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|闖入者《ちんにゅうしゃ》 ・ 腕輪




 オーク将軍デブリンガー・アブラハムの栄光への道(ビクトリーロード) 第七章



********** 馬鹿貴族バカット **********



 俺様の名前はバカット・クルット。クルット子爵家の次期当主様だ。


 現クルット子爵家当主のエドワード・クルットは、長きに渡る戦乱の最中、武器防具の製造に尽力する事によって多大な財を得た。

 それによる功績により、先代より受け継いだ男爵位から、更に陞爵され子爵となった。

 当家は、爵位こそ未だ子爵だが、財産は下手な伯爵に比べても遙かに多い。

 お陰で俺様は昔から贅沢三昧させて貰っているがな!


 そして今、俺様はとびきりの情報を得て、街で一番大きい奴隷商会に馬車を走らせている。

 なんでも、上玉のハーフエルフの愛玩奴隷が入荷したというのだ。



 先月の仲間内で行った秘密のパーティー。

 あの時ちょっとばかし羽目を外し過ぎたお陰で、飼っている愛玩奴隷三匹の内の二匹が壊れてしまった。


 仕方なく代わりの愛玩奴隷を探してはいたのだが、何処の奴隷商も今は愛玩奴隷は居ないと断って来る。

 今は二月に一度行われる奴隷市の直前なので、その日に売り出す為に出し渋っているらしい。

 奴隷市は、基本オークションで奴隷の値段が決まるので大抵は本来の売値よりも高く売れるらしいのだ。


 俺様も仕方なく奴隷市の日まで我慢するかと考えていたのだが・・・。



 そこに飛び込んで来た、ハーフエルフの少女の愛玩奴隷の情報に俺様は飛び上がった。

 美しく、そして幼いハーフエルフの少女を、好き勝手に陵辱できるチャンスは滅多に無い。

 何としても手に入れなければと、ありったけの金を持って出て来たのだ。


 金貨50枚!!

 ハーフエルフの愛玩奴隷の相場が大体金貨30枚、これだけあれば、多少売り渋りされても問題無いはずだ。

  

 俺様は、まだ見ぬハーフエルフの少女に、下半身が熱くなるのを抑えきれなかった。



********** 奴隷商人リクルー **********



 私は店の入り口から入ってきた人物を見てため息をついた。

 まさかこの男だったとは・・・、休業の札を出しておけば良かったと心から悔やむ。


 バカット・クルット。この王都に居を構える貴族の一つ、エドワード・クルット子爵の嫡男だ。

 私も以前この男に愛玩奴隷を世話した事があったのだが、その後この男が愛玩奴隷に過剰な虐待を繰り返しているという噂を聞いたのだ。


 無論、愛玩奴隷と言うのは、主人の性処理の相手をするのが主な仕事だし、そのような行為に関しては、多少過激であったとしてもあれこれ言うつもりも無い。


 しかし、この男は扱いが余りにも度が過ぎると言うのだ。

 事実、私が世話をした愛玩奴隷を、あれ以降一度も見たことが無い。

 勿論、屋敷の中に閉じこもっているだけという事も有り得なくは無いのだが・・・。

 街の他の奴隷商にそれとなく話しを聞いても、何処も同じような状態なのだという。

 

 それ以降私は、この男が店に来た際は、売る奴隷は居ないと全て断っているのだ。

 そう、この男は、あちこちで愛玩奴隷を買っているにもかかわらず、未だにちょくちょく奴隷商に顔を出し、その度に新しい奴隷を買っているのだ。


 これは普通に考えれば、かなり異常な事だ。

 命の危険に晒される仕事を受け持つ事になる重犯罪人の犯罪奴隷ならいざ知らず、一般奴隷の愛玩奴隷を、そう頻繁に買い回るというのが明らかにおかしかった。

 

 確かに、古い奴隷に飽きて他の奴隷商に売り渡し、新しい愛玩奴隷を買っているという事も考えられる。

 しかし、私を含めあの男から奴隷を買い戻したという話は一度も聞いた事が無いのだ。


 だから私はこの男には一切奴隷を売らないと決めているのだ。



 「おい、店主!ハーフエルフの愛玩奴隷が入ったそうだな?」


 店に入るなりそう大声で叫ぶバカット。

 興奮しているのか、顔が紅潮しており、息遣いも荒い。

 何と、この男もあのエルリーネ目当てだったのか!

