ご主人様
オーク将軍デブリンガー・アブラハムの栄光への道 第六章
********** ハーフエルフの少女リーネ **********
ワタシは、薄暗い部屋のベッドに腰掛けていた。既にこの街来て十日が経っている。
此処は外のように寒く無く、食事も一日に二回食べさせて貰っていた。(この世界では基本的に一日二食で、兵士や肉体労働者の一部は三食食べる。)
一昨日までは毎日、愛玩奴隷としての心得というものを、ここの主人のリクルーさんやイザベラさんに色々と教えられていた。
教えられた内容は難しくて覚えるのは大変だったが、ワタシが最初恐れていた様な怖い事など一切されず、二人ともワタシに優しく接してくれていた。
特に、以前は一般奴隷だったというイザベラさんはワタシに親身になってくれた。
此処に来てから教えられたこと・・・。
先ずは隷属魔法について。
全ての奴隷は主人が決まると必ずこの魔法を掛けられ、以降主人の命令に絶対に逆らえなくなると言う事。
もしも逆らえば、体中に激痛が走り下手をすれば死んでしまう事。
等々、隷属魔法が掛かった状態での制約や注意事項を教え込まれる。
そしてその後は、ご主人様に対する言葉使いや接し方。
様々な仕事のやり方についての教育を受けた。
掃除の仕方や、お茶の淹れ方、ベッドメイキングの仕方なども教えられる。
イザベラさん曰く、愛玩奴隷は普段メイドとして扱われる事も多く、最低限の家事の基礎を教えておく事は大切な事なのだという。
そして中でも驚きだったのは夜伽というものだった。
愛玩奴隷がほぼ間違いなく命ぜられるであろう仕事。
ご主人様になっていただいた方にご奉仕するというこの行為こそ、恐らくワタシがずっと恐れてきた”怖い事”なのだろうと、何となく理解できた。
少し怖気づいたワタシを、イザベラさんは優しく諭すように、行為のやり方を色々と教えてくれた。
その時、イザベラさんがワタシに言ってくれたある一言が、ワタシのそれまでの恐怖に怯える心を少し楽にしてくれた。
「一番大切な事は、ご主人様を愛おしいと思う事よ。 私のご主人様は、決してあなたの事を酷い目に遭わせる様な相手に売りつけたりしないわ。 だから、どの様な方があなたのご主人様になったとしても、その方の事を心から好きになるように努力すれば、夜伽のご奉仕も、決して苦痛ではなくむしろ喜びを感じる事ができるようになる。 ただ、初めての時だけは、かなり痛い思いをする事になると思うけれど、これは愛し合う恋人同士であっても同じ事だから・・・。」
「ご主人様を好きになる・・・。」
ワタシは、その言葉に微かな希望を抱いたのだった―――。
知識と言葉使いを何とか覚え、ある程度覚悟も決めたワタシは、後はご主人様となって貰える人が現れるのを待つだけだった。
けれど・・・、昨日、一昨日とお客様は現れなかった。
「元々奴隷というものは、そんなに頻繁に売れるものではないのよ。 大体は月に一度行われる奴隷市の時に、街の中央広場に売り手と買い手双方が集まって売り買いをするの。」
朝の食事を持って来てくれたイザベラさんが、不安に駆られ質問したワタシに優しく答えてくれる。
「それに、あなたは特別だから・・・中々売れないかもしれない。 でも安心しなさい、私のご主人様は人を見る目は確かなの。だから決してあなたを変な人間に売りつけたりはしないから。」
そう言いながらワタシの頭を撫でてくれた。
ワタシが不安になっている事を的確に見抜き、慰めてくれている。
先程の言葉も、もう何度目だろうか・・・?
正午を少し過ぎた頃、リクルーさんがワタシの部屋にやってきた。
「エルリーネ、お客様だぞっ!あの方はきっと良いお客様だ。気に入ってもらえるように、ちゃんと挨拶を復唱してみろ!」
全身に緊張が走る。
『ついにこの時が来た!』
ワタシはリクルーさんに言われるまま、散々練習した挨拶の言葉を復唱した。
お店の中に入ると、そこには物凄く大きな男の人が居た。
ワタシはリクルーさんに促され、男性の前に立つ。
その男の人は大きなソファーに座っているのに、立ったままのワタシより遙かに大きい。
鋭い目付きに大きな上向きの鼻と下顎の鋭いの牙。
そしてその身体は山の様に大きく、毛深い腕は一本一本が丸太の様に太かった。その男性はオーク族だった・・・。
何故か男性はその大きな右手を自分の頭に当てていた。頭でも痛いのだろうか?
