奴隷商
オーク将軍デブリンガー・アブラハムの栄光への道 第五章
********** オーク将軍デブリンガー **********
「それでは、直ぐに連れて参ります。お客様はこちらでお待ちください。・・・イザベラ、お客様にお茶の御代わりを。」
店主のリクルーはそそくさと店の奥に消える。イザベラと呼ばれた人族の女は直ぐに温かい紅茶を入れて持って来てくれた。
私が紅茶を二口程飲み干した頃、リクルーは一人の少女を連れて戻ってきた。
長いストレートの美しい金髪、透き通る青い瞳。そして金髪からちょこんと飛び出した尖った耳・・・。
まさしくハーフエルフの少女だった。
少女は可愛らしい桃色のワンピースのドレスを着せられていた。
そして、私はその顔に間違いなく見覚えがあった。
一年前に比べ少し痩せては居るが、間違いない、あの時の少女だった。
私は頭を抱える、これは私の失態だ。
まだまだ子供だったのだから、こういう目に遭わない様に後見人のような者を宛がうべきだったのだ。それに・・・。
私は今日ここに、自分の妻とするべくハーフエルフの愛玩奴隷を買いに来たのだ。
私は自分の容姿が醜い事を十分に承知している。
それは他種族からは言うに及ばず、同族のオークからしても私の容姿は不細工なのだ。
その上私はエルフに憧れていた。
しかし、あの美しく高貴なエルフが私のような醜いオークの妻になってくれる事など普通は有り得ない事だ。
勿論それはハーフエルフでも同じ事・・・。
ポークビッツの街の領主になった際、あちこちの貴族からそれなりの見合い話は来ていたが、貴族間の見合いなど所詮政略結婚以外の何者でもない。
それに美しい貴族の娘さんをこの様な醜いオークの妻にさせるのもどこか申し訳なかったし、なにより私のエルフへの憧れは未だ消えていなかったのだ。
結局全ての見合いを断り、未だ私は妻を迎えていない。
しかし、未だに未婚というのは、伯爵位をもつ貴族としては非常にまずい。
ガレオン陛下からも、早く嫁を貰えと何度も書簡が来ていた程だ。
『後半年以内に結婚相手を見せに来なかったら、無理やり結婚相手を宛がってやるからな!』
冗談交じりのガレオン陛下からの書簡に、私はかなり追い込まれていた。
そこで私が思いついたのが、愛玩奴隷を自分の妻に迎えるという事だ。
それも、ハーフエルフの愛玩奴隷を!!
実際、貴族の中には元奴隷の娘を妻にした例もあり、奴隷を愛人や妾にするといった事はそれこそ無数にあるのだ。
奴隷になった者もその事情は様々だ。
食うに困って自ら奴隷になる者、借金のかたに売られた者等々・・・、 しかし犯罪を犯して刑罰として犯罪奴隷となる者と違い、彼らは決して悪事を働いたわけではないのだ。
自らが生き延びる為に、又は借金を返す為に、仕方なくとはいえ自ら覚悟を決めて奴隷になるのだ。
しかし、20年以上前の彼等の処遇は大変酷いものだった。
一般奴隷でもその扱いは犯罪奴隷と大差無かったのだ。
それ故に、どうせ奴隷になるなら犯罪を犯して逃げて、結果捕まって犯罪奴隷になっても大して変わらないと、窃盗や強盗が頻発していたのだ。
この時、私は一般奴隷の待遇が改善されれば、犯罪の発生を抑えられるのではないかと考えた。
そして、我が主であるガレオン陛下は、そんな私の意見を真剣に聞いて下さった。
その後、陛下が即位され国王となられた際、一般奴隷の処遇を改善するよう新たに法律を作られたのだ。
それから窃盗や強盗などの犯罪は目に見えて減少して行った。
尤も、決して無くなることは無いのだが・・・。
例え美しいハーフエルフでも、奴隷なら私のような醜い者が妻にしても・・・、問題無いだろう・・・?
