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無力




 オーク将軍デブリンガー・アブラハムの栄光への道(ビクトリーロード) 第三章

 


*********** ハーフエルフの少女リーネ **********



 あれから二ケ月が経った。

 家を追い出されたワタシは、広場の近くの壊れた空き家に忍び込んで夜露を凌いでいた。

 まだ暖かい季節だったお陰で、凍える事無く眠れてはいたが・・・、これから寒くなってきたらどうすれば良いのだろうか・・・?


 「お腹空いた・・・。」

 

 ワタシは空き家の壁にもたれかかりながら、ボソリとつぶやく・・・。もう丸一日何も食べていない。

 今のワタシにとって二日に一度教会が行っている炊き出しだけが、唯一の食事だった。後半日我慢すれば、お目当ての教会の炊き出しが行われる。

 それまでは少しでもお腹が空かない様に、炊き出し場に一番近いこの空き家の中でジッとしているしかない。


 そしてこの空き家の中には、ワタシ以外にも数人の色んな種族の子供達がそれぞれ少し距離を置いて座り込んで居た。 


 家を奪われてしまってから数日の間は、普段の買い物用に持っていた多少の小銭のお陰で、なんとかパンを買うことが出来ていた。

 しかしそれも直ぐに無くなってしまい、お腹を空かせてさ迷っていた時に、偶然この炊き出しの事を知った。

 そしてそれからは、ワタシと同じように、小さ過ぎて何処も仕事に使ってくれない子供達と一緒に、炊き出し場に一番近い壊れた空き家に住み着いているのだ。


 ワタシの他にここに居るのは三人。

 12歳のホビット族の女の子と人族の女の子と男の子の姉弟、この二人は姉の方が11歳で、弟は9歳だと言っていた。

 弟の方は、この数日かなり元気が無い、言葉数もめっきり減ってしまった。


 皆一年前の襲撃で親を失っており、各々の家の蓄えを全て食い潰してしまったりして家を追い出されたのだと言う。


 みんなワタシよりもずっと前に路頭に迷ったらしく、全員痩せ細っていた。

 とても人見知りのワタシだったが、この中では一番年上だったのでがんばって皆に話しかけていた。

  

 12歳のホビット族の女の子は名前をピピ。

 濃い茶色の髪の毛が腰の辺りまで伸びていて、とても可愛らしい顔立ちをしている。

 身長は少し低くて、手足も凄く細かった。


 ピピはここに来てもう半年らしく、最初のうちはどこかで仕事に雇って貰おうとしたらしいのだけれど、元々小柄で力の弱いホビット族の上に、ホビット族の12歳は人族で言えば10歳にも満たない年齢なので、体力も力も無い子供では、何処も雇ってくれなかったと言っていた。


 今でもあちこち雇ってくれるところを探してはいるみたいだけれど、全然見つからないと言っている。

 正直、その行動力が羨ましかった。

 ワタシは、体格も彼女よりは少し大きいし年齢だって上なのに、全然仕事を探そうと言う気ににはなれなかった。伯母の一件で大人が怖かったのだ。


 

 人族の姉弟はランとレン。11歳のお姉さんがラン、9歳の弟がレンだ。

 どちらも黒髪で、ランは肩より少し長く、レンは少し伸びてしまった短髪という感じだ。


 二人がここに来たのは三ケ月前。

 この二人は、父親が兵士だった為に、お家にお金はあったそうだけれど、母親が父親の死のショックで倒れ、そのまま病死し、その後ワタシと同じように他人に家を騙し取られてしまったそうだ。


 その際多少のお金は持たされたそうで、暫くは凌げたそうだが、そのお金も直ぐに無くなった。

 その時偶然ピピと出会い、ここに住み着く事になったそうだ。


 因みにワタシも二人と同じで、ピピにここに連れられて来ていた・・・。

 

 ピピの話では、ワタシが来る前にも何人かここに居たそうだが、ある日突然帰って来なかったそうだ。


 

 半日が経ち、炊き出しの時間が近づくと私達は起き上がり、炊き出し場に向かった。

 ワタシは急いで炊き出しの列に並ぶ、周りには私達みたいな子供だけではなくて、大人の人も沢山居た。

 大人が怖かったワタシは、なるべく子供が並んでいる列に並ぶ。

 

