐る恐る、「ほら猫、こっちだ、こっちにこい……、うわぁ!」子猫を抱き上げようとすると枝が重みで折れかかった。 足を滑らせバランスを崩しそのまま動けない。
典型的な二次災害だ。
「久保田君!」
「ひい、助けてくれぇ!」
命乞いを躊躇なく敢行した枝にしがみつくみっともないナマケモノ。
ワンシーン前の不敵な笑みは何だったのか。
普通の汎用型高校生過ぎて、ロボアニメなら第一話の初っぱなに主役機に撃破されるだろう。
「久保田戻って!」「何やってるのノロマ!」「男でしょ、根性見せなさいよ!」
匿名掲示板にも負けない辛辣な罵倒――、でなく助言に戸惑いながらも、臆病者は危なげながら旋回する。
しかし、ハシゴは関節部分が壊れて崩れ落ちてしまった。
恥知らずに猫そっちのけで騒ぎ出すのは言うまでもない。
高さはおよそ4メートルはあるので飛び降りるのも愚行だろう。
外国のプロバスケ選手がダンクするより高所だからだ。
第一そんな度胸があるならわめく前に、女子達を総動員して受け止めるなりの行動に移している。
でも、実際役に立つか分からないが……。
ただ煽てて囃し立てていた女子達は、巣で待機する雛鳥の如く、騒然としているだけだからだ。
「……こんな奴に光属性が生まれるとは考えにくいが、奴の指示通り、可能性はしらみ潰しにやるしかないか」
そう意味深に独りごちながら、俺は隠密にある行動を起こした。
その過程で弊害となる事象を誤魔化す為、はしごを数回蹴飛ばす。
音にビビったのか、子猫はお昼寝を邪魔されて自主的に飛び降りた。
気付いた円谷が、「桂ナイス!」咄嗟にキャッチ。
外野手並に良い判断だ。
でも、俺は苦言する。
過保護すぎ。
お前らはにゃんこの凄さを分かってない。
わざわざ騒ぐことでもなかったんだ。
屋根の上からでも余裕で戻ってこられる忍者だからな。
それはそこの大袈裟野郎にも当て嵌まる事だ。
「ひぃ、死にたくないい!」
「久保田君、待ってて。先生を呼んでくる!」
「当たり前だ。何で猫なんかで俺がこんな目に合わなければならないんだ! 俺が怪我したら親がただじゃおかないからな!」
ついに馬脚を現した久保澤は円谷を罵倒する。
ただし、親を出すところは三下の脅し文句だ。
カッコ悪いたらありゃしない。
「女々しいぞ。男の仕事はどうした?」
「うるさい! 俺の命が最優先だろうが!」
「下心丸見えの末路だな。ちなみにパンツも丸見え」
小枝に引っ掛かったせいで当校指定、紅葉カラーのズボンがズレ落ちていた。
久保瀬の暴言に女子共が軽蔑の眼差しを向けているが、無責任で言えばお前らも同じ穴のむじなだぞ。
「勘太郎、馬鹿言ってないで最悪に備えて受け止める準備しておいて!」
普段の優等生をかなぐり捨ててチャキチャキな素が出ている幼馴染みに、「いや、その必要はないぞ」俺は冷静に拒否する。
「え?」
「後方を刮目せよ」
大挙して押し寄せる学生の津波。
嫌われもの末路だ。
当然だろ。
事前に呼んでおいた大勢のギャラリーと先生だ。
命は助かったのだろうが、惨めな姿を晒した最高の1枚を、細工した学園のSNS経由で一斉送信された勇者は一貫の終わりを意味していた。
良く撮れているだろ?