それから私は、停戦後退役し様々な仕事で全国各地に散っている、かつての戦友で部下だった者達に、もしもハーフエルフの愛玩奴隷が売りに出たら即座に連絡を貰えるように手配していたのだ。
そして、先日入った報せを聞いて、喜び勇んで飛んできたわけだ。ポークビッツの街の領主だという事を隠して・・・。
しかし、そうやって妻にするつもりだったハーフエルフが、よもやあの時の少女だったとは・・・。
確かあの時で19歳と言っていた。
つまり今は20歳・・・、法的には別に問題は無いのだが・・・。
それでも、ハーフエルフの20歳はまだ子供だ。
寿命は我々獣人種と然程変わらぬハーフエルフだが、大人になるのが人族並に早い(種族によって多少の差はある。)獣人種と違い、精霊種と呼ばれるエルフ(エルフの平均寿命は人族のおよそ10倍で、成人には150年かかり、100歳までは幼少期といわれる。)の血を引くハーフエルフは、非常に成長が遅いのだ。
そんな子供を、私の様な醜い大男の妻にしても良いのだろうか・・・?
私の心の中で、後ろめたい気持ちがチクチクと棘を刺す。
リクルーは私の前に少女を連れてくると、自慢げに説明を開始した。余程商品に自信があるのだろう。
「この娘はエルリーネ・ミモリーと申しまして、ご覧の様に大変美しいハーフエルフの娘で御座います。」
「え・・・エルリーネ・ミモリーと申します。」
少女は名前を名乗ると深々とお辞儀をし、緊張した面持ちで、私の方を真っ直ぐ見た。
一年前も思った事だが、やはりあのエルフに似ている・・・。
「年齢は20歳で、まだ少々子供ではありますが、なかなか頭も良く多少の読み書きと計算も覚えております。それに奴隷の心得もしっかり理解しております・・・、おや?」
頭を抱えている私に気付いたリクルーが、思わず言葉を止める。
「もしかして、お気に召しませんでしたか?」
少し心配気な顔をするリクルー。
恐らく、私が娘に不満があると判断したのだろう。
私は慌てて否定する。
「否、その様な事はない、続けてくれ。」
それからりくるーは、少女が何の病気にも罹っていない事、健康状態であること、処女である事等を観察魔法を使用して目の前で証明して行った。
その間、少女は緊張した風ではあったが、比較的落ち着いた様子で真っ直ぐこちらを見ていた。
「で、値は幾らなんだ?」
私が尋ねると、リクルーはニヤリと笑い、自身有り気に答えた。
「金貨百枚で御座います。」
********** 奴隷商人リクルー **********
金貨100枚、はっきり言って高すぎる設定だった。
相場で言えば、幾らハーフエルフの愛玩奴隷と言えど、せいぜい金貨30枚、今回仕入れ値が高かった事と、上玉の娘だと言う事を加味しても金貨50枚が良い所だ。
しかし、リクルーが強気の値段設定にしたのは理由があった。
先ず第一に、普通こういう場合は買い叩かれるのが当たり前だからだ。
特に高額なハーフエルフの愛玩奴隷など、余程の金持ちか、変わった趣味の持ち主位にしか需要が無い。
そう易々と売れるものではないのだ。(尤もだからこその金額設定とも言える。)
だから、ある程度値引きする事を踏まえての値段設定になっているのだ。
この値段なら例え半額まで下げたとしても、それでも大儲けなのだ。
そして第二に、この男性だ。
パッと見中堅商人風の格好をしているが、恐らくはフェイク。
かなりの金持ちだとリクルーの勘が告げていた。
恐らくは何処かの貴族が身分を隠して訪ねて来たのだろう。
しかも、ハーフエルフの奴隷が入荷したと言う噂を聞いてワザワザ足を運んで来たのだ。もしかしたら本当に金貨100枚で売れるかもしれない・・・。
「フム、金貨百枚か・・・。流石に高いな・・・。」
流石にこの値段では、即決とはいかない事は織り込み済み。ここから如何に買う気にさせるかが、リクルーの手腕にかかっている。