 今日の炊き出しは、硬パンの浸かった野菜のスープだ。温かいスープだけでなくお腹が膨れるパンも入っているので、とてもうれしかった。

 ワタシは、炊き出し場から少し離れた場所に座り、ゆっくり味わいながらスープを平らげた。

 

 食べ終わったスープの器を炊き出しの人に返し、空き家に戻ろうとした時に、ピピが声をかけてきた。


 「リーネ!良い話を聞いてきたよ!」


 「うわっ!な・・・何?もしかしてお仕事でも見つかったの?」


 いきなり声をかけられたので少し驚いて振り返ると、まだスープの器を持ったままのピピが息を切らせながら立っている。


 「今まで・・・、リーネが来る前に居なくなった人の事だよ!」


 「え・・・?いきなり居なくなった人の事?」

 

 「そう!アタイは皆もう死んじゃったんだと思ってたんだけど、生きてたんだよ!」

 

 興奮気味に話しかけてくるピピに、ワタシは少し引き気味に答える。

 

 「取り合えず、器を返してこないと・・・、器を返さないと次の炊き出しの時にゴハン貰えなくなっちゃうよ・・・。」


 「あ、そうか!今すぐ返してくる。家で待ってて!」

 

 そう言うとピピは炊き出し場に駆けて行った。


 

 ピピは何時もの空き家に戻ってくると、早速ワタシに話しかけてくる。


 「アタイね、さっき炊き出しを食べてる時に偶然、前までここに居た子に会ったの!」


 「どこか他の住家でも見つけていたの?」


 私の問いにピピは首を横に振る。


 「奴隷になったんだって!!」


 「どっ奴隷!?」


 ワタシは突然の言葉に目を丸くする。奴隷なんて・・・。


 「そう、奴隷。その子、ある商人の奴隷になって、そこで働いているんだって!」


 奴隷という言葉に衝撃を受けたワタシは、何も言えず固まってしまった。

 奴隷・・・、主に犯罪を犯した者が、刑罰の為に無理やり奴隷となって危険で厳しい仕事をさせられる犯罪奴隷と、誰かにさらわれて売られてしまった可愛そうな人や、お金が無くて生きて行けない人がなる一般奴隷の二種類があり、ピピが言っているのはその一般奴隷の事なのだろう。


 「奴隷になるとね、毎日ゴハン食べさせて貰えるんだって!毎日だよ!? アタイ達、奴隷になればいいんだよ! そしたら、これから来る冬でも、凍えて死ぬ事は無くなるんだよ!」


 「でも、奴隷って怖くないの?」 

 

 ワタシも詳しく知っている訳では無いけれど、奴隷というのはお金持ちが大変な仕事を代わりにさせる為に雇う存在だったはず。

 当然、ワタシやピピみたいな力の無い子供では、荷運びの仕事すら録に出来ないので、そんな役に立たない奴隷など誰も買ってくれないはずだ。 



 何年も前に、お母さんがワタシに言っていた・・・。


 『リーネ、良くお聞き、世の中には悪い奴等が沢山居るの。 中には可愛い子供を攫って奴隷商人に売り飛ばす奴等まで居るんだよ。 特にリーネみたいな可愛いハーフエルフの子供は、悪い金持ちが人攫いに頼んでワザと攫い、それを奴隷商人に売らせて、自分の奴隷にしようとするんだよ。』


 『どうして子供を攫うの?力のある人じゃないといけないんじゃないの?』


 何気なくそう尋ねるワタシにお母さんは少し困った顔をして言った。


 『悪い奴等の中には、可愛い子供にとても怖い事をする奴がいるの。 だから、リーネも一人っきりで寂しい場所に行ったり、知らない人に付いて行ったりしちゃ行けないよ。』


 『こ・・・怖い事・・・。』


 当時は意味も分からず震えていたが、今は何となくその怖い事の予想は付いていた。

 あの時、一年前に帝国の兵士に襲われそうになった時・・・。

 恐らくあの時の様な事をされるのだろう。

 ワタシも、大人になってしまった人族の幼馴染と再会した時などに、色々話をして、多少の知識は手に入れていたのだ。 

 

 

 だからこそ、このピピの言葉に、ワタシはつい否定的になってしまう。

 私達の様な子供には、普通の奴隷にはなれない気がしたからだ。

 勿論、ワタシが知らないだけで子供でも出来る仕事があるのかもしれないけれど・・・。


 「だけどその子、すごく綺麗な服を着せて貰っていたんだよ? ここに居た時とは見違えるくらいに綺麗な服・・・。 身体だって、全然痩せてなかった! きっと沢山ゴハンを食べさせて貰ってるんだよ!」


 その言葉にワタシは益々不安になる。ピピは奴隷になれば綺麗な服を着て、ゴハンが沢山食べられると思っているようだけれど・・・、奴隷がそんなに綺麗な服が着れたりするものなのだろうか・・・?