正直言って、少し怖かった。
今までオーク族と全く会った事が無い訳ではない。
しかし、シャウエッセンの街にはオーク族はあまり住んで居なかった為、殆ど出会わなかったからだ。
ワタシは緊張の余り身体が震えそうになるのを必死で堪えていた。
そして、リクルーさんがワタシを紹介する言葉に合わせて、名前を名乗った。
「え・・・エルリーネ・ミモリーと申します。」
深々とお辞儀をする。ワタシは緊張を誤魔化す様に男性の方をジッと見ていた。
その間もリクルーさんと男性の話は進んでいた。
ワタシは頭の中でリクルーさんより教えられた段取りを思い返す。
ワタシの説明が終わり、リクルーさんがワタシの値段を言った後、かなり高い値段だから必ず値切ってくるはずなので、リクルーさんが交渉している間、もしも男性がワタシに質問をしたら正直に答える事。
そんな時、とんでもない言葉が聞こえて来る。
「金貨百枚で御座います。」
金貨百枚!?とんでもない金額だ。ワタシは驚いてリクルーさんとイザベラさんの方を見る。
確かに、最初高めに言って、値段を下げていくと聞いてはいたけれど・・・。
この男性がもし、値段を聞いて怒って帰ってしまったらどうするのだろう?
ワタシなんかがそんなに価値がある筈無いのに・・・。
「フム、金貨百枚か・・・。流石に高いな・・・。」
やっぱり、男性も高いと言っている。しかし、幸い怒って帰ってしまうという事にはならなかったみたいだ。
それからもリクルーさんと男性の話は続く・・・。
そんな時、突然男性は私に話し掛けて来た。
「なぜ、仲間の為に自分を売ったのだ?自分が一番金になるからか?」
ワタシは首を横に振る・・・。ワタシが自分から奴隷になることを選んだ理由・・・、それを言われていた通り正直に答えた。
「友達を裏切りたくなかったから・・・。私だけ、助かるわけにはいかなかったから・・・。」
ワタシのその言葉に、最初驚いたように目を見開いた男性だったが、その顔はゆっくりと優しい笑顔に変わっていった。
そして、その大きな手をワタシの方へと伸ばし、優しく頭を撫でてくれた。
最初は思わずビクッとしてしまったが、その大きさからは想像も出来ないほど、優しく暖かい手に驚いていると、男性は言った。
「買おう。」
こうしてワタシはこの男性の・・・ご主人様の奴隷になった―――。
********** オーク将軍デブリンガー **********
「すまないが、転送屋に向かう前に、二三寄って貰いたい所がある。」
私は御者にチップを渡しながらそう言った。御者は受け取った銀貨を見るとニコニコ顔で返事をする。
「何処へでもお連れしますよ。旦那!」
「とりあえず、仕立て屋とアクセサリー屋に向かってくれ。順番は任せる。」
「へい、でしたら中央市場の辺りはどうでしょう? あの辺りだと仕立て屋とアクセサリー屋、どちらも良い店がございますので。」
「ならそこへ頼む。」
御者は、私が乗り込むと直ぐに馬車を走らせ始めた。
私は、揺れる馬車の中でリーネに話しかける。
「先ずはリーネの服を作りに行こう。」
私のその言葉に、リーネは不思議そうに尋ねる。
「ワタシに服を作って貰えるんですか?ワタシはご主人様の奴隷なのに・・・。」
リーネは恐らく、奴隷は皆、みすぼらしい格好のままで生活するものだとでも勘違いしているのだろう。
まあ、リーネはハーフエルフ。
20歳とはいえまだ子供と言って差し支えないので、今まで奴隷というものにそれ程接してこなかったとすれば、その様な勘違いも別に不思議ではない。
実際、ケチな主人は奴隷の服装をずっと着古しのまま使い続ける事も多々ある。
「私は、リーネを、奴隷として屋敷に連れて帰るつもりは無い。」
「え・・・?」
私の言葉に不安を感じたのか、リーネは怯えた表情で私を見る。
「私はリーネに・・・、家族になって欲しいんだよ。」
「家族・・・?」
そう呟いたリーネに私は話を続ける。
「私がまだ、今のリーネよりもずっと幼かった頃・・・、リーネと同じように、帝国の兵士に住んでいた街を襲われた事があった。 あの頃は今以上にオーク族やゴブリン族は差別されていて、他の人達が逃げる時間を稼ぐ為に、私達家族はわざと置き去りにされたのだ。」