「何と申しましてもこの器量ですし、健康状態も良好。 少々痩せ過ぎておりますが、これは長い間ひもじい生活をしていたゆえの事。 私が買い上げてからは、日に二度、しっかりと栄養のあるものを食べさせておりますので、直に健康的な身体に戻ると思われます。 また毎日湯浴みもさせておりますので、とても清潔で御座います。」
私の言葉にフムフムと頷く男性。
よしよし、今のところ不満はなさそうだ。
それにこの人物、見た目とは違い、かなり温和な性格の様だ。
ここで大切に扱っている事を聞いた時の様子が、今までで一番反応が良かった気がする・・・。
ならばあの話だな―――。
「それにこの娘、購入するに当たり相場以上の金額を払っておりまして、どうしても高くなってしまうので御座います。」
「む?それは何故だ?」
食いついた!私はすかさず続ける。
「我々奴隷商は、出来る限りお客様の素性を詮索しないように勤めておりますので、詳しくは申せませんが・・・、この娘を売りに来た者は、とても金に困っている様子でした。 恐らくは、苦肉の策でこの娘を売る事にしたのだろうと・・・。 しかし、シャウエッセンの街は今だに貧しく、あちらの奴隷商も正規の価格で買い取る事すら躊躇するような状況なのです。 流石に見かねて私が相場以上の金額で買い取ったのですよ、無論それだけの値打ちがある娘だと思いましたし・・・。 それに私と契約する際も、この娘が良い主の元に行ってくれる事を何よりも切望しておりました。 ですから私は是非お客様の様な紳士にお買い上げ頂きたいのです。」
「この娘は、自ら奴隷になったと言わなかったか? なぜ売られたのだ。」
私の言葉にそう突っ込んでくる、フム、抜け目のない人物だな。こういう人物に嘘は危険だ、正直に言うべきか・・・。
「相手の素性に関しては詳しくは分かりません、娘も話はしませんでした。 ですが、その金があれば娘の仲間が凍え死にしなくて済むのだと・・・。」
私の返答に、ゆっくり頷くとその男性は、娘の方を向いて話し掛けた。
「なぜ、仲間の為に自分を売ったのだ? 自分が一番金になるからか?」
その問いに首を横に振る娘、彼女はおずおずと答えた。
「友達を裏切りたくなかったから・・・。 私だけ、助かるわけにはいかなかったから・・・。」
その答えから予測すると、自分一人なら助かる方法があったと言う事か。
しかし、そうすると仲間は死んでしまうか、もしくは奴隷になるしかないと・・・?
正直私は驚いていた、20歳とはいえ、ハーフエルフではまだまだ子供だ。
そんな娘が自分が助かる道を捨て、仲間を助ける道を優先するとは・・・。
その言葉を聴いた男性は、座ったまま娘へと手を伸ばすと、その大きな手で彼女の頭を優しく撫でた。
「買おう。」
男性は懐から金貨袋を取り出すと、その中から金貨を出して行き、テーブル上に積み上げる。
「十、二十、三十・・・・・・百!」
十枚ずつ積み上げられた金貨が計百枚・・・、まさかこうもあっさり売れるとは思っていなかった私は、しばし動きが止まっていた。
しかし、金貨が百枚積まれると、弾かれたように動き出す。
「イザベラ!契約書をお持ちしろ。それと直ぐに本契約の隷属魔法の準備だ!!」
********** オーク将軍デブリンガー **********
契約と支払いを済ませ、専門の魔法使いによる隷属魔法で私の奴隷としての登録を済ませる。これでこのハーフエルフの少女は正式に私の奴隷となった。
先程まで店主のリクルーと結んでいた仮の主従契約と違い、私と結んだのは本契約。
この契約を結ばれた奴隷に主人が触れると、身体のどこかに紋章のような模様が浮かび上がる。(浮かび上がる場所は契約時に任意に決める事ができる。)これが表示されると本当の主人だと言う事だ。
試しに私が少女の腕に触れると、彼女の手の甲に緑色の紋章のような模様が浮かび上がった。
全ての手続きが完了し、店主のリクルーが促す。
すると少女はおずおずと私の前に立ち、深々とお辞儀をした。
「エルリーネ・ミモリーと申します。 ご主人様にセイシンセイイ(誠心誠意)お仕えいたしますので、どうか末永くゴチョウアイ(ご寵愛)下さいませ。」
