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『肉食』 についての捜査メモ 5


「……彼女が、新たな犠牲者ですか」


 遺体を見た同僚の男性刑事がそう言った。ただ、その言葉に一瞬の淀みを感じた。その理由は私にも分かる、こんな状態の遺体を見て『人』 だと認識をしたくないのだろう。

 遺族には悪いが、私自身もそう思ってしまっていた。

 いや、思いたくなかったのだろうとこれを書いている『今』 ならば考察できる。


「ええ。工藤貴理子くどうきりこ、彼女がそうよ」


 遺体の近くには彼女のカバンが落ちていた、その中にあった学生証から身元はすでに分かっていた。


「また……酷いですね」


 彼の話す言葉に一瞬のえずきが混じった。


「私の下に配属されたなら、こういう事に慣れといた方が良いわよ」


 自分でも分かる位に冷たい言葉だとは理解していたが、こればかりは仕方がない事だった。


「はい……」


 彼はそう返したが、厳しそうだと思えた。



 ここから先は死体を見た時の私の見識を書き留めておこうと思う、それには多数の私見や妄想も含まれているとは思うが、あえてこのまま書き留めいる事だけは考慮してほしい。


 第五の被害者である『工藤貴理子』 は家族や友人からの信頼も厚く、品行方正という言葉を体現しているかのような人物だったと彼女を知る人達から聞けた。

 黒髪長髪で、今のご時世少し野暮ったいと言われそうなほどにシックな服装を好んだが、それで浮くような事がないほどに皆から好かれていたという。


 ただ、そんな彼女もその日だけは苛立っていたと思われる。


 その日、あまり喧嘩をした事がない両親と些細な事で喧嘩をしていたそうだ。

 彼女の家は少し古風な所があったそうで、詳しくは答えてはくれなかったが前日にあった出来事を咎められた彼女は、普段は断っていた友人の誘いを受けいれ、門限を超えてまで繁華街で遊んでいたという。


 それが彼女を見た最期だった、と友人のひとりが泣きながら答えてくれた。


 その後の彼女はいつもと同じように家への帰路についていた、その心中では喧嘩した両親に対する憤りや葛藤があったのかも知れない。

 そんな迷いが、あの公園の横を通る道へと誘いこんだのかも知れない。


 現場である場所は日中の人通りは疎らであったものの、面している公園のおかげで日中から夕方までは人の目が絶えない場所ではあった。

 しかし、夜はそうではない。

 ビル街の一角であるその場所に行きかう人はなく、公園の木々は闇を深く見せていた。


 彼女はいつものようにその道を歩いていた、暗く影の落ちた道で心細くもあったかもしれない。

 それでも親しんだ道である事に変わりはなく、少し早足になりながらも進む。


 ただ、森の中には人が通るのを待っていた『獣』 がいたのが不幸だった。


 そいつは誰でも良かった、いつものように、だ。

 息を潜めて公園の闇に紛れこみ、道路の真ん中辺りでどちらから得物がきてもいいように待ち構えている。


 そこへ彼女が来た。

 警戒はしていたのだろうが、彼からしたら何も見えていないのと同じだったろう。

 木々の隙間から彼女を見つけた『肉食』 は、その体を道路に躍り出た。


 そのまま『肉食』 は彼女を木々の中に隠す、彼女は暴れたが『肉食』 力にはかなわなかった。

『肉食』 は事前に用意していた布を彼女に咥えさせ、テープで封じる。


 そして、いつものように愛用の木槌を取り出す。

 それを彼女の右手の指にあてがい……叩く、何度も何度も。


 彼女の恐怖や痛みは分からない。ただ、その亡骸の歪んだ顔はこれを書いている今でもハッキリと思い出せるほどに……

 いや、私見を挟むのは止めよう。そうでなくては『肉食』 を追う事なんて出来ない。


『肉食』 は、骨の砕けた右手小指を口に含んで、噛みちぎった。その時の唾液が彼女の周囲に散乱していた、『肉食』 のいつものクセだ。

 しかし、その唾液から身元まで至った事はない。今までで一度たりともだ。


 そうして前菜を楽しんだ彼は、彼女の肌に歯を立てて裂いた。

 彼女の意識はその時にはすでになかっただろう。いや、そう望んでいるだけなのかも知れないが。


 前任者から聞いた話では、『肉食』 は金属製の物を極端に嫌う。

 以前にあった事件ではベルトをつけたいた男性の腰部分には一切唾液がなかったという事例もある。

 だから、自らの歯だけで噛み切るのだ。


 皮膚、大腸に小腸、体内の血液、そして心臓。その全てが彼女の体内から消失していた。

 ただ、肝臓だけには一切手をつけていなかった。いつものように。


 そして、ひと通り終えた『肉食』 は、その場から消え去った。


 私達、警察はあらゆる検査をした。DNAに歯型、あらゆる証拠が残っていた。

 しかし『肉食』 へはたどり着く事はなかった。


 これからも私は『肉食』 を追い続ける、それがこの『手帳』 を引き継いだものの使命だと信じて。

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