「……」
これで本日の目的は達成された。
久保川の中にある勇者の輝きである『光属性』は潰えただろう。
仕方ないとはいえ、立ち直ってくれる事を御利益のない老木に祈りつつ俺は踵を返して現場を後にした。
◆◇◆◇
「――にゃん太郎良くやった、褒美を使わそう」
「ぶにゃあ♪」
学校裏の雑木林。
死角になる所で共犯者にして功労者を労う。
人目につきにくいのでぼっちな俺の貴重な安息所になっていた。
女子達が付けた安直なネーミングの『にゃん太郎』は俺が用意した煮干しを頭から豪快にかじりついる。
ここを縄張りにしている野良猫なだけあって良い食べっぷり。
しっぽが振り子のように小刻みに移動する様子は、ステッキとかハテナマークにも見えなくはない。
早速、今日の成果を『勇者討伐』手帳に付ける事にした。
これは名前がびっしりと書いてあるリスト。
レリーフなら荘厳だが紙だとデカか探偵だ。
その一つ、久保田に横線を引っ張る。
ここで初めて奴の姓を正確に認識したが、所詮は調子の良い事を並べている選挙時の政治家と同様、直ぐに忘却の彼方だろう。
そう、今回の仕掛人はこの俺だ。
にゃん太郎も実は共犯者。
予めにゃん太郎の好物を枝の上に用意、更にそのポイントに切れ込みを入れて、梯子に細工しておいた。
丁度、朝一でボランティア活動を開始する円谷 凛子達は校舎裏を必ず通る。
最近付き纏っていた久保田がアピールする為に名乗りをあげるのは自明の理であった。
何故にこんな意味の分かんない事をしたのか。
もちろんこれには理由がある。
別に円谷に焼きもちを焼いた訳じゃない。
他人の不幸を嘲笑うのが趣味という訳でもない。
危険思想者とか変質者と勘繰るのだろうが、まずは黙して聞き耳を立てるのが観客または傍観者のマナーってものだ。
こほん……、善行を挫くことで、光属性、即ち勇者を討つ。
それが俺の仕事、いや、前世から引き継いでいる使命だ。
この桂 勘太郎のもう一つの名称、魔王軍統括総司令 魔王『ガンナム・レイドラーム』この呪われた諱がそうさせる。
知らない他世界に転生して絶賛隠居中だがな。
名乗った処で信じてもらえるとは思ってない。
でも、妄想じゃないんだ。
真実なんだよ。
……なので――、待て待て、本を閉じないでくれ。
現実逃避でも、異世界ブームに反発している訳でも、ライトノベルの下読みを生業にしている方々並に読み過ぎている訳でもない。
証拠の提示方法は持ち合わしてはいないが、脳の海馬にはここではない別世界の記憶が焼き付いている。
確かに魔族108種族の長、魔王として『ローグエンドバーグ』という世界で君臨していたのだ。
試しに枝を剣に見立てて構える。
ここから、知るはずのない型が次々と格ゲーコマンド入力と同等の速さで決まった。
これは一介の高校生が会得するには、練度が卓越しているのではなかろうか。
「我こそはローグエンドバーグを恐怖に陥れた、七海の魔王 ガンナムレードラーム! 愚民どもよ我を受け入れよ、我に恐怖せよ」
誰もいない事を良いことに、調子に乗って魔王らしくポーズを決めてみる。
満足と恥ずかしさが呉越同舟していて、背徳とはこんな感じなのだろうかと、自分の世界にどっぷり浸かっているコスプレイヤーになった気分になった。
でも、カミングアウトしたところで、中二病と噂されて生暖かく接しられるのがオチだ。
なのでおおぴらには宣言してない。
相談に乗ってもらおうと親友と信じていた奴等に打ち明けたら、次の日から着拒になっていたからだ。
なので、あくまでもこの世界ではガンナムではなく、桂 勘太郎なのだ。
さて、長々のつまらん口上に耳を傾けてくれて、ご清聴痛み入る。
苦痛さは校長のロングスピーチといい勝負だと自覚しているつもりだ。
詳細は専門家を紹介するから黙して待て。
「――」
「……?」
などと妄想していると、自意識過剰なネガティブ思考で鍛えられた過敏な他人の目センサーに反応。
自慢だが性能は花粉症に匹敵する。
瞬きする間だが視線を察知したのだが。暖かさの中にシャープな鋭さ、見守るではなくて見張る類い。
「ぶにゃあ」
「お前か」
聞き慣れた気の抜けた鳴き声に警戒を解く。
相棒が犯人みたいな何処かの三流推理小説の幕引きに、残念でもあり安堵でもあった。
そうとは露知らずの夜行性動物。気だるそうにひと鳴きすると再び夜遊びに向けて充電に入いる。
一応周囲を確認するも、俺を観察する危篤な奴もいるわけもなしと、いい加減で定評のある脳内決議は早期撤収と満場一致で可決した。