お辞儀と共に述べた挨拶は奴隷商に教えられていたのであろう、実にたどたどしい言い方だったが、何とか間違わずに言えた様で、何処と無くホッとしたような顔をしている。
私は優しく傍に招きよせると、もう一度頭を撫でると、静かな声で自己紹介した。
「リーネ・・・と呼んでいいかな?私はデブリンガーだ、これから宜しくたのむよ。」
私の自己紹介に一瞬ビクンし、驚いた顔で私を見上げるリーネ。しかしリーネは直に落ち着きを取り戻したようだった。
何でも、隷属魔法にも色々種類があるそうで、仮契約程度であれば、市販の魔法のスクロールを使用すれば魔法が使えない者でも簡単に主従の契約が結べるそうだ。
だが、あくまでこれは命令に背けないように拘束するだけのもので、それ以上でもそれ以下でもない。
しかし、専門の魔法使いによる隷属魔法で本契約を結ばれた奴隷は、主人に対し、信頼感や安心感を持ちやすくなるのだという・・・。
凄いモノだな、本格的な魔法というものは・・・、この歳で未だ初歩の魔法が精一杯の私には到底無理な相談だ・・・。
さて、これで用も済んだ。
出来る事ならさっさとポークビッツの街に戻りたい所だが・・・、御者に頼んでいた迎えの時間は夕刻。
今から転送屋に直行すると、まだ日が高いうちに街に着いてしまう。
歩いて帰ろうにも、バルドッグの言った様に、顔の知られていない王都ならともかく、地元のポークビッツの街では、私だと直ぐにバレてしまうだろう。
流石に愛玩奴隷を買って帰ったのが知られるのはまずいかな・・・。
どうしたものかと店内で思案していると、不意に入り口の扉が開いた。
ドカドカドカっと複数の人間が店内に入ってくる。
私は咄嗟にリーネを庇いながら、部屋の隅に移動した。どうせ時間はまだまだある、慌てる事もないだろう。
来客を確認する。
一般騎士の格好をした者が三名と、手足に枷を付けられた者が五名だ。
枷を付けられた者には、全員ロープで繋がれていた、これらは犯罪者なのだろう。
「店主、犯罪奴隷の買取をして貰いたい。」
騎士の一人がリクルーに告げる。
ここでは何時もの事なのだろう、リクルーは手馴れた風で書類を棚から取り出した。
先程の騎士がリクルーと会話をしているのを、横に見ていると、突然背後から声を掛けられた。
「しっ失礼ですが、もしやアブラハム将軍閣下では御座いませんでしょうか!?」
ギョッとして振り向くと、そこには先程の騎士の一人が最敬礼で直立していた。
「私の事などご存知無いでしょうが・・・、私は数年前、村がはぐれゴブリンの盗賊達に襲われた際、閣下に命を救われた者で御座います! あの時閣下が来て下さらなければ、私達一家は全員死に絶えていたでしょう・・・。 今こうして憧れの騎士団の一員として働けるのも、全て閣下のお陰です!」
止める間も無く話し出す青年騎士、その目には涙が浮かんでいた・・・。
そのあまりに嬉しそうな姿に私は何も言い出せなくなってしまった―――。
********** 奴隷商人リクルー **********
大口の契約を済ませ大儲け出来た事にホクホク顔で書類を確認していた所に突然の来客。
何時もの騎士団からの犯罪奴隷の買取依頼だ。
帰る準備をされていた先程の男性も驚いて部屋の隅に避けてしまっている。
実に申し訳無い事をしてしまったな・・・、本来なら帰途につかれるのをお見送りして差し上げないといけない所だというのに・・・。
しかし、王国の騎士団からの犯罪奴隷の買取依頼は、王国公認の我が商会では決して疎かには出来ない仕事だった。
私はイザベラに、男性の為に馬車を手配し、お見送りするよう伝える。勿論代金はこちら持ちだ。
さて、犯罪奴隷の買取の手続きだと、代表者らしき騎士と会話を始めた途端、とんでもない言葉が聞こえた。
「しっ失礼ですが、もしやアブラハム将軍閣下では御座いませんでしょうか!?」
どうやら付き添いの騎士の一人が、先程の男性に声を掛けたようだ。
全く失礼な奴だ、奴隷商会内での客の素性の詮索はマナー違反。
これは後で抗議ものだ・・・って、今なんと言った!?