 もしかしたらその子も・・・怖い事されてるんじゃ・・・?

 

 「ねえリーネ、一緒に奴隷になろうよ!そしたら、もうこんな辛い暮らしをしなくてもよくなるよ! 勿論、お仕事はしなくちゃいけなくなるけどさ!」


 興奮気味に一緒に奴隷になろうというピピ、ワタシはどうやって思いとどまらせればいいか全く思いつかずに、おたおたとしていただけだった。



 その時、いつの間にか帰ってきていた姉弟の姉のランが叫び声を上げた。


 「レン!どうしたの?どこか痛いの?」


 見ると、弟のレンが姉の横で蹲っていた。

 心配になって慌てて私とピピも駆け寄る。レンは苦しそうに呻きながら身体を震わせていた・・・。

 おでこを触ると、かなりの熱が出ている・・・。

 そういえばこの数日、レンは余り元気が無かった様に思う。 

 尤も皆お腹が空いている時は、皆ろくに動く事もせずにジッとしているだけなのだが・・・。


 ガタガタと震える弟を抱きしめながら、ランは必死で声をかけるが、レンは何も答えず熱にうなされている様だった。

 寒さに震えているかの様なレンに対して、私達には三人で抱きかかえるようにして暖めてあげる事しか出来なかった。

 痩せ細ったレンの身体は一晩中震えていた―――。


 『ワタシもお母さんみたいに癒しの魔法が使えたら・・・。』


 お母さんは、弓や剣以外に魔法も得意で、特に癒しの魔法が得意だった。

 癒しの魔法は、普通の回復魔法とは違い、怪我だけでなく病気も治す事が出来る上位魔法で、ワタシも小さい頃から教わってはいたけれど結局一度も使えたことは無かった。

 お母さんが言うには、純粋なエルフのお母さんでも、使えるようになるまでに30年近くかかったって言っていた。


 街の魔法医でも使えるのは殆どが回復魔法までで、癒しの魔法まで使える人は少ないそうで、大体は体力を回復させて、薬で病気が治るのを待つのが普通だった。

 

 しかし、今の私達に魔法医に見て貰うだけのお金を用意できるわけも無く、苦しむレンをただ観ている事しか出来なかった。


 ワタシは自分が本当に役立たずな事にショックを受けていた―――。



 あれから数日後、レンは死んでしまった・・・。


 レンの元から離れられないランの代わりに、炊き出しのゴハンを教会の人にお願いして、余分に貰い、二人の下に運んだりしたのだが、レンはあれから何も食べる事も出来ず、どんどん衰弱して行った。


 そして今日、何時ものように全員でレンを抱きしめながら眠っていたのだが・・・朝目が覚めたらレンは冷たくなっていた。


 身体中がカサカサに乾燥していて、唇も真っ白でパリパリになって・・・。

 ランはレンの身体を抱きしめながらずっと泣き続けている。

 ワタシとピピもなんと言えばいいのか分からずに、ただオロオロする事しか出来なかった。


 この街では、死んでしまった人間は教会に連れて行かなければいけない。

 死者がゾンビやスケルトンなどのアンデッドモンスターに変わってしまわない様に、教会で浄化の魔法をかけて貰わないといけないのだ。

 そして、お金のある者は個別のお墓に埋葬され、お金の無い者は共同の地下墓地に安置して貰える事になっている。


 ワタシとピピは、泣き続けるランを慰めながら、教会までレンを連れて行く事にした。

 身体が小さなピピは、幾らレンが小さいとは言え背負う事は難しそうなので、ワタシがレンを背負った。

 ピピは泣き止まないランに肩を貸しながら、ワタシの後を着いて来る。


 元々炊き出し場は教会の近くの広場だったので、私達の住処の空き家から余り距離は離れていないので、直ぐに辿り着いた。

 教会の表ではシスターが一人、箒で枯葉掃除をしていた。

 何度か炊き出しで見た事のあるシスターだ。

 