 私は心の底から、アブラハム将軍に感謝していた。


 この様な男に、売れと迫られる事にならなくて本当に良かったと・・・。

 無論、もし売れていなくても、この男にだけは売るつもりなど無いが。


 私は瞬時に何時もの営業スマイルに戻ると、深々とお辞儀をする。

 例え商売をするつもりが無かろうと、相手は貴族の嫡男、迂闊な態度はこちらの立場を危うくしかねない。


 「これはこれは、バカット・クルット様、本日は態々お出で頂きまして有難う御座います。」

 

 私の挨拶など聞くつもりも無いバカットは、畳み掛けるように言葉を続ける。


 「挨拶などどうでも良い、ハーフエルフの愛玩奴隷を俺様に売れ! この商会に居る事は知っているんだ。」


 私はなるべく平静を装いながら対応する。


 「大変申し訳御座いません、バカット・クルット様。 そのハーフエルフの愛玩奴隷は、つい先程売れてしまいまして・・・。」


 私の言葉に、バカットは明らかに怒りの表情を浮かべる。


 「なっ、馬鹿を言うな! 貴様、俺様を謀るつもりだろう!? 高価なハーフエルフの愛玩奴隷が、そう易々と売れたりするものか!!」  


 そう言うと、ドンと大きな音を立てて、目の前のテーブルに金貨の入っているであろう金貨袋を叩き付けた。

 

 「金ならあるんだ、この中に金貨50枚が入っている。 さっさとハーフエルフを連れて来い!」


 「何と言われましても、売れてしまったものは如何し様も御座いません。 どうかお引取り下さいませ。」


 私はただ事務的にそう言葉を返す。

 こういう手合いには取り付く島も与えないのが一番だ。


 「な・・・、本当に売れたというのか? そ、それなら証拠を見せろ!」


 「・・・了解しました。 イザベラ、先程の契約書を持って来てくれないか?」


 イザベラは私の言葉を予測していたのか、既に書類を仕舞っている棚の前に立っていた。

 イザベラもこの男の事は気に入らない様で、紅茶を出す準備すらしていなかった。 



 イザベラの持って来てくれた書類にさっと目を通す。

 間違いない、先程のハーフエルフの愛玩奴隷をオーク族の男性に売ったという売買契約書だ。

 この書類には、アブラハム将軍の名前などは記入されていないので、別に見せても問題は無いだろう。

 私はその契約書をテーブルの上に置いた。


 「こちらをご覧下さい、ハーフエルフの奴隷の売買契約書です。間違い無く本日の日付になっております。」


 バカットは、書類をマジマジと見つめる。

 相当頭に来たのか、書類を持つ手がプルプルと震えていた。

 

 「ちっ、馬鹿な奴だ、俺様に売れば金儲けできたというのに!」


 この契約書の方には売買金額は記入されていない、恐らく相場の金貨30枚程で売ったと思っているのだろう。

 バカットは不快な態度を隠そうともせずに、無造作にテーブルの上に置いてあった金貨袋を掴むと、ドカドカと大きな足音をさせながら店から出て行った。

 

 「やれやれ、やっと帰ってくれたか・・・。」


 私とイザベラは、安堵の息をついた。

 何時もの事ながら嫌な男だ。

 あのような男がいずれ子爵家を継いで貴族になると考えたら、頭が痛くなるというものだ。

 

 

********** 馬鹿貴族バカット ********** 

 

  

 俺様は奴隷商を出ると、店の前を掃除している下男に気付いた。

 まてよ・・・そうだ、こいつならハーフエルフを買ったオーク族の男の事を知っているかもしれない。

 