『今、アブラハム将軍閣下と言わなかったか? そういえば、先程エルリーネにデブリンガーと名乗っていたような・・・?』
私の背中に冷たい物が走る―――。
デブリンガー・アブラハム将軍。
貧民出身のオーク族の兵士でありながら、今から二十数年前、現国王であるガレオン陛下がまだ王太子だった頃、指揮を執られていた親衛騎士団に、平民の一般兵から急遽抜擢され、男爵位を授かった貴族。
その武勇はまさに伝説で、王太子だった頃のガレオン陛下の命を幾度と無く救い、帝国に圧され気味だった我等が王国が帝国と対等以上に渡り合える様になった原動力とも言われる。
前国王が崩御後、ガレオン3世陛下が新たな国王となられた際、王国の各都市の危機にすぐさま駆けつける事が出来る特殊部隊、王国遊撃特殊部隊を設立された。
そしてその部隊の責任者、部隊将軍にガレオン陛下直々に任命されたのがアブラハム将軍だ。
それから20年間、幾度と無く王国の危機を救ってきた、まさに救国の英雄だった。
半年前の停戦後、一線を退きポークビッツの街の領主に就任し伯爵に陞爵した際も、ガレオン陛下直々に伯爵位を叙爵され、以降も精力的にポークビッツの街の復興に尽力していると言われている・・・
あのデブリンガー・アブラハム将軍だと!?
『まずい・・・まずいぞ!?』
私は、あの無敗の鬼将軍と言われたアブラハム将軍からぼったくってしまった!!
その事が回りまわって万が一ガレオン陛下の御耳に入りでもしたら・・・。
噂ではガレオン陛下とアブラハム将軍は、身分の差を越えた親友同士だという。
なんでもガレオン陛下が即位後に制定された新しい法律の一部は、アブラハム将軍の考えによるものだというのだ。
そんなお二人は、今も頻繁に書簡をやり取りしておいでだと聞いた・・・。
身体が小刻みに震え出す・・・。下手をすれば王国公認奴隷商の看板を取り上げられるだけでは済まないかも知れない・・・。ど、どうやって謝罪をすれば!?