 口下手なワタシの代わりに、ピピがシスターに声をかけてくれる。


 「あ・・・あのシスター、すみません。」


 ピピが声をかけると、私達の顔に覚えがある事に気付いたシスターは笑顔で近寄ってきて、そしてワタシの背負うレンに気付く。

 すると急に難しい顔になり駆け寄って着てくれた。


 「あなた達!その子・・・どうしたの!?」


 明らかに様子がおかしいレンに気付いたシスターは、ワタシの背負うレンに触れて顔を青くする。


 「今朝・・・冷たくなっていて・・・。レン、死んじゃったんです。」


 ピピが顔を強張らせながら、絞り出すように告げる。

 ランはまだ泣きじゃくっている・・・、ワタシは・・・顔を青くしてシスターの目を見ていた。

 多分目には涙が貯まっていたと思う。

 ワタシは彼らと出会ってまだたったの二ヶ月だけれど、辛く苦しい毎日で、唯一出来た友達だった。

 そのうちの一人が死んでしまった・・・、その事が自分達の未来を暗示している様で、とてつもなく怖かったのだ。


 シスターは、優しく私達を招き入れてくれて、司祭様を呼んできてくれた。浄化の魔法が使えるのは、この教会には司祭様しか居ないらしい。

 司祭様は、口の周り一杯に髭を生やしたお爺さんで、とても優しい目をしていた。

 そしてその服装は、立派な儀式用の衣装ではあったが、かなり古く草臥れていた。

 そして司祭様は、礼拝堂の中でレンの浄化の儀式を行ってくれた。


 「――――――迷える魂よ、せめて神の元で安らかに眠りたまえ!」


 少し長い呪文がやっと終わると、床の上に寝かされていたレンの身体が、ボウッと言う音と共に青い炎に包まれた。

 青い炎の中でレンの身体が少しずつ萎んでいくのが見える。

 それを見たランが、耐え切れずに駆け寄ろうとするのを、ワタシとピピで引き止めた。

 凄く神聖な炎なのだが、生きている私達が触れたら、火傷をしてしまいそうな気がしたからだ。


 レンが青い炎に包まれて数分、そこには骨と皮だけのミイラになってしまったレンが横たわっていた。

 服は不思議と燃えずに残っていた・・・もしかして触っても火傷したりしなかったのだろうか?


 浄化の儀式が終わると、司祭様は優しく私達に語りかけてくれた。


 「これで、この子の魂は神様の所で安らかに眠る事ができる・・・だから安心なさい。」


 そして、先程のシスターを呼びつけると、シスターに告げた。


 「この子達を地下墓地に案内してあげなさい。」

 

 「ハイ、了解しました。」


 シスターに私達を託し、この場を去ろうとする司祭様を、ワタシは慌てて呼び止める。


 「司祭様、ご・・・ごめんなさい、ワタシ達寄付のお金が無いんです。」


 教会は街の住人の寄付で成り立っている。

 二日に一度の炊き出しも、そのお金で行われているのだ。

 そして、浄化の魔法は一応無料という事になってはいるが、多少なりとも寄付金を渡すのが通例となっているのである。

 しかし、お金を全く持っていない私達に、例え僅かな寄付金さえも渡す事が出来なかったのだ。

 司祭様は、申し訳なくて縮こまっているワタシの頭を優しくなでるとこう言ってくれた。


 「あなた達が毎日の食事にすら困っている生活をしているのに、それを救う事も出来ない無力な私達を許して下さい。 この街は、未だ一年前の戦の傷跡が全然癒えていないのです。 あなた達が寄付をする事が出来ないのは、決してあなた達のせいでは無いのです・・・。 だから謝らないでください。」

 