 「おい、貴様。 先程この店からハーフエルフを連れて出てきたオーク族の男が、街の何処へ向かったか知っているか?」


 俺様の言葉に、下男は街の中心部の方を指差した。

 俺様はニヤリと笑うと御者に怒鳴りつけながら馬車に乗り込んだ。


 「直ぐに馬車を街の中心部へ走らせろ!」


 即座に走り出す馬車の中で、俺様はどうやってハーフエルフを手に入れるか考えていた。


 「フン! 確かオークの男だったな、どうせ成り上がり者の商人だろう。 ・・・何、金貨50枚も渡せば文句も言うまい。 それにイザとなれば剣で脅してやればいいさ。」


 俺様は、腰に下げたレイピアに手を沿え、ほくそ笑んでいた。



********** ハーフエルフの少女リーネ **********

  


 ワタシはアクセサリー屋さんで、とても困っていた。


 ご主人様が、ワタシに好きなアクセサリーをプレゼントすると仰っているのだ!

 でもこのお店には、物凄く高そうな物が沢山あって、そう易々と選ぶ事なんて出来ないでいた・・・。

  

 「何でも良いんだよ、気に入った物を選びなさい。」


 「で、でも・・・皆高そうで・・・。」


 そういいながらキョロキョロ店の中を見渡していると、ある腕輪が目に止まった。

 銀色の土台の上に、蝶の形に色取り取りの石が散りばめられた美しいデザインの物だった。


 『すごく綺麗、でも高そう・・・。』


 するとご主人様はいきなりその腕輪を手に取った。


 「え?」


 「これが気に入ったのかい?」


 そう言ってワタシの腕にその蝶の腕輪を宛がってくれた。

 でも、どうやらワタシの腕には大き過ぎるようだった。


 「お客様、そちらの腕輪はマジックアイテムになっておりまして、装着者の腕のサイズに合わせて自動で大きさが変化致します。 どうぞお試し下さい。」


 お店の人がそう言うと、ご主人様はワタシの左腕を腕輪に潜らせた。

 するとみるみる腕輪が縮んで行き、ワタシの手首にピッタリ収まった。


 「す、すごい!」


 ワタシは思わず声を出してしまった。

 ワタシは自分の腕にはまった蝶の腕輪をまじまじと見つめる。本当に綺麗だ。

 

 「そちらの腕輪は、”無毒の蝶の腕輪”と申しまして、毒無効の魔法が封じ込められております。 装着者をあらゆる毒や病から守ってくれるという優れ物です。 今朝入荷したばかりの貴重品で御座います。」


 魔法の腕輪!?その事実にワタシの顔は引き攣ってしまった。

 魔法の封じ込められたアクセサリーは、普通のアクセサリーと比べ物にならないほど高価なのだ。

 そんな高い物を買って頂く訳にいかない、ワタシは慌てて腕から外そうとした。すると・・・。


 「そのまま付けていなさい。それをリーネにプレゼントするよ。」


 ワタシは驚きの余りご主人様の顔を見る。

 ご主人様はニコニコしながらワタシの頭を撫でてくれた。


 「店主、この腕輪を貰おう。」


 「お買い上げ有難うございます。 金額は金貨二枚になりますが宜しいでしょうか?」


 金貨二枚!?とんでもない値段だった!

 ワタシは慌ててご主人様に買うのを辞めてもらおうとする。


 「ご、ご主人様! た・・・高すぎます!」


 しかし、そんなワタシに構わず、ご主人様はお店の人と話を続ける。


 「ところで店主、実はこの腕輪をもう一つ欲しいのだが、在庫はあるのか?」


 「はい、丁度もう一つだけ在庫がございます。」


 「ではそれも貰おう、支払いは金貨四枚で良いな?」


 「お買い上げ有難う御座います。 直ぐにお持ち致しますので暫くお待ち下さい。」 

 

 そういうとお店の人は店の奥に駆けて行った。


 「ご主人様の分もお買いになるんですか?」


 「ああ、そうだよ。 どうせならリーネとお揃いにしようと思ってね。」


 そう言いながらウインクしてくるご主人様。

 ちょっぴり顔は怖いけど、何だか可愛く思えてしまった。


 しかし・・・こんなに高価なものを買って貰って、本当に良かったのだろうか・・・?