私が、焦りと緊張で固まってしまって居た時・・・。ゴンッという音が室内に響いた。
「この馬鹿者!此処は勝手に他人の詮索をして良い場所では無い!」
先程まで私と会話していた騎士団の代表者が、いつの間にか先程の青年騎士の前に居り、その頭に拳骨を落としていた。
そしてすぐさまアブラハム将軍の方に向き直り、深々とお辞儀をする。
「貴方様はデブリンガー・アブラハム伯爵卿とお見受け致します。 先程はプライベートでお出での所、無作法な部下がご迷惑をお掛け致しまして大変申し訳ございませんでした。 全ては私の指導不足故の失態で御座います、どうか平にご容赦を。」
陳謝する騎士団の代表者に、落ち着いた様子で返答するアブラハム将軍。
「ははははっ、そんなに畏まる必要は無い、あくまで今の私はプライベートの唯の男だ。それに・・・。」
そう言いながら、先程頭に拳骨を落とされて今だ頭を抱えている青年騎士の肩にポンと手を置く。
「かつて救った命が、今もこの様に元気でいてくれるという事は、それだけでとても喜ばしい事だ。 これからもガレオン陛下のお役に立てるよう、日々頑張りなさい。」
そう言った後、スッと人差し指を口の前に立てる。
「しかし、今日此処で私と会ったことは、皆には内緒にしておいて欲しいな。」
将軍はそう言いながら軽くウインクしてみせる。
騎士団の代表者は、安どの表情を浮かべている様だ。
一方激励された青年騎士はというと、先程までよりも興奮した様子で憧れの目を向けていた。
その時、馬車を呼びに行くよう下男に伝えに行っていたイザベラが戻って来た。
彼女は先程の会話を聞いていない為、特に臆する事無くアブラハム将軍に馬車を呼んでいる事を伝えに行く。
その様子を見て私は正気に戻った。
ビシッと音が聞こえるほど勢い良く姿勢を正すと、すぐさまイザベラと会話しているアブラハム将軍の下に駆け寄る。
「もっ申し訳ございませんでしたっ!ま・・・まさかデブリンガー・アブラハム伯爵卿とは存じ上げず、実に失礼な事をっ!」
私は周りの目など気にせずその場に土下座をする。
私の咄嗟の行動に、イザベラは訳も分からず困惑している様だった。
尤も土下座をしている私からはイザベラの顔など窺う術も無かったのだが・・・。
「金貨は全てお返しいたします、どうか平にご容赦を!!」
大損だとかその様な事は言っている場合ではない。下手をすれば全てを失いかねないのだ。
このアブラハム将軍は現役当時から、王国の民や罪無き者には貴賎の関係無く聖者の様に温和な方と知られている。
しかし相手が敵兵や悪質な犯罪者となると・・・、正に鬼将軍の異名の通りの世にも恐ろしい存在になるという噂だ・・・。
全身にビッショリと汗を掻き、土下座のままの格好で硬直する私の背に、誰かの大きな手が掛かる。
頭を上げるとアブラハム将軍が片膝をつき私の背中に手を置いていた。
「金貨を返す必要は無い。」
私はあまりの驚きに目を見開いた。
「貴殿が金額を吹っ掛けている事は分かっていた。 しかし、普通以上に買い値が高く付いたのは事実なのだろう?」
私は無言で頭を縦に振る。
「此処の評判は聞いている。 他の粗悪な奴隷商とは違い、一般奴隷の待遇は大変優良だそうだな。 私も時折、自らの手の者に奴隷商から売られた一般奴隷から話を聞かせているのだよ。」
突然の言葉に思わず将軍の顔を覗き込んでしまった。
やはり、一般奴隷の待遇改善はこの方の考えた法律だったのか!?