 そう言って、司祭様はお部屋に戻っていかれた。



 その後、シスターに案内され、礼拝堂の裏手にある地下墓地の入り口の前にレンの亡骸を運んでいった私達を、地下墓地入り口の大きな鉄の扉が出迎えた。

 シスターが鉄の扉を両手でゆっくりと押し開ける。

 扉が少し開いた途端、扉の向こうからカビ臭い匂いが立ち込めた。

 真っ暗な地下墓地の階段を、シスターが持つランタンの灯りだけを頼りにゆっくりと降りていくと少し開けた場所に出る。そこには無数のミイラが横たえられていた―。


 「「ひっ!」」


 思わず声を漏らしてしまったワタシとピピと違い、ランは余り怖がっては居なかった。


 「あの・・・右の奥の部屋に・・・お母さんが居るんです。」


 ランは、おずおずと小さな声でシスターに右の部屋へ向かってくれるように催促する。


 「せめて、お母さんの隣に居させてあげたいから・・・。」


 そうだった、ラン達は三ヶ月程前にお母さんを病気で亡くしていたのだ・・・。


 「そうね、その方がきっと良いわね。」


 シスターもランの希望に納得し、右の部屋へと向かっていった―。



 レンの遺体を母親の遺体の横に寝かせ、四人でお祈りを済ませると、私達は地下墓地から外に出た。


 「「「今日はありがとうございました。」」」


 シスターにお辞儀をして私達は帰途に付いた。


 『結局、私は何も出来なかったな・・・。』


 レンの為に薬を手に入れてあげることも、癒しの魔法をかけてあげる事も出来なかった。

 泣いてるランを慰める事も出来なかった、慰めていたのは殆どピピだった。

 この中で一番歳が上なのに・・・。

 悔しさと無力感がワタシを責め立てる、ワタシは今まで何の役にも立ったことがない。

 

 お父さんとお母さんが死んだ時、ただ泣き続けるだけで九ヶ月過ごし、その間友達の一人も作ろうともしなかった・・・。

 伯母が現れた時も、孤独じゃなくなった事に浮かれて、まるで疑おうともしなかった・・・。


 結局裏切られ全てを奪われ、路頭に迷っても、自ら仕事を探そうともせず彷徨うだけだった・・・。

 そして、生活は苦しいながらも、やっと新しい友達が出来たと思ったら、ワタシは何の役にも立たず、ただ死んでいくのを見守るだけしか出来なかった・・・。


 『こんなワタシに一体どれほどの価値があるのかな・・・?』


 その日私達は空き家に帰ると、まだ明るいうちからそのまま何もせずに眠りに付いた。 

 

▽ 


 翌日、炊き出しを食べ終わって空き家に戻ると、ピピが話し始めた。


 「やっぱりアタイ達、奴隷になった方が良いと思う。」


 前に一度言われていたワタシと違い、始めてその話を聞いたランはかなり戸惑っているようだ。

 ワタシはというと、やはり奴隷になるという話には未だ納得できていなかった。

 そんな私達は置いてけぼりで、ピピの熱弁は続く。


 「これから寒くなると、多分ここでは凍えて死んじゃうんだよ!だけど、奴隷になれば毎日ゴハンが食べられるし、寝る場所も用意してもらえるんだよ!」


 まだ寒い時期にここに住み着き始めたピピは、冬の怖さをよく分かっているみたいで、寒さの事を強調する。


 「だ・・・だけど、奴隷って凄く酷い目に遭うって・・・、ほら、たまに鞭で打たれたりしてる人とかいるよ・・・?」


 ランが戸惑いながらピピに返す。

 確かに、怖そうな主人に鞭で打たれている奴隷の人を時々見かけたことはある。結構酷く叩かれていた。


 「大丈夫、あれは犯罪奴隷っていって、悪い事をして捕まって罰として奴隷にさせられてる人達なんだよ! 自分から奴隷になった人は一般奴隷っていうんだよ。 それに、今の王様はとても優しい王様で、一般奴隷には酷い事をしちゃいけないって法律をつくられたんだよ!」


 確かに、それはワタシも聞いた事があった。

 確か”一般奴隷への不必要な虐待を禁ず”・・・だったかな?