驚いた顔をするリーネ。
その表情には明らかに恐怖が浮かんでいた、恐らく自分が帝国兵に襲われた時の事を思い出したのだろう。
「そして、私達一家が帝国兵に殺されそうになった時、突如助けに現れた人達が居た。 それは美しいエルフの女性と、その仲間の人族の戦士達だった。 特にそのエルフの女性は、珍しい弓と細身の剣を華麗に扱い、私たちに襲い掛かろうとしていた帝国兵達を次々と打ち倒していった。 私達一家が死なずに済んだのは彼女達が来てくれたからだ。 私はそのエルフに心から憧れ、そして恋をしてしまったんだ・・・。」
私は目を閉じ、あの時のエルフの姿を思い浮かべる。あの気高き姿だけは未だに忘れる事はない。
「あれから35年、領主になった今も、私は未だにあの時のエルフに憧れ続けている。」
そういいながら、私はリーネの髪を優しく撫でた。リーネは嫌がっては居ない・・・と思う。
「え・・・? 確か領主様って、物凄く偉い人なんじゃあ?」
驚いた顔で私に尋ねるリーネ、私は苦笑した。
「別にそれ程たいしたモノではないさ、ただの田舎の街の領主だよ・・・。 しかし、領主・・・貴族というものも色々と面倒でね、特に問題なのが跡取りなのだよ。」
「跡取り?」
「国王陛下より、貴族としての地位を授かった者は、跡取りを用意しておかねばならないんだ。 貴族と言うのは、時に国を・・・国民を守る為に命を掛けて敵と戦わねばならない。 しかし、陛下から授かった大切な家名を無闇に途絶えさせる訳にはいかない・・・。 だから、自分にもしもの事があったときの為に、自分の跡取りとなる者が必要なのだよ。 しかし、私は未だに独身でね。」
そこまで言っておいて、私は次の言葉が言い出せないで居た。
『私の妻になって欲しい。 そして私の子供を産んで欲しい。』
実は、純粋なエルフとオーク族の間には子供が出来にくい。
というよりも、エルフと獣人族全般との間には非常に子供が出来にくいのだ。(但し、全く出来ないと言う訳ではない。)
それに対して人族は全ての種族と子供を作る事が出来る。
勿論、純粋なエルフとも子供が作れる、それがハーフエルフだ。
そして、人族の血が入っているハーフエルフなら、私のようなオーク族とも子供を作る事が出来るのだ。
貴族としての位が上がり領主となった今、跡継ぎを作る為に、私は結婚相手を探さなければならなくなった。
しかし、私のような醜いオーク族の男の元に一体どんな女性が来てくれるというのか。
それに、長年思い続けてきた憧れもある。
だから私は、ハーフエルフの奴隷を探していたのだ。
例え美しいハーフエルフといえども、奴隷ならば私の妻になってくれるのではないかと・・・。
しかし言い出せなかった。
言える訳が無かった。
戦で親を失い、家を奪われ、友を救う為に自ら奴隷となった少女に、そんな事言える筈が無かった。
『こんな化物の様な男の妻になってくれなんて、言えるわけ無いよな・・・。』
私は仕方無く、急遽別の理由を考えた。
「私は・・・、リーネを私の家族として迎えたい。 私に妻が出来て跡取りが出来るまでの間、私にもしもの事があった時の為に私の跡取り候補になって欲しいんだ。」
かなり無茶な理由である。
「跡取り・・・、ワタシが?」
「そう、あくまで私に跡取りが出来るまでの間、私の娘の代わりをして欲しいんだ。」
私の言葉を聞いて、リーネは何か考え込んでいる様だ。
そして少し不安そうな顔をする。
「あの・・・、ご主人様に跡取りが出来たらワタシはどうなるんですか?」
尤もな質問だ。
「心配しなくても、ずっと私の家族として家に住んでいてくれて構わないよ。 ただ、跡継ぎではなくなる、それだけだ。」
私の言葉に安心したのか、少しホッとしている様だ。
そうこうしているうちに、馬車は目的地に着いたようだった―――。
********** ハーフエルフの少女リーネ **********
ワタシはご主人様と一緒に馬車に乗っていた。
大きなご主人様でも乗れる大きな馬車だ。
ご主人様は、真っ直ぐお屋敷に帰らず、途中で寄り道をしていくと言っていた。
しかも、何とワタシの服を作りに行くというのだ。
ワタシは奴隷なのに、なぜご主人様はわざわざ新しい服を作ってくれるのだろう?