「それに―――。」
将軍はふと立ち上がると、傍に立っているエルリーネの頭に手をやり、静かに呟いた。
「このリーネにはそれだけの価値がある。 だから先程の金貨は受け取ってくれて構わない。ただ―――。」
********** 奴隷商リクルー **********
「これからも、仕方なく一般奴隷になるしか道が無かった者達が、不必要に辛い目に会う事のないように尽力してやってくれ・・・か・・・。」
私はソファーに腰掛けながら大きく息をついた。
あれから、アブラハム将軍をお見送りし、騎士団との犯罪奴隷の買取の手続きを済ませ、仕事を一段落させた私は、先程の将軍の言葉を考えていた。
「噂以上に素晴らしいお方でしたね・・・、私もあの方があのアブラハム将軍だったと聞いてびっくりしました。」
私に紅茶を入れて来てくれたイザベラが答える。
彼女も元は一般奴隷だった。
十年前、帝国との戦争が特に激しかった頃、とある街で両親や兄弟を失い途方に暮れていた彼女を私が奴隷として買ったのだ。
しかし彼女を気に入っていた私は、結局売りに出す事はせず、私の身の回りの世話をする奴隷としたのだ。
私達は程なく男女の関係になり、今では彼女は私の妻だ。
それまで商売に明け暮れて、性欲は娼館で済ますだけだった私がこの年になっていきなり結婚。
しかも奴隷を妻とした事に仕事仲間からは随分驚かれもしたが、私はイザベラを愛している。
そして、私の奴隷に対する考えが大きく変わったのも彼女が原因だ。
それまでは奴隷はあくまで商品としてしか見ておらず、少しでも安く仕入れ、常に高く売れる相手に売る。
例え、その買い手がおかしな趣味を持っていたとしても、高く買ってくれるならと目を瞑って売っていた。
しかし、一般奴隷だったイザベラを愛するようになって、一般奴隷は普通の人間と変わらぬのだと痛感したのだ。罪を償うために奴隷に落とされた犯罪奴隷とは違うのだと・・・。
犯罪奴隷は、大きく分けて二種類ある。軽犯罪奴隷と重犯罪奴隷だ。
軽犯罪奴隷は、窃盗や食い逃げ、または喧嘩等で物を壊したりして、壊した物を弁償できなかったりした者がなる奴隷で、これらには刑期がある。
罪の度合いによって半年から数年、どんなに長くても十年までだ。
これらの軽犯罪奴隷は基本我々の様な奴隷商に売られるような事も無く、国の経営する鉱山や農場で強制的に働かされる事になる。
刑期が終わるまで真面目に働けば、多少の金を渡され放免となるのだ。
しかし重犯罪奴隷は、殺人や強盗、放火等の重罪を犯した者がなる。
そしてこれらには刑期が無い。一生奴隷なのだ。
その為、従属魔法も最も強力なものが施され、決して逆らえない様になっている。
そして、我々奴隷商に安く売られ、過酷な労働やモンスター討伐時の囮等の命の危険がある仕事をさせられるのだ。つまり、死刑に順ずる重い刑罰なのである。
私はイザベラを愛するようになってから、一般奴隷の待遇改善に勤めた。勿論、ガレオン陛下の命令でもあったのだが、それまでの私は、法に触れない最低限の待遇で十分だと思っていたのだ。
最初のうちは、当然以前よりは出費がかさむ為、それまでよりは収入が落ちてしまっていたのだが・・・、五年前のある日、急に国から”王国公認奴隷商”の肩書きを頂ける事になったのだ。
そして、騎士団が捕らえた犯罪奴隷は優先的に売って貰えるようになった。(重犯罪奴隷は、買取価格が大変安い為、店側の利益が大きいのだ。
しかしその特性上、王国に伝が無いと決して仕入れる事ができない。
王国側にしても、罪状が確定した重犯罪人を何時までも牢屋に入れておいても食事代の無駄なので、さっさと奴隷商に安く売り飛ばしてしまおうというのである。)
それからは、店は一般奴隷の待遇を維持しながらも収入が安定するようになり、王国公認の肩書きのお陰で商会もどんどん大きくなって行った。
「恐らく、五年前のあの日、突然この店に王国からの使いが現れて、王国公認奴隷商の肩書きを頂けたのも、アブラハム将軍が部下から仕入れたという、”ウチから売られた一般奴隷の話”が陛下のお耳に入ったからなのだろうな・・・」
「そうなのかもしれませんね。」
「イザベラ、私がやってきた事は間違っていなかったという事なのかな?」
私がそう言うと、イザベラは仕事中には珍しく、私のからだに抱きつき、口付けをしてきた。そしてイタズラっぽく笑う。
「もしかしたらその”部下の方”は、私の元にも話を聞きに来たのかもしれませんね。 だとしたら、少し褒め過ぎてしまったかも?」
妻の冗談に私は思わず顔が綻んでしまった―――。
二人で和んでいると、表に馬車が停まる音がする。新しいお客様のようだ。
私達は身なりを正すと、お客様のお出迎えの準備を始めた。