 今のガレオン国王様が王様になった時に新しく出来た法律だったはず。


 「だったら、奴隷になった方がいいのかな・・・?もうレンもいないし・・・。」


 ランも賛成し始めている・・・だけど・・・、ワタシには不安な事があった。

 

 『可愛い子供に怖い事をする・・・。』


 お母さんのあの言葉が頭をぐるぐる回っている、はっきり言って、ピピもランも格好は薄汚れているけれど、顔はどちらも可愛い。

 もしそんな二人が奴隷になったら・・・。

 あの時、帝国兵士に組み伏せられ、服を剥ぎ取られ体を触られた恐怖が甦る。


 「リーネ、大丈夫?寒いの?」


 ピピにそう尋ねられ、はじめて自分が震えている事に気が付いた。

 その時、頭の中にあの日私を助けてくれた将軍様と魔法医の女の人の事が浮かんだ・・・。

 だけど、あの人達は自分の街に帰って行った・・・あれから一度も見ていない。

 そうだ、誰か大人に相談してみよう!あの教会のシスターなら・・・話しかける事が出来るかも・・・。


 「ワタシ、ちょっと出かけてくる!」


 「「え?ちょっと!」」


 ワタシは、驚く二人を置いて外に飛び出した。今の私達が命の危機に晒されている事は事実なのだ、怖いからとか言ってウジウジしている場合じゃない。


 

 教会の前に着くと、運よくあの時のシスターがまた表の掃除をしていた。


 「あ・・・あのっ!」


 思い切って声をかける、緊張の余り少し声が大きくなりすぎた。


 「あら、あなたは昨日の子ね・・・何か用なの?」 


 昨日あんな事があった直後なので、シスターは心配そうにワタシの顔を覗き込んだ。


 「あの・・・相談にのって欲しいんです!」


 「相談?いいわよ、だけどここのお掃除を終わらせてからでいい?」


 「ハイ、あのワタシも手伝います。」


 ワタシはチリトリを持ってきて、シスターの枯葉掃除を手伝った。


 

 掃除が終わると、ワタシはシスター達が寝泊りしているという教会の傍の宿舎の中の私室に案内された。

 椅子を勧められたが、服が汚れているので座らずに立ったまま話し始める。

 ワタシは、三人が奴隷になろうとしている事を話した。

 話を聞いていくうちに、シスターの顔色が悪くなっていく。


 「奴隷に・・・、確かに今のあなた達の状況だと、冬を越すのは厳しいかもしれない、だけど・・・。あなた達って、三人とも女の子よね?それだと・・・。」


 シスターは明らかに言いにくそうな顔をして言葉を止める。


 「一般奴隷にも色々あるのよ・・・? 男の人だと力仕事が主な仕事になるのだけれど・・・。 女の人の場合、力仕事があまり出来ないから、仕事が複雑というか・・・。 読み書き計算が得意な場合は、書類整理だとかのお仕事もあるのだけれど・・・あなた達は出来る?」


 シスターが私達三人が読み書き計算が出来るか聞いてくる。

 ワタシは一応簡単な文字は読み書き出来るのだが、難しい文章は無理。

 計算はお母さんに教えてもらったので足し算と引き算は出来るが掛け算と割り算はまだ無理だった。

 しかし、確かピピとランはどちらも殆ど出来なかったはず・・・。ワタシはその事をシスターに告げる。


 「なら、あなただけは書類整理の仕事をする奴隷になれるかも知れないけれど、後の二人は難しいわね。 それに昨日見た感じだと、力仕事も無理そうよね・・・。」


 ワタシの顔をチラチラ見ながら、シスターは言いにくそうにしている。


 「恐らくあなた達三人がなれそうな奴隷は、お屋敷の掃除や洗濯などの家事をするメイド位なのだけれど・・・。」


 「掃除や洗濯をする奴隷もあるんですか!?」


 少し希望が持てそうな言葉に嬉しそうに聞き返すと、シスターは更に困った顔になった。なにか問題でもあるのだろうか?


 「メイドのお仕事は、大変だけれどもお給料が良いものだから、奴隷じゃ無くてもなる女の人が沢山居るくらいなのよ。 勿論、お金があまり掛からないから、奴隷のメイドを雇うお屋敷もあるのだけれど・・・。 一年前の襲撃の直後から奴隷になった人は沢山居て、今では殆ど募集は無かったはずよ? そもそも、今は何処のお屋敷も余分なメイドを雇えるほど、お金に余裕も無いでしょうし・・・。」

 

 恐らく無理だろうとシスターは言う。


 「それに奴隷は、なりたいからといって希望通りの仕事に就ける訳ではないのよ? むしろ望まない仕事をさせられる事の方が殆どなの・・・。 あなたの様に読み書き計算が出来るなら、そういう仕事に就ける可能性は確かに高くはなるのだけれど、それでも・・・。」