 ワタシは、また少し不安になってしまった。

 


 ご主人様は支払いを済ませると、受け取ったもう一つの蝶の腕輪を手に持っていた。

 もう一つはワタシが身に付けたままだ・・・。


 けれどとても身体の大きな・・・、特に手の平の大きなご主人様では、幾ら魔法の腕輪とはいえとても身に付けられそうに無かった。

 しかしご主人様は、何とその腕輪に左手の中指を通したのだ。

 すると、魔法の腕輪はご主人様の中指にピッタリはまっていた。


 「ご主人様の・・・指輪になっちゃった!」


 「しかし、これでお揃いだ。」 


 ワタシは思わず笑い出してしまった。

 ご主人様も笑ってくれた。

 ・・・やっぱり可愛い・・・よね?



********** 馬鹿貴族バカット **********



 馬車が街の中心部に着く。

 俺様は馬車を停めさせると、馬車から身を乗り出し、注意深く辺りを見渡した。


 俺様は、アクセサリー屋の前に大き目の辻馬車が一台停まっているのを発見する。


 「オーク族は身体がデカイからな・・・、普通の馬車には先ず乗れない。 恐らくあれだ!」


 御者にアクセサリー屋の前に向かうように指示を出した。


 目的のアクセサリー屋の前に辿り着いて、停まっている馬車を物色する。

 馬車の中には誰も乗って居らず、御者が馬の手入れをしているだけだった。

 馬車の客はまだ店の中に居るのだろう、俺様は店から出てくるのを待ち構えようと、馬車から降りようとした丁度その時、誰かが店の中から出て来るのが見えた。

 

 見上げるほどに大きな図体のオークの男と、その影に隠れるように後を着いて歩く美しい金髪の少女。

 控えめに尖った耳、間違いなくハーフエルフだ!

 予想以上に美しい・・・、あれは虐め甲斐がある良い娘だ。何としても手に入れねば!


 それにしてもあのオーク・・・、何と言う醜い顔をしているのだ。

 そこいらで人足をやっている貧民のオーク共の方が余程見れた顔をしているぞ。

 まあ、服はそれなりに高そうなチュニックを着ている所を見ると、予想通りの成金商人と言った所か。


 俺様は声に威厳を込めて、二人に声を掛ける。


 「おい、そこのオーク! そこの娘を俺様に寄越せ!」



********** オーク将軍デブリンガー **********



 「おい、そこのオーク! そこの娘を俺様に寄越せ!」


 アクセサリー店から外に出ると、いきなりその様に声をかけられた。

 余りに不躾なその言葉に腹が立った私は、ギロリとその声がした方を見る。

 すると、そこには20歳位の人族の男がにやけた顔で立っていた。


 「それはもしかして、私の事かな?」


 私は怒りを押さえ、あくまで静かに答える。


 「言われなくても分かるだろうが! この醜いブタめ!」


 ピクッと私の眉間に皺が寄る。

 オーク族は猪人族とも言われる通り、猪の獣人だ。

 そんな我々オーク族にとって、家畜のブタ呼ばわりされる事は最大限の侮辱だったのだ。

 そして目の前の男は、それを知った上でそう言ったのだろう、ニヤニヤと笑いながら明らかに挑発している。


 本来ならば問答無用で殴り飛ばしても良かったのだが、一応領地以外の場所ではあるし、相手の服装がどう見ても貴族の着る類のモノだった為、それだけは止めておいた。


 「いきなり初対面の相手に向かって、その言い分はどうかと思うがね・・・。 で、先程の言葉は一体どういう意味なのかな? 娘を寄越せと言った様に聞こえたが?」


 私は極めて冷静を装いつつ返事をする。

 貴族風の男は、ふんぞり返りながら答えた。


 「そのハーフエルフは、リクルー商会で買った奴隷だろう? そいつは俺様が買う筈だった奴隷だ。 今直ぐ俺様に寄越すんだ、ブタ野郎!」


 何を無茶苦茶言っているのか・・・、この男は頭がおかしいのか?

 

 気が付くとリーネは私の腕にしがみ付き、震えながら男から隠れようとしている。

 この男め、リーネを怖がらせるとはっ!


