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『肉食』 についての捜査メモ 4


 千葉県警に赴任してから一年くらい経っただろうか。


「まさかこんな所で会う事になるとはな」


『ミートイーター』……いや、今は『肉食』だったか。

 戦争という物が名を変えさせてしまったが、それでもコイツの内情は変わらない。


「むごいです……こんなのって」


 同僚である彼が感傷的すぎるとは前々から思っていたが、現場で泣くとは……


「悲惨な現場って言うのはこれからも遭うものだ、いちいち泣いていてはどうにもならないぞ」


 我ながら厳しい言葉だなと思うが、戦時下や『肉食』の事を思うとこんなので根をあげるような生中なまなかな警官になって欲しくはない。


「す、すみません……」


「……外に出て、空気でも吸って落ち着いて来い」


「はい……」


 鼻をすすりながら出ていく彼の背を軽く見てから、現場を眺める。品の良いとは言えない宿の一室は格子戸の窓すらも赤く色づいていた。


「こりゃあ、掃除すんのも一苦労だろうな。就業員には同情するぜ」


 肩に置かれた手の主を見ると、鑑識の竜さんだった。


「どうです? なにかでましたか?」


 彼は首を振って否定した。


「部屋中に飛び散っている血液の主はサンプルを署に持ち帰ってみないと分からないが、そこで横たわっている女性のものだろう。他の遺留品もこれといって目ぼしい物は出なかったな」


 いつもの事といえばそうなのだが、なんとも歯がゆい。


「それで、この事件は前に言ってた犯人の犯行だと思ってるのか?」


 彼とは時々飲みに行く仲で『肉食』 の関わった事件の話もした。

 最初は半信半疑だった所もあったようだが、父から引き継いだ手帳の中に私以外の筆跡がある事で納得してくれたのは鑑識であるが故だろう。


「ああ。指の損傷と内蔵の喪失、そして刃物を使わない犯行の手口。これ以上ない特徴だ」


 竜さんは何かを思案しているのか視線を外す。


「だとしたら、どうして千葉に? お前さんの故郷にいたんだったら、西の方だろ?」


 たしかに私の故郷は関西方面ではあるが、


「戦争の影響だと思います、実家の方もあったそうですから」


『肉食』 があちらこちらを転々としているのは人がいる地域を選んでの事だろう。

 ただ、純粋に人が多いという事だけで場所を変えるわけではないようで大都会での発見数は多くない。どちらかといえば、中規模の都市や人里離れた町でのほうが多く、理由としては都会ほど人の視線を気にする必要がないからだろうと考えている。


「あの戦争すらも生き延びたのか……バケモノだな」


 彼も私と同じく戦中はどこかに送られたのだろう、あれは悲惨な記憶だ。



『肉食』 は、腹を空かせていたのだろう。今すぐにでも誰かを喰いたいと。

 そんな時、声をかけてきたのが被害者の女性だ。

 売春婦として街角に立っていたのは友人である女性からの証言で明らかであり、事件当日も仕事をしていたとの報告もある。

 最近の彼女はあまり実入りが少なかったのか、数をこなそうと何人もの男性に声をかけていた事が分かっており、不幸にも声をかけてはいけない者まで誘ってしまった。


 受付の話だと、連れの男はコートに帽子を被っており顔はハッキリと見えなかったという。ただ、少し不審に思いながらも部屋へ案内したそうだ。


 そして部屋に入るなり、襲われた。入口の辺りに荷物が散乱しているのはそのせいだろう。


 ただ、腹を空かせた『肉食』 は、いつもとは違い首を絞め、すぐさまに腹の内臓物に口をつけた。

 それから指の骨を砕いたのだと、鑑識からの報告で分かった。


 そして、いつの間にか消えていたのだと受付の男性が話していた。どうやって立ち去ったのかは、今のところ分かっていない。



 売春婦殺害から数日、連続して『肉食』 の仕業だと思われる犯行があった。

 その捜査による疲労のせいか、数日の入院を必要とする事態になってしまった。昔ほどの若さは、今の私にはないのだろう。


 そろそろ私も、この手帳を誰かに引き継ぐ時期が来たのかも知れない。

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