勇者と猫とひねくれ者 前編
俺、桂 勘太郎は少し変である。
いや、名前が落語家みたいなのは別に気にしてない。
根が暗いのも実はお気に入りだ。
容姿も極々普通。
それでも敢えて挙げるのならば、眠たそうな瞼が俺の第一印象に多大なマイナスイメージを与えているから何とかしたい。
しかし、初っぱなから脱線してお悩み相談室にする程の事でもないので、心の隅にしまっておこう。
では、何が変であるかというと、中々名状しがたいものがあるが、一般の高校生のみずみずしさ、または青臭さが足りない気がする。
金を拾ったら先に一割貰ってから交番に届ける。
電車の席は譲らないで、無理矢理詰めてスペースを確保。
おやつはハーブティーと漬け物。
ぶぶ漬けなら尚可だ。
青春真っ盛りなスチューデントにしてはえらく乾いているその達観した感性と価値観。
まったく最近の若者はと、自らの黒歴史を棚上げにした大人達から陰口が聴こえてくるかもしれない。
今日も今日とて、校門一分前ダッシュとか、試験は鉛筆サイコロ、机の中は常にアンダーグランド、好きな娘の椅子にペロペロするorリコーダーをむしゃぶるなど学生の本分を尻目に、俺はくだらない毎日の日課に精を出していた。
「――くそ、どうやって登ればいいんだよ!」
そろそろ降参すればいいものを、「久保田君頑張って!」や「ねこちゃん助けてあげて」など、女子達による無責任な応援がこの勇敢なる者、略して『勇者』の諦めが悪くなっている原因となっていた。
久保なんとかという名称のどうでも良いモブは、先程から校舎裏にある楓の木へよじ登ろうと足掻いている。
しかしながら横やりを入れて申し訳ないが、挑戦者は運動神経が並な一般ピープルだ。
誇り高き柱は安易に楽な生き方をしている人間様を攻略させてくれる程、生易しく大地に根を下ろしていない。
永年の劣化で皮が剥がれ枝も折れて足のかける場所がないのだ。
無事な枝も助走して届く高さじゃない。
戦時中の空爆にも生き残ったまさに男の勲章ならぬ植物の勲章とも言えなくもないが、その見返りが不気味な外見から妖魔の樹木という通り名とは報われないものだ。
だから奇異に感じるだろう。何故に体力の無駄使いを一生懸命やっているのか。
その動機は至ってシンプル。
高所の枝から降りれなくなった子猫を助ける為だ。
これだけで言葉を締めると、彼がとても良い奴に映るかも知れないが、所詮は煩悩に忠実な量産型男子高校生。
助けを求めていた女子がタイプだったから、羊の皮を被って優しい人アピールしているだけだと見抜けた。
「ごめん久保田君。気をつけて」
「円谷さんどうか任せて下さい」
その証拠に美少女と一般だと対応が違う。
大女優と新人アイドルだと、その扱いが天国と地獄と同等に変化するプロデューサーぐらい格差がある。
ところでシクヨロとかジャーマネとか、こいつら本当に大学出ているのかと疑問に感じるが、所詮はフィクションだと願うばかりだ。
対して、レスキュー目標である白と黒カラーのおにゃんこ様は、ドラマの内容を理解していないエキストラ同様、人間の複雑な善意が理解できず、春の陽気に当てられたのか危機感のない愛らしいあくび。
緩やかな春風に触れて、眠たそうな眼の下辺りに這えている髭が揺らいだ。
「くそ! もう少しで手が届くのに」
久保山は助走をつけて駆け登ろうと試みるが、アクション映画と違って上手く行くわけもない。
現実世界では見せ場であってもワイヤーアクションは不可能だ。
それにしてもそろそろ猿から猿人に進化しても良さそうなものだが、後どれだけ同じ動作を繰り返しているつもりなのだろうか。
メトロノームと良い勝負だ。
いい加減飽き始めたから年表暗唱でもしよう。
でも、気持ちを白紙に戻そうと検討した矢先、
「――梯子はないのかな?」
天使の啓示ならぬ円谷の一言。とても下着の好みがイチゴパンツと理想の異性が明智光秀には見えない。
「「「あっ!?」」」
晴天の霹靂だったのか、偽善者な久保なにがし達は、日本語を形成する基本形態ひらがなの先陣を切る勇敢なる『あ』をユニゾンした。
シンガリを務める『ん』でなくて何より。