そう疑問に思って居ると―――。
「私は、リーネを、奴隷として屋敷に連れて帰るつもりは無い。」
突然の言葉に、ワタシは一気に不安になる。
お屋敷に連れて行って貰えないって・・・?
頭の中に次から次へと怖い想像が湧き出してくる。
しかし、次のご主人様の言葉がそれらを一気に吹き飛ばしてしまった。
「私はリーネに・・・、家族になって欲しいんだよ。」
家族?ワタシがご主人様の・・・?
それからご主人様は、自分がエルフの事が好きだという事、領主様だという事、そして、跡取りが必要だという事を話して聞かせてくれた。
そして最後に・・・。
「そう、あくまで私に跡取りが出来るまでの間、私の娘の代わりをして欲しいんだ。」
『娘の代わり? ワタシが・・・? しかし、跡取りが出来たらワタシはどうなるの?』
その事が不安に思ったワタシは、その事をご主人様に尋ねた。
「心配しなくても、ずっと私の家族として家に住んでいてくれて構わないよ。 ただ、跡継ぎではなくなる、それだけだ。」
そう言われて、ワタシは心からホッとしていた。
良かった、捨てられる事はないんだ。
ワタシが、安心していると、馬車が急に停まった。
ワタシはご主人様に連れられて、大きくて豪華なお店の中に入って行く。
このお店は、シャウエッセンの街では見た事が無い位大きくて立派なお店だった。
店の中に入ると、ご主人様が店員のホビット族の女性と何か話をしている。
するともう一人の人族の女性がワタシの身体の寸法を測りだした。
こういう所は、シャウエッセンの街にあった服屋さんと同じなのだと少しホッとする。
寸法を測り終えると、今度は何種類かの綺麗な色の布生地をワタシの身体にあてがう。
するとご主人様とホビット族の女性が私の方を見ながら、また話を続ける。
「では、その緑の生地と、先程のピンクの生地でそれぞれ二着ずつ、仕上げて貰いたい。」
「畏まりました。四着で銀貨20枚になります。仕上がりは三日後になりますが―。」
「そうか、なら余裕を見て五日後に使いの者に取りに来させるとしよう。後、此処は靴は扱っているか?」
「はい、勿論ございます。」
「ならば、あの子に合うサイズの靴を二足見繕ってくれ。予算は銀貨10枚だ。」
そう言ってご主人様は、店員の女性に銀貨を30枚渡した。
ワタシは店員の女性に綺麗な靴を履かせて貰った。
凄く綺麗な皮の靴だった。
今まで履いていた靴はもう履き潰してしまっていて、底は今にも穴が開きそうな程薄く擦り減っていた。
「こちらの古い靴はどうされますか?」
店員の女性がワタシの今まで履いていた靴を持ってそう訪ねてくる。
あの靴はお母さんに買って貰った大切な靴だ、ワタシはおずおずと手を出す。
『そ・・・それは・・・お母さんが買ってくれた靴だから・・・。』
こんな高そうなお店に来た事が無かったワタシは、緊張で殆ど声が出なかった。
ただ、ボソボソと呟くワタシに店員の女性も首を捻っている。
するとそんなワタシの言葉を遮るように、ご主人様が代わりに答えてくれた。
「それは、もう一足の靴と一緒に包んでくれ。 この娘の思い出の品なんだ。」
その言葉に、店員の女性もお辞儀をして答える。
「承知致しました。 それでは今直ぐお包み致します。」
ワタシは驚いていた、ご主人様はどうしてワタシの考えている事が直ぐに分かるのだろう?
物凄く耳が良いのかな?
店員達に見送られ、ご主人様とワタシは洋服屋を後にする。
「次はアクセサリー屋だ。」
私達は馬車に乗り込むと、近くにあるというアクセサリー屋に向かった。