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手記


 私の命はもう長くはないだろう。

 これまでたくさんの命を食べてきたが、私自身が満たされた事などなかった。



 私が初めて人を食べたのは六歳くらいの頃だったと思う。

 私の両親は私の事をゴミを見るような目でしか見てくれなかった、それは私が人を食っていたからではなくその前からの事だったので、単純に彼らが私の事を愛していなかったからなのだと思う。

 そんな彼らはイタズラで、私にネズミの死骸を昼食だと言って与えた。


 それからすべてが変わった。


 元々そういう性質があったのかは私自身でも分からないが、その日から生の生物を食べたいという飢餓感が襲うようになった。

 初めはネズミやリス、そして猫、イヌ、イノシシ、そして牛や馬。

 いくら食べても私が満たされることはなかった、次の食料を探して生まれた街を出て、私はひとりになった。


 初めて人を食べたと事をハッキリとは覚えていない、いや食べている時に記憶があった試しがない。

 ただ、それまで獣のように飢える事への恐怖だけが優先されていた心が満たされた事だけは覚えている。

 正気に戻った私は、体中についた血を見て泣いた。



 誰にも頼ることができなった私は、本能のままに大都市へと進んだ。

 いま思えばアレは人の多い所を選んでいたのかも知れない、食料の多い場所を。


 数年はそこで過ごしたが、私は街の不良共に捕まり木箱に詰められた。

 箱のふたを開けられた時、気付いたら私は日本へと来ていた。



 神戸、大阪、兵庫、京都など、あちこちの都市を転々と移り住んだ。

 その時は、自分の体の操り方も分かっていた。

 私が人の内臓を出すときに使う爪は長すぎて人目を引く、小さい頃はそのままでも奇怪な子供打で済んだが、日本ではアメリカ人だというだけで目を引き、爪を見て恐れられた。短くなれ、短くなれ、そう強く思うと、いつのまにか短く隠せるようになっていた。

 それに人を食べると数日は正気に戻っていられたから、その間は出来るだけ人の注目を危ないように他の人と同じように働いて過ごした。


 けど、人を食べる事だけは止められなかった。

 焦燥感、怒り、憎しみ、そして飢餓。その全てがないまぜになって襲ってくる。

 そうなると、私自身ではどうにも出来なかった。



 そして、戦争が起こった。

 私の住んでいた所にもアメリカ軍の攻撃が攻撃が行われ、私はまた住む場所を失った。


 私のする事は一つだけ、食欲のままに人の多い場所へと移動する事だけだった。



 それからも私は日本中の街を転々とした、髪を黒く染め外人だと分からないようにして人目を避け、腹が減っては人を襲い、警察に見つかりそうになったら街を去る。

 そうやって彷徨い続けていた、人とバケモノの間を。

 自ら命を絶とうともした。

 何度ビルの屋上から飛び降りようが、刃物を刺そうが、薬を飲もうが、その度にバケモノが現れて私の体を守ろうとする。

 そして、人を食べた。



 そんな時、ある人物と出会った。

 彼は私と同じバケモノで日本人だった。


 彼は私が食べているのを見ると、私と同じバケモノになって人を襲い始めた。それに感化されたのか私の中のバケモノも抑えが利かなくなってふたりのバケモノはクラブ内にいた全ての人間を食い殺した。

 そして正気に戻った時、彼はこう言った。


『気持ちいい』 と。


 そして別のバケモノは私に襲いかかってきた、その時に私は左手の小指を切断されてしまった。



 それからというもの、私は人を食べようと思う本能がなくなった。腹を裂くために一番使っていたのが左手の小指だったからかもしれない。そしてバケモノの食欲も一緒に消え去ったみたいだ。

 あんなに望んでも得られなかったモノがこんなに簡単に手に入るモノだったなんて……


 なにも食べなくなってから数ヶ月経つ。腹が減って一歩も動けないのにまだ死んではないのは、今まで食べた人のエネルギーのようなモノが蓄えられているからなんだろうと思う。

 けど……ようやく終われる。バケモノから解放される。そう思うと嬉しいんだ、もう……誰も食べなくて済むから。

 もう人を殺したくないから。



「こんな日記を書くだなんて感傷的なんだね」


 屋根裏部屋には異様な遺体と一緒に誰かがいた、その傍らに落ちていた紙を拾い上げながらそうひとり言を呟いている。


「でも、僕には関係がない事だ」


 と、その紙をヒラヒラをさせる。


「けどね、これは駄目だよ。僕までバレちゃうからね」


 ぐしゃぐしゃに丸めた紙を口の中に放り込むと、そのまま飲み込んだ。


「僕は止めないよ、誰が止めようがね」


 そう言って『肉食』 は、微笑んでいた。

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