『肉食』 についての捜査メモ 7
ある身元不明の遺体が見つかった。発見されたのは東京のあるオンボロアパートの屋根裏だったそうだ。
「平成も終わるっていうのに餓死ですか、悲しい事ですな」
そうつぶやきながら署の霊安室から上司が出ていった。
「で? なんで、こんな所に呼びつけたんだ? 『肉食対策室室長』 殿?」
「鑑識として、いえ……『肉食』 と対峙してきたひとりとして、ね」
「だから、アンタの旦那もいるのか」
壁際には白髪交じりの男性を指してそう言った。
「ええ」
私は遺体の横に立つと、その上にかけられた布をはぎ取った。
「これは……一体、なんだ?」
「遺体よ、餓死してミイラ化している遺体」
この遺体は死後一年経っているらしいのだが、
「本当に死んでるのか? まるで生きてるようだ。たしかに、こういう事がない訳でもないがあまりに綺麗すぎる。それに、コイツは二十歳そこそこの若者じゃねか」
見た目だけならば確かにそうだ。
けど、検査結果によると彼は八十、いやそれ以上の可能性もあるそうだ。
「それにしても、なんだこの爪は」
「触れない方が良いわ、異様なほどよく切れるそうよ」
実際、運んでいる最中に皮膚を切ったと報告があった。
「それに、この遺体は小指がないのか? 怪我か事故、左手の小指だけなんて……まさか!?」
私は頷く。
「彼は『肉食』 、その『腹』 の方だと思うわ」
ふたりの顔が歪む、私もそうだろう。こんなのが幕切れなんて思いたくもなかった。
私、先輩、その父親と見知らぬアメリカの刑事。
こんなに多数の人間が振り回されたのに、その最後が餓死? そんな事、私も、ここにいるみんなも、関わってきた全ての人が望まない事だ。
「クソッ!」
鑑識課長は壁を殴った。
「これで『腹』 の事件は終わりました……けど」
そう、終わってはいない。
「まだ『脳』 がいます」
そう、私達の捜査はまだ終わってはいないんだ。
※
ここにひとつだけ先達としての言葉をまだ見ぬ後輩へ送る。
『肉食』 は人としてタガの外れた別物なのだろう。だが、それでもひとつだけ忘れないでいて欲しい。
私達は刑事だ、私達の仕事は犯人を捕まえる事だと肝に銘じてほしい。