 すると男は懐から何かを取り出すと、私の前にポンと放り投げた。

 ガチャリと金属の音がする、恐らく金貨が入っているのだろう。

 

 「その中に金貨が50枚入っている、貴様が買った金額よりも高い筈だ。 さっさとそれを拾って此処から立ち去るがいい!」

 

 話にならない。

 私は金貨の入った袋を拾い上げると、ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべている男に投げ返した。


 投げ返されるとは思っても居なかったのか、男は驚いて金貨袋を受け止める。


 「なっ、貴様!これはどういう意味だ!?」

 

 「どうもこうも無い、私は正式な手続きを経てこの娘を買ったのだ。 貴殿に譲る理由が無い。」


 私がそう答えると安心したのか、リーネは私の腕にしがみ付く力を少し弱めた。

 震えも収まった様子だ。


 「理由も糞もあるか! 俺様のモノだと言っているのだ。 大人しく金貨を受け取ってその娘を置いて行け!・・・さもなくば、痛い目を見る事になるぞ!」

 

 そう言って男は腰の細剣に手を掛ける。


 気が付くと、いつの間にか周囲に野次馬が集まって来ていた。

 先程からのこの男の大声が原因だろう。

 実は私はかなり耳が良い、ザワザワという囁き声の中から私の耳はある言葉を拾ってきた。


 『あそこに居るの、クルット子爵の・・・?』


 『ああ、あの跡継ぎか。 また揉め事を起こしているのか・・・。』


 クルット子爵・・・、成る程あの武器商人のクルット子爵か。

 当主自体は左程悪い話も聞かなかったが・・・、まさかこの様な愚か者が跡継ぎだとはな・・・。

 念の為私は、本当にクルット子爵の跡継ぎなのか確かめる事にする。

 貴族間の揉め事は色々と面倒くさいのだ、迂闊に手を出すと後々問題になる。


 「所で貴殿は先程から、私に向かって随分と偉そうにモノを言っているが・・・、一体何処の誰なのかね?」


 私の言葉に男は、急に得意げな顔をして胸を突き出しポーズを取る。

 

 「フン、聞いて驚け! 俺様はバカット・クルット、クルット子爵家の次期当主様だ!」


 どうだと言わんばかりに、自慢げに自己紹介をするバカット・・・。この男、本当に馬鹿な様だ。

 仮にも貴族の嫡男ともあろう者が、訳も無く他人に難癖を付け、その事を悪びれもせず衆人環視の中で堂々と家名を名乗るとは・・・。

 これは少々お仕置きが必要なようだな・・・。


 「何だ、大層な事を言っていたわりには、貴族でも何でも無い只の子倅ではないか。」


 「な、何だと貴様! この俺様はクルット家の跡取りなんだぞ!! 貴族の俺様を侮辱するつもりか!?」


 激昂して今にも剣を抜こうとするバカット、周りの野次馬からも一層大きなざわめきが聞こえる。


 「何を戯けた事を言って居るのかね? 確かに貴殿の御父上は紛れも無く貴族なのだろうが・・・、その息子というだけの貴殿は、今は只の後継者候補の一人でしかない筈だ。 御父上から正式に家督を継ぐ迄は、貴殿は決して貴族ではない。」


 そう言いながら私は後ろ手でリーネを私から少し離れさせる。

 アクセサリー店から騒ぎを聞きつけて出て来ていた店主が、気を利かせてリーネの手を引いて距離をとってくれた。

 一方、顔を真っ赤にして怒り狂ったバカットは、遂に腰に下げていた細剣を抜き放った。

 周りの野次馬からは、キャーと言う悲鳴が上がる。


 ダンッ!という音と共に私は一歩踏み込んだ。

 一瞬で縮まる距離、そのまま私は左手でバカットの右腕を剣ごと掴む。

 

 「なっ? 糞っ離せ!!」


 バカットは慌てて腕を振り解こうとするが、私の握力で掴んで居るのだ、逃げられる訳が無い。

 右腕を握り潰されて痛みにもがくバカットは、残った左腕で必死で私の右腕にパンチを叩き込んでいるが、虫に刺されたほどにも感じない。

 しかしこの男、ここまで力の差を見せ付けられても謝る素振りも見せないとは・・・。 


 「で、どうするかね?」

 