 シスターは椅子から立つとワタシの前にやってきて、前にしゃがみ込んだ。そしてワタシの肩に手を置くと、ワタシの目を見て言った。


 「恐らくあなたも書類整理の仕事には就けないと思うわ・・・。」

 

 シスターは哀れむような顔で私を見る。


 「あなたハーフエルフよね?」


 シスターの言葉に頷く。シスターは顔を強張らせながら言った。


 「愛玩奴隷ってわかる?」


 愛玩奴隷・・・?聞いた事が無かった。そもそも愛玩という意味が分からない。ワタシは首を横に振った。

 

 「お金持ちの中には、可愛らしい女の子に・・・、くっ!」


 シスターが耐え切れず顔をそらす、ワタシはふとあの言葉が思い浮かんだ。


 「怖い事・・・されるんですか?」


 シスターはハッとして振り向いた。


 「あなた知っているの?」


 「詳しくは知りません、でもお母さんが言ってました。 悪い人に攫われて奴隷になると、とても怖い事をされるって・・・。」


 ワタシの言葉にシスターはゆっくり頷いた。


 「世の中には、女の子の奴隷に酷い事をして喜ぶ人が居るの。特にあなたみたいに綺麗な子は・・・。 そんな中でもエルフやハーフエルフは人気が高くて、お金持ちの間では愛玩奴隷として高いお金で売り買いされるのよ。 だから・・・、あなたがもし奴隷になってしまったら・・・。」


 身体がガクガクと震えだす、恐らくあの時のような事をされるのだろう・・・いや、もっと怖い事を!!


 「じゃあ、ピピとランは大丈夫ですか?あの子達はハーフエルフじゃないし・・・。」


 シスターは首を横に振る。

 

 「大丈夫とは言い切れないわ、小さい女の子の奴隷の多くは愛玩奴隷になる事が多いの。 さっき言ったメイドなんかはどうしても仕事が出来る大人の方が優先的に雇われるから・・・。」


 「じゃあ、どうすればいいんでしょうか?」


 ワタシの縋る様な問いにシスターは黙り込む。


 「一人だけ・・・なら、この教会にシスター見習いとして置いてあげることが出来るかもしれない。 昨日司教様も仰られていたけれど、ここの教会はとても貧しくて今居る私達が生きていくだけで精一杯なのよ。 だから炊き出しも二日に一回しか出来ないの・・・本当なら毎日でも炊き出ししてあげたいのだけれど・・・。」


 「でも、一人だけじゃあ・・・後の二人は・・・。」


 「言いにくいのだけれど、もし奴隷になったらあなた達三人の中では、あなたが一番危険だと思う。 勿論、お金持ちの全てが酷い事をする訳じゃない。 それに奴隷商に身売りすれば、少なくとも誰かに売れるまでの間、食事や寝床は面倒見てもらえるわ。」


 「じゃあ、ピピとランは奴隷になった方が良いって事ですか?」


 シスターは目に涙を貯めてワタシを見る。 


 「出来る事ならそんな事はさせたくないわ。だけど三人とも生き残る為には、それしか無いと思うの。」



 夕暮れ、ワタシは一人でトボトボと空き家に向かって歩いていた。ワタシはシスターの言った事をずっと考えていた。


 『元々ピピとランは奴隷になろうと考えているんだし、ワタシだけ奴隷にならなくても・・・。 だけど・・・だけど、あの二人は愛玩奴隷の事を知らない・・・。 ピピの言っていた以前空き家にいた子は、本当に運良くメイドとして雇ってもらえたのかもしれない、けれどピピとランもそうなれるとは限らない・・・。 だけど、教会でシスター見習いになれるのは一人だけ・・・。』


 結局、結論が出ないまま空き家に戻ると、ピピとランに心配そうに声をかけられた。

 いきなり飛び出して夕方まで帰ってこなかったワタシをずっと心配してくれていたらしい。


 ピピとランは、奴隷になる話を二人で話し合っていたのか、戻ったワタシを説得しようと話しかけて来た。

 しかしワタシは今日は疲れたからといって先に横になった。勿論寝た振りだ。


 ワタシは一晩中寝ないで考えた―――。

 


 翌朝、日が昇ると同時にワタシは空き家を飛び出した。

 そしてその足で教会を訪れると、教会の扉をノックした・・・。




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