言霊を信じるのならば終わりを意味して縁起悪い。
頭の周波数が合ったのか若しくはエデンの知恵の実を噛ったのか、漸くハシゴを使う事を思い付く。
ここまで30分が経過。
ホモサピエンスに進化おめでとう。
良かった良かった。
そんなお前らに良い格言を伝授してやる。
3人集まれば文殊の知恵というが、それは嘘だ。
3人集まっても馬鹿は馬鹿。
これが真実だぞ。
その後は簡単で、お膳立てしてあったかのようにたまたま近くにあった用務員の作業用を拝借。
きっと彼には学園スターへ続く階段にでも見えるんではなかろうか。
しかしながら、おもむろに立て掛けるが下が安定せず、何処かの喜劇王よろしくコミカルに観客へ笑いを与えた。
そんな折、「桂、久保田君に力貸してあげて」野次馬の俺にお姫様から白羽の矢が立った。
俺の固有スキルであるファントム(存在感が希薄なだけ)で完璧に気配を消した筈だが、相手はファントムキャンセラーを使用したのか。
……いや、訂正しよう。
ただ単に顔馴染みだっただけだ。
こいつには弟が世話になっているので頭が上がらない。
なので手伝ってやることもやぶさかではなかった。
だが、明らかにキャストミスな王子様役が、「おい、そこの暇人、手伝え」凡人の分際でイケメン気取りな言い回しが気に入らなかったのでやっぱり無視。
「円谷さんを無視するな!」
「……」
お前もだよ。
「何とか言えよ」
「俺は通りがかりの一般ギャラリーだ。残念ながら観客参加型アトラクション否定派なんだよ。そこにいるお前をけしかけた口だけしか動かない連中にでも頼め」
お前らの事だぞと言わんばかりに女子共を一瞥した。
何故、赤の他人の好感度アップに貢献しなければならない。
自分のケツは自分で拭くものだぞ。
「おいおい、女子に頼める分けないだろう。力仕事は男の仕事だ」
そうだそうだと女子のブーイングがうるさいが、俺は一向に気にしない。
今更おべっかを使ったところで、同学年男子人気ワーストワンは不動だからだ。
「俺は男女差別はしない。思った奴がやるべきだ。責任を関係ない奴に押し付けるな」
「ご託は良いから下押さえていろ。猫が危ない!」
それでもまだ上から目線で命令する。
ありもしないスクールカーストに何時までも囚われている哀れな連中だな。
俺がお人好しな便利な黒子にでも見えたのだろうか?
「桂、いい加減にしろよ」
「…………」
獰猛な肉食系動物を彷彿させる円谷の猫目と長いまつ毛に力が入る。
気付いたら俺の前で腕組みして仁王立ちしていた。
ボブカットの髪が強くなってきた風に流がされる。
だが、こいつのワンポイントである安物の星の髪留めが、セットした髪型を辛うじて維持していた。
それでも残念ながら制服のスカートまで変動させるには風力は足りない。
せいぜい同色のスカーフが緩やかに踊るに留まった。
血色のよい肌と真一文字に閉ざす口元は濡れているかのような瑞々しさ。
これでナチュラルというんだから、こいつが本気の化粧したら後どれくらい戦闘力が上がるのだろうか。
それはそれでみたい気もする。
普段は猫被っているが実際の戦闘力も高く、父親仕込みのレスリング技は悪魔の見技とも言うべき精度だ。
この救助だって本来こいつの運動能力なら他人の力は必要無い筈。
だが、高額恐竜ショーならぬ高所恐怖症が屈強な正義感の弊害となっていた。
なのでここでの俺の選択は、
「……へいへい円谷、分かったよ」
ボランティア部の肩書きを持つ幼馴染みがこの上もなくウザいので、仕方なしにアルミ製のはしごを押さえる事にした。
別に怖くて根負けした訳じゃないからね。
ツンデレフレーズは常に正義。
なのに、このボランティア少女のお陰という事を理解してない戯け者は礼を述べるどころか、見下した眼差しと鼻を鳴らし、下らない優越感に浸りながら登っていく。
しかも、アスレチックとか未経験なのかその足取りはかなり危うかった。
支えている下の配慮などないから、俺の運動不足なボディの負荷、特に下半身が耐震強度不足で大いに揺れる。
桂 勘太郎マンションは耐震偽造で住人達に訴えられそうだ。