 ジタバタともがく事しか出来ないバカットは何やら大声で喚いている。


 すると、野次馬の間から数人の兵士が走り寄って来た。

 皆その手に槍を構えている、騒ぎを聞きつけてやって来た王都の警備兵の様だ。

 すると、警備兵に気付いたバカットが大声で叫ぶ。


 「おい、そこの警備兵共! このオークを捕らえろっ! 俺様はクルット子爵家の者だ!」


 その言葉に、警備兵達は即座に反応し私に向かって槍を構える。


 「フン、馬鹿な奴め。 コレで貴様はおしまいだ!」


 勝ち誇ったように笑い出すバカットを尻目に、私は落ち着いて懐から一枚のメダリオンを取り出した。

 猪の横顔を象った模様が描かれたメダリオン。

 この私、デブリンガー・アブラハム伯爵家の紋章だ。


 私はその紋章が良く見えるように兵士達にかざす。

 その紋章を確認した兵士達の顔に目に見えて緊張が走り、即座に直立して最敬礼をする。


 「私はデブリンガー・アブラハムだ。 今この小僧に難癖を付けられていた為に対応していたまでの事、これはアブラハム家とクルット家の問題だ、そなたらが関わる必要は無い。」 


 そう言いながら私はバカットの腕を離してやる。

 そして先程のメダリオンを、痛む右手を押さえて蹲っているバカットに渡す。

 

 「コレを貴殿の御父上に渡すがいい、そして伝えろ。 四日・・・否、五日後にそのメダリオンを受け取りに行くと。」

 

 (因みに、私が日時を五日後にしたのは、ついでにリーネの服を受け取るためだ。)


 「くっ、糞っ! 覚えていろブタ野郎!!」


 バカットはそう捨て台詞を吐くと、慌てて自分の馬車に乗って帰っていった。


 私は槍を向けた事を必死で謝罪する警備兵を落ち着かせると、リーネと共に馬車に乗りこの場を後にした。

 やれやれ、とんだ目に遭った。

 まあ、あの馬鹿には、後日しっかり罰を与えてやるとしよう。 


 おっと、そう言えばもう一件寄っておきたい場所があったな。

 私は御者にその旨を伝えると、ようやく落ち着いて馬車に揺られだした。



********** ハーフエルフの少女リーネ **********

 


 物凄く怖かった。

 アクセサリー屋さんを出たら、いきなり変な人族の男の人に絡まれてしまった。

 しかもその男は、ご主人様にワタシを渡せと言っていたのだ。


 見た目は普通の男の人だったけれど、言葉使いが物凄く乱暴で目付きも怖かった。

 ワタシはとても嫌な雰囲気を感じていた。

 間違ってもあんな人の奴隷にはなりたくない、心からそう思った。


 ワタシは怖くて、ついついご主人様の腕にしがみ付いてしまった。

 ご主人様はワタシを庇うようにその男の人の前に立ってくれる。 


 すると、その男の人はご主人様にお金を投げつけてワタシを置いていけと言い出した。

 しかしご主人様は直ぐにそのお金を投げ返し、きっぱりと断ってくれた。

 ワタシは凄く嬉しかった。


 その後も男の人は執拗にご主人様に絡んでくる。

 すると、ご主人様がワタシに後ろに離れるように腕で合図をしてきた。

 どうしようか迷っていると、さっきのアクセサリー屋さんの店長さんが私の手を引いて離れてくれた。


 次の瞬間、男の人は剣を抜き放った。

 ご主人様が危ない!

 そう思った時には既にご主人様は男の人の右手を剣ごと掴んでいた。

 もしかして、ご主人様って凄く強い?

 

 その後、駆けつけてきた警備兵の人達に、ご主人様が何かを見せると急に敬礼しだしてしまった。

 ご主人様って、凄く偉い人なのかな?

 リクルーさんのお店でも騎士の人が敬礼していたし・・・。


 結局嫌な男の人は、何かを喚きながら馬車で帰って行った。

 その後私達は、馬車に乗って別のお店に向かった。


 最後に寄った場所は、食べ物を売っているお店だった。

 ご主人様は、何故か両手に一杯のクッキーを買っていた。

 ワタシが欲しそうな顔をしていると、馬車の中でこっそり一枚食べさせてくれた、凄くおいしかった。

  

 そして、私達は転送屋さんの前に